2014年02月07日

五人娘(ごにんむすめ)|株式会社寺田本家

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 351蔵目

五人娘(ごにんむすめ)|株式会社寺田本家

千葉県香取郡神崎町神崎本宿1964
蔵元のサイト:http://www.teradahonke.co.jp


酒名:五人娘(ごにんむすめ)、香取(かとり) ■創業:延宝年間(1673〜81年)24代 ■杜氏:社員杜氏(諸派) ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2014/02/07

代表銘柄
五人娘 純米酒
菩提もと仕込み 醍醐のしずく
発芽玄米酒 むすひ

東京から電車で約1時間40分の距離に位置する下総神崎。

江戸時代には利根川の水運と米の産地であった事から周囲には沢山の酒蔵が存在するほど栄えていたというこの地は現在は静かな地方の町。

下総神崎駅から車で約10分の場所に位置する場所に、旧家の佇まいを残す蔵が今回の訪問先である寺田本家です。
五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|外観
五人娘(ごにんむすめ)という名の酒を造る株式会社寺田本家は、延宝年間(1673〜81年)に創業した現在で24代続く酒蔵です。

創業者の名前は忠兵衛といい、近江国からこの地に移住してきたと伝えられています。
香取は米どころであり、仕込み水にも恵まれ、利根川の水運があった事から栄えていたそうなので、この地に根を下ろしたのではないでしょうか?

古くは「菊の友」の酒名で酒を造っていたそうですが、その後「香取」という酒名に変わり、現在の主力銘柄「五人娘」が誕生したのが先代である23代目が当主をしていた昭和63年。

五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|外観

先代(23代目)の時代には大量生産の酒を造っていたそうですが、儲けが出ず先代が病気で倒れ一時期は廃業寸前にまで陥ったそうですが、その病がきっかけとなり酒造りを改めます。

病に伏せ天井を見ながら「自分の酒造りは儲かればいいという事しか考えてこなかった。酒とは微生物の力によって発酵して出来上がってくるもの。自分の酒造は欲しかなかった。」という事を考えたそうです。

そして病気から回復した後、今後の身の振り方をどうしようかと、思想家の常岡一郎氏という方に相談したところ「あなたのお酒は人に役に立っていますか?」と問いかけられます。

人の役に立つ酒とは何か?を考えた結果、酒は百薬の長と言われ、健全に発酵をしているモロミは腐りません。暴飲暴食をし身体を壊してしまうような酒ではなく、自然の力で発酵させた百薬の長というべき身体に良い酒を造れば、人々のお役に立てるのではないか?を考えます。

そうして昭和63年に誕生した酒名が「五人娘」でした。

酒名の由来ですが、寺田本家は何故か女性ばかり生まれる女系の蔵で、先代も現当主もいずれも婿入りした方が蔵の当主になっています。

先代が新しい酒名を考えていたときに、20代目蔵元の時代に懇意があった歌人の土屋文明氏に相談。
すると土屋氏はこの蔵に最初の訪れた際に娘が多いことに驚いたそうで、娘が5人もいたのかどうか正確な事は聞いていないので不明ですが、とにかく沢山娘がいたことから五人娘という酒名が誕生したとの事。

その後、酒造りの原点にもどり自然のバランス・恵みのなかで商いをする。
微生物が主役の酒造りをしようと決断。
そうして昔の酒造の手法に舵を切り始めます。

五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|井戸

昔の酒造は分析する道具もなければ温度計も電気もありません。
それでも酒を造ることが出来ていました。

それが文明化されて、酒造がマニュアル化されて来たわけですが、本来の酒造とは微生物の力で発酵を行っていいたわけです。

微生物はどこにでもいて、目には見ませんが環境を整えてあげるとタンクの中に降りてきて発酵を始めます。

微生物が居心地よく発酵できる場所作りを行うため、当時は安い米を仕入れて醸造アルコール、糖類、旨味調味料などを添加していたそうですが、それらを止め、無農薬の米を仕入れ何も添加しない純米酒「純米 五人娘」を造りを始めます。

当時はまだ純米酒を造っている蔵は少なかった時代だったそうです。

五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|煙突

そうして出来た純米酒ですが、酸味が強く色も黄色みがかかっていて、従来の酒と比べると変わった味だったそうです。

そのため地元の方からそっぽを向かれ、純米酒造りを開始して3年間くらいは売れなかったそうです。

いよいよダメかな?と思っていた時、自然食品をしている店が「味はともかく、良い造りをしている酒だからこの酒を広めよう」と名乗りをあげたそうです。
それからジワジワ売上を増やし起動に乗って行きます。

その後は機械をひとつひとつ廃止し手造り化を進め、昔の人が醸したお酒に近づける方向に進んでいきます。

写真の方が24代目蔵元、寺田 優(まさる)さん。
五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|24代目当主 寺田 優さん

寺田 優さんは大阪府堺市出身で1973年生まれの41歳。
関東の大学に進学しレストランでアルバイトをしていた時に、後に奥様となる寺田本家23代目のお嬢様と出会われたそうです。

大学を出て社会人となった後、農業をしたいと思うようになり、23代目のお嬢様のお誘いもあり婿入りされたとの事です。

写真は釜場です。
五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|釜場
蔵にはシューターが無く、こしの上に乗っている木の桶で米を運搬していました。

甑(こしき)は木を使用。
五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|釜場
寺田本家では昔の酒造り化を進めるべく、可能な道具から昔の物を使うようにしているとのこと。

写真は仕込み部屋。
五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|仕込み部屋
蒸し米は全量この部屋に手作業で運搬。結構たいへんだと思いました。

酵母は無添加、蔵に自然に降りてくる酵母のみ。 五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|仕込みタンク
仕込みタンクもゆくゆくは木桶を使いたいそうですが、木桶を造る職人が少ないの新しく木桶を揃えるのが困難との事。

五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|麹室

五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|麹

写真は酒母室です。
五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|酒母室

酒母は乳酸菌を用いない生もと造りが基本。
もとすりでは歌を歌いながら時間を計っているそうで、見学した日は若い蔵人の一人が歌ってくれましたがとても上手でした。
五人娘(ごにんむすめ) 株式会社寺田本家|記念撮影
訪問の証の記念撮影。

私が興味深く、もとりの棒を見ていたら蔵元が「写真をとりたいんでしょう」と声をかけてくれたのでお言葉に甘えて、撮影していただきました。

寺田本家では蔵見学の日が設けられていて、蔵に電話すると予約が出来ます。
一般の方でも大歓迎で、この日は麹室のなかまで入れてもらえました。
とても綺麗で感じのよい蔵です。蔵見学にお勧めします。




ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

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2014年02月07日

仁勇(じんゆう) 不動(ふどう)|鍋店(なべだな)株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 350蔵目

仁勇(じんゆう) 不動(ふどう)|鍋店(なべだな)株式会社

 千葉県香取郡神崎町神崎本宿1916
蔵元のサイト:http://www.nabedana.co.jp/


酒名:仁勇(じんゆう)、不動(ふどう) ■創業:元禄2年(1689年)19代 ■杜氏:社員杜氏(諸派) ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2014/02/07

代表銘柄
不動 吊るし 無濾過純米吟醸 生原酒
仁勇 特別純米 神崎蔵
仁勇 とろり酒

千葉県香取郡神崎町、利根川のほとりに位置するこの地は気候がよく米の産地であり水運が便利であった事から古くから酒造りが盛んだった土地。
かつては神崎町だけで5件ほど酒蔵があったそうですが今でも2軒の酒蔵が酒造りを続けています。

その1社が仁勇(じんゆう) 不動(ふどう)という酒を造る鍋店(なべだな)株式会社です。
仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|外観
鍋店(なべだな)株式会社は1689年(元禄2年)源五右衛門氏が佐倉藩より1050株の酒造株を預かり創業した現在で19代続く酒蔵です。

江戸時代、金属は有事の際には武器製造に欠かせかった為、鍋であっても金属を扱う商売は「座」という制度に組み込まれていて、信用のある人しか「鍋座」の権利を持つ事が出来なかったそうです。

源五右衛門氏は、酒造業を行う以前は鍋座の権利を持ち鉄の鍋や釜を扱う商いをされていたその事。
老舗の事を「お店(おたな)」呼ばれていた事から鍋店(なべだな)と呼ばれていて、それが蔵の名前として引き継がれています。

明治から大正時代に創業する蔵はとても多く、あと逆に関ヶ原の戦いが終わった江戸初期頃に酒造りをされる蔵もまたに見ます。 江戸中期頃に藩から株を与えられ酒造業を開始する蔵というのは珍しい存在だと思います。

仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|古い看板
創業当初は神埼ではなく成田山門前で酒造りを開始。
市川団十郎によって成田山新勝寺への参拝客が飛躍的に伸びる事で商売は発展。
天明年間には1000石を達成します。

当時は水道もボイラーもポンプも無い時代。
この時代は一つの蔵の製造能力は1000石が限界だったそうで、そうとう繁盛した事が伺えます。
現在でも本社は成田山の門前にありますが、その周囲にも土地があり酒造りを行っていたそうです。

老舗の大店であった為か、他の蔵との交流範囲も広く醤油のキッコーマン、広島の白牡丹、山梨の笹一酒造とも遠縁にあたるとの事。

蔵は更に商いを広げるべく明治32年に神埼に蔵を新設。
明治42年には灘も蔵を設け、最盛期には成田、神埼、灘、印西に4つの酒蔵を持っていたとの事。

古い銘柄としては「蓬莱山」。
「香神」は香取郡神崎町に蔵を建てた際に、その蔵で造られた酒の銘柄。
現在の主力銘柄の一角、「仁勇」は灘の蔵で造られた酒の銘柄。
印西の蔵では利根正宗よいう酒を造られていたそうです。

しかし第二次大戦の企業整備令によっひとつに集約するように迫られます。
その結果、土地が多く水が良い神埼が製造拠点となり今に至ります。

酒名、仁勇は「人は人徳と勇気持って生きるべし」という家訓から命名。 仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|看板

写真は窯場です。
仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|釜場
製造は10月中旬頃より開始し3月中旬頃まで。
年間で約5000石の酒を製造。

千葉県下で製造する日本酒の量としてはダントツの1位。
関東全体でも3位に入る規模との事。

昔ながらの出稼ぎによる杜氏制度を脱却し、社員による酒造りが行われています。
しかし工場長は日本杜氏協会から杜氏の免許を与えられており、蔵人たちも南部杜氏の勉強会に参加されているとの事。

写真は蒸米。 仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|蒸し米
酒造りに主に用いる米は、秋田県湯沢市の酒米研究会が育てる秋田県産の酒こまち美山錦が中心。
秋田の米を使う理由として、米の質が安定している点と安定供給できる事。
年間5000石以上製造するには、米の安定供給が必要になります。
米の品質が不安定だと酒の味が変る為、一定以上の生産量があり品質が安定している米という点で、湯沢の米が選ばれたとの事。

もちろん地元産の米も使用されています。
仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|商品
写真の真ん中の酒は神埼産「総の舞」で造られた生粋の神崎産純米酒です。

写真は蔵自慢の麹室。
仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|麹室

仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|麹
一般的に麹作りは、大きな箱よりも小さな麹蓋で造る方が良いと言われています。
しかしこの蔵では、必ずしもそうではないという考え方をされていて、写真のような大きな単位で麹造りをされています。
この造り方でも麹蓋に勝る良い数字の麹を造ることが出来ているとの事。
蔵人の語り口調から麹作りにはかなり自信があるように感じました。

写真は仕込み部屋。
仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|仕込み部屋_上から
仕込み部屋の一部は昔ながらの建物の中で造られています。

仕込み部屋をしたから見たところ。
仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|仕込み部屋_下から

仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|作業風景

鍋店では現在「仁勇」と「不動」の2銘柄の酒を製造されています。
数量的には仁勇の製造量が多く、杜氏制度から社員で酒造りを行うようになった当初は、出来るだけ綺麗な酒、新潟の酒に近づけたいという事でスタートしたそうです。
しかしお酒の味が面白くないことから、もっと味と香りを強調しようと出来た酒が限定流通の「不動」。

この不動がとても良い酒で、私は千葉の酒メッセで初めて不動に出会ったのですが、その美味しさには驚きました。

会場で知っている日本酒ファンと出会ったのですが、どこが一番美味しい?との質問に迷わず返ってきた答えが「不動」。
ブースは常に人だかりでした。どこかで目にした際はお薦めするお酒です。

最後に訪問の証の記念撮影。
仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|記念撮影
「とろり酒」を試飲。その個性的な美味しさに驚く吾郎。

日本酒度-90、もち米4段仕込みの濃厚甘口にごり酒。
仁勇(じんゆう) 不動(ふどう) 鍋店(なべだな)株式会社|商品

火入れと生酒の2種類あり、蔵が日本一甘い酒と自負するお酒です。

鍋店では清酒の製造期間にあたる10月中旬以降から3月従順頃まで蔵見学が可能。

また限定流通ブランド「不動」は、日本酒ファンの間ではまだ知られていませんが間違いなく注目銘柄。今後が期待できす蔵元です。




ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 11:00TrackBack(0)千葉県の酒蔵巡り

2013年11月22日

吉壽(きちじゅ)|吉崎酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 341蔵目

吉壽(きちじゅ)|吉崎酒造株式会社

千葉県君津市久留里市場102
蔵元のサイト:http://kichiju-gekka.com/


酒名:吉壽(きちじゅ) ■創業:寛永元年(1624年)17代 ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2013/11/22

代表銘柄
吉壽 純米吟醸 かずさ名水仕込み辛口
吉壽 純米吟醸無濾過しぼりたて

吉壽(きちじゅ) 吉崎酒造株式会社|外観

吉壽(きちじゅ) 吉崎酒造株式会社|看板
吉壽(きちじゅ)という酒名の酒を造る吉崎酒造株式会社は江戸時代初期、寛永元年(1624年)に創業した現在で17代続く酒蔵。

1624年創業というのは千葉県の酒造業として稼働中の酒蔵の中で最も長い歴史をもつ蔵で、 千葉県下の全ての企業の中でも2番目に長い歴史を持つという長寿企業です。

吉壽(きちじゅ) 吉崎酒造株式会社|商品

吉壽(きちじゅ) 吉崎酒造株式会社|商品
主力銘柄は吉壽(きちじゅ) に、大吟醸、純米大吟醸に月華があります。

吉壽(きちじゅ) 吉崎酒造株式会社|賞状

訪問の証の記念撮影。
吉壽(きちじゅ) 吉崎酒造株式会社|記念撮影
純米酒 吉壽を手に取る吾郎。

今回私が訪問した日は、蔵は杜氏たちを迎えるにあたって蔵が忙しく店先だけの訪問とさせていただきました。

蔵のすぐ向かいには藤平酒造の販売店が有り、更に少し離れた場所には天乃原という酒を造る須藤本家という蔵があります。

いずれの蔵も見学となるとアポイントが必要ですが、売店でお酒を買うなら気軽に立ち寄れます。 お酒は宅配便で送ってもらえますので、久留里を散策された際には、酒蔵に寄ってお酒をおみやげにされるのが良いかもしれません。




商品の購入・質問は吉壽(きちじゅ)|吉崎酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0439-27-2013吉壽醸造元吉崎酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。 千葉県君津市の酒蔵。吉壽(きちじゅ)という名の日本酒を造る吉崎酒造株式会社の訪問記。  
タグ :17代

Posted by 佐野 吾郎 at 15:00TrackBack(0)千葉県の酒蔵巡り

2013年11月22日

天乃原(あまのはら)|株式会社須藤本家

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 340蔵目

天乃原(あまのはら)|株式会社須藤本家

千葉県君津市青柳 16-10


酒名:天乃原(あまのはら) ■創業:明治元年(1868年)5代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2013/11/22

代表銘柄
天乃原 純米吟醸
天乃原 純米酒

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|外観
天乃原(あまのはら)という名の酒を造る株式会社須藤本家は、明治元年に創業した現在で5代続く酒蔵です。

もともとはこの地の地主だったそうで、余剰米があったので酒造業に参入したのではないかとの事。
創業当初は今の場所ではなく、車で5分ほど離れた場所に蔵があり、「東盛(あずまざかり)」という酒名の酒を造っていたそうです。
しかし関東大震災の頃に水害にあってしまい、高台にある現在の場所に蔵を移転してきたそうです。

移転してきたこの場所が「天乃原(てんのはら)」であったため、酒名「天乃原」が誕生したそうです。

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|商品

かつては越後杜氏、次に南部杜氏が来て酒造りをしていたそうです。
しかし2年前の平成23年から蔵元自ら酒造りをされるようになり、現在は蔵元+3名の計4名で酒造りを行っているとの事。

酒造りに用いる水は地下500メートルから湧いてくる湧き水を使用。
水質は弱硬水。
酒造りに用いる米は県内産の米が中心との事。

写真は釜場。
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|釜場

蔵の建物は平成9年頃に建て替えたもので、2階に酵母培養室と麹室、1階に釜場、仕込みタンク、槽場などが置かれています。 2階からガラス窓越しに見学できるようになっていて、建て替えた当時は沢山ん見学者が蔵に来たそうです。

蔵の改装には、大きなコストがかかったそうですが、そのお陰で少人数で酒つくりが出来るようになったとの事。

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|酵母培養室

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|麹室
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|3段製麹機

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|吟醸用麹室
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|麹蓋

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|仕込み部屋
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|仕込み部屋

訪問の証の記念撮影。
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|記念撮影
蔵がある久留里は地下水が豊富な土地で、「久留里の生きた水」は平成の名水百選に選ばれている名水。「井戸のまち」と呼ばれるくらい、町中を歩くとあちらこちらに自噴する井戸を目にします。
地下500メートルから湧いてくる水に感心する吾郎でした。




商品の購入・質問は天乃原(あまのはら)|株式会社須藤本家へお問い合せ下さい。
TEL:0439-27-2024 天乃原醸造元株式会社須藤本家
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

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2013年11月22日

福祝(ふくいわい)|藤平酒造合資会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 339蔵目

福祝(ふくいわい)|藤平酒造合資会社

千葉県君津市久留里市場147


酒名:福祝(ふくいわい) ■創業:享保元年(1716年)9代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:中硬水 ■訪問日:2013/11/22

代表銘柄
福祝 播州山田錦 五割磨き 純米吟醸
福祝 特別純米酒
福祝 備前雄町 五割磨き 純米大吟醸酒

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|外観
藤平酒造合資会社は享保元年に創業した現在で9代続く酒蔵です。

元々は今、蔵がある場所ではなく小櫃川(おびつがわ)の川沿にある本家が酒、醤油を造っていましたが、幕末の嘉永期に川が氾濫し蔵に水が浸かってしまいます。

本家は酒造業以外にも醤油業、山林業など様々な商いをしており、高台にあり難を逃れた分家の久左衛門氏が酒造業を継ぐことになります。

そのような経緯から藤平酒造では、最初に酒蔵が創業した享保元年を創業年とし、創業者の名前は嘉永期に蔵を継いだ久左衛門氏となります。

蔵が位置する久留里(くるり)は、江戸時代は徳川の譜代が藩主を務めた久留里城がある城下町。 一時期は天領だった時代も有り、締め付けが弱かったのかもしれません。

人口1千人規模の村ですが、その小さな中に今でも酒蔵が4件も残ってる事から、昔は賑わっていた事が伺えます。

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|古い看板
かつての屋号は藤崎屋といい、藤久盛(とうきゅうざかり)という酒名の酒を製造。

現在の主力銘柄「福祝」は昭和55年に先代の蔵元が命名。
おめでたい時にお酒を飲みますが、めでたさが重なるようにと、お目たい言葉「福」「祝」を重ねて福祝という酒名が誕生します。

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|商品

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|商品

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|店内

写真の二人は蔵の後継者で酒造りを行う藤平兄弟。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|兄弟

蔵は昔は越後から杜氏が来て酒造をしていたそうですが、先代の時代に南部杜氏に変更。
後継者の藤平兄弟が、その南部杜氏から酒造りを学び、平成12年から兄弟二人による酒造りがスタート。

幸先良く初年度からいきなり全国新酒鑑評会で金賞を受賞します。
南部杜氏から酒造りを学んだものの、特に南部の県外杜氏などには所属せず流派は無所属。

酒造りに用いる水は「久留里の生きた水」という名が付けられた地下水。
飲んだ時には柔らかく感じるものの水質は中硬水。

城下町として賑わい、米と水が豊富でおまけに水は発酵力が強い。
道路となる川があった事から、この地域には沢山の酒蔵があったのでないでしょうか。

写真は釜場。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|釜場

毎年11月の上旬から酒造りがスタートし、造りが終了し皆造を迎えるのはゴールデンウィーク頃。

年間約20本という仕込み本数ですが、1本1本丁寧に仕込みたい事から、1本の仕込みが終わったら次の1本の仕込みを開始する、という広い間隔で仕込みを行っているとの事。
その為に期間が長くなってしまうのですが、生産量は年間で250石から300石ほど。

写真は酒母です。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|酒母

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|酒母

写真は仕込み部屋。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|仕込み部屋
大きなプレハブ冷蔵庫の中に仕込みタンクが並んでいます。

この槽(ふね)1台だけで酒を搾ります。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|槽場

酒造りに用いる原料米ですが主に兵庫産の山田錦を使用。
それ以外には雄町、愛山、富山の五百万石。

良く売れている酒は、山田錦を50%まで精米した純米吟醸。
あと同じく山田錦55%精米の特別純米酒。

純米吟醸 山田錦は吟醸香が程々あり、味わいに膨らみがあって切れが良い酒。
特別純米 山田錦は旨味を優先した酒で、凝縮した味わいにより「うま甘く」感じる酒。

兄弟がイメージする酒は、フレッシュで香りがある酒。
味わいと香りのバランスが取れ、かつ切れの良い酒を造っていく事が目標だそうです。

4〜5年くらい前から首都圏には出て行っているのですが、現在の製造石数だと流石に供給量が少なすぎるため、今の倍くらいの500石くらい製造できるようになり、首都圏をはじめ全国市場ににも積極的に展開していきたいとのこと。

最後に訪問の証の記念撮影。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|記念撮影
「久留里の生きた水」の美味しさに笑顔になる吾郎。

蔵の数が多い割には首都圏でヒットする銘柄がなかなか出てこなかった千葉県において注目の酒蔵の登場です。

若い後継者による新たな酒造り。
もう少し製造量が増えれば販売店を増やすことが出来ます。 そうすれば知名度が上がって来るでしょう。日本酒専門店にとって要注目の存在です。




商品の購入・質問は福祝(ふくいわい)|藤平酒造合資会社へお問い合せ下さい。
TEL:0439-27-2043福祝醸造元藤平酒造合資会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 10:00TrackBack(0)千葉県の酒蔵巡り