2011年05月26日

富久長(ふくちょう)|今田酒造本店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 179蔵目

富久長(ふくちょう)|株式会社今田酒造本店

広島県東広島市安芸津町三津 3734
代表銘柄:富久長(ふくちょう)
創業:1868年(明治元年)4代
杜氏:蔵元杜氏(広島杜氏)
仕込み水:軟水
訪問日:2011/5/26

代表銘柄
富久長 純米吟醸 中汲み槽しぼり
純米吟醸 八反草
雫大吟醸古酒 百試千改

「百試千改」の志を受け継ぐ酒蔵、富久長 株式会社今田酒造本店富久長(ふくちょう) 株式会社今田酒造本店|蔵の外観

広島杜氏は「安芸津杜氏」「三津杜氏」とも言われます。

富久長 今田酒造本店は広島杜氏発祥の地、安芸津町三津に明治元年に創業した酒蔵です。

かつては「白美」「神泉」という名の酒を造っていて、現在の酒名「富久長」は、広島杜氏のルーツとなる三浦 仙三郎氏に命名していただいた酒名だそうです。
1910年(明治43)に商標登録され、2010年には100周年を迎えました。

安芸津は広島杜氏発祥の地であり、広島県杜氏組合は安芸津にあります。
安芸津の町長が杜氏組合の組合長を務めていたという、杜氏が街の基幹産業でした。
地元の高校、広島県立竹原高校 安芸津分校に醸造が学科まであったそうです。

杜氏さんに対する尊敬の度合いが高く、安芸津の男性にとって「杜氏は花形」の職業。

賀茂鶴で杜氏を1年間勤めたら家が立つ。とまで言われ、杜氏はみんなのあこがれの職業でした。
しかし杜氏になるのはとても大変、一番優秀な人しかなることが出来なかった為、みんなみんな杜氏になりたくて仕方がなかったそうです。

そのような広島杜氏の故郷に位置する今田酒造本店の酒造りは、広島杜氏をのルーツとなる三浦仙三郎氏による「百試千改」の志を受け継ぐ酒造りです。


富久長(ふくちょう) 株式会社今田酒造本店|商品

灘よりも良い酒を造りたい。
明治時代、広島の酒造家の間でこのような大きな目標が生まれましたが、それを実現するためには1社だけで技術研究をしているだけでは何時まで経っても追いつけません。
そこで広島の各社が情報公開をし、皆で研究して進歩のスピードをアップさせよう。
志を共にした蔵が互いに情報公開をしあう事で「百試千改」を行います。

今でこそ例えばコンピューターのOSの開発の世界では「オープンソース」という、情報を公開して皆で開発を進めて発展させていこう、という考え方が存在します。

今田酒造本店で酒造りを務める今田美穂さんは、そんな時代にオープンソースを考えて実行した醸造家が自分の故郷にいた。
その事に強い感銘をうけます。


軟水による吟醸酒の製造方法を発見した広島酒の次の課題は、更に産業を発展させること。
その為には精米の技術の向上は不可欠でした。
灘の酒造業が発展した背景には六甲山を下る流れの強い水があったため、水車を用いた精米が行えました。
広島酒を発展させるには効率よく精米を行う必要性に迫られます。

そこでも複数の広島の酒蔵が力を出し合いました。
当時山陽本線を敷設していた技師の佐竹 利一氏に動力式の精米機の製造を依頼します。

そして日本で一番最初に動力の精米機が広島で誕生し、生産量が飛躍的に増え広島が酒処の一角として台頭する事になります。

精米機を作った佐竹はというと、現在は国内シェは70%。海外でも北米の98%、アジア70%をはじめ全世界で50%以上のシェアを持つ精米機の世界トップ企業に遂げました。


これから日本酒はどういう方向に進むのか?時代に流れによってどう変化させて行かねばいけないのか。

今田 美穂さんは広島杜氏という枠を超えて、オープンソースの考え方を大切にする酒造家とともに、現在の日本酒がもつ様々な課題に取り組んでおられます。


富久長(ふくちょう) 株式会社今田酒造本店|記念撮影

最後に訪問の証の記念撮影ですが、蔵の入口に飾られている様々な賞状を前に驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は富久長(ふくちょう)|今田酒造本店へお問い合せ下さい。
TEL:0846-45-0003 富久長醸造元今田酒造本店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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