2013年02月27日

富士山、白糸|牧野酒造合資会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 310蔵目

富士山、白糸|牧野酒造合資会社

静岡県富士宮市下条1037
蔵元のサイト:http://www.makino-shuzo.com/


酒名:富士山(ふじさん)、白糸(しらいと) ■創業:寛保3年(1743年)9代 ■杜氏:能登杜氏 ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2013/2/27

代表銘柄
白糸 本醸造
特別純米酒 富士山
特別本醸造 富士山

富士山の西南麓に広がる静岡県富士宮市。
富士山の伏流水(軟水)に恵まれている富士宮には現在3社の酒蔵が酒造りをされています。
その中で、その名も「富士山」という酒名の酒を造る蔵が牧野酒造合資会社です。
富士山、白糸 牧野酒造合資会社|外観
牧野酒造合資会社は寛保3年(1743年)に創業した9代続く酒蔵です。
9代目蔵元、牧野 利一さんの話によると、かつてこの辺りは穀倉地帯だったそうで祖先はこの地の地主だった事から余剰米から酒造りを始められたのではないか、との事。

昔の屋号は「カネワ」。昭和50年代に法人化され現在の社名「牧野酒造合資会社」となります。

1743年というと富士山の最後の噴火「宝永大噴火」が起きたのが1707年。
それから36年が経過している事から人々の生活も安定し「酒など造ろうか」という余裕も現れた頃だったのかもしれません。

写真の方が9代目蔵元、牧野 利一さんです。
富士山、白糸 牧野酒造合資会社|牧野利一蔵元

代表銘柄は白糸富士山
富士山、白糸 牧野酒造合資会社|特別本醸造 富士山
白糸はこの蔵でわかっている限りずっと昔から用いられていた酒名。
蔵から北へ約8キロほどの場所にある白糸の滝から来ているとの事。

そして現在の主力商品「富士山」は昭和後期に誕生した銘柄。
地元に相応しい名前というなのですが商標の獲得が難しかったそうで、苦労された末に昭和63年に登録が叶います。

写真は精米機。
富士山、白糸 牧野酒造合資会社|精米機
使用する原料米は兵庫産の山田錦、地元、新潟、福井産の五百万石、地元の誉富士等を使用。
造りは11月よりスタートし甑倒しは2月。3月の前半まで搾りがあって後半には造りが終了。年間製造量は約400石。

代々、石川県より能登杜氏がきて酒造りをされているとの事。
静岡県は能登杜氏が酒造りを行う蔵が多いのですが、その理由はかつては石川県から汽車を乗り継ぎ一泊二日かけて静岡県まで来ていたそうで、距離的にも静岡くらいまでが限界だったとの事。

写真は釜場。
富士山、白糸 牧野酒造合資会社|釜場

量的に一番良くれている酒は白糸 本醸造
地元のレギュラー酒のような存在。

蔵元がおすすめする酒は静岡酵母で仕込んだ特別本醸造 富士山
日本酒度でプラス10くらい上がりますが、数字ほど辛くなくスッキリした感じ。味と香りのバランスが良いとの事。
それともう1つのお薦めは能登杜氏による金沢酵母を用いて造った純米酒 富士山は女性的な優しい酒。

酒母室
富士山、白糸 牧野酒造合資会社|酒母室 もと場

仕込み部屋
富士山、白糸 牧野酒造合資会社|仕込み部屋

蔵が造っている酒は晩酌で飲んでお美味しい酒が主体。
一杯目よりも2杯め3杯めに美味しくなる酒。

華やかな吟醸香を抑え、香りが穏やかで丸があってふくよかな酒。

刺身に例えれば大トロより赤身がいいのかの違いで、大トロは美味しいのですが沢山食べるのではありません。
赤身の刺身のように普段に飲んでもらう酒を主体で製造されているとの事です。

槽場
富士山、白糸 牧野酒造合資会社|槽場

蔵の屋上。天気が良ければこの向こうに富士山を眺める事が出来るとの事。
富士山、白糸 牧野酒造合資会社|屋上

訪問の証の記念撮影。仕込み水の柔らかさに驚く吾郎。
富士山、白糸 牧野酒造合資会社|記念撮影
仕込み水は蔵から1キロ離れた場所に富士山の伏流水が岩肌に当たって吹き出しているという椿澤の水を使用。水質はとてもやわらかい軟水。
乾いた喉に滑り落ちるとても清らかな水に驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は富士山(ふじさん)|牧野酒造合資会社へお問い合せ下さい。
TEL:0544-58-1188富士山、白糸醸造元牧野酒造合資会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 11:00TrackBack(0)静岡県の酒蔵巡り

2013年02月26日

千寿(せんじゅ)|千寿酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 309蔵目

千寿(せんじゅ)|千寿酒造株式会社

静岡県磐田市中泉2914-6
蔵元のサイト:http://www.e-senju.co.jp/index2.html


酒名:千寿白拍子(せんじゅしらびょうし)、舞車(まいぐるま)、誉関(ほまれぜき) ■創業:明治35年(1902年)5代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2013/2/26

代表銘柄
千寿 純米まろやか
千寿 佳撰
千寿 本醸造 辛口

静岡県西部に位置する磐田市。
Jリーグのジュビロ磐田の本拠地として有名な土地ですが、とても良い地下水が取れる地域でシャネルの香水に用いられる水も磐田の水だとか。

磐田には高砂香料という国内1位、世界で5位という香料メーカーがあり、そこで用いられている水も磐田の地下水。

そんな水が恵まれた地域という事で酒蔵が存在します。
千寿白拍子(せんじゅしらびょうし)という名の酒を造る千寿酒造株式会社です。
千寿(せんじゅ) 千寿酒造株式会社|外観
千寿酒造株式会社は明治35年(1902年)に、この地に続く庄屋(山下家)が創業した現在で5代続く酒蔵です。

創業当初の屋号は「◯の中に入」と書いて「マルイリ」。
これは「お金が沢山入ってきますように」という願いが込められた名前。社名は合資会社山下本家。
当時の蔵元は相撲が好きだった事から「誉関(ほまれせき)という酒名の酒を沢山製造されていたとの事です。

そして昭和59年に現在の千寿酒造株式会社と社名を改めます。

千寿(せんじゅ) 千寿酒造株式会社|ジュビロ磐田
千寿酒造株式会社はジュビロ磐田のスポンサー企業。


創業当時から越後杜氏一筋で酒造りをしてきたそうですが、今から5年前の2008年から越後杜氏の下で酒造りを学んで来られた蔵元自らが酒造りを開始。

特に杜氏組合には所属されていないとの事ですが、越後杜氏から酒造りを教わった経緯から越後流の造りを継承されているとの事。

仕込み水には天竜川の伏流水を使用。水質は弱硬水。
地下150メートルから組み上げられる地下水は水量がとても豊富。
仕込み水はもちろん洗い物や事務所の水に至るまで全量を地下水を使用。

原料米には特定名称酒には地元静岡産の五百万石をメインで使用。
それに加えて兵庫の山田錦、静岡のオリジナル酒米「誉富士」などなど。

毎年10月ごろから酒造りをスタート。
11月には新酒を出荷され3月には甑倒し。
年間約2000石弱の酒を造られているとの事。

量的に一番沢山製造しているのは千寿 佳撰。
千寿(せんじゅ) 千寿酒造株式会社|千寿白拍子 佳撰
1800mlで税込で1600円。

蔵が売り込み中のお薦めの酒「純米まろやか」。
千寿(せんじゅ) 千寿酒造株式会社|純米まろやか
1升ビンで税込み1400円。燗しても美味しい酒。

写真は季節限定品のプラス20の超大辛口。
千寿(せんじゅ) 千寿酒造株式会社|大辛口
通常の大辛口は日本酒度がプラス10くらいとの事。

千寿酒造が造る酒は、お酒単体で飲むのではなく食べながら飲む酒。
静岡県は海が近くて山があるので食材が豊富。

特に魚系にあわせた場合、酒に主張が多過ぎたり個性が強すぎたりすると魚の味を台無しにします。
お酒単体で飲むと、最初は少し物足りなく思うかもしれません。(特に鑑評会のような酒単体で評価する場面)
しかし食との愛称はとてもよく考えて味のバランスを組み立てている為、長く飲んで飲み飽きしない酒。長く飲み続けられる酒が持ち味との事。

千寿(せんじゅ) 千寿酒造株式会社|仕込み水
クセが全くなく、とても清らかで美しい味の地下水でした。

写真は仕込み部屋です。
千寿(せんじゅ) 千寿酒造株式会社|仕込み部屋

千寿(せんじゅ) 千寿酒造株式会社|タンク

麹室は2部屋あって1つは従来ながらの手造り麹室。
千寿(せんじゅ) 千寿酒造株式会社|麹室

写真は製麹機。
千寿(せんじゅ) 千寿酒造株式会社|製麹機

訪問の証の記念撮影。
千寿(せんじゅ) 千寿酒造株式会社|記念撮影
日本酒度プラス20の超大辛口の酒を手に取り驚く吾郎。

千寿酒造は料理酒の製造にも力をいれておられ、庖丁人 高林秀幸さんと共同開発した「純米料理酒 和楽夢遊」500ml 340円(税込)という商品も販売。
派手で目立った部分ではなく生活に密着した縁の下の力持ち的な酒蔵のように思いました。末永く地元の方から愛される酒蔵である事を願います。




商品の購入・質問は千寿(せんじゅ)|千寿酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0538-32-7341千寿白拍子、舞車、誉関醸造元千寿酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

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2013年02月26日

出世城(しゅっせじょう)|浜松酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 308蔵目

出世城(しゅっせじょう)|浜松酒造株式会社

静岡県浜松市中区天神町3-57
蔵元のサイト:http://www.tenjingura.com/


酒名:出世城(しゅっせじょう)、銀露(ぎんろ) ■創業:明治4年(1871年)6代 ■杜氏:社員杜氏(南部杜氏県外会員) ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2013/2/26

代表銘柄
出世城 本醸造
出世城 天神蔵仕込み 純米酒
出世城 特別純米酒

古くからはウナギ、最近では餃子で有名な静岡県浜松市。
ここは物作りが盛んな土地で、ホンダが創業した地が浜松市。スズキの本社も浜松にあり楽器に至ってはヤマハ、河合楽器、ローランドの3社が浜松に本社を置いているため、ピアノの国内生産シェアは100%。
新幹線の浜松駅には日本を代表する物作りの会社の看板、ピアノ・バイクなど製品が展示されていて他の駅とは景色が違います。

そんな日本の物づくりの中心地、浜松市には2社酒蔵が存在します。その1社が出世城という名の酒を造る浜松酒造株式会社です。 出世城(しゅっせじょう) 浜松酒造株式会社|外観
浜松酒造株式会社は明治4年(1871年)に中村五郎七氏が創業した現在で6代続く酒蔵です。

五郎七氏の家は代々この地に続く庄屋で、余剰米があった事から明治の酒造免許開放の際に免許を取得して酒造りを開始したのでは、と伝えられています。

創業当初の屋号は山五。銀露、東海一、天滴という名の酒を造っていたそうです。
酒造業としては現在6代ですが家全体では15代続いているとの事。

出世城(しゅっせじょう) 浜松酒造株式会社|天神蔵の入り口
写真は天神蔵。一階は売店、2階にイベントなどが行えるスペースが有り、美術品の展示会、コンサート、寄席などが行われているとの事。

現在の主力銘柄「出世城」が誕生したのは昭和42年。
それ以前は、蔵の主力商品の酒名は「銀露」だったそうです。

昭和30年後半から昭和40年の前半にかけて、1級酒が台頭していた時期。 当時は銀露が主力商品だったそうですが、1級酒は浜松を代表する銘柄にしたいと考えます。

浜松の酒に相応しい良い名前は無いかと考えた結果、かつて徳川家康が浜松に居城置き、その後に出世を続け最終的には天下人になりました。その後も歴代城主の多くが幕府の重役に出世したことから「出世城」とも言われていたそうです。

とても目出度くで縁起も良い言葉である事から酒名「出世城」が誕生します。

出世城(しゅっせじょう) 浜松酒造株式会社|出世城 本醸造

出世城(しゅっせじょう) 浜松酒造株式会社|商品

出世城(しゅっせじょう) 浜松酒造株式会社|銀露
浜松酒造が造る出世城のコンセプトは、料理を邪魔しない飲み飽きしない酒。

静岡には海の幸、山の幸、美味しいものがたくさんあります。
例えば海の幸なら、フグ、ハモ、スズキ、ハゼ、うなぎ、あゆ、変わったのもではスッポン。
それらを邪魔しない酒。

華やかさに欠けるかもしれませんが長く付き合って飲める。
落ち着いて飲める酒。

数量的には出世城 本醸造が一番良く売れているとの事で、私も訪問の前夜に居酒屋でこの酒を飲みましたが、キリッと辛口の日本酒の真ん中を行っている酒質。特に新鮮な海の幸の相性が良い酒だと感じました。

出世城(しゅっせじょう) 浜松酒造株式会社|商品
酒造りですが浜松酒造は静岡県で唯一、女性杜氏による酒造りが行われている蔵です。

かつては岩手県の大迫(おおはさま)から来る南部杜氏が酒造りをされていました。
しかし平成20年からは地元雇用でこの蔵で製造の仕事をされていた増井美和さんという女性杜氏が酒造りをされています。

浜松酒造では日本酒以外にビールの製造もされていて、増井さんは最初はビールの製造スタッフとしてアルバイトに来た大学生だったそうです。

ビールの製造のアルバイトをされていた彼女ですが、やかて学校を卒業する時期を迎えます。
蔵元が就職先は?と尋ねたところ特に決まってなかったという事から、働きが良かった事でそのまま浜松酒造に就職することになります。

当初はビールの製造で入社した増井さんですが、冬季はビールの需要が減ることから蔵元が「日本酒の製造はビールと比べて難しくレベルが高い。勉強になるから日本酒の製造もしてみなさい」と提案。

最初は嫌がっていたそうですが、南部流のベテラン杜氏のもとで酒造りの手伝いを開始。
杜氏は仕事ではとても厳しい方だったそうですが、自分の孫娘くらいの年齢の女性ということもあり、とても丁寧に指導をされたそうです。

その甲斐あって酒造りの道に進んでいくことになります。
そして下働きからスタートし8年が経った時期に杜氏が病気になり引退される事に。
その後は彼女に酒造りをさせたら、という話になりますが「杜氏」という肩書きには重みがあることから最初の何年かは杜氏とは名乗らず酒造りを行います。

そして平成20年に意を決し杜氏と名乗るようになり、静岡県では唯一の女性杜氏が誕生します。
南部杜氏の県外会員との事。

浜松市の街中に建つ蔵ですが、酒造りに用いる米は地下100メートルから汲み上げる天然の地下水を使用。この地は天竜川の伏流水が地下に走っているため、地下水は多い地域だそうです。
ただ都市化によって地下水の水質が変化し平成3年に井戸を掘り直します。

掘って掘って掘り続けた結果95メートルの所で理想の水(軟水)と出会います。
水質の様子を見るため1年間は洗水に使用。水質が安定している事から平成4年からこの水で酒造りをスタート。
現在は600から700石規模の酒を製造されているとの事。

訪問の証の記念撮影。
出世城(しゅっせじょう) 浜松酒造株式会社|記念撮影
出世城 特別純米酒を手に取り感心する吾郎。

浜松酒造は浜松駅からタクシーで千円くらいで行ける距離にあります。(頑張れば歩ける距離)
地域に開放された蔵でコンサートをはじめさまざまなイベントが行われています。また市内の飲食店には出世城が置かれているお店が多いので、浜松に来た際にはお薦めしたいお酒です。




商品の購入・質問は出世城(しゅっせじょう)|浜松酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:053-461-6145出世城醸造元浜松酒造株式会社
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2013年02月25日

小夜衣(さよごろも)|森本酒造合資会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 307蔵目

小夜衣(さよごろも)|森本酒造合資会社

静岡県菊川市堀之内103-3


酒名:小夜衣(さよごろも) ■創業:明治20年(1887年)5代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2013/2/25

代表銘柄
小夜衣 山廃純米酒
小夜衣 特別純米 誉富士

静岡県有数のお茶の産地、菊川市。
JR菊川駅から徒歩5分の場所に見て酒蔵だと判る真新しい建物の姿が。
蔵の外観だけをみると、最新の設備が入っている製造量もかなり大きな蔵を想像してしまいますが意外や意外。
この蔵が、最近少し県外にも姿をみせるようになった、小夜衣(さよごろも)という酒を造る森本酒造合資会社です。
小夜衣(さよごろも) 森本酒造合資会社|外観
森本酒造合資会社は明治20年に森本 庄平氏が創業した現在で5代続く酒蔵です。

庄平氏はこの地の大百姓で、小作人からの年貢米が得られることから米問屋のような事をされていたそうで、余剰米があったので明治の免許緩和の際に酒造業に参入したと伝えられています。

創業当初は現在の場所ではなくもっと南の田園地帯の中。大正時代に良い水を求めて菊川駅周辺に移動。
そして平成18年に菊川駅周辺の区画整理の為、現在の場所に移転。
蔵が真新しいのは移転の為に新築された為。

写真の方は5代目蔵元、森本 均さん。
小夜衣(さよごろも) 森本酒造合資会社|蔵元
現在、森本酒造では蔵元一人で酒造りをされているそうです。

森本さんが造る酒は自然流(じねんりゅう)。
酒を造っているのは人ではなく酵母。人はその世話と仕上げをするだけ。
なので毎年どういう酒が出来るのか解らない。

他の蔵みたいに「こういう酒を造る」といって酒を造っていない。
発酵は酵母にまかせ、最後に自分が飲んで美味しいと思う酒に仕上げる。
酒が出来てからどうやって売るか考える。

量ではなく楽しんで飲んで貰いたい。
と語る蔵元。

好きな方には徹底的に好まれるタイプの蔵元だと思いました。

小夜衣(さよごろも) 森本酒造合資会社|商品

小夜衣(さよごろも) 森本酒造合資会社|商品
「寒造り」ならぬ「勘造り」、
人力手搾り、
山廃仕込ではなく「速廃仕込」、などなど独特の表現。
果たしてどのような味の酒なのか気になります。

小夜衣(さよごろも) 森本酒造合資会社|商品

写真は釜場。
小夜衣(さよごろも) 森本酒造合資会社|釜場
1200キロ入る甑との事。

写真は仕込み部屋。
小夜衣(さよごろも) 森本酒造合資会社|仕込み部屋
一人で造るにはこれくらいが丁度いいよ、との事。

この部屋に槽を置くつもりでしたがサイズが合わずに置くことが出来ず、やむなく2回に置く事になったそうです。

最後に訪問の証の記念撮影。
小夜衣(さよごろも) 森本酒造合資会社|記念写真
面白い発想の商品名に感心する吾郎。

蔵元お一人で酒をせいぞうされているらしく、生産量も限られているため、毎年12月には酒が売り切れてしまうとか。
県外からの引き合いも多く、大阪や九州の焼酎や日本酒をあつかう専門店におかれているとの事。

また蔵に在庫があれば「FAXしてくれたら代引きで送ってあげるよ」との事。
居酒屋などもし出会ったら是非飲んでみたい酒だとおもいました。


商品の購入・質問は小夜衣(さよごろも)|森本酒造合資会社へお問い合せ下さい。
TEL:0537-35-2067小夜衣醸造元森本酒造合資会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   


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2013年02月25日

開運(かいうん)|株式会社土井酒造場

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 306蔵目

開運(かいうん)|株式会社土井酒造場

静岡県掛川市小貫633
蔵元のサイト:http://www.kaiunsake.com/


酒名:開運(かいうん)、御日待家(おひまちや) ■創業:明治5年(1872年)4代 ■杜氏:能登杜氏 ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2013/2/25

代表銘柄
祝酒 開運
開運 特別純米酒
開運 波瀬正吉 大吟醸

東海道五十三次の26番目の宿場町が静岡の掛川。
遠江国の東部の拠点的な位置で、戦国時代には今川氏、徳川家康、武田信玄の間で掛川城を巡る戦が繰り返された合戦の舞台。
後に土佐藩の大名となった戦国武将、山内一豊が掛川城の城主を務めていた時期があることから、高知とのつながりも多く、高知県にある司牡丹酒造の祖先は掛川から移り住んできたと言われています。

また掛川はお茶の産地であるのと同時に県内有数の工業都市。
その掛川に静岡を代表する酒蔵があります。
酒通の間で知られている酒「開運」を造る株式会社土井酒造場です。 開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|外観

開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|建物
株式会社土井酒造場は明治5年、土井弥市氏が創業した現在で4代続く酒蔵です。
土井家はこの地に代々続く地主(庄屋)で、明治の酒造業解禁の際、明治4年に免許を取得し5年に酒造りを開始したと言われています。
弥市氏が酒造業を始めた時の年齢は16歳だったそうです。

開運という、とてもすばらしい酒名ですが、いつ頃からこの酒名がつけられたのかは不明。
商標登録の法律が誕生したのが明治時代なので、それ以前は各地で自由に酒名が付けられてたので、法律が出来る以前に命名されたのかもしれません。

土井酒造場が開運の商標登録を取得したのは昭和37年。
土井 清幌(きよあき)4代目蔵元の話によると、先代から「開運の商標は他社が持っている」という話を何度も聞かされていたそうで、大学生だった時に東京にいたので虎ノ門の特許庁に行って調べられたそうです。

すると滋賀県の酒蔵が「開運」という商標を取得していたそうですが、その蔵は廃業していて商標の権利が切れている事を知ります。
これはチャンスだ!と東京の下宿先で書類を用意し「開運」の商標を取得されたとか。
開運の快進撃はこの時に始まったのかもしれません。
何事もきっちりと準備されている人には運が開けるのだと思いました。

写真の方が4代目蔵元、土井 清幌(きよあき)蔵元。
開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|土井清幌 (どいきよあき)蔵元
開運を全国区の蔵に成長させただけではなく、静岡県の酒造業全体のブランドアップに貢献。
吟醸王国静岡と呼ばれるようになった立役者。
2005年には藍綬褒章受賞。現在、静岡県酒造組合の会長。

開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|弥市氏と榛葉 農(しんば みのり)杜氏
右の方が次期蔵元、土井弥市さん。
農大を卒業後、平成8年に土井酒造に入社。
16歳で酒造業を始められた創業者の志を継承してもらいたいという願いから、創業者と同じ名前との事。

そして左の方が杜氏の榛葉 農(しんば みのり)さん。
10年間、波瀬正吉杜氏のもとで酒造りを学び、その技を継承する能登流の杜氏。
次世代の開運をになう二人。

かつて開運には「波瀬 正吉(はせ しょうきち)」という、有名な能登流の杜氏が酒造りをされていました。波瀬杜氏は、開運で41年間酒造りを勤めた名杜氏で、その実力から「能登四天王」の一人と称された人物です。

開運のラインナップの最高峰に位置する商品に「波瀬 正吉」という人名を用いたものが存在します。今でこそ杜氏の名前を冠した商品は多くありますが、私の記憶するところでは、この「波瀬 正吉」が草分け的存在。

波瀬杜氏の存在が大きかった蔵なので2009年の訃報を聞いた時、今後の「開運」はどうなるのかと思いましたが、その心配は不要。
杜氏初年度の静岡県清酒品評会で県内第1位、全国新酒鑑評会で金賞受賞。
偉大な名杜氏の技術と魂は、確実に次代の受け継がれています。

若い蔵人の姿が目立ちました。
開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|洗米
今年開運は10月の吉日から酒造りがスタート。甑倒しは4月12日を予定しており、仕込み総数はタンク84本。製造国数は約2000石でこの量は静岡県では2番手クラス。

原料米は兵庫の山田錦が中心、あとは山田穂、赤磐雄町、愛山、誉富士などを使用。
長命水と呼ばれている弱軟水の地下水を用いて日本酒を仕込みます。

開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|釜場

写真は大変珍しい「連続浸漬機」と呼ばれる装置。
開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|連続浸漬機
お米の吸水率を設定通りに誤差無く吸水するというスグレモノ。
現在、開運では50%精米の米に使用されているとの事でとても珍しい装置との事。

開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|麹室

開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|麹室
麹室は写真の2部屋とは別に、別のフロアにもう2部屋が用意。
室が2つあることで「次が迫っているので急いで出さないと」という事が起きないようにしているとの事。

開運には3つの仕込み部屋があります。写真は「祝酒」を造る仕込み部屋。
開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|仕込み部屋 祝酒

この部屋は純米吟醸、吟醸酒などを仕込む部屋。
開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|仕込み部屋
驚いたことに空調で送られてくる空気は塩化リチウムのシャワーに通されて殺菌された無菌の空気が送り込まれているとの事。

写真が大吟醸の仕込部屋。
開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|大吟醸 仕込み部屋

開運は環境にも配慮されている蔵です。
開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|太陽光発電
写真のソーラーパネルで60キロワットの電力がまかなえるとか。
仕込みが行われている冬場と真夏は60キロワットでは足りないそうですが、春には電力が余って電力会社に買い取ってもらえるとの事。

開運(かいうん) 株式会社土井酒造場|浄化槽
米を洗った際に発生するとぎ水は川の水を汚す為、一定の規模を超えた蔵は浄化槽を用意する必要があります。
開運の製造規模では義務付けはされていないそうですが自主的に浄化槽を用意。茶色く濁っているのはバクテリアの色。

これらはお酒の味を左右する設備ではありませんが、一流の会社はこういう部分にもきっちりお金を投資されているものです。
開運では毎年何か1つ大きな設備投資を行い続けているとか。
吟醸王国静岡を牽引している蔵の凄さに驚く吾郎でした。




開運(かいうん)のお求めは、インターネットで販売日本一の 地酒.com 佐野屋 開運 通販ページ をご利用ください。 (フリーダイヤル:0120-464-135)
地酒.com 佐野屋株式会社土井酒造場と直取引を行う特約店です。  

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