2011年04月28日

福小町 秋田杜氏 角右衛門|木村酒造

新進気鋭 酒蔵訪問の旅。
167件目の訪問蔵は、
秋田県の湯沢市で福小町という日本酒を醸す木村酒造です。

福小町 秋田杜氏 角右衛門|木村酒造

所在地:秋田県湯沢市田町2-1-11
代表銘柄:福小町、秋田杜氏、角右衛門
創業:1615年(元和元年)14代
杜氏:社員杜氏
仕込み水:軟水
訪問日:2011/4/28

代表銘柄
純米酒 福小町
吟醸酒 秋田杜氏
純米原酒 秋田一水
特別純米 角右衛門

大阪夏の陣により豊臣氏が滅亡した1615年。
その年に創業したのが木村酒造です。 福小町 角右衛門 木村酒造|蔵の外観 木村酒造のルーツは大阪夏の陣で戦死した豊臣方の武将、木村 長門守 重成の子孫と言われています。

大阪夏の陣で木村 重成が討ち死にした後、豊臣家が滅亡。重成の子孫の一人が秋田県まで逃げ延びて来る訳ですが、豊臣氏が滅亡し刀を捨て商売を開始した1615年を創業の年としています。

とても歴史が長い蔵元ですが、秋田県には木村酒造より更に長い蔵が1件あるとか。


写真は蔵にある展示館。一般の方でも見学が出来ます。 福小町 角右衛門 木村酒造|展示館 明治時代以前、湯沢の街というのはお酒に関する法律がとてもゆるい地域だったそうで、一般人でも全く罪の意識無くどぶろくを造っていたそうです。

蔵元の話によると、400年ほど前の秋田には酒蔵が700件あったと記録されているそうなので、それから推測すると当時の酒造株の取得は比較的緩く、取得しやすかったのではないかと考えられます。

木村酒造も当初は「どぶろく」のような酒から酒造業が開始したのではないかと考えられています。
その後3代目の角右衛門(かくうえもん)氏の代(1681-1728)になって、現在のような酒蔵へと成長を遂げます。


写真は木村家3代目、酒造業を発展させた右衛門(かくうえもん)氏の名を冠した酒。 角右衛門 木村酒造|商品 木村酒造は、古くは「男山」という酒名の酒を造っていました。

ところが明治14年明治天皇が秋田に来られた際に従事の方が木村酒造に宿泊されます。

その夜、酒を飲まれた際とても甘くて円やかであったことから「男山というよりも女性的な酒ですね」という話となり従事の方より「福娘」という酒名を賜ります。


福小町 角右衛門 木村酒造|仕込み部屋

昭和になるまで福娘と男山の2種類の銘柄の酒を出荷していましたが、昭和の初期に「商標が他社と重なる」という問題が発生します。

酒蔵の多くは、現在の商標登録が無かった江戸末期から明治の初期に創業しているため、銘柄がバッティングする事が多々ありました。
地酒の多くは、それぞれの地元の範囲内で酒が消費されてきた訳ですから、遠方の蔵と商標が重なっても問題はなかったのです。
それが明治中期に商標制度が始まり、昭和あたりから商標が重なる事による問題が発生してきます。

そこで木村酒造は、湯沢が小野小町の生誕の地と言われている事から、「福娘」の「娘」を小町に変え、昭和16年に現在の主力商品「福小町」の酒名が誕生します。


福小町 角右衛門 木村酒造|仕込み部屋

平成9年に日本酒の級別制度が廃止された際に、普通酒の製造を止め全量特定名称酒造りに変更されます。
その時に誕生した銘柄が「秋田杜氏」。

少量多品種生産の時代に入り、原酒専門の銘柄「一水」というブランド誕生。
そして専門店限定流通の「角右衛門」という商品が現れます。

酒の特徴ですが、言われると通り、柔らかな甘味が感じられる女性的な酒。
甘いというよりも、口当たりが柔らかく丸いのが特徴。
辛口の酒を意識して造っても、口当たりが柔らかい酒が出来上がるそうです。


福小町 角右衛門 木村酒造|記念撮影 最後に訪問の証の記念撮影は、蔵の展示館で撮影。
蔵に残る古い資料(家系図)を見て感心する吾郎でした。


商品の購入・質問は福小町|木村酒造へお問い合せ下さい。
TEL:0183-73-3155 福小町醸造元 木村酒造
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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