2012年04月25日

杜の蔵(もりのくら) 独楽蔵(こまぐら)|株式会社杜の蔵

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 253蔵目

杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら)|株式会社杜の蔵

福岡県久留米市三潴町玉満2773
酒名:杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) ■創業:1898年(明治31年)●代 ■杜氏:社員杜氏(三潴杜氏) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2012/4/25

代表銘柄
杜の蔵 純米酒
独楽蔵 玄 円熟純米吟醸
杜の蔵 純米吟醸

株式会社杜の蔵は明治31年(1898年)、森永弥久太郎氏が創業した現在で5代続く酒蔵です。
杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) 株式会社杜の蔵|蔵の外観

杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) 株式会社杜の蔵|蔵の外観
日本酒とは縁が無い農家の家に生まれた弥久太郎氏が、酒造業に参入した経緯は変わっています。

明治時代には既にこの地域には多くの酒蔵があり、同時に農村だったので田んぼも沢山ありました。
当時は良い肥料がなく、この地域は酒蔵が多かった事から酒粕を肥料にするアイデアを考えます。
しかし酒粕にはアルコールが含まれているので、そのまま田んぼに与えるとアルコールによって根がやられてしまいます。
そこで熱でアルコールを飛ばした酒粕を田んぼの肥料として使う事を考えた訳ですが、同時に蒸気となったアルコールを集めて焼酎の蒸留を行うようになります。

仕組みはとても簡単です。
写真はかつて、この周囲の農家が酒粕から焼酎を蒸留する際に用いたセイロを再現したもの。
杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) 株式会社杜の蔵|原始の蒸留器

中はこんな感じです。
杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) 株式会社杜の蔵|原始の蒸留器2
このセイロを何段か積み重ね、一番上には水を張った鍋でフタをします。
この中を蒸気が走り天井の鍋に当たって水滴になります。
鍋に結露した液体を集めると60度くらいの焼酎が蒸留できるそうです。

農家の間でこのような道具を使いアルコールを飛ばした酒粕は肥料として用い、蒸留した焼酎は田植えの作業が終わった時に開かれるお祭り「早苗振り(さなぶり)」の時に皆で飲んだそうです。

かつて太宰府天満宮には領田を持っていたそうで、太宰府天満宮が「酒粕から造る肥料は良いので皆作りなさい」と奨励した事から、この地域の農家の間で酒粕による焼酎作りが広まります。

江戸後期から明治初期にかけ、農民が自家消費の為に蒸留した焼酎について、お上は良忍していました。
しかし明治中期からそれが出来なくなり、明治31年には「焼酎を蒸留するなら免許を取りなさい」と無免許による蒸留を一切認めなくなります。
そこで、明治31年にやむなく焼酎の免許を取りった、というのがこの蔵の酒造業参入の経緯です。

その後、蔵は明治37年に日本酒の免許も取得します。この年は日露戦争が開戦した年です。

蔵元の話によると、福岡県内のほとんどの焼酎メーカーの創業は明治30年前後との事。その後、麦焼酎やら米焼酎に広がって行く訳ですが各社はここからスタートしているそうです。
福岡は焼酎文化圏のように思われている方が多いのですが、そのルーツは酒粕にありました。ベースは日本酒であり日本酒文化圏なのです。

そういった経緯から、福岡は酒粕焼酎の生産量は日本一位です。
ちなみに2位は山口県ですが、これは山口には防府天満宮があり福岡同様に領民に奨励した事から始まっているとの事。

杜の蔵では写真の昔ながらのセイロで再現し焼酎を蒸留されています。
昔に習って3月から4月頃に蒸留をされているそうですが1日かかって風呂桶1杯程度の焼酎しか蒸留できないとの事。まさに商売で造るというより、お祭りとして飲んで終わるくらいの量しか造れないそうです。

写真の方は株式会社杜の蔵5代目蔵元、森永一弘さん。蔵にある弓道場で撮影。 杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) 株式会社杜の蔵|森永一弘蔵元

写真は蔵にある弓道場。
杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) 株式会社杜の蔵|弓道場
蔵に伝わる最も古い酒名が「弥満ノ誉(やまのほまれ)」。屋号は「森永本家」である事から、創業者の森永弥久太郎氏はこの名前の日本酒の造り始めたのだと推測されます。

また創業者の弥久太郎氏は弓道の世界では全国的な有名人。
弓道の最高位、範士10段の腕前。
2代目蔵元となった長男の森永良雄さんも範士10段。
最高位の10段となると、どの時代においても全国に3人くらいしか存在しないわけですが2代続け10段という弓道一家です。

その為、蔵には弓道場があるという全国でも珍しい蔵です。
写真の弓道場は現役で利用されていますが、とてもレベルが高く利用者の大半が師範クラス。 5段以上の方しか利用されていないそうです。

写真は釜場です。
杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) 株式会社杜の蔵|釜場
弥満ノ誉(やまのほまれ)という酒名からスタートし、昭和38年位には公募によって「薫盃(くんぱい)」という酒名が誕生。
そして現在の主力銘柄、独楽蔵(こまぐら)は1994年(平成6年)に誕生。
もうひとつの杜の蔵は2010年に誕生します。

杜の蔵のコンセプトは代々続いてきた正当な酒造りの流れをくんでいる酒。
10人飲まれたら8人から一定の評価を得られる酒。敷居が高くなく素直で正当な酒。

一方独楽蔵は説明が必要な酒。説明がないと10人中2〜3人しか評価は得られない酒かもしれません。入り口は狭いんですが入ってみたら奥が深くて良い酒。

杜の蔵は和食が中心で、冷で本領が発揮される酒。新酒もあります。
独楽蔵は現在の食全般によいう合う酒、洋食も中華もOK。常温から燗酒が得意。よく寝かせてから販売されます。
単に流通を分けているだけでなく、コンセプトなども根本的に異なる酒との事。

写真は麹室。
杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) 株式会社杜の蔵|麹室
写真に写っているのは一部でかなり広めに作られています。
床は水を流して掃除ができるように設計されています。

酒造りに用いる米は地元の福岡の米しか使っていないとの事。
使用品種も2種類で糸島産の山田錦と三潴産の夢一献。
10月の終わりに米を収穫し、早くて11月の半ばから酒造りがスタートになります。
高良山系の軟水の伏流水を用い、地元の三潴杜氏(社員)が酒造りをされています。

写真は酒母室。
杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) 株式会社杜の蔵|酒母室
仕込みは11月の終わりごろから開始します。
福岡は意外と真冬は寒く、蔵元さんが言うには大阪や名古屋よりもこちらの方が寒く、今年も一番寒い日はマイナス4度まで下がったとの事。

ただ真冬の期間が短く、11月から12月半ば迄、あと2月中旬以降は冷房が必要との事。
その為、酒母室や仕込みべ屋には空調が装備されています。

写真は仕込み部屋。
杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) 株式会社杜の蔵|仕込み部屋

窒素充填が行われている貯蔵タンク。
杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) 株式会社杜の蔵|窒素充填
タンク貯蔵の酒は窒素充填が施され、空気に触れずに貯蔵されています。

杜の蔵造りたい酒は我々が飲みたい酒。
どのような酒かというと、自然な感じの酒。行きすぎてない酒、と語る蔵元。

吟醸香、酸の感じ方、日本酒度などなど、ズドンと行き過ぎたもの。
インパクト・衝撃を与える・記憶に残したいという酒は造りたくない、との事。
ただ、そういうお酒の方が売りやすいと思うんですよ。
しかし、私は食と身体に馴染むが目指すところにあります。

現在、料理の味の幅が広かっているとしたら、酒の味の幅もそれに合わせて広げなくてはいけない。
そうなるとただ若いだけでもダメで熟成も必要になります。
我々の食生活の範囲内を想定して、それに馴染む酒を揃えていきたい。
造り発想ではなく飲み手・食卓発想。

誤解を恐れずに言えば「記憶に残らない酒(笑)」。
記憶に残る酒という人は多いのですが、記憶に残らない酒こそが食と身体に馴染む酒ではないでしょうか。
けど記録に残らない蔵になってはいけませんよね(笑)、と笑う蔵元。


今まで様々な蔵を見て回りましたが「記憶に残らない酒」という表現をされる蔵元は始めてでした。
表現はとても面白く、花の露さんと同じく「この酒はスゴイ」という酒では無く、いつの間にか沢山飲んでいた、というクラッシクなスタイルな酒を目指されていると思いました。

最後に訪問の証の記念撮影。杜の蔵の完成度の高さに驚く吾郎。
杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら) 株式会社杜の蔵|記念撮影
杜の蔵独楽蔵を試飲。
杜の蔵の印象は「福岡酒のなかではどちらかと言うと綺麗なタイプ。」欠点が少なく完成度が高い優等生タイプの酒、という印象。私の中では記憶に残る酒の一つでした。




商品の購入・質問は杜の蔵(もりのくら)、独楽蔵(こまぐら)|株式会社杜の蔵へお問い合せ下さい。
TEL:0942-64-3001杜の蔵、独楽蔵醸造元株式会社杜の蔵
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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