2012年10月25日

華姫桜(はなひめさくら)|近藤酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 282蔵目

華姫桜(はなひめさくら)|近藤酒造株式会社

愛媛県新居浜市新須賀町1-11-46
蔵元のサイト:http://www.kondousyuzou.com/


酒名:華姫桜(はなひめさくら)、群青(ぐんじょう) ■創業:1878年(明治11年)5代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2012/10/25

代表銘柄
華姫桜 しずく媛 無濾過純米吟醸原酒
華姫桜  特別純米 無濾過生原酒
華姫桜 無濾過純米吟醸

四国の中北部、瀬戸内海に面する愛媛県新居浜市。
ここは江戸中期に発見された別子(べっし)銅山によって今もなお栄えている街です。
別子銅山とは、当時世界最大級の産銅量を誇る銅山で住友が所有していたそうです。
別子銅山から採掘される動は280年にもわたって住友の重要な事業の柱となり財閥となった出発点といわれています。

生成された銅や金は船を用いて輸送していた為、港町が発展。工業都市というイメージを持たれる方も多いと思いますが、水が綺麗なところで2008年に愛媛県では唯一となる平成の名水百選に選ばれた場所でもあります。
現在の蔵元が生まれた1970年代には6社の酒蔵が存在していたそうですが、現在残っているのはわずか1社のみ。

その最期の1社が平成13年に後継者が復活させた近藤酒造株式会社です。 華姫桜(はなひめさくら) 近藤酒造株式会社|外観
近藤酒造株式会社は明治11年(1878年)に創業した現在で5代続く酒蔵です。

創業者は近藤荒助清隆(こんどうあらすけきよたか)といい、酒造業をはじめる以前は何をされていたのか不明とのことですが、朝野屋(あさのや)という屋号で詔(みことのり)という酒名の酒を販売されたとの事です。

その後法人化し近藤酒造株式会社となり「ひめさくら」という酒名の日本酒を製造。最盛期は約1000石の酒を製造されていたそうで、同時に問屋など流通業務も行います。

しかし日本酒が一番のピークであった昭和48年を過ぎてからは生産量は徐々に減少。 代わってビールなど他のアルコール飲料が伸びてきたことにより、問屋業務が忙しくなります。そして問屋業務に一本化する事から自社での製造を休止する事になります。

写真の方は蔵を復活させた5代目蔵元、近藤 嘉郎(よしろう)さん。
華姫桜(はなひめさくら) 近藤酒造株式会社|近藤 嘉郎蔵元
しばらく他社に委託製造していた近藤酒造でしたが、学校を卒業し蔵に戻ってきた嘉郎さんによって自社製造が復活します。

嘉郎さんは東京農業大学の醸造学科を卒業後、外で働いた後に酒蔵の後を継ぐため蔵に戻ってきますが、その時までは「自社でまだ酒を造っている」と思っていたそうです。

自社で製造していない事を知った嘉郎さんは、酒造りを復活させたいと考えます。
造り酒屋の息子が酒造りの道に進む事は普通の事で、周囲も「頑張れ」と応援するのが一般的です。しかし当時の近藤酒造は違っていました。

既に近藤酒造は卸業務が主体となり、周囲は嘉郎さんに流通の仕事をしてもらう事に期待されていたそうです。
先代の蔵元に復活の話を切り出しても反対を受けます。
社長からは「酒造りを再開するのにいくらお金がかかると思っているんだ」とお決まりの文句。周囲からは「忙しい時期に手伝わずに酒を造るなんて、社長の息子の道楽じゃないの?」と冷ややか。

嘉郎さんはトラックを運転しお酒を配達する仕事に追われる傍ら、愛媛の若い後継者と度々集まり復活の道を模索。杜氏制を廃止して蔵元・社員だけでどうやって酒を造って行うのか、という共通の悩みを持った若い後継者がい多かったので、彼らと集まっては情報交換や勉強会をされていたそうです。
同じように酒造りを復活させた蔵を何件も回ってアドバイスをもらいます。

地下で3年間活動した結果、自身で一人でも酒を造る事は可能である事を知ります。
新たな機器を買い揃えなくても今、蔵にある道具を改造するなどして使えば酒造りが出来る事がわかってきます。

そして29歳となった平成13酒造年度に見切り発車で米を発注。
酒造りを復活させる事に皆が賛成してくれた状況では無かったので、お金を掛けることも出来ず、人も使うこともできず。残っていた設備を改造するなど一人で酒造りを再開。
酒造りをサポートしてくれる杜氏さんもなく600リットルの小さなタンクで2本の酒を造ったそうです。

華姫桜(はなひめさくら) 近藤酒造株式会社|商品
嘉郎さんが造った酒は「ひめさくら」という名称で販売。しかし商標の問題から、新たに「華姫桜」を酒名を命名。

当時の番頭さんが、若いメンバーが試行錯誤し酒造りをする姿を見て「群青それは青春の群れ」の言葉を思いついた事から、後に「群青(ぐんじょう)」というセカンドブランドも誕生します。

翌年には4本、更に翌年には8本と製造量を増やし、3年目の愛媛県の鑑評会で金賞を受賞。 復活当初は地元でさえ、簡単に振り向いてもくれなかったそうですが、金賞受賞を機会に地元でも徐々に華姫桜が認知されるようになります。
現在では約100石まで生産量を増やし委託製造は廃止。今では全量が自社生産に至っています。

近藤酒造が造る酒は、愛媛酒のスタンダードと言える料理に合う旨口の酒。
ただ一般的な愛媛酒より、米の味わいを更に強化した、り濃い口の味。

愛媛の料理は甘い味付けが多く、その影響で少し甘く感じられる酒が多いとの事で、華姫桜も日本酒度はプラス(少し辛口)に造っているのですが、口にされるお客様の多くは「これ甘口ですか」と言われるそうです。
麹を強めにしてお米の味わいを乗せた酒造りを基本にされているとの事。

写真は蔵の庭に植えられている桜。 華姫桜(はなひめさくら) 近藤酒造株式会社|桜
この桜は木の沢山の柱で支えられていますが、何年か前に折れて倒れたそうです。
しかし起こしてやれば復活するのでは?と柱を用いて枝々を支えたところ翌年には花をさかしたそうです。
この桜の復活が、蔵の復活とストーリーが重なる事から蔵は大切に育てられているとの事。

写真は仕込み部屋。
華姫桜(はなひめさくら) 近藤酒造株式会社|仕込み部屋
温度調整の為にタンクに巻いているホースに苦労の後が伺えます。

この建物の中に、釜場、麹室、仕込み部屋、槽場が集約して配置されていました。

最盛期で1000石との事でしたので、それほど大きく無かった事が残っている道具で酒造りが可能だったのではないでしょうか。

写真は槽場です。
華姫桜(はなひめさくら) 近藤酒造株式会社|槽場
立派な圧搾機です。
圧搾機は酒造道具の中でも圧搾機はとても高価で、この大きさでも新調しようと思えば1000万くらいかかってしまいます。
先日、とある蔵元のブログを見たら、中の板を全部新調しただけで250万と書かれていました。
よく使える状態で残しておいたものですね。

最後に訪問の証の記念撮影。
華姫桜(はなひめさくら) 近藤酒造株式会社|記念撮影
華姫桜の味に感動する吾郎!

訪問に当たる前、愛媛県酒造組合のサイトでこの蔵の情報を見た時は、今ひとつ特徴がわからず、昔の自分なら訪問すること無くスルーしていた蔵でしょう。

しかしネット上などから得られる情報と、実際に現地に足を運んで得られる情報とは大違いである事は多く、まさかこんなに情熱をもって酒造りを復活された蔵だとは思っていませんでした。

現地に足を運んで、まわる事ができる蔵は回っておくべきだと改めて思うと同時に、華姫桜の味のクオリティーが高かった事に驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は華姫桜(はなひめさくら)|近藤酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0897-33-1177華姫桜、群青醸造元近藤酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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