2013年06月04日

西乃蔵、博多小女郎|光酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 328蔵目

西乃蔵、博多小女郎|光酒造株式会社

福岡県糟屋郡粕屋町長者原95-3
蔵元のサイト:http://www.hakata-hikari.co.jp/


酒名:西乃蔵(にしのくら)、博多小女郎(はかたこじょろう) ■創業:昭和34年(1959年)3代 ■杜氏:社員杜氏(諸派) ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2013/06/04

代表銘柄
西乃蔵 純米酒
夢想仙楽 長期樫樽貯蔵 麦焼酎
博多小女郎 麦焼酎

西乃蔵、博多小女郎 光酒造株式会社|外観
光酒造株式会社は昭和34年に光安 直(なおし)氏が創業した現在で2代続く酒蔵です。

創業者の光安 直(なおし)氏は大正11年に創業した光安酒造の生まれで当時、光安酒造では清酒と焼酎を製造していました。

直氏は長男では無かった為、第二次世界大戦の際に出征したものの戦後に復員。
実家の酒蔵に戻ってきて酒造業を手伝ようになます。

そして昭和34年に焼酎部門を分離独立し光酒造が誕生。
兄は光安酒造を継ぎ清酒を製造。兄弟で日本酒と焼酎を分担し、それぞれの会社で酒造りが行われるようになります。

当時は九州といえども清酒が中心に飲まれており、焼酎は付け足し程度で製造している程度だったそうです。
しかし炭鉱の町として栄えるうちに肉体労働者が焼酎を飲むようになり焼酎部門の業績が向上。
光焼酎、オオガメなど様々な銘柄の焼酎を製造されていたそうですが、昭和40年頃から炭鉱が廃れるようになります。

そんな時に博多小女郎という銘柄の焼酎を発売。
当時は商品名に「女郎」という文字が入るため、受け入れられるかどうか分からなかったのですが、販売を開始したところ大ヒットし今日に至る主力銘柄になります。

更に昭和50年頃に起きた第一次焼酎ブームも手伝い光酒造は順調に成長しますが、対照的に本家の清酒部門の光安酒造は時代の波に乗れず、その後廃業する事になります。

本家廃業後、平成元年に清酒免許を取得し日本酒の製造を開始。
酒名「西乃蔵」が誕生します。

写真は仕込み部屋。
西乃蔵、博多小女郎 光酒造株式会社|仕込み部屋
私が訪問した6月は焼酎の仕込みが行われていました。

焼酎の醪です。どう見ても日本酒とは異なりますね。
西乃蔵、博多小女郎 光酒造株式会社|焼酎の仕込み

写真は焼酎の麹を製造する製麹ドラム。
西乃蔵、博多小女郎 光酒造株式会社|製麹ドラム
日本酒蔵では見慣れない設備が並んでいるので珍しくて撮影。

写真は減圧蒸留機です。
西乃蔵、博多小女郎 光酒造株式会社|蒸留器
シーズン的に日本酒の製造は行われていおらず、代わりに焼酎の製造が行われていた為、焼酎の製造工程の撮影が中心になりました。

焼酎はほぼ一年中製造しているそうですが、日本酒は1月から3月の間に製造されているとの事。

日本酒造りに用いる原料米は地元の米どころ、筑後産が中心。 全量、弱硬水の地下水を使用。

光酒造は平成に入って端麗辛口が流行っていた時代に日本酒の製造を始めた事から、福岡酒には珍しく淡麗辛口路線の日本酒を造られているそうです。

訪問の証の記念撮影。高さ10メートルある大型の貯蔵タンクに驚く吾郎。
西乃蔵、博多小女郎 光酒造株式会社|記念撮影
屋外に大型タンクを置いている蔵は多いのですが、室内にこのクラスの大きさのタンクを置かれている蔵はそうそう見ません。
アルコール度数43度の原酒の焼酎が保存されているとの事です。

蔵元の話によると、福岡では焼酎が辛い酒として飲まれていてるため、日本酒には辛さを求める必要がなく、逆に焼酎には無い味が乗った少し甘く感じる酒が好まれるそうです。
西乃蔵はそんな福岡市場において少し異色の日本酒かもしれません。
今後の日本酒の活躍に期待します。




商品の購入・質問は西乃蔵、博多小女郎|光酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:092-938-2458西乃蔵、博多小女郎醸造元光酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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