2011年04月13日

金泉,飛騨路の寒椿|平和錦酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅。
150 件目の訪問蔵は、
岐阜県の加茂郡で金泉,飛騨路の寒椿という酒を醸す平和錦酒造株式会社です。

金泉,飛騨路の寒椿|平和錦酒造株式会社

所在地:岐阜県加茂郡川辺町下麻生2121
銘柄:金泉,飛騨路の寒椿
創業:嘉永3年(5代)
杜氏:南部杜氏
仕込み水:中軟水
訪問日:2011/4/13

代表銘柄
金泉 しぼりたて原酒
金泉 上撰
飛騨路の寒椿 純米酒


かつて飛騨から運ばれる材木の集積地として栄えた街。
川辺町にて約150年続く酒蔵、平和錦酒造。 平和錦酒造 蔵の外観 平和錦酒造株式会社は、ペリーが日本に来る3年前の1850年(嘉永3年)、前島 九左衛門氏によって創業した酒蔵です。

前島家はトータルでは13代続く家で、酒造業をする前はこの地の庄屋でした。
創業当初の酒名は「あさのつゆ」。
酒造業の創業のルーツをたどると材木に行き当たります。

釜の横に立つ方が5代目蔵元。 平和錦酒造 蔵元 釜場 蔵が位置する下麻生は全国で1位を争う材木の産地でした。

飛騨の材木産業の歴史は長く、室町時代から始まっています。戦国時代には織田信長の朱印状を得て、次に豊臣秀吉の直轄地になり、その次は徳川家康の直轄領になります。戦国時代のキーパーソンがこの地を直轄市にしてきた背景から、たいへんな重要地点だった事が伺えます。

その後、徳川家康が初代の尾張藩主、徳川義直にこの土地を与えます。
その結果、地理的には美濃の国に位置しますが尾張藩領になります。

蔵の仕込み部屋です。嘉永年間に建てられた蔵の中で酒造りが行われています。
平和錦酒造 仕込み部屋 蔵が位置する当たりで飛騨川の川幅が太くなりますが「下麻生の綱場」と呼ばれ、川を利用し飛騨から材木を輸送していた材木の集積地(港)でした。 同じ岐阜県の木曽川にも八百津の綱場があり、八百津の綱場と下麻生の綱場で日本一を競っていたといわれています。

下麻生の綱場で材木を一手に扱っていたのが、蔵の前に屋敷を構える長谷川家です。
長谷川家は岐阜県でも1位を争う材木問屋で、その後東京に進出し「長谷木」という会社になります。

下麻生は尾張藩と長谷川家で栄えた街で、蔵元が子供の頃には旅館だけでも十数件もあり、飲み屋さんはもちろんの事多く、料亭も沢山あったそうです。
船乗りも多く、お酒の需要が多かった事が想像できます。

そのような背景から幕末に酒造業を開始した事が伺えます。

写真は「もと場」と言われる、酒母を造っている場所です。
平和錦酒造 酒母室 金泉は地元に根ざした酒を目指しています。やや甘口で口当たりの良い酒。東京市場では「少し甘いかな?」と思われるかもしれません。
日本酒度はマイナス1くらい。
それに対し県外を意識して造る飛騨路の寒椿はやや辛口に仕上げています。

まだ全国的に搾り立ての原酒が出回っていない時代から「しぼりたての原酒」に着目されており、純米、本醸造、吟醸、普通酒、など幅広く搾り立ての原酒を製品化しています。

下呂温泉への道の途中に蔵があるため、温泉客が立ち寄ることが多く、おみやげ等で買われた方のリピート注文が多く、遠方からの注文が多いとのこと。

平和錦酒造 商品写真 現在力を入れているのは古酒です。
計画的に製造しており、一番古い古酒は昭和53年のもの。
古酒は全て原酒。特定名称酒以上の酒を熟成されています。


平和錦酒造 記念撮影 最後に訪問の証の記念撮影です。古酒の滑っくが、出品酒クラス(山田錦35%精米)と高く、驚く吾郎でした。


商品の購入・質問は平和錦酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0574-53-5007 金泉(きんせん)醸造元 平和錦酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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