2011年06月19日

清開,日光誉|株式会社渡邊佐平商店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 192蔵目

清開,日光誉|株式会社渡邊佐平商店

栃木県日光市今市450
代表銘柄:清開(せいかい),日光誉
創業:1840年(天保13年)6代
杜氏:南部杜氏
仕込み水:中軟水
訪問日:2011/6/19

代表銘柄
自然醸 清開
純米吟醸 日光誉
丸京 酒粕焼酎 35度

かつて栃木県で一番大きな酒蔵だったという株式会社渡邊佐平商店
清開,日光誉 株式会社渡邊佐平商店|外観

日本酒 清開(せいかい)を造る株式会社渡邊佐平商店は、天保13年(1840年)渡辺文平氏によって創業した現在6代続く酒蔵です。

文平氏は源義経の家臣、鈴木三郎重家の縁故者であると伝えられていて、現在の鹿沼市あたり田畑を持つ格式の高い家に生まれたそうですが、渡辺家に養子に入りこの地に住みます。

渡辺家は庄屋のような存在で、創業した天保13年という年は酒造免許が取りやすかった年だそうです。
蔵元の話によると、当時の武士は米が給料であり、天保年間は米が余った事によって米相場が下がりました。
その結果侍の給料が減ってしまう事になるため、お上は度々「酒造勝手次第」という規制の緩和を行い庄屋が酒造業へ参入することを勧奨したそうです。

渡辺家は米に余裕があった事からこの年に酒造業に参入したとの事。
創業当初の屋号は京屋本店といい、当時から「清開」という酒名の酒を販売していたと伝えられています。

蔵元の話によると、かつてこの地には酒蔵が多く「とちぎ酒のあゆみ」という本によると明治24年の3月調査では、現在の日光市には16件の酒蔵が建っていたそうです。しかし現在は2社が残り酒造りを続けています。


写真の方は6代目蔵元 、渡邊 護さん
清開,日光誉 株式会社渡邊佐平商店|蔵元

明治時代、渡邊佐平商店は栃木で一番製造国数が多い蔵だったそうです。
というのは足尾銅山に近い酒蔵であり、この蔵で造られた酒は毎日のように馬の背に載せられ足尾銅山へ運ばれていたとの事。

足尾銅山は20世紀初頭には日本の銅産出量の1/4を担うほどの大鉱山に成長。それに伴って蔵の製造国数も増えてい行きます。
しかし桐生から入る鉄道が完成した事で流通が変化します。
鉄道によって他の地域から酒が足尾銅山に流通されるようになり、蔵は規模を下げて行くことになります。


清開,日光誉 株式会社渡邊佐平商店|商品

現在の渡邊佐平商店では岩手から来る南部杜氏が酒造りを行っています。
原料米は栃木県産の五百万石が大半、硬度2.4という軟水で酒を醸しています。

主力商品は「自然醸 清開」という純米酒。価格は1800mlで2千円というからかなりお手頃です。アルコール度数は14.7です。
地元4件の契約栽培農家が育てた五百万石から造る「純米吟醸 日光誉」もすっきり系辛口で人気だそうです。

また日本酒以外には、焼酎も造っており、粕取り焼酎ではなく、純米酒を造りそれを蒸留した焼酎を造っています。


観光地の日光に位置する酒蔵ということで一般の方の蔵見学も可能。
日曜日でも営業されています。
清開,日光誉 株式会社渡邊佐平商店|酒母室
清開,日光誉 株式会社渡邊佐平商店|仕込み部屋

現在、渡邊佐平商店で造られている酒の85%が純米酒。
今は純米酒に一番力を入れておられ、新しいお客様には純米酒をお薦めしているとの事。

既存の取引先からのニーズがあるので普通酒も造っておられますが、将来的には全量純米蔵を目指しているそうです。


清開,日光誉 株式会社渡邊佐平商店|記念撮影

最後に訪問の証の記念撮影ですが、蔵の井戸の前で撮影。
仕込み水に喉を潤す吾郎でした。




商品の購入・質問は清開,日光誉|株式会社渡邊佐平商店へお問い合せ下さい。
TEL:0288-21-0007清開,日光誉醸造元株式会社渡邊佐平商店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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