2012年04月26日

千年乃松(ちとせのまつ)|千年乃松酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 256蔵目

千年乃松(ちとせのまつ)|千年乃松酒造株式会社

福岡県久留米市北野町今山370-1
蔵元のサイト:http://www.chitosenomatu.jp/


酒名:千年乃松(ちとせのまつ) ■創業:1855年(安政2年)7代 ■杜氏:季節雇用(諸派) ■仕込み水:中硬水 ■訪問日:2012/4/26

代表銘柄
千年乃松 上撰
千歳 純米酒

千年乃松酒造株式会社は安政2年(1855年)に創業した現在で7代続く酒蔵です。
千年乃松(ちとせのまつ) 千年乃松酒造株式会社|外観 蔵が位置する北野町は、北野天満宮の門前町的な位置づけで明治時代までは久留米市街より三井郡の方が栄えていて、警察署から保健所まで全てこの地域にあったそうです。

街の中心地であったのと同時に米の産地であり、更に良い水が豊富であった事から、蔵元の記憶ではかつてはこの周囲だけで6社も酒蔵が存在していたそうです。

現在の主力銘柄は「千年乃松(ちとせのまつ)」。
千年乃松(ちとせのまつ) 千年乃松酒造株式会社|前掛け
酒名の由来は過去の地名からきているとの事。

かつて蔵が位置していた地域は「千歳」といい、筑後川も一定区間は千歳川と呼ばれていたそうです。
戦前までは「千歳乃松」という酒名で酒を造り、戦後に「千年乃松(ちとせのまつ)」に改めます。

千年乃松(ちとせのまつ) 千年乃松酒造株式会社|商品

写真は7代目蔵元の田中吉政さん。
千年乃松(ちとせのまつ) 千年乃松酒造株式会社|田中吉政蔵元 戦国武将に「田中吉政」という武将がいますが偶然にも同姓同名です。
戦国武将の田中吉政は関ヶ原の戦いにて東軍に属し石田三成を生け捕りにし、その後佐和山城を落城。
その勲功が認められて、筑後一国32万石の大名となります。
蔵が位置するこの地域も田中吉政の領地にあたります。
単なる偶然なのか、それとも田中吉政氏にちなんで命名されたのか不明。

かつては2000石規模で酒造りをされていたそうですが、平成3年にこの地を襲った台風17号と19号によって土蔵の蔵が全壊。
蔵が位置する地域から甘木にかけて特にひどく、最大瞬間風速が80メートルもあったそうです。
風速60メートルで電柱が折れるパワーが有るそうですから、瓦が飛ばされた程度ではなく煙突が倒れて、土蔵の蔵を直撃し全壊したそうです。

しかも、大風が襲ってきたのは酒造りが迫る10月の秋口。
酒造りの準備をしつつ、蔵を建て直し稼働にこぎつけます。

写真は建て直した蔵の全体。
千年乃松(ちとせのまつ) 千年乃松酒造株式会社|蔵の中
新しく建て直した蔵は、写真のように釜場、麹室、仕込みタンク、槽、そして直売の店舗と全てが1部屋に収まるコンパクトな設計。

製造の規模も大きく縮小し、地元出身の季節雇用の杜氏が1名、蔵子が1名、それに蔵元が加わり3名で酒造りをされています。

写真は釜場周辺が入るよう撮影したもの。
千年乃松(ちとせのまつ) 千年乃松酒造株式会社|釜場など
写真には写っていませんが釜場の右奥に麹室があり、その奥に仕込みタンクが並んでいます。全てがコンパクトに結びついており、米の移動距離が短く造り手の負担を軽減しています。
同時に売店も併設されており、蔵にお酒を買いに来たらそのまま見学が出来てしまうというスタイル。

最後に訪問の証の記念撮影。 千年乃松(ちとせのまつ) 千年乃松酒造株式会社|記念撮影
この蔵のレギュラー商品、千年乃松 上撰に感心する吾郎。

量的に上撰が最も多く売れている酒との事ですが、蔵元が力を入れている酒がアルコール度数7%の発泡した日本酒。
試飲させていただきましたが感覚的にはシードルのよう。とても爽やかで面白い味だと思いました。
蔵が北野町コスモス街道沿いに有る事から、この発泡酒をコスモスの華でピンクに染めたスパークリングリキュールにも力を入れているとか。
綺麗なピンク色に染めるのは難しく苦労されたそうです。




商品の購入・質問は千年乃松(ちとせのまつ)|千年乃松酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0942-78-3003千歳、千年乃松醸造元千年乃松酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。


タグ :中硬水7代

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