2012年07月17日

浦霞(うらかすみ)|株式会社佐浦

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 257蔵目

浦霞(うらかすみ)|株式会社佐浦

宮城県塩竈市本町2−19
蔵元のサイト:http://www.urakasumi.com/


酒名:浦霞(うらかすみ) ■創業:1724年(享保9年)13代 ■杜氏:社員杜氏(南部杜氏) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2012/7/17

代表銘柄
浦霞 純米吟醸 禅
浦霞 エクストラ大吟醸
浦霞 本仕込

人口約57000人の宮城県塩釜市。 江戸時代に鹽竈神社(しおがまじんじゃ)の門前町として栄え、大正時代から昭和にかけては造船業によって発展。同時に漁業も盛んで近海の生マグロの水揚げ量が日本一。

仙台から移転してきた遊郭が並んでいたという娯楽地域だったそうですが、今ではその影もなく静かな地域です。その塩釜に宮城を代表する酒蔵、いえ宮城のみならず、東北を代表する名門蔵が株式会社佐浦です。 浦霞(うらかすみ) 株式会社佐浦|外観

株式会社佐浦は1724年(享保9年)に佐浦富右衛門氏が創業した現在で13代続く酒蔵です。

麹の製造業を営んでいた富右衛門氏は1724年に酒造株を取得。 塩竈神社の御神酒酒屋として、約20石という製造量からスタートします。

塩釜港は藩政時代の時から海の玄関口として海上交通の要として発展しました。
その為、造られた酒は地元の消費だけではなく船に乗って三陸沿岸方面に運ばれ販路を拡張。

江戸時代末期には製造量は300石となり、明治28年には3000石を超える酒蔵に成長。

写真は明治28年の全国酒造番付表。
浦霞(うらかすみ) 株式会社佐浦|明治28製造国数番付
この番付表によると明治28年の3000石は、全国でもトップクラスの生産量だったようです。

番付上位は灘が大半を占めていますが、番付の最上段に「佐浦もと」の名前が記されています。

東北勢では最上段に名前が掲載されているのは浦霞と、同じ宮城県の森民蔵という2社のみ。森民蔵が5千石を造っていたようなので、浦霞は東北で2番目位に大きな蔵ということになります。

当時は「八雲」「富正宗」「宮城一」という酒名の酒を製造されていたそうですが、大正時代に昭和天皇にお酒を献上する機会があり、その際に源実朝が詠んだ塩釜の歌から「浦霞」という酒名が誕生。
昭和に入り戦時下の級別制度により銘柄名を「浦霞」に統一、今に至ります。

第二次大戦中でも製造を続けていたものの、国の企業整備例で宮城県下の酒蔵と強制合併となり「仙台酒造株式会社 浦霞工場」として酒造りを続けられたそうです。
その後、昭和30年に解散となり昭和31年に現在の浦霞、株式会社佐浦が誕生します。

写真は浦霞の主力商品「禅(ぜん)」。
浦霞(うらかすみ) 株式会社佐浦|禅
昭和30年以降の高度成長時代に時代になると日本酒の大量生産が進みますが、浦霞はその流れに乗れず、小規模の蔵だからこそ「量より質、本物の酒を丁寧に造って丁寧に売る」事を基本に高品質の酒造りを追求。

特定名称酒への着手は早く、昭和40年の中頃から開始。
昭和48年には浦霞の代表商品となる「禅(ぜん)」が発売開始。

昭和50年頃より発生した地酒ブームによって、浦霞は首都圏への出荷が増え平成4年には10000石を突破するという、地酒界においてとても大きな蔵へと成長。
平成23年には、今回訪問した本社蔵と、少し離れた高台に立つ「矢本蔵」の二つの蔵で約13000石の酒が製造されているそうです。

写真の方が浦霞の杜氏を務める、小野寺邦夫さん。
浦霞(うらかすみ) 株式会社佐浦|津波の水位を示す杜氏
杜氏さんが指をさされている白線は、3月11日の地震で発生した津波の高さ。この高さまで波が押し寄せたそうです。

今回、蔵をご案内していただきました。

写真は麹室。
浦霞(うらかすみ) 株式会社佐浦|麹室
浦霞では酒造りに用いる米の9割以上は地元宮城県産米(トヨニシキ、まなむすめ、蔵の華)です。
また、製造される酒の98%が特定名称酒です。

一番良く売れている酒が「浦霞本仕込み」で、蔵を代表する看板商品は「浦霞純米吟醸禅」。
味と香りのバランスがとても良いお酒です。

塩釜は人口密度に対し寿司屋の数が日本一多い土地と言われ、浦霞は地元のお寿司屋で広く使われているため、魚料理によく合う酒であることは間違い無いそうです。

「浦霞純米吟醸禅」を中心とした特定名称酒の売れ行きが好調で、品切れが起きてお客様にお待たせすることが多かった。
流通量が足りなくなることでプレミア価格になることをとても嫌う蔵元だったので、平成6年に矢本蔵を建設されたそうです。
一般的には昭和の終わり頃から製造数量が落ちている蔵が多いのですが、浦霞は寧ろその時期から伸び始めたという、他とは逆の流れを行く蔵元です。

写真は麹の枯らし場。
浦霞(うらかすみ) 株式会社佐浦|麹の枯らし場
麹室と同時に枯らし場もとても広く作られていました。

写真は酒母室。仕込蔵の2階の部分に存在します。
浦霞(うらかすみ) 株式会社佐浦|酒母室
建物は江戸時代末期に建てられたものだと言われています。

写真は仕込み部屋を上から撮影したもの。
浦霞(うらかすみ) 株式会社佐浦|仕込み部屋
震災後、琺瑯タンクにひびが入り全てステンレスタンクに変えられたとのことです。
上から見ると一見、何の変哲もない普通の仕込み部屋に見えますが、下から見ると変わっていて、仕込み部屋の下の部分は大きな冷蔵倉庫のように部屋として密閉されています。

最近の3期醸造・四季醸造の蔵だと、仕込み部屋ごとに空調が効いた個室の中で造られているのですが、江戸時代前の建物を利用し3期醸造を実現するとなると、仕込み部屋全体を冷やすことが困難なのでしょうか?仕込みタンクの下の部分が密閉された個室になっていました。

写真は仕込み部屋の2階の手すり。凹んでいるのはロウソクで焦げた跡。
浦霞(うらかすみ) 株式会社佐浦|ロウソクの跡
この蔵は江戸時代に末期に建てられた蔵です。
当時は電気が無く、窓も無いに等しかったので、蔵の中を照らす灯りはロウソクの炎のみ。

かつては、手すりの位置にロウソクを立て、蔵の中を照らしたそうで、手すりの表面が欠損しているのは、ロウソクで焦げた跡とのことです。

訪問の証の記念撮影。現役で使用されている木桶に驚く吾郎。
浦霞(うらかすみ) 株式会社佐浦|記念撮影
平成16年に創業280年を記念し木桶仕込みによる山廃の純米酒を再現。 その時、仕込みに使用した木桶に驚く吾郎。

ちなみに、写真の右側部分の緑色の何やら装置に見える部分が仕込み部屋の下部分です。仕込みタンクの下部分がこのような密閉された個室になり、低温状態を保つ事で三期醸造を行っています。
こちらも珍しく撮影後に改めて驚いた吾郎でした。




商品の購入・質問は浦霞(うらかすみ)|株式会社佐浦へお問い合わせ下さい。
TEL:022-362-4165浦霞醸造元株式会社佐浦
ここに書かれているデータは筆者が訪問した時点の情報でございます。

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