2013年11月26日

末廣(すえひろ)|末廣酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 342蔵目

末廣(すえひろ)|末廣酒造株式会社

福島県会津若松市日新町12−38
蔵元のサイト:http://www.sake-suehiro.jp/


酒名:末廣(すえひろ) ■創業:寛永3年(1850年)7代 ■杜氏:社員杜氏(会津杜氏会) ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2013/11/26

代表銘柄
末廣 伝承生もと 純米
末廣 大吟醸 剣
末廣 大吟醸 舞

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|外観

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|嘉永蔵

末廣酒造株式会社は江戸末期、寛永3年(1850年)に新城 猪之吉氏が創業した現在で7代続く酒蔵です。

会津藩の御用商人として酒造業などを営む商家に生まれた猪之吉氏は、長男ではなかったので家から独立。
今、蔵がある所から少しはなれた場所で酒造業を創業します。
そして約10年後には現在の場所に移転し、蔵を構え酒造りを行うようになったそうです。

創業当時の屋号は○の中にカタカナの「イ」と書いてマルイ。
「イ」は猪之吉氏のイです。

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|瓦

創業した18年後の1868年(慶応4年・明治元年)に会津戦争が始まり、蔵は見張りに一人〜二人蔵に残したまま疎開する事になります。しかし籠城戦となったため、お城には砲弾が打ち込まれますが、蔵があるあたりは無事で特に火災など起きず難を逃れたそうです。

ただ会津戦争の戦火から逃れたものの、明治39年に火災が発生。 現在喫茶店として営業している「新蔵」を残し蔵は消失します。 翌明治40年(1907年)に土蔵を建築し、その後約10年かけ継ぎ足すように建物を建て行き、現在の形になります。
焼け残った新蔵は、この蔵に残る一番古い建物になってしまうのですが、今でも「新蔵」と呼ばれているとの事。

現在の酒名「末廣」は「商いは末広く」の言葉からできた名前で、明治時代の商標登録が開始された時に、この辺りではもっとも早く取得されとのこと。
明治早々に商標登録をされたという事はそれ以前から使われていたかもしれません。
末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|商品

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|商品

蔵は明治以降に大きく成長したようで、宮内庁御用達となり東京の新川にも事務所を構えます。
酒だけではなく漆器、秤なども扱っていたそうで、特に漆器はかなり手広くされていたそうです

土地を次々に買い足し、蔵から会津若松の駅まで自分の土地だったそうです。(ちなみにgoogle mapで調べたところ、蔵から駅までは1.4キロ有り徒歩で17分かかるとの事。)

この頃は蔵は商売だけではなく様々な方向で調子がよかったようで、この蔵から後に京都大学の総長にまで出世した新城 新蔵(しんじょう しんぞう)氏は末廣酒造の6男でした。

幼い頃から神童と呼ばれ松平容保公のお孫さんとはご学友との事。
容保のお孫さんとなると平民では無いわけですから、屋敷に先生を呼んで学問を学ばれていたはずです。
そこにご一緒出来るという身分を考えると、酒造業で成功した財力により信用が有り、なおかつ学力が優秀だったのでしょう。

また3代目蔵元の奥様は野口英世の恩師である小林栄先生の姉で、蔵は野口英世の面倒をみていたようです。
野口英世がこの蔵に来た事があり、その時の写真や書が蔵に残っています。

蔵のお座敷には会津藩主松平容保公や最後の将軍徳川慶喜の書が飾られており、そういう世界に通じるコネクションがあったようです。

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|売店
蔵には売店があり、試飲・購入が可能。
この直売所でしか売っていない酒もあるとの事。

蔵に併設されている高羽哲夫記念館。
末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|資料館
山田洋司監督の映画「男はつらいよ」の撮影監督として全48作品の撮影に携わった会津出身の映画カメラマン、高羽 哲夫氏は現蔵元と親交があったそうで、遺品やポスター、撮影の様子を記した写真などが蔵に展示されています。

写真は嘉永蔵の仕込み部屋です。
末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|仕込み部屋
酒造りですが末廣酒造では創業当時の場所にある嘉永蔵と、そこから西に約10キロ離れた場所にある平成8年に建てられた博士蔵の2箇所で酒造が行われています。

2月になると渇水期になり水が足りなくなる事から、酒つくりの拠点を博士蔵に移し嘉永蔵は酒造歴史館として残すことを考えます。

しかし嘉永蔵は酒造りを止めて2年が経過した頃から土蔵が痛み始めます。
昔ながらの木造建築物は、人が住まなくなり水の煮炊きが行われなくなると、どんどん錆びれるそうです。

蔵は酒造歴史館として100年先まで残したい願望がありました。 だったらここで少量でもいいので酒造りを再開しようと、2年酒造りを休んだ後に嘉永蔵でも酒造りを開始されたそうです。

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|仕込みタンク
この蔵で製造されている酒は原則、直売所で販売されている酒です。
この大きさのタンクを週に1本のペースで仕込み、年間約13本ほどのタンクを仕込んでいるそうです。
醸造スペースは一箇所集中型。釜場から仕込み部屋、槽場まで全て一部屋にあります。

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|小仕込み
写真は酒母タンクではなく仕込みタンクです。

「my酒」という名称で、個人の方からオーダーメイドで製造する酒。
仕込む酒は基本的に純米酒で、1升ビンで40本出来上がります。
価格は1升ビンでは3千円ちょっと。それが40本なのでトータルで15万円。
購入者は三段仕込みの1日間、仕込みを手伝う事が出来るとの事。 

末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|槽
この槽(ふね)一台で酒を搾ります。

博士蔵に醸造施設を移転した際に、圧搾機はそちらに運んだため、嘉永蔵で醸造を再開する際には圧搾機は有りませんでした。
そこで他の酒蔵から使っていない槽を入手。少し小さな槽ですが、モロミが多い時は木の枠でかさ上げするなどし搾っているとの事。

造り手は40年以上も前から社員による製造。会津杜氏会に加盟されている佐藤 寿一さんという方が杜氏です。
仕込み水は水は弱軟水。
猪苗代湖の水が地下を浸透して、この辺りに湧いているのではないかと言われています。

原料米は地元産の五百万石とふくのはな、兵庫産の山田錦の3種類がメイン。

末廣酒造は明治に末期に、山廃仕込みを考案した嘉義 金一郎(かぎきんいちろう)先生が山廃仕込みを実証した全国の5箇所の蔵の1つです。
そういう経緯もあって山廃を軸にした商品展開に力をいれているとの事。

最後に訪問の証の記念撮影。
末廣(すえひろ) 末廣酒造株式会社|記念撮影
今後、蔵が力を入れていく伝承山廃純米酒に注目する吾郎。

末廣酒造株 嘉永蔵では蔵見学は基本大歓迎。
会津若松駅からも近く、日経プラス1の何でもランキングで「訪ねて楽しい日本酒の蔵元」の1位になるなど、訪問お勧め酒蔵です。
会津若松には他にも見学を受け入れてくれる蔵が多くあるので、若松に来られた際には訪問お薦めの酒蔵です。




商品の購入・質問は末廣(すえひろ)|末廣酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0242-27-0002末廣醸造元末廣酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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