2013年11月26日

末廣(すえひろ)|末廣酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 342蔵目

末廣(すえひろ)|末廣酒造株式会社

福島県会津若松市日新町12−38
蔵元のサイト:http://www.sake-suehiro.jp/


酒名:末廣(すえひろ) ■創業:寛永3年(1850年)7代 ■杜氏:社員杜氏(会津杜氏会) ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2013/11/26

代表銘柄
末廣 伝承生もと 純米
末廣 大吟醸 剣
末廣 大吟醸 舞

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|外観

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|嘉永蔵

末廣酒造株式会社は江戸末期、寛永3年(1850年)に新城 猪之吉氏が創業した現在で7代続く酒蔵です。

会津藩の御用商人として酒造業などを営む商家に生まれた猪之吉氏は、長男ではなかったので家から独立。
今、蔵がある所から少しはなれた場所で酒造業を創業します。
そして約10年後には現在の場所に移転し、蔵を構え酒造りを行うようになったそうです。

創業当時の屋号は○の中にカタカナの「イ」と書いてマルイ。
「イ」は猪之吉氏のイです。

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|瓦

創業した18年後の1868年(慶応4年・明治元年)に会津戦争が始まり、蔵は見張りに一人〜二人蔵に残したまま疎開する事になります。しかし籠城戦となったため、お城には砲弾が打ち込まれますが、蔵があるあたりは無事で特に火災など起きず難を逃れたそうです。

ただ会津戦争の戦火から逃れたものの、明治39年に火災が発生。 現在喫茶店として営業している「新蔵」を残し蔵は消失します。 翌明治40年(1907年)に土蔵を建築し、その後約10年かけ継ぎ足すように建物を建て行き、現在の形になります。
焼け残った新蔵は、この蔵に残る一番古い建物になってしまうのですが、今でも「新蔵」と呼ばれているとの事。

現在の酒名「末廣」は「商いは末広く」の言葉からできた名前で、明治時代の商標登録が開始された時に、この辺りではもっとも早く取得されとのこと。
明治早々に商標登録をされたという事はそれ以前から使われていたかもしれません。
末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|商品

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|商品

蔵は明治以降に大きく成長したようで、宮内庁御用達となり東京の新川にも事務所を構えます。
酒だけではなく漆器、秤なども扱っていたそうで、特に漆器はかなり手広くされていたそうです

土地を次々に買い足し、蔵から会津若松の駅まで自分の土地だったそうです。(ちなみにgoogle mapで調べたところ、蔵から駅までは1.4キロ有り徒歩で17分かかるとの事。)

この頃は蔵は商売だけではなく様々な方向で調子がよかったようで、この蔵から後に京都大学の総長にまで出世した新城 新蔵(しんじょう しんぞう)氏は末廣酒造の6男でした。

幼い頃から神童と呼ばれ松平容保公のお孫さんとはご学友との事。
容保のお孫さんとなると平民では無いわけですから、屋敷に先生を呼んで学問を学ばれていたはずです。
そこにご一緒出来るという身分を考えると、酒造業で成功した財力により信用が有り、なおかつ学力が優秀だったのでしょう。

また3代目蔵元の奥様は野口英世の恩師である小林栄先生の姉で、蔵は野口英世の面倒をみていたようです。
野口英世がこの蔵に来た事があり、その時の写真や書が蔵に残っています。

蔵のお座敷には会津藩主松平容保公や最後の将軍徳川慶喜の書が飾られており、そういう世界に通じるコネクションがあったようです。

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|売店
蔵には売店があり、試飲・購入が可能。
この直売所でしか売っていない酒もあるとの事。

蔵に併設されている高羽哲夫記念館。
末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|資料館
山田洋司監督の映画「男はつらいよ」の撮影監督として全48作品の撮影に携わった会津出身の映画カメラマン、高羽 哲夫氏は現蔵元と親交があったそうで、遺品やポスター、撮影の様子を記した写真などが蔵に展示されています。

写真は嘉永蔵の仕込み部屋です。
末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|仕込み部屋
酒造りですが末廣酒造では創業当時の場所にある嘉永蔵と、そこから西に約10キロ離れた場所にある平成8年に建てられた博士蔵の2箇所で酒造が行われています。

2月になると渇水期になり水が足りなくなる事から、酒つくりの拠点を博士蔵に移し嘉永蔵は酒造歴史館として残すことを考えます。

しかし嘉永蔵は酒造りを止めて2年が経過した頃から土蔵が痛み始めます。
昔ながらの木造建築物は、人が住まなくなり水の煮炊きが行われなくなると、どんどん錆びれるそうです。

蔵は酒造歴史館として100年先まで残したい願望がありました。 だったらここで少量でもいいので酒造りを再開しようと、2年酒造りを休んだ後に嘉永蔵でも酒造りを開始されたそうです。

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|仕込みタンク
この蔵で製造されている酒は原則、直売所で販売されている酒です。
この大きさのタンクを週に1本のペースで仕込み、年間約13本ほどのタンクを仕込んでいるそうです。
醸造スペースは一箇所集中型。釜場から仕込み部屋、槽場まで全て一部屋にあります。

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|小仕込み
写真は酒母タンクではなく仕込みタンクです。

「my酒」という名称で、個人の方からオーダーメイドで製造する酒。
仕込む酒は基本的に純米酒で、1升ビンで40本出来上がります。
価格は1升ビンでは3千円ちょっと。それが40本なのでトータルで15万円。
購入者は三段仕込みの1日間、仕込みを手伝う事が出来るとの事。 

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|槽
この槽(ふね)一台で酒を搾ります。

博士蔵に醸造施設を移転した際に、圧搾機はそちらに運んだため、嘉永蔵で醸造を再開する際には圧搾機は有りませんでした。
そこで他の酒蔵から使っていない槽を入手。少し小さな槽ですが、モロミが多い時は木の枠でかさ上げするなどし搾っているとの事。

造り手は40年以上も前から社員による製造。会津杜氏会に加盟されている佐藤 寿一さんという方が杜氏です。
仕込み水は水は弱軟水。
猪苗代湖の水が地下を浸透して、この辺りに湧いているのではないかと言われています。

原料米は地元産の五百万石とふくのはな、兵庫産の山田錦の3種類がメイン。

末廣酒造は明治に末期に、山廃仕込みを考案した嘉義 金一郎(かぎきんいちろう)先生が山廃仕込みを実証した全国の5箇所の蔵の1つです。
そういう経緯もあって山廃を軸にした商品展開に力をいれているとの事。

最後に訪問の証の記念撮影。
末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|記念撮影
今後、蔵が力を入れていく伝承山廃純米酒に注目する吾郎。

末廣酒造株 嘉永蔵では蔵見学は基本大歓迎。
会津若松駅からも近く、日経プラス1の何でもランキングで「訪ねて楽しい日本酒の蔵元」の1位になるなど、訪問お勧め酒蔵です。
会津若松には他にも見学を受け入れてくれる蔵が多くあるので、若松に来られた際には訪問お薦めの酒蔵です。




商品の購入・質問は末廣(すえひろ)|末廣酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0242-27-0002末廣醸造元末廣酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

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2013年11月22日

吉壽(きちじゅ)|吉崎酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 341蔵目

吉壽(きちじゅ)|吉崎酒造株式会社

千葉県君津市久留里市場102
蔵元のサイト:http://kichiju-gekka.com/


酒名:吉壽(きちじゅ) ■創業:寛永元年(1624年)17代 ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2013/11/22

代表銘柄
吉壽 純米吟醸 かずさ名水仕込み辛口
吉壽 純米吟醸無濾過しぼりたて

吉壽(きちじゅ) 吉崎酒造株式会社|外観

吉壽(きちじゅ) 吉崎酒造株式会社|看板
吉壽(きちじゅ)という酒名の酒を造る吉崎酒造株式会社は江戸時代初期、寛永元年(1624年)に創業した現在で17代続く酒蔵。

1624年創業というのは千葉県の酒造業として稼働中の酒蔵の中で最も長い歴史をもつ蔵で、 千葉県下の全ての企業の中でも2番目に長い歴史を持つという長寿企業です。

吉壽(きちじゅ) 吉崎酒造株式会社|商品

吉壽(きちじゅ) 吉崎酒造株式会社|商品
主力銘柄は吉壽(きちじゅ) に、大吟醸、純米大吟醸に月華があります。

吉壽(きちじゅ) 吉崎酒造株式会社|賞状

訪問の証の記念撮影。
吉壽(きちじゅ) 吉崎酒造株式会社|記念撮影
純米酒 吉壽を手に取る吾郎。

今回私が訪問した日は、蔵は杜氏たちを迎えるにあたって蔵が忙しく店先だけの訪問とさせていただきました。

蔵のすぐ向かいには藤平酒造の販売店が有り、更に少し離れた場所には天乃原という酒を造る須藤本家という蔵があります。

いずれの蔵も見学となるとアポイントが必要ですが、売店でお酒を買うなら気軽に立ち寄れます。 お酒は宅配便で送ってもらえますので、久留里を散策された際には、酒蔵に寄ってお酒をおみやげにされるのが良いかもしれません。




商品の購入・質問は吉壽(きちじゅ)|吉崎酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0439-27-2013吉壽醸造元吉崎酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。 千葉県君津市の酒蔵。吉壽(きちじゅ)という名の日本酒を造る吉崎酒造株式会社の訪問記。  
タグ :17代

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2013年11月22日

天乃原(あまのはら)|株式会社須藤本家

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 340蔵目

天乃原(あまのはら)|株式会社須藤本家

千葉県君津市青柳 16-10


酒名:天乃原(あまのはら) ■創業:明治元年(1868年)5代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2013/11/22

代表銘柄
天乃原 純米吟醸
天乃原 純米酒

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|外観
天乃原(あまのはら)という名の酒を造る株式会社須藤本家は、明治元年に創業した現在で5代続く酒蔵です。

もともとはこの地の地主だったそうで、余剰米があったので酒造業に参入したのではないかとの事。
創業当初は今の場所ではなく、車で5分ほど離れた場所に蔵があり、「東盛(あずまざかり)」という酒名の酒を造っていたそうです。
しかし関東大震災の頃に水害にあってしまい、高台にある現在の場所に蔵を移転してきたそうです。

移転してきたこの場所が「天乃原(てんのはら)」であったため、酒名「天乃原」が誕生したそうです。

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|商品

かつては越後杜氏、次に南部杜氏が来て酒造りをしていたそうです。
しかし2年前の平成23年から蔵元自ら酒造りをされるようになり、現在は蔵元+3名の計4名で酒造りを行っているとの事。

酒造りに用いる水は地下500メートルから湧いてくる湧き水を使用。
水質は弱硬水。
酒造りに用いる米は県内産の米が中心との事。

写真は釜場。
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|釜場

蔵の建物は平成9年頃に建て替えたもので、2階に酵母培養室と麹室、1階に釜場、仕込みタンク、槽場などが置かれています。 2階からガラス窓越しに見学できるようになっていて、建て替えた当時は沢山ん見学者が蔵に来たそうです。

蔵の改装には、大きなコストがかかったそうですが、そのお陰で少人数で酒つくりが出来るようになったとの事。

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|酵母培養室

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|麹室
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|3段製麹機

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|吟醸用麹室
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|麹蓋

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|仕込み部屋
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|仕込み部屋

訪問の証の記念撮影。
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|記念撮影
蔵がある久留里は地下水が豊富な土地で、「久留里の生きた水」は平成の名水百選に選ばれている名水。「井戸のまち」と呼ばれるくらい、町中を歩くとあちらこちらに自噴する井戸を目にします。
地下500メートルから湧いてくる水に感心する吾郎でした。




商品の購入・質問は天乃原(あまのはら)|株式会社須藤本家へお問い合せ下さい。
TEL:0439-27-2024 天乃原醸造元株式会社須藤本家
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

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2013年11月22日

福祝(ふくいわい)|藤平酒造合資会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 339蔵目

福祝(ふくいわい)|藤平酒造合資会社

千葉県君津市久留里市場147


酒名:福祝(ふくいわい) ■創業:享保元年(1716年)9代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:中硬水 ■訪問日:2013/11/22

代表銘柄
福祝 播州山田錦 五割磨き 純米吟醸
福祝 特別純米酒
福祝 備前雄町 五割磨き 純米大吟醸酒

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|外観
藤平酒造合資会社は享保元年に創業した現在で9代続く酒蔵です。

元々は今、蔵がある場所ではなく小櫃川(おびつがわ)の川沿にある本家が酒、醤油を造っていましたが、幕末の嘉永期に川が氾濫し蔵に水が浸かってしまいます。

本家は酒造業以外にも醤油業、山林業など様々な商いをしており、高台にあり難を逃れた分家の久左衛門氏が酒造業を継ぐことになります。

そのような経緯から藤平酒造では、最初に酒蔵が創業した享保元年を創業年とし、創業者の名前は嘉永期に蔵を継いだ久左衛門氏となります。

蔵が位置する久留里(くるり)は、江戸時代は徳川の譜代が藩主を務めた久留里城がある城下町。 一時期は天領だった時代も有り、締め付けが弱かったのかもしれません。

人口1千人規模の村ですが、その小さな中に今でも酒蔵が4件も残ってる事から、昔は賑わっていた事が伺えます。

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|古い看板
かつての屋号は藤崎屋といい、藤久盛(とうきゅうざかり)という酒名の酒を製造。

現在の主力銘柄「福祝」は昭和55年に先代の蔵元が命名。
おめでたい時にお酒を飲みますが、めでたさが重なるようにと、お目たい言葉「福」「祝」を重ねて福祝という酒名が誕生します。

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|商品

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|商品

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|店内

写真の二人は蔵の後継者で酒造りを行う藤平兄弟。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|兄弟

蔵は昔は越後から杜氏が来て酒造をしていたそうですが、先代の時代に南部杜氏に変更。
後継者の藤平兄弟が、その南部杜氏から酒造りを学び、平成12年から兄弟二人による酒造りがスタート。

幸先良く初年度からいきなり全国新酒鑑評会で金賞を受賞します。
南部杜氏から酒造りを学んだものの、特に南部の県外杜氏などには所属せず流派は無所属。

酒造りに用いる水は「久留里の生きた水」という名が付けられた地下水。
飲んだ時には柔らかく感じるものの水質は中硬水。

城下町として賑わい、米と水が豊富でおまけに水は発酵力が強い。
道路となる川があった事から、この地域には沢山の酒蔵があったのでないでしょうか。

写真は釜場。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|釜場

毎年11月の上旬から酒造りがスタートし、造りが終了し皆造を迎えるのはゴールデンウィーク頃。

年間約20本という仕込み本数ですが、1本1本丁寧に仕込みたい事から、1本の仕込みが終わったら次の1本の仕込みを開始する、という広い間隔で仕込みを行っているとの事。
その為に期間が長くなってしまうのですが、生産量は年間で250石から300石ほど。

写真は酒母です。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|酒母

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|酒母

写真は仕込み部屋。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|仕込み部屋
大きなプレハブ冷蔵庫の中に仕込みタンクが並んでいます。

この槽(ふね)1台だけで酒を搾ります。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|槽場

酒造りに用いる原料米ですが主に兵庫産の山田錦を使用。
それ以外には雄町、愛山、富山の五百万石。

良く売れている酒は、山田錦を50%まで精米した純米吟醸。
あと同じく山田錦55%精米の特別純米酒。

純米吟醸 山田錦は吟醸香が程々あり、味わいに膨らみがあって切れが良い酒。
特別純米 山田錦は旨味を優先した酒で、凝縮した味わいにより「うま甘く」感じる酒。

兄弟がイメージする酒は、フレッシュで香りがある酒。
味わいと香りのバランスが取れ、かつ切れの良い酒を造っていく事が目標だそうです。

4〜5年くらい前から首都圏には出て行っているのですが、現在の製造石数だと流石に供給量が少なすぎるため、今の倍くらいの500石くらい製造できるようになり、首都圏をはじめ全国市場ににも積極的に展開していきたいとのこと。

最後に訪問の証の記念撮影。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|記念撮影
「久留里の生きた水」の美味しさに笑顔になる吾郎。

蔵の数が多い割には首都圏でヒットする銘柄がなかなか出てこなかった千葉県において注目の酒蔵の登場です。

若い後継者による新たな酒造り。
もう少し製造量が増えれば販売店を増やすことが出来ます。 そうすれば知名度が上がって来るでしょう。日本酒専門店にとって要注目の存在です。




商品の購入・質問は福祝(ふくいわい)|藤平酒造合資会社へお問い合せ下さい。
TEL:0439-27-2043福祝醸造元藤平酒造合資会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

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2013年11月21日

旭鶴(あさひづる)|株式会社旭鶴

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 338蔵目

旭鶴(あさひづる)|株式会社旭鶴

千葉県佐倉市馬渡918
蔵元のサイト:http://www.asahiduru.jp/


酒名:旭鶴(あさひづる)、佐倉城 ■創業:天保元年(1830年)7代 ■杜氏:社員杜氏(南部流) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2013/11/21

代表銘柄
旭鶴 特別純米酒 佐倉城
旭鶴 大吟醸 勘三郎
旭鶴 新酒おり酒

千葉県北部、都心から約40キロメートルの距離に位置する千葉県佐倉市。
徳川時代には譜代大名が城主を務めた佐倉城で有名な土地ですが、最近では佐倉といえばバンプオブチキンを連想される方も多いと思います。(バンプのファンが多い私の周りだけかな?)

バンプオブチキンのメンバーは全員千葉県佐倉市という事ですが、彼ら飲んだかどうかは解りませんが、佐倉市に唯一残る酒蔵が、旭鶴(あさひづる)という名の酒を造る株式会社旭鶴です。

旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|外観
旭鶴(あさひづる)は天保元年(1830年)に、新潟出身の田中勘三郎氏が創業した現在で7代続く酒蔵です。

新潟出身の田中勘三郎氏は、蔵人として酒造りの仕事をされていたそうで、どういう理由があったのはか不明ですが、千葉県の佐倉に家族ごと出てきて、最初はどこかの家に住み込みで仕事をされていたとの事。

蔵が位置する場所は、江戸時代には歴史上に名が乗らないほどの小さな宿場町だったそうで5〜6件の旅籠屋があったそうです。
その後、どういう経過か不明との事ですが、この小さな宿場町で酒造業を営むようになります。

最初は現在ほど広い土地ではなかったそうですが、4代目(江戸末期〜明治)が蔵を大きくさせます。今の蔵は4代目が建てた建物との事。

最盛期には酒造業の他にも高田屋という名の旅籠屋の他に、金貸しと事業を拡大。
明治時代に入って鉄道が出来ると、小さかった宿場町はたちまち衰退。
旅籠屋は明治時代に閉めたそうですが、金貸しで土地を増や地主化していきます。
(当時の金貸しは土地を担保にしていたため、未回収があればその分土地が増えていく為、年月をかけ地主化していきます)

そうやって増やした土地ですが、5代目の時に、第二次大戦となり戦後の農地開放で土地の多くを失います。

旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|商品

旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|特別純米 佐倉城

旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|店内

蔵の代表銘柄「旭鶴(あさひづる)」は5代目の時代に誕生した酒名。
それ以前は「養老」という名の酒を造っていたとの事。

一番たくさん売れている酒が特別純米 佐倉城。
この酒は平成10年に地元の農家と契約して酒米をつくってもらって、それで酒を造ろうと「酒造り推進協議会」という組織が発足。
農協、商工会議所などが力を合わせ、市が公募を行い一番多く集まった名前が「佐倉城」だったのでこの酒名が誕生。

当初はどれくらい売れるか未知数でしたが、市全体で盛り上げ地元のケーブルテレビで紹介してもらった事も加わり大ヒット。
毎年、倍倍で生産量を増やし発売から10年が経過したところで需要も落ち着き、今では蔵の主力アイテムとなります。

地元で穫れる「総の舞」という米から造られていて、独特の味わいがある米の特徴を表現した酒。 価格は1升ビンで2625円

写真は釜場です。
旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|釜場

創業者が新潟出身だったせいかは解りませんが、昔は越後から杜氏が来て酒造りをしていたそうですが、やがて南部杜氏が来て酒造りをするように。

そして平成10年からは杜氏が来ずに地元雇用の社員が杜氏(南部の県外)となり、蔵元もこれに加わり酒造りをおこないようになります。

仕込み水は軟水の井戸水を使用。
原料米は吟醸(大吟醸、純米吟醸)は全て兵庫の山田錦。
特別純米 佐倉城は房の舞、それ以外は滋賀の日本晴を使用。

写真は麹室。
旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|麹室

酒造りの開始は早く、毎年9月の中旬頃。
今年は9月15日から酒造りがスタート。

佐倉では10月10日過ぎに「佐倉の秋祭り」が行われ、そこでおり酒を出したところ大好評で毎年造ることに。その為には9月中旬から造りをスタートさせる必要があり、仕込みの開始が早いとの事。

甑倒しは4月終わり頃、5月の中旬から20日頃に搾りを終え、皆造は5月の末になるという、仕込み期間としては長丁場。 しかしかつては6月の終わり頃まで仕込んでいたそうで、短くなったとの事。

仕込みが長い理由は、製造も販売も同じ人間(5名)で酒造りを行っているため、仕込みの間隔が広くとっている事。平均すると一週間に1本くらいのペース。
それともう一つが圧搾機に用いる槽の大きさ。

写真は仕込み部屋。
旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|仕込み部屋

旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|仕込み部屋

旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|醪

写真は槽(ふね)と呼ばれる圧搾機。
旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|槽場

お酒を圧搾するのは写真の槽(ふね)のみ。
この槽に1回で積みきれる量が最高で600キロなので、仕込みの大きさも最大でも600キロまでとなります。

もっとも小さな仕込みが125キロ仕込で年間に7本あるとの事。
これは四季醸造に似ていて、おり酒など新酒を造った尻から売っていき、売り切れた頃には次の新酒を搾って販売という、生きのいい酒を造りながら売っていくスタイルだからとか。

現在は造られている酒は地元中心に消費されているとの事ですが、千葉県は首都圏という事もあり今後はもう少し範囲を広げて行きたいと考えているそうですが、どういう手段で行うのか思案中との事。

最後に訪問の証の記念撮影。
旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|記念撮影
昔ながらの伝統的な槽に感心する吾郎。

蔵は今年、事務所を改装して直売所を拡張。
私が訪問中にも多くの方が蔵に来て、酒や酒粕を購入する姿を目にしました。

かつて酒蔵は村の辻ごとに存在し「酒屋」と呼ばれていたそうですが、正にそれを思わせる古きよき地元の酒蔵だと思いました。




商品の購入・質問は旭鶴(あさひづる)|株式会社旭鶴へお問い合せ下さい。
TEL:043-498-0002旭鶴、佐倉城醸造元株式会社旭鶴
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

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