2011年04月29日

辰泉,京の華,会津流|合資会社辰泉酒造

新進気鋭 酒蔵訪問の旅。
169件目の訪問蔵は、
福島県の会津若松市で辰泉,京の華,会津流という日本酒を醸す合資会社辰泉酒造です。

辰泉,京の華,会津流|合資会社辰泉酒造

所在地:福島県会津若松市上町5-26
代表銘柄:辰泉,京の華,会津流
創業:1877年(明治10年)4代
杜氏:南部杜氏
仕込み水:中軟水
訪問日:2011/4/29

代表銘柄
純米吟醸 京の華
純米 会津流(あいづながれ)
純米 辰泉

辰泉酒造は明治10年、新城 龍三(しんじょう たつぞう)氏によって創業した現在4代続く酒蔵です。 辰泉,京の華 合資会社辰泉酒造|蔵の外観 新城 龍三氏は、会津若松市内の本町という場所で造り酒屋に生まれましたが長男ではなかったため、現在の場所に分家・独立し酒造業を行います。

会津戦争が終わったのが明治元年という事ですから、蔵が創業した明治10年というのは会津戦争が終わって10年後という時代背景となります。

丁度、西南戦争が始まった年であり、西南戦争には元会津藩士が加わった事から、会津の街は復興に向けて動き始めていた頃ではないでしょうか。

辰泉酒造の創業当初の屋号は不明とのことですが、三つ柏正宗という酒名の酒を造ります。
しかしもっと良い酒を造りたいと考えた龍三氏は、自らが灘の白鹿(辰馬本家酒造)に行き、酒造りの修行を行います。

灘で修行を終えた龍三氏は、お世話になった「辰馬本家酒造」の「辰」の字を戴き、「辰泉」という現在の酒名を命名します。


写真は釜場です。昔からの和釜が用いられています。 辰泉,京の華 合資会社辰泉酒造|釜場 辰泉酒造は戊辰戦争後に創業した蔵なので会津戦争による消失というのは無かったのですが、2代目の蔵元の時代、第2次世界大戦の国家総動員法によって、酒造りが休止させられる事になります。

この時代に休止させられた蔵というのは、再び酒造りを開始する事が簡単に行えなかったそうで、2代目の蔵元は休止させられた他の酒蔵と共に国税に何度も酒造業復活の嘆願を繰り返します。

その結果、第2次世界大戦が終了して約10年が経過した昭和30年の頭ごろに酒造免許の所得が叶い、辰泉は復活する事になります。

ちなみに龍三氏が生まれた本家の造り酒屋は、この時に復活をせず消滅する事になります。


蔵の中に立つ人物は誰だ! 辰泉,京の華 合資会社辰泉酒造|仕込み部屋 辰泉酒造4代目蔵元、新城 壮一さんです。 %B5%E5%BA%AB.jpg 大手音響メーカーに務めていた新城 壮一さんは2003年に酒蔵に戻って来られ、この蔵で30年間酒造りに携わる南部杜氏につき、酒造りの修行を行います。

同時に先代蔵元が着目た酒米「京の華」に関心を持つことになります。

先代の蔵元は、福島県醸造試験所に務められていて、酒つくりの研究や指導を行っていた研究者肌の方だったそうです。
その3代目が着目したのが「京の華」という酒米でした。

4代目も京の華が持つ魅力にひかれ、その米の特徴を活かす酒造りを目指すことを決意。
平成21年の酒造を最後に、この蔵で30年間酒造りを続けてきた杜氏が引退する事となり、来年から壮一さんが杜氏となって酒造りを行います。


辰泉,京の華 合資会社辰泉酒造|商品 辰泉,京の華 合資会社辰泉酒造|記念撮影 最後に訪問の証の記念撮影です。
辰泉の主力商品「京の華」「会津流」を試飲させていただきました。

辰泉の3代目、4代目を魅了した、京の華で造られたお酒の美味しさに思わず笑顔になる吾郎でした。




商品の購入・質問は辰泉,京の華,会津流|合資会社辰泉酒造へお問い合せ下さい。
TEL:0242-22-0504 辰泉,京の華,会津流醸造元 合資会社辰泉酒造
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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