2013年03月12日

嘉美心(かみこころ)|嘉美心酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 321蔵目

嘉美心(かみこころ)|嘉美心酒造株式会社

岡山県浅口市寄島町7500-2
蔵元のサイト:http://www.kamikokoro.co.jp/


酒名:嘉美心(かみこころ) ■創業:大正2年(1913年)5代 ■杜氏:備中杜氏(社員杜氏) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2013/3/12

代表銘柄
嘉美心 純米吟醸 無濾過 冬の月
嘉美心 秘宝 本醸造
名宝 嘉美心

嘉美心(かみこころ) 嘉美心酒造株式会社|外観
嘉美心酒造株式会社は1913年(大正2年)に藤井長十郎氏によって創業された現在で5代続く酒蔵です。

長十郎は酒造業を営む前は酢の製造業をされていたそうで、当時酒造業は成功すればたいへん儲かった産業だったので、酢の商いによって得た資金で酒造業に参入されたようです。

現在の酒名、嘉美心は二代目の松三郎氏が命名。
「神心」に他の文字で当て字をし嘉美心(かみこころ)と命名。

創業当時は蔵のすぐ近くまで海がきていたそうで、蔵の屋上から海の方を見て道の先のT字交差点辺りが海だったとの事。

嘉美心(かみこころ) 嘉美心酒造株式会社|屋上からの景色

海に近いせいもあって岩盤を突き抜けた地下深くまで掘られた井戸から地下水を採取し酒造りに使用。

水質は中軟水で水量はとても多く、2本の井戸から水を汲み上げて仕込みから道具の洗い物までほぼ全量を地下水でまかなる事が出来るとの事です。

写真は釜場。
嘉美心(かみこころ) 嘉美心酒造株式会社|釜場

酒造りに用いる米は全て岡山県産の米。 品種としては「あきひかり」の使用が最も多く、次に多いのは「あけぼの」。

毎年10月の頭から仕込みがスタート。
甑倒しが3月末。4月下旬のゴールデンウィーク前頃には皆造を迎えます。

前半は半仕舞い(2日にタンク1本)のペースで酒を製造。12月後半頃からは週2本ほどのペースで仕込み年間を通して52本をタンクを仕込みます。年間製造量は約1500石。

写真は仕込み部屋です。
嘉美心(かみこころ) 嘉美心酒造株式会社|仕込み部屋
蔵の主力商品ですが、県外は冬の月 無濾過生酒。 県内では名宝 嘉美心と言われる普通酒。

県外市場では嘉美心より冬の月の方が名前が通っているとの事。

岡山の酒の特徴は、全体的に旨口で優しい甘さを持つ酒だそうですが、嘉美心はその中でも際立って甘い酒が特徴。

蔵が位置する寄島は瀬戸内海に面した漁師町で、そこで捕れる瀬戸内の小魚は甘い味付けで食べるそうです。
蔵の近くにある醤油蔵も甘い醤油を造られているそうで、甘い醤油で煮込んだ小魚に合わせる酒は充分に利いた旨口の酒になります。

そのような背景から蔵は甘口の酒に特化するようになり、今では「日本一の甘口を目指す」を念頭に置いて甘口に拘った酒造りをされているとの事です。

その為、日本酒度の平均はマイナス7くらい。
マイナス5より辛い酒は殆ど無く、冬の月はマイナス4で蔵の中では最も辛い方にはいるそうです。

甘口で切れの良い酒とは相反する条件になる訳ですが、杜氏は甘味にポイントがあると考えているとの事。
グルコース値が多くなるとベタ甘になるので、オリゴ糖などグルコースではない甘味でを持たせる事で、ベタつかなスッキリした後味となるバランスポイントがあるのでは、と考えグルコース値には特に注意し製造されているそうです。

嘉美心(かみこころ) 嘉美心酒造株式会社|槽場

最後に訪問の証の記念撮影。 嘉美心(かみこころ) 嘉美心酒造株式会社|記念撮影
蔵の屋上からの景色に感動する吾郎。

左におられる方が杜氏の内倉さんです。
以前、丸本酒造から移籍され今年で4年目。取材中に私に「甘口の酒でいいお酒はないですか?」と逆取材を受けました。
甘口の酒造りにとても一生懸命に取り組まれています。今後素晴らしい甘口酒を世に出してくれることを期待します。




商品の購入・質問は嘉美心(かみこころ)|嘉美心酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0865-54-3101嘉美心醸造元嘉美心酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 15:00TrackBack(0)岡山県の酒蔵巡り

2013年03月12日

喜平(きへい)|平喜酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 320蔵目

喜平(きへい)|平喜酒造株式会社

岡山県浅口市鴨方町鴨方1283
蔵元のサイト:http://www.hirakishuzo.co.jp/


酒名:喜平(きへい)、新婚 ■創業:昭和3年(1928年) ■杜氏:備中杜氏(社員杜氏) ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2013/3/12

代表銘柄
喜平 本醸造
喜平 特別純米酒 雄町米

喜平(きへい) 平喜酒造株式会社|外観
岡山県で一番大きな酒蔵、平喜酒造株式会社は昭和3年(1928年)に創業した酒蔵です。

蔵誕生の起源は明治時代まで遡ります。
平喜酒造株式会社の創業者は戸塚 喜平氏といい、静岡県の掛川で平嶋屋という屋号で米穀商をされていました。
やがて米穀商で成した財で息子さんの代に酒造業を開始。
当時は白藤(しらふじ)という名の酒を製造されていたそうです。

静岡県で創業した酒蔵でしたが、今から3代前の蔵元が勉学のため岡山に来られたそうで、その際に岡山の銀行から地元の酒蔵の買い取りを勧められます。
そして昭和3年に銀行が勧められた酒蔵を買い取り岡山で酒造業を開始。

少し複雑になりますが、蔵は明治時代に最初に商売を興した戸塚 喜平氏を創業者とし、実際には明治時代頃から酒造業が行われてようですが、岡山に蔵を建てた昭和3年を創業年とされています。

当初は静岡と岡山の2箇所でお酒を製造されていましたが、昭和42年(1967年)に米の産地でもある岡山県へと酒造りの拠点を全面移転。静岡県で一番大きな蔵へと成長します。

かつては「新婚」という名の酒を主力商品として製造してきましたが、平成元年に新工場が誕生した際に現在の主力銘柄「喜平(きへい)」が誕生します。これは創業者の心意気を込めた酒という意味で命名されたもの。

酒名の「喜平」と蔵の名前「平喜(ひらき)」と文字が逆さなのは、創業当初の屋号が平嶋屋であった事から人々から「平嶋屋の喜平」と呼ばれ、次第に「平喜(ひらき)」と省略されるようになったそうです。それが社名となり「平喜酒造株式会社」となります。
その後に創業者の名前を冠した酒「喜平」が誕生した事から、結果的に酒名と蔵の名前が文字が逆さになってしまったとそうです。

写真は釜場。
喜平(きへい) 平喜酒造株式会社|釜場
平喜酒造は従来の仕込み蔵と、平成2年に建てられた鉄骨3階建の黎明蔵と言われる2つの蔵が存在。
黎明蔵は四季醸造が可能で量産酒を主に製造。

写真は昔の仕込蔵。
この建物では木の甑(こしき)が用いられているなど、昔ながらの手造りの手法で酒が造られています。

従来の蔵は麹も手造りです。
喜平(きへい) 平喜酒造株式会社|麹室

写真は仕込み部屋。
喜平(きへい) 平喜酒造株式会社|仕込み部屋

写真は精米機。
喜平(きへい) 平喜酒造株式会社|精米機

写真は黎明蔵の釜場周辺。 喜平(きへい) 平喜酒造株式会社|釜場周辺
右奥に連続蒸米機、手前が放冷機。
左のプレハブは麹室。(製麹機)

写真は仕込み部屋、というか仕込みタンクの口の部分。 喜平(きへい) 平喜酒造株式会社|大型仕込みタンク

喜平(きへい) 平喜酒造株式会社|大型仕込みタンクの口
富山県の銀盤酒造も同じく写真のような通路型の建物でした。
この仕込みタンクは5万リットルという巨大な屋外型のタンクです。
タンクの上の口部分に通路型の建物が設置されています。

この5万リットルの仕込みタンクは合計8本あるそうで、量産酒はここで製造されています。

喜平(きへい) 平喜酒造株式会社|仕込み制御
大きな仕込みになると例えば櫂入れに一つにせよ人力では間に合いませんので力仕事は機械が行います。しかし発酵過程の様々な判断は人ではないと行えないので、このような制御盤を用いて仕込みをコントロールされるとの事。

蔵で最も沢山製造されている酒は「喜平 本醸造」。
地元の定番酒として県内の飲食店の沢山流通されている酒で旨口で切れの良い辛口。

こだわりは雄町米を用いた特別純米酒。
岡山の西大寺地区で契約栽培された雄町米を使用。
雄町のふくよかな女性的な味わい。

蔵は四季醸造が可能ですが現在は3期醸造。
米が収穫された8月から精米が開始。造りは9月からスタートし搾りの最終は6月下旬。
製造石数は2万石弱。

最後に訪問の証の記念撮影。
喜平(きへい) 平喜酒造株式会社|記念撮影
写真は黎明蔵にある酒母タンク。
仕込みタンク並に大きい酒母タンクを見て驚く吾郎でした。

静岡で創業し岡山に拠点を移動させた平喜酒造ですが、2012年の秋に45年ぶりに静岡平喜酒造として復活。

平喜酒造は地元に開かれた酒蔵をコンセプトにしていますので一般の方の蔵見学も可能。
伝統的な手法の施設と、近代的な大きな仕込みの2つの施設が同時に見学できるので酒通の方にも見学お薦めの蔵です。




商品の購入・質問は喜平(きへい)|平喜酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0865-44-2122喜平醸造元平喜酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 14:00TrackBack(0)岡山県の酒蔵巡り

2013年03月12日

竹林(ちくりん)、かもみどり|丸本酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 319蔵目

竹林(ちくりん)、かもみどり|丸本酒造株式会社

岡山県浅口市鴨方町本庄2485
蔵元のサイト:http://www.kamomidori.co.jp/


酒名:竹林(ちくりん)、かもみどり、泡々酒(ほうほうしゅ) ■創業:慶應3年(1867年)6代 ■杜氏:備中杜氏(蔵元杜氏) ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2013/3/12

代表銘柄
竹林 ふかまり
純米かもみどり
泡々酒(ほうほうしゅ) 発泡清酒

江戸幕府第15代将軍、徳川 慶喜が大政奉還を行なった慶應3年。
その同じ年に岡山で誕生した酒蔵が竹林(ちくりん)かもみどりを造る丸本酒造株式会社です。
竹林、かもみどり 丸本酒造株式会社|外観

竹林、かもみどり 丸本酒造株式会社|外観

丸本酒造株式会社は、1867年(慶應3年)に丸本 嘉之松(かのまつ)氏が創業した現在で6代続く酒蔵。

嘉之松(かのまつ)氏は児島で綿花を扱う商いをされており、その商いで得た財により現在の場所に屋敷を構えて酒造業に参入。創業当初の屋号は良い水が出た事から清水屋と命名。

翌年の慶應4年9月に年号が明治に改元されますので、ギリギリ江戸時代の最後に創業した蔵になります。

蔵には11本も井戸があり、仕込みに使っている井戸は2本のみ。
その他の井戸は洗い水に使用。水質は弱硬水との事。

かもみどりは昔からある地元ローカル銘柄。
竹林は全量蔵元栽培米をうたった純米のみ製造する特別品。
そして泡々酒は新たな日本酒ユーザーを開拓する低アルコール発泡清酒でこちらも純米のみ。

写真の方は6代目蔵元、丸本 仁一郎(にいちろう)さん。
蔵元自らが酒造りをされています。備中杜氏組合所属。
竹林、かもみどり 丸本酒造株式会社|丸本仁一郎蔵元
足を怪我されてますが、田んぼで作業中に骨折されたそうです。

丸本酒造のこだわりは、酒造りに用いる原料米は農家ではなく蔵が自ら栽培している事。

今でこそ多くの蔵が自社で米を栽培されていますが丸本酒造では、まだどの蔵も自社栽培などしていなかった1987年に自社栽培を開始。

蔵が米作りに力を入れた理由とは、現状の等級制度によって作られる米に疑問をいだき、自らの基準で酒造りに理想的な米を作らなければ、と考えたことから始まります。

お酒を造る上で一番大切となるのは米。
酒米の等級は粒の大きさと心白率を見て決まるそうですが、かつて蔵元は等級が高い米は良い米なんだろう、値段も高い米なので「たぶん良い物なんだろう」と信じていたそうです。

写真は精米機。
竹林、かもみどり 丸本酒造株式会社|精米機

しかし等級が良い米、高価な米を買ってきて酒を造っても、蔵が理想とする酒にならない。
蔵元自ら育てた米についても、良い田んぼを見つけ、施肥方法や水田の温度の上手に調整し、自分たちの酒造りにベスト思った米は等級とはいつも異なる。

最初の間は「自分たちの技術が足りないのか?」と考えていたそうですが、米作りを続けるうちに「等級が高い米は良いコメではない」という事に気がつかれたそうです。

米の等級は粒の大きさと心白率で決まります。
ようは粒を大きくすればいい。心白を大きくすればいい。
それだけで良いのなら、窒素肥料を沢山与え最後の最後まで光合成が出来る稲にすれば、そういう米が作りやすい。
簡単とまでは言いませんが、そこそこ大きな米でいいのなら作ろうと思えば作れるとの事。

恐らく農家にとってもそれが一番メリットがあるのではないでしょうか?
収穫も増やさせて高い価格の米になるのですから、と語る蔵元。

蔵元は等級ではなく蔵が理想とする酒を造りやすい米がベストの米である、という考えに至ったそうです。

写真は米の乾燥機。乾燥機が5台も置かれている蔵など他にはありません。
竹林、かもみどり 丸本酒造株式会社|米の乾燥機

蔵が理想とする米とはどのような米なのか?
それは丸本酒造が目指す酒が、旨口の酒でお米の味が伝わる酒。その中でいかに雑味がなく飲みやすい酒を造ること。要するに味がたっぷりある旨口でなおかつ雑味無く綺麗な酒。

窒素分の多いバランスの悪い米だと、精米機で割れ、米洗いで割れ、蛋白率が高く掛米にしたら溶けて雑味が出やすい。蔵の理想の酒が造り難い。

バランスよく健康的に育てた米の方が理想とする酒が造れると考えた蔵元は、無理して粒を大きくするような育て方をせず、そこそこの粒のサイズが有り、そこそこの心白があり、稲の葉っぱが程よく黄色になった状態で刈り取る米。
そのような米だと割れにくく発酵していて気持ちいお酒になる。切れもいいし味も綺麗だとか。

良い米を作る上で一番大切な条件は「田んぼ」だそうで、いかに良い田んぼを抑えるかで決まるとの事。
良い田んぼを抑えるには地元のコミュニティに顔が通じる事、政治力がある事、そして米作りのキャリア(実績)があることなどが重要な要素だそうです。

米の栽培は土地の分析に基づいて行い、田んぼ1枚から均等に土を回収し10項目以上の分析を40枚位上ある全ての田んぼで行います。

そうして何が過剰で何が足りなくて、どういう成分が多いからどういう稲になりやすいのか、化学による分析で米を育てるとの事。

最近でこそ自社栽培をされる蔵元が珍しくなくなりましたが、蔵元はウチほど長く真剣にやっている蔵は早々に無い、と強く自負されています。

写真は釜場。
竹林、かもみどり 丸本酒造株式会社|釜場
青い箱は丸本酒造オリジナルの浸せきタンク。

一般的には金属製の円すい状になった大きな浸せきタンクが使われていますが、それだと水を切るときに大きすぎて直ぐに切れず特に下の方は水に長い時間水に浸かる事になります。
この箱だと水がすっと切れるとの事。吟醸酒などの限定吸水では無いジャンルの吸水にメリットが出るとの事。

写真は酒母室。
竹林、かもみどり 丸本酒造株式会社|酒母室
壁に「米ひとつ残らず洗浄」と書かれていますが、とても清潔な蔵。

酒造りに大事なことは「1に掃除」「2は勉強」「3は生命の共感」。
生命の共感とは「このモロミは気持ちよく発酵しているな」とか「このモロミは苦しそうだ」とか、モロミの健康状態を見て解ってあげる能力だそうです。

竹林、かもみどり 丸本酒造株式会社|麹室
室にも「米ひとつ残らず洗浄」と書かれたものが貼られています。
米は最後まで使いきれば酒と代わり、酒はお金に変わり人々を楽しませます。
しかし床に落ちてしまった米は、ゴミとなり不衛生というリスク材料に変わります。
清掃を行うという労力(コスト)が発生する事になります。
そういう意味でも米を無駄にはできません。

竹林、かもみどり 丸本酒造株式会社|仕込み部屋

写真は槽場。
竹林、かもみどり 丸本酒造株式会社|槽場
プレハブ冷蔵庫の中に備えられた自動圧搾機。

自動圧搾機とは別に昔ながらの原理で搾る槽(ふね)も置かれていました。
竹林、かもみどり 丸本酒造株式会社|槽

最後に訪問の証の記念撮影。
竹林、かもみどり 丸本酒造株式会社|記念撮影
有機農産物の米で造った酒「純米吟醸 農産酒蔵」を手に取り感心する吾郎。

とにかく丸本酒造は米作りに熱心な蔵で、とても2時間ちょっとの訪問時間では足りませんでした。機会があれば田んぼの見学も含めて1日くらいかけてゆっくりお話を聞かせてもらいたいと思いました。




商品の購入・質問は竹林(ちくりん)、かもみどり|丸本酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0865-44-3155竹林(ちくりん)、かもみどり、泡々酒(ほうほうしゅ)醸造元丸本酒造株式会社
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2013年03月11日

萬年雪(まんねんゆき)|森田酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 318蔵目

萬年雪(まんねんゆき)|森田酒造株式会社

岡山県倉敷市本町8-8
蔵元のサイト:http://www.moritasyuzou.co.jp/


酒名:萬年雪(まんねんゆき) ■創業:明治43年(1910年)3代 ■杜氏:備中杜氏(社員) ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2013/3/11

代表銘柄
萬年雪 純米荒走り 純米未搾り原酒
萬年雪 風笑花酔吟醸未搾り原酒
萬年雪 激辛原酒

萬年雪(まんねんゆき) 森田酒造株式会社|外観
倉敷の美観地区に位置する森田酒造株式会社は明治43年(1910年)に森田尚二氏が創業した現在で3代続く酒蔵。

倉敷の美観地区は、江戸時代は幕府の直轄地「天領」であったため、幕府の代官所など行政機関が置かれ、税金も安かった事から商業が発展。

森田家はこの辺りの地主であり金貸しを等を営む商人だったとの事。
地代として沢山の米を預かっていたのですが当時の米相場は豊作・不作による変動が大きく、米の商いでは収益が安定しなかったそうです。

だったらもっと価格が安定していて、しかも付加価値が付く物は何だったか?というと酒。
当時、職人の日当が一日1円だった時代に、酒は1升が1円だったそうですから今の価格に換算すると1万5千円くらいでしょうか。

米を酒に変えたら、もっと安定した経営が出来るのではとの事で酒造免許の規制が緩和された明治時代に酒造業を開始した、というのが経緯のとの事。

創業当時の屋号は宮の屋といい「菊千代」という名の酒を製造。この素敵な酒名はなんと創業者が囲っていた妾(めかけ)さんの名前だったとか。
さすがにそれは良くないだろうと、富士登山に成功された時に考えた酒名「萬年雪」がその後の代表銘柄となります。

萬年雪(まんねんゆき) 森田酒造株式会社|商品

萬年雪(まんねんゆき) 森田酒造株式会社|商品

創業者の尚二氏は相場師だったそうで、当時の金額で億単位のお金を稼いだ時もあったそうです。なので酒造業は主な収入源というより事業のひとつ。
その後相場で大きな損があり、何もかも手放す事になり残ったのは今の蔵との事。それでもかなりの広い面積を持つ蔵です。

創業者は波乱に飛んだ方だったのですが、2代目は対照的に学者肌の人。
良い酒をどうやれば造る事が出来るのかを追求されていた方で「何の理屈もない、良い酒さえ造れば売れる」の信念で営業や値引を一切せず、変わった酒も造らず正統派の酒を造ることに専念されたそうです。

そして現蔵元3代目となる森田昭一郎さんは、そんな先代の何の変化もない酒造りがとても面白くなかったとの事。
全く変化がない状況がとても辛かったそうで度々2代目と衝突。
ついに先代が折れ「今日からお前がやれ」と通帳と印鑑を昭一郎さんの前に置いて引退。

そんな形で蔵を継いだので、何も教えてもらえなかった昭一郎さんは銀行に行って支店長にあって蔵の財務状況を教えてもらう事からスタートされたそうです。

蔵を継いだ昭一郎さんですが、最初は上手く行かなかったようで特に営業と値引きが嫌いな方。 営業に行くとトラブルをおこして返ってくるので、頼むから外に出ないでくれと周囲から言われる始末。

今日廃業するか明日廃業するかの状況まで追い込まれたそうで、どうせ廃業するなら好きな事をして辞めようと造った酒が「激辛」。 昭和50年台に激辛を販売したところこの酒がヒットします。

当時岡山の酒はマイルドで優しい姫酒でした。激辛という酒は無かったそうです。
荒々しい自体で「激辛」と書かれたラベルで製品化したのですが、丁度その頃から時代が辛口酒へと流行が変化します。

激辛は辛口酒が好きな関東市場で売れ、蔵は息を吹き返します。そして次に出した酒が「荒走り」。
これが大ヒットし今でも萬年雪 荒走りが蔵の主力商品になります。

萬年雪(まんねんゆき) 森田酒造株式会社|荒走り

萬年雪の荒走りは「槽(ふね)」と言われる圧搾機に酒袋を積み重ねる作業中、酒袋から滴り落ちてくる圧がかかっていない状態で採取される酒。

槽には大きさに限りがありますので、上のスペースを利用しようと酒袋を上に高く積み上げていきます。
その時に、槽で搾ることが出来る高さ以上に酒袋を積み上げます。
積み上げられた酒袋の重圧によって酒が搾り出されて、槽で搾ることが出来る高さまで下がってきたところで加圧をして絞り始めます。

萬年雪の荒走りは、加圧せずに重圧によって絞り出された部分のみを商品化。
最近では「無加圧」などと言われる事がありますが、圧が弱いためにモロミに含まれる雑味等が溶け出ていない分、綺麗で高品質な酒が採取されます。

香り高く味の密度も濃いため、和食にかぎらずイタリアンや中華にもよく合う酒。
大きは二人で飲み切るのに良いサイズの500mlのみ。

1800mlを造らなかった理由は、問屋や酒屋は量を売りたいので基本1升ビンを好みます。
しかし蔵元は営業をしなかった為1800mlの販売が不得手。

そこで目をつけたのが小ビンの市場。
当時、小ビンの市場はガラガラに空いていたので、1升ビンを売る力がなかったので仕方なく小ビンの市場に参入。

小ビンの場合、1升ビンと比べると割高な料金になります。
そこで品質の高い酒を詰めて売る事に迫られて、特定名称酒以上の酒しかつくらない方針を決定。
最終的には全量純米酒にする事を考えているそうです。

写真は仕込み部屋。
萬年雪(まんねんゆき) 森田酒造株式会社|仕込み部屋
製造は11月頃からスタートし、甑倒しは1月下旬。
私が訪問した3月11日には仕込みは終わっていました。

写真は槽場。
萬年雪(まんねんゆき) 森田酒造株式会社|槽場
酒を搾るのはこの2台の槽(ふね)のみ。

訪問の証の記念撮影。
萬年雪(まんねんゆき) 森田酒造株式会社|記念撮影
萬年雪の荒走りを手に取り感心する吾郎。

面白いのは本当に小ビンに特化していて1升ビンが無いこと。
小ビンもおしゃれな形状のボトルが多く、確かに新しい日本酒ファンにアピールする商品だと思いました。

槽を使った荒走りにせよ、小ビンに特化した方針にせよ、蔵が与えられた条件に逆らわず逆に上手に利用された事によって、他の蔵には無い独特の存在感を持っている事に驚きました。

森田酒造の商品は、蔵の隣にある「平翠軒(へいすいけん)」というお店で販売されています。
倉敷の美観地区にお越しの際は是非お立ち寄り下さい。




商品の購入・質問は萬年雪(まんねんゆき)|森田酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:086-422-0252萬年雪醸造元森田酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 15:00TrackBack(0)岡山県の酒蔵巡り

2013年03月11日

燦然(さんぜん)|菊池酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 317蔵目

燦然(さんぜん)|菊池酒造株式会社

岡山県倉敷市玉島阿賀崎1212
蔵元のサイト:http://kikuchishuzo.co.jp/


酒名:燦然(さんぜん)、倉敷小町、黒田庄 ■創業:明治11年(1987年)5代 ■杜氏:蔵元杜氏(備中杜氏) ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2013/3/11

代表銘柄
燦然 上撰 本醸造
燦然 特別純米酒 雄町
木村式奇跡のお酒 純米吟醸

菊池酒造株式会社は明治11年(1987年)に菊池太平氏が創業した現在で5代続く酒蔵です。
燦然(さんぜん) 菊池酒造株式会社|外観

燦然(さんぜん) 菊池酒造株式会社|外観
蔵が位置する玉嶋には江戸中期頃より北前船の帰港地となる大きな港が有り、この地からは備中綿が出て行き、代わりにニシンカスが入って来たそうです。
ニシンカスは肥料の原材料として用いられる為、蔵の周囲は肥料問屋街だったそうです。

菊池家は代々この辺りで庄屋をされていた家だったそうですが、同時に肥料問屋業も営んでおり、酒造免許の開放があった明治時代に太平氏が免許を取得し酒造業に参入。

当初は「菊水」という酒名だったそうですが、菊水は全国の様々な蔵で使われていた酒名だったので、地元の港が「甕(もたえ)の港」と言われていた事から「モタエ菊水」という酒名を命名。

やがて海軍の納入業者に選ばれた事から、それに相応しい酒名という事で大正時代に酒名「燦然(さんぜん)」が誕生。当時は「燦然と輝く・・・」という言葉がよく用いられていたそうで、そこから来ているそうです。

2級酒がモタエ菊水、1級酒が燦然というブランド構成が続きましたが燦然が主力銘柄となり昭和50年代にモタエ菊水は廃止されます。

5代目蔵元が蔵の仕事に就かれた頃(昭和50年頃)、「燦然」は日常的に使われる言葉でなく、字画も多く読めないという声もあった事から新たな酒名を考えます。

地元の「倉敷」の文字が入る酒名が良いと考えた蔵元は「倉敷小町」というブランドを美観地区に限定して販売。

一時、燦然を廃止し「倉敷小町」1つに集約しようかと考えたそうですが燦然に愛着があった為に2ブランドを並行して運用。

更に時代が進み現在のような特定名称酒が台頭する時代になると、逆に「燦然」という酒名の方がこだわりの酒には向いている事から、現在でもこの蔵のメインブランドとして用いられています。

燦然(さんぜん) 菊池酒造株式会社|国学者 近藤萬丈

写真の方は6代目蔵元予定の菊池大輔さん。
燦然(さんぜん) 菊池酒造株式会社|菊池大輔蔵元
大輔さんには異なる分野の大学を卒業し電機メーカーに勤務。2010年4月に蔵に戻ってこらて、現在は主に営業方面の仕事をされています。ゆくゆくは製造の仕事をしていきたいとの事。

現在、菊池酒造では大輔さんのお父様である5代目蔵元自らが酒造りをされています。
流派は備中杜氏。
備中杜氏は現在で20名ほど存在しているとの事。

原料米は約90%が岡山県産米、雄町、山田錦(岡山産)、朝日米(準好適米)を使用。
鑑評会の出品酒などにごく一部に兵庫産の山田錦を用いています。

仕込み水は、高梁川(たかはしがわ)の伏流水を使用。
高梁川とは岡山県の3大河川の1つで、水質がよく水量は一番豊富。
水島臨海工業地帯が出来た最大の理由は高梁川の水があったからだそうです。

水質は弱軟水。
灘の硬水、広島の軟水と言われますが、岡山はその中間で少し軟水よりとの事。

岡山の酒蔵の約半数は高梁川の伏流水を使用しているそうで、水質の影響から岡山の酒は柔らかく多少甘く感じられる穏やかな酒になるのが特徴。

菊池酒造では柔らく優しい酒質の岡山の特徴に加えて、膨らみが有り切れが良い酒、幅のあるな滑らかな旨さと切れの良い辛さを目標されているそうです。

燦然(さんぜん) 菊池酒造株式会社|大吟醸 原酒
蔵で一番生産量が多い酒は燦然 本醸造。次は燦然 純米酒 雄町。 大吟醸酒も人気があるそうで平成23年には9月で売り切れてしまったとか。

燦然(さんぜん) 菊池酒造株式会社|木村式 奇跡のお酒

燦然(さんぜん) 菊池酒造株式会社|木村式 奇跡のお酒 玄米酒

そして今、蔵が力を入れている酒が「木村式 奇跡のお酒」。

木村 秋則さんは無農薬・無肥料でリンゴの栽培を成功された「奇跡のリンゴ」で有名な方。

木村さんはリンゴを造っている間、東京でバイトをされたり色んな苦労をされたのですが、リンゴだけではなく米作りやら野菜つくりなど様々な事も行われていたそうです。

田んぼ作りは早い時期に上手く出来たそうですが、リンゴ作りがとにかく難しかったとか。
木村さんの公演を聞かれた際に、こういった農法がこれからの食文化には必要だろうと考え、岡山でNPO法人を立ちあげて木村さんに指導していただいて米作りを開始。

一番の特徴は農協を巻き込んだ事だそうで、蔵が農家のところにしょっちゅう行く訳にはいかないが農協にはそれが出来ます。

農協にとって無農薬・無肥料とは自分の利益に反する事で難しいのですが、こういう農法も必要だろうと上の人が説得し、最初は反対もあったそうですが今では精力的に取り組んでいるとの事。

木村さんも岡山で成功したら全国にも広げやすい事から、青森から何回も岡山に来ていただいて指導をしていただいているそうです。

蔵元の役割としては、酒は全国に流通させやすいことから木村式の米で酒を造り全国に販売すること。木村式を認知してもらう為、少量しか取れない米ですが多めに割り当ててもらって酒を造られているそうです。
この酒は米の特質から少し甘口の酒。

燦然(さんぜん) 菊池酒造株式会社|釜場

燦然(さんぜん) 菊池酒造株式会社|仕込み部屋

燦然(さんぜん) 菊池酒造株式会社|もろみ

最後に訪問の証の記念撮影。 燦然(さんぜん) 菊池酒造株式会社|記念撮影
木村式 奇跡のお酒を手に取り感心する吾郎。

木村さんの奇跡のりんごは映画化され2013年の6月8日にロードショーされる予定。
映画が始まれば、いっぺんに有名になるので、今準備をされているそうです。
放映されるのが楽しみですね。




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Posted by 佐野 吾郎 at 14:00TrackBack(0)岡山県の酒蔵巡り