2011年06月14日

一乃谷(いちのたに)|株式会社宇野酒造場

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 187蔵目

一乃谷(いちのたに)|株式会社宇野酒造場

福井県大野市本町3-4
代表銘柄:一乃谷(いちのたに)
創業:1625年(元和5年)20代
杜氏:能登杜氏
仕込み水:中軟水
訪問日:2011/6/14

代表銘柄
一乃谷 上撰
一乃谷 山廃仕込み 特別純米酒
一乃谷 大吟醸 月下美人

越前大野城に直ぐ前に蔵を構える一乃谷 宇野酒造場
一乃谷 株式会社宇野酒造場|外観

日本酒 一乃谷(いちのたに)を造る宇野酒造場は、代々この地で麦屋という屋号で商いを続けていた商家です。

当時、大野の郊外に八ケ山家銀山があり大野藩から許可を得た商売人が、銀山の採掘経営を行い藩に税を治めていました。

麦屋はその銀山の経営していた一人であり、大野藩にも金を貸すなどかなり裕福でな商人だったそうです。
農地もたくさん所有していおり、小作人からの年貢として米が豊富にあった事から江戸時代の中後期頃に酒造業に参入したのではないかと言われています。


写真は銀山を経営していたときの定書き。
一乃谷 株式会社宇野酒造場|古文書

大野藩への上納金に関するルールなどが書かれており、藩主松平忠直時代に数少ない貴重な資料だそうです。


一乃谷 株式会社宇野酒造場|商品

創業当時には酒名は無く「麦屋」という屋号でお酒が呼ばれていました。

現在の酒名「一乃谷」は、明治時代に誕生します。

当時、全国を旅する画家・俳人が酒蔵に泊めてもらい、その御礼に絵や歌をプレゼントする、という事が流行っていたそうです。
この蔵に立ち寄った俳人に、くまがい茶碗に注いだ酒を差し上げたところ「麦屋の酒は一乃谷、くまがいで飲めばいつも義経」という歌をいただきました。
その歌の中に出てくる「一乃谷」を酒名に命名されます。

一乃谷 株式会社宇野酒造場|釜場

一乃谷は福井県の中で一番に辛口の酒を造り始めた酒蔵です。

蔵元が酒蔵を継いだ当時、全国的に日本酒は甘口傾向で、福井県の酒も甘口だったそうです。
しかしこの蔵の仕込み水は他の大野の酒蔵とは少し地層が異なり、同じ中軟水でも「辛い水」なのだそうです。
隣の蔵と日本酒度が同じ酒でも、一乃谷だけは特別に辛く感じる酒が出来てしまうとか。

蔵元自身も、杯が進む辛口の酒が好みという事から、その水の特性を活かし福井県の酒が全体的に甘口だった時代に一乃谷だけは辛口の酒を造られます。


麹室の中にいる方が20代目当主、宇野 信裕さん。
一乃谷 株式会社宇野酒造場|麹室

蔵元が酒蔵を継いだ頃、福井の酒蔵経営者はかなり高齢化が進んでいて若い人でも60歳、年配の方は80歳という構成で新しい事を始めよう!という意識が低かったそうです。
外の世界から新しく酒蔵に来た宇野さんは一番の若手であった事から、他と違うことがしやすかったそうです。

最初の改革は、杜氏を自分に近い年齢に若返りさせます。福井県では一番最初に能登杜氏を採用し、酒造りのシーズンが始まる前には能登に行き、今年の造りを話し合いをし造りの方針を決めています。

吟醸酒への取り組みも早く、福井県で一番最初に山田錦35%精米の酒を造ったのも蔵元だとか。

一昨年からから愛知から若い蔵人が加わり。去年、蔵元の息子さんも酒造りに参加。
今後の展開が楽しみな酒蔵です。


写真は仕込蔵です。
一乃谷 株式会社宇野酒造場|仕込み部屋

天井に金属でコーティングされた円形の穴がありますが、そこから米をタンクに投入します。
人が落下しないよう肩で引っかかるサイズに穴が開けられているとの事。


一乃谷 株式会社宇野酒造場|記念撮影

最後に訪問の証の記念撮影。数々の受賞履歴の賞状を見て驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は一乃谷(いちのたに)|株式会社宇野酒造場へお問い合せ下さい。
TEL:0779-66-2236一乃谷(いちのたに)醸造元株式会社宇野酒造場
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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