2013年02月28日

英君(えいくん)|英君酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 315蔵目

英君(えいくん)|英君酒造株式会社

静岡県静岡市清水区由比入山2152
蔵元のサイト:http://eikun.fc2web.com/


酒名:英君(えいくん)、英君(えいくん) ■創業:明治14年(1881年)5代 ■杜氏:社員杜氏(諸派) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2013/2/28

代表銘柄
英君 純米吟醸 緑の英君 無濾過生原酒
英君 純米吟醸 橙の英君
英君 純米吟醸 紫の英君

英君(えいくん) 英君酒造株式会社|外観
英君酒造株式会社は明治14年(1881年)に望月昌策(しょうさく)氏が創業した現在で5代続く酒蔵です。

この地の大地主の家に生まれた昌策氏ですが、長男では無かったため家督を継げず分家として独立。丁度、明治の酒造免許開放の時期だったので当時景気が良かった酒造業に参入されたのではないでしょうか。

実家は大地主でしたが分家をされた昌策(しょうさく)氏は地主ではないので、酒造りに用いる原料米は今のように購入して酒造りをされていたそうです。

実家の本家は今でも蔵のすぐ近くに存在するそうです。本家は余剰米があったわけですが酒造業には参入されなかったとの事。

英君(えいくん) 英君酒造株式会社|昔の商品
現在の主力銘柄「英君」は創業当初から続く酒名。

英君の酒名の由来ですが、創業した年が日英修好通商条約が結ばれたという事から「英」の文字を取って命名されたのか、あるいは徳川慶喜公は晩年は静岡で過ごされ、地元ではとても人気があった事から「英でた君主」と慕う気持ちから英君と命名された、という2つの説があります。

英君(えいくん) 英君酒造株式会社|商品

蔵はかつては南部杜氏が来て酒造りをされていましたが高齢のため一昨年(2011年)に引退。 その南部杜氏の下で15年間働いてた地元雇用の副杜氏が杜氏に就任し2012年から酒造りをされています。現在49歳です。

仕込み水は、蔵から山へ3キロ離れた場所から湧く「桜野沢」の湧き水を蔵に引き込んで使用。 中軟水で良い意味で個性があるの水で、山の持ち主と交渉し山ごと買い取られたそうです。

右の方は5代目蔵元、望月 裕祐(ゆうすけ)さん。槽場にて撮影。
英君(えいくん) 英君酒造株式会社|蔵元・槽場
酒造りに用いる米は福井・富山産の五百万石を主に使用。それに加えて兵庫の山田錦、岡山の雄町。今年から地元産の誉富士を使用。

大吟醸から普通酒まで全て静岡酵母(2種類)を使用。
毎年10月の中旬から製造を開始。甑倒しは2月下旬ごろ。
総数で約30本のタンクを仕込みますが、ひとつ1つのタンクが小さく一番大きな仕込みで1200キロ。
約4ヶ月半の間に、約600石の酒を造られています。

写真は仕込み部屋。
英君(えいくん) 英君酒造株式会社|仕込み部屋
蔵が目指している酒は、きき酒の為の酒ではなく、料理と一緒に楽しむ酒。

香りが華やかで目立つ酒もあっても良いのですが、この蔵としてはいらない酒。
お酒は料理と一緒に楽しむものなので、料理とお酒を互いに引き立てるような酒。

カプロン酸は3ppm以下。カプロンが酢酸イソアミルを超えて目立たないようにする事。
そのようなお酒だと、きき酒の会の時に「物足りないね」と最初は言われてしまうわけですが、会の終わりぐらいになると「この位がちょうどいいね」と評価してくれる方が多い。
なので自分の中ではこの味の選択は間違いではないと思っている、と話される蔵元。

私自身も英君の酒は試飲会で口にしたことがあるのですが、酸が穏やかですが味にはしっかりとコシが強く、口に含んだ時の香りがとても爽やか。
物足りないという感覚など全く無く、様々なお酒を同時に飲み比べをする試飲会の席でも、充分に存在感がある個性的なお酒だと感じた記憶があります。

静岡吟醸を踏襲されている酒の中では、新たな個性を持つ存在が英君です。
要注目の静岡酒です。

訪問の証の記念撮影。
英君(えいくん) 英君酒造株式会社|記念撮影
写真は仕込み水をろ過する取水塔。
英勲酒造では仕込み水に含まれている鉄分をこの取水塔で除去しているとのこと。
珍しいろ過に驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は英君(えいくん)|英君酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:054-375-2181英君醸造元英君酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 16:00TrackBack(0)静岡県の酒蔵巡り

2013年02月28日

正雪(しょうせつ)|株式会社神沢川酒造

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 314蔵目

正雪(しょうせつ)|株式会社神沢川酒造

静岡県静岡市清水区由比181


酒名:正雪(しょうせつ) ■創業:大正元年(1912年)5代 ■杜氏:南部杜氏 ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2013/2/28

代表銘柄
正雪 特別本醸造 山田錦
正雪 辛口純米 誉富士
正雪 純米吟醸

静岡県の真ん中に位置する由比。
江戸時代には東海道の16番目の宿場町が置かれ、歌川広重による浮世絵にも描かれている街。 サクラエビの漁業基地があるため、旧東海道を車で走っているとそこら中にサクラエビの売店が存在します。

そんな食と文化のある地域には酒蔵が存在します。
酒通の間で知られている酒「正雪(しょうせつ)」を造る株式会社神沢川酒造です。
正雪(しょうせつ) 株式会社神沢川酒造|外観
株式会社神沢川酒造は大正元年(1912年)に望月 金蔵氏が創業した現在で5代続く酒蔵です。

現在、蔵がある場所よりずっと北の山間で林業と養蚕業を営んでいた望月 金蔵氏には由松(よしまつ)という息子さんおられました。
その由松氏が酒造業をやりたい、と言い出したことから免許が緩和されて取得しやすかった時期であった事から酒造免許を取得。

酒造りを始めるにあたって水のいい場所を求めて今の場所に蔵を建てられます。
その際に、仕込み水から名前を取って「神沢川(かんざわがわ)」という屋号と酒名を命名されます。

金蔵氏は酒造業にはタッチせず実質上、息子の由松(よしまつ)さんが経営をされていたそうですが、一家の主が金蔵氏であった事から創業者の名前は金蔵さんになっています。

現在の代表銘柄「正雪」はいつ頃誕生したのかは不明との事ですが、昭和のはじめには存在していた銘柄だそうです。

現在、蔵で一番良く売れている商品は正雪 特別本醸造 山田錦
1升ビンで2100円という価格。
昨年度はこの酒が最も沢山売れていたそうですが、山田錦の入手難によって今年度は正雪 辛口純米 誉富士が追い越す予定。この酒は1升ビンで2350円。いずれもリーズナブルなのでよく売れている蔵の2本柱との事。

酒の出荷は県外が8割、県内が2割。 普通酒も造っているが主力商品になるほど量は売れていないとか。

写真は釜場。蒸し米は和釜を用い、ほとんど手作業で行われています。
正雪(しょうせつ) 株式会社神沢川酒造|釜場
酒の造り手は、この蔵で杜氏を務めて今年で31年めになるベテランの南部杜氏。
一人だけ現地採用の蔵人を連れてきて、他は地元で雇用している蔵人たちで酒造りが行われています。

酒造りに用いる原料米は、一番多く用いている米が兵庫産の山田錦。
次に岩手の吟ぎんが。これは南部杜氏・蔵人が作っている米という事で使用。
あとは雄町、愛山などなど。

毎年10月の中旬頃から酒造りを開始し、今年は甑倒しが少し遅く3月18日。皆造は4月中旬ごろを予定。年間で約1500石の酒を造られているそうです。

正雪(しょうせつ) 株式会社神沢川酒造|洗米

正雪(しょうせつ) 株式会社神沢川酒造|吟醸用洗米機

正雪(しょうせつ) 株式会社神沢川酒造|洗米のザル
上の3点の写真は洗米機。
静岡の酒蔵の間で主流とされている青島式と呼ばれる吟醸洗米機。

ステンレスのザルに米を5キロづつ入れて洗って浸せき。
シャワーを2回かけるため水を沢山使うとの事で米を200キロ洗うのに水が25トン必要だそうです。しかし水だけではなく人も大勢必要。

米を5キロづつザルに入れる人、
水につける人、
機械に乗せる人、
機械からシャワーに移動させる人
シャワーから水に付ける人、
これらを一連の作業で行うため5人の人間が同時に必要だとか。

水を大量に使う上に人も大勢必要、全く省力化になっていない、効率・コストを考えていない。

しかし米ぬか完璧に落とす洗米のレベルの高さについては日本最高峰を誇る洗米システムとの事。

麹造りも手作業。
正雪(しょうせつ) 株式会社神沢川酒造|麹室

写真は仕込み部屋。
正雪(しょうせつ) 株式会社神沢川酒造|仕込み部屋

写真は昔ながらの槽(ふね)。
正雪(しょうせつ) 株式会社神沢川酒造|槽場
吊るしをかけたり、澱引きもただ上澄みを抜いているという方法なども行なっているので本当に手がかかる造りをしているのがこの蔵の特徴との事。

蔵元が目指されている酒は「静岡型吟醸」と呼ばれるタイプの酒。
蔵元が語る静岡型吟醸の特徴は、カプロン酸エチルの香りは控えめで、酢酸イソアミルによる爽やかな香りが主体。日本酒度が高くて酸が低く軽いけど薄くない酒。酸が低いと味が薄く感じられるのですがそれがなく綺麗だけど味がある酒。

正雪はそんな静岡型吟醸の特徴に加えて、少し丸みをもたせた酒。
米が持っている性質・特徴(溶けやすさであったり、溶けるスピード)に加え、それらに酵母や仕込み方法の組み合わせると実に様々な味が表現できる。
そんな様々な組み合わせの中で正雪のアイデンティティーが現れた酒を造って行きたいとのこと。

最後に訪問の証の記念撮影。
正雪(しょうせつ) 株式会社神沢川酒造|記念撮影 珍しいバーナーの形に感心する吾郎。

正雪は県外への出荷も多く居酒屋やネット通販などでも見かける事が多い銘柄。
神沢川酒造が造る静岡型吟醸酒の味とはどのような味なのでしょうか。
たいへん興味がある酒です。




商品の購入・質問は正雪(しょうせつ)|株式会社神沢川酒造へお問い合せ下さい。
TEL:0543-75-2033正雪醸造元株式会社神沢川酒造
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 14:00TrackBack(0)静岡県の酒蔵巡り

2013年02月28日

白隠正宗(はくいんまさむね)|高島酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 313蔵目

白隠正宗(はくいんまさむね)|高嶋酒造株式会社

静岡県沼津市原354-1
蔵元のサイト:http://www.hakuinmasamune.com/


酒名:白隠正宗(はくいんまさむね) ■創業:文化元年(1804年) ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2013/2/28

代表銘柄
白隠正宗 山廃純米酒
白隠正宗 誉富士 純米酒
白隠正宗 純米吟醸

東海道五十三次で品川から数えて13番目の宿場町「原宿」(静岡県沼津市)。
この宿場町にて文化元年(1804年)に高嶋亀吉氏によって創業された酒蔵が高嶋酒造株式会社です。
白隠正宗(はくいんまさむね) 高嶋酒造株式会社|外観
亀吉氏は酒造業を始める以前はこの地の網元(漁師の元締め)だと言われ、同時に流通業もされていたようで醤油を扱っていたのか「醤油屋」の屋号で商いをされていたとのこと。

現在の主力銘柄、白隠正宗(はくいんまさむね)は明治14年に誕生。
それ以前に様々な商標があったそうですが、具体的な名称はよくわからないとの事。

以前は新潟から越後杜氏が来て酒造りを行ってきたそうですが、現蔵元の高嶋一孝さんが蔵に戻って来た際に南部杜氏を連れて帰り、その南部杜氏から酒造りを学んだ後、現在は蔵元自ら酒造りをされています。

写真の方が高嶋一孝蔵元。25歳の時に高嶋酒造の当主になられたそうです。
白隠正宗(はくいんまさむね) 高嶋酒造株式会社|高嶋一孝蔵元
現在、日本酒ファンに知られるようになった白隠正宗(はくいんまさむね) ですが、一孝さんが蔵に戻ってくる以前は普通酒を中心に造る年間製造国数が200石規模の酒蔵だったそうです。

一孝さんも酒造りに強い思い入れが無く、実家が造り酒屋ということで安易な考えで東京農業大学に進学されたとか。

そんな一孝さんが酒造りに目覚めるきっかけとなったのが、大学3年の時に「冬に酒蔵へ2週間泊まりこみで研修に行くと2単位がもらえる」という事から、先生に推薦してもらった酒蔵が同じ静岡の開運。

当時は波瀬当時も現役で、能登から蔵人も大勢来られていたそうで現在、開運で杜氏を務める榛葉農(しんば みのり)さんがラベル貼りをされていた頃。

開運に2週間行って、蔵元と波瀬杜氏の関係、チームワーク、蔵人のモチベーション、設備の違いなど見た事で大きく感化されたそうです。

そして研修が終わって学校に帰る前、実家の沼津の蔵に寄って杜氏に「経過簿を見せて欲しい」とお願いしても見せてくれなかったとか。仕方ないので自社の市販酒を利いたところ、とても残念な酒・・・。

製造規模が200石程度なのに高い給料を払って杜氏を雇い、造ってもらっている酒の結果がこのような結果。この現実に一孝さんは怒りを感じたそうです。
この出来事がきっかけに大学に戻ってまじめに勉強するようになったとの事。

一孝さんは開運に行くまでは将来の行く末は漠然としていたそうで、サブカルチャーが好きだったそうでそちらの道に進むことも考えられたそうですが、

「酒を造るのも音楽を創るのも本を書くのもアウトプットする手段(ツール)に過ぎない。人々に何を与え、その事で人々に何を起こすのか?ゴールがそれなら、アウトプットする手段は誰でも簡単に出来ない事を選択したほうがいい。であれば、酒蔵は誰にでも出来る事ではない。」

そういう考えに至り、実家に戻って酒造りをすることを決意。
大学を卒業後、酒類総合研究所にいた後、その時にいた杜氏・蔵人・スタッフを一掃し、自分が連れてきた杜氏のもと酒造りを行うという条件で23歳の時に蔵に戻ってこられたそうです。

高嶋酒造の自慢の井戸。 白隠正宗(はくいんまさむね) 高嶋酒造株式会社|井戸

白隠正宗(はくいんまさむね) 高嶋酒造株式会社|水
酒造りに用いる水は地下150メートルから湧く富士山の伏流水は軟水。

水量がとても豊富なため蔵には水道が通っておらず全量地下水でまかなっているとの事。
その上ミネラルウォーターとしても販売。

白隠正宗(はくいんまさむね) 高嶋酒造株式会社|地元の方が汲みに来られる様子
豊富で良質の地下水は地域の方にも提供されています。
人ないなくなってから撮影しようと思っていましたが、次々と人々が訪れ逆に増えていく状態。
全く人が途絶える様子はありませんでした。

写真は10俵張りの精米機。
白隠正宗(はくいんまさむね) 高嶋酒造株式会社|精米機
酒造りに用いる原料米は95%強静岡県産米、ごく一部兵庫県産の山田錦と岡山の雄町。
地元の山田錦と誉富士が主体。

毎年10月末ごろから酒造りを開始し甑倒しは3月中旬。
年間生産量は約600石。

地酒とは地の食文化から生まれてくるもの、地の食材にあったものでなくてはいけないだろう。
沼津は干物の街。生魚というより火の入った魚が多く、特に干物になるとエグ味などが多くなります。そのため従来の静岡型の味だと酒が綺麗なので負けてしまいます。
そこで山廃仕込や生もと造りにチャレンジし従来の静岡型にプラスしてコクが有るタイプの酒造りをされているとの事。

白隠正宗(はくいんまさむね) 高嶋酒造株式会社|洗米

写真は仕込み部屋。
白隠正宗(はくいんまさむね) 高嶋酒造株式会社|仕込み部屋

写真は圧搾機。とても珍しいタイプの槽(ふね)です。
白隠正宗(はくいんまさむね) 高嶋酒造株式会社|槽場
この槽1台で酒を搾らないといけないため、何本か仕込むと少し期間を空けて、というペースで酒を仕込んでいきます。

一番製造量が多い60%精米の誉富士の純米酒が昨年は8月に完売。
製造量を増やしたくとも今の蔵の規模だと限界なので、本醸造の製造を廃止して誉富士の純米の製造に充てることに。
その結果、昨年の造りから全量純米を製造している蔵になったそうです。

今の課題はニーズに答えるべく生産量の強化。
大きな蔵になるつもりはないそうですが、現状だと流石に生産量が少な過ぎて需要に応えられず、販売店には迷惑をかけているとか。

設備を追加するにも宿場町に位置する酒蔵の宿命なのか、昔から街中であった為、土地のスペースが限られているため設備の追加が難しいとの事。
この問題をどう乗り越えるかが今後の大きな課題だそうです。

最後に訪問の証の記念撮影。
白隠正宗(はくいんまさむね) 高嶋酒造株式会社|訪問の記念撮影
珍しい20俵張りの精米機に驚く吾郎。

白隠正宗は若手の夜明けなどのイベントに度々姿を見せる現在注目の新進気鋭。
試飲会や居酒屋で出会った際は要チェック。お薦めの地酒です。




商品の購入・質問は白隠正宗(はくいんまさむね)|高嶋酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:055-966-0018白隠正宗醸造元高嶋酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 11:00TrackBack(0)静岡県の酒蔵巡り

2013年02月27日

富士正(ふじまさ)|富士正酒造合資会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 312蔵目

富士正(ふじまさ)|富士正酒造合資会社

静岡県富士宮市根原450−1
蔵元のサイト:http://www.fujimasa-sake.com/


酒名:富士正(ふじまさ)、富士の詩、富士のかさ雲 ■創業:慶応2年(1866年)8代 ■杜氏:南部杜氏 ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2013/2/27

代表銘柄
富士正 辛口 げんこつ
富士正 あさぎり蔵出し 特別純米酒
富士正 純米酒

天気が良ければ背後には雄大な富士山を望む事が出来る、富士山に最も近い酒蔵が富士正酒造合資会社です。 富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|外観
富士正酒造合資会社は慶応2年(1866年)に創業した現在で8代続く酒蔵。
蔵の歴史はもっと長いのですが、お寺が火災によって戸籍が消失。慶應2年以降の資料しか残っていないことから創業年を慶應2年とされています。

かつては富士宮の下条に蔵があり、その地域の地主だったそうで余剰米から酒造りを始めたというのが酒造業開始の経緯と伝えられています。

かつての蔵の名前は佐野酒造場といい近隣の人々から「出口の酒屋」と親しまれていたそうで、昭和30年に法人化された際に現在の富士正酒造合資会社となります。
そして2011年に現在のあさぎりフードパークに蔵を移転されます。

富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|あさぎりフードパーク
あさぎりフードパークとは、地元の食品メーカー6社が集まって生まれた「食の工房団地」。

「見せる工房」なので全ての施設が見学可能。
富士正酒造もご覧の通り、通路を窓ガラス越しに蔵の中が見学出来ます。 富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|見学通路

写真は釜場。
富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|釜場

室の中もガラス越しに見学可能。
富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|麹室

写真は仕込み部屋。
富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|仕込み部屋

貯蔵タンクが並んでいます。
富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|貯蔵タンク

槽場は見学ルートからは見ることができません。今回特別に拝見させていただきました。
富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|槽場

酒の造り手は3年前に南部からきた若手の新進気鋭、八重樫杜氏
杜氏の高齢化が進むといわれる中、南部杜氏組合にはまだ若い当時も存在するようで、気になる事があれば何でも質問されるというとても勉強熱心な方。将来名杜氏になる片鱗をうかがわせる人物。

蔵は新しく造られただけあって現在の酒造りに適した動線が短くコンパクトにまとめられた一箇所集約型。
蔵は標高800メートルの場所にあり気圧が低い事と朝夕は霧が発生するため湿気が多いこと。こういう条件の蔵は少ないのでデーターがなく、苦労されているとの事です。

水は弱軟水。
酒造りに用いる原料米は兵庫産の山田錦、石川県の五百万石、そして静岡の誉富士。酒造好適米のみを使用。

写真は一番良く売れている酒、富士正 辛口 げんこつ。
富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|辛口げんこつ
1升ビンで1733円という手頃な価格。
冷でも燗でも楽しめて、日本酒度+7を感じさせないのみやすさ。普段の晩酌の酒としてよくれているとの事。

このラベルはあさきりフードパークの直営店でのみ販売されている特別品。
富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|富士正
富士正酒造では昭和46年というとても早い時期から「富士天然醸造」という名で純米酒を発売されていて、特に純米酒、純米吟醸酒にはこだわりがあるとの事。

富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|梅酒
日本酒で梅酒を漬けましょう、というのも40年くらい前から提案されていたそうで「梅酒用の日本酒」という商品を販売されていたそうです。

そのうちお客様から「梅酒漬けるの面倒だから蔵が造って売って下さいよ」という話になり出来た梅酒が「ワタシの梅酒」。

富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|永田されんさん
また新しい世代にも日本酒を広めていくにはビジュアルも大切という事で、蔵元がネットで知り合いになった書家、永田紗戀(されん)にラベルの文字を書いてもらっているとか。
まだ有名になる前に知り合われたそうです。

富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|純米吟醸 富士正

訪問の証の記念撮影。
富士正(ふじまさ) 富士正酒造合資会社|記念撮影
ここでしか売られていないあさぎり蔵出しのお酒を手に取り感心する吾郎。

蔵元の話によると、お刺身など淡白な食材とあうような酒を意識して造られているとか。
また静岡酵母の特性も加わり、香りは穏やかな食中酒を造って行きたいとの事。

蔵は説明の通り一般の方でも見学が可能。
天気が良ければ富士山を目の前に望むことが出来るロケーション。
駐車場も広く観光バスの停車も可能。静岡の酒蔵巡りにはお薦めの酒蔵です。




商品の購入・質問は富士正(ふじまさ)|富士正酒造合資会社へお問い合せ下さい。
TEL:0544-52-0313富士正、富士のかさ雲、富士の詩、千代乃峯醸造元富士正酒造合資会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。 静岡県富士宮市の酒蔵。富士正(ふじまさ) という名の日本酒を造る富士正酒造合資会社の訪問記。  

Posted by 佐野 吾郎 at 15:00TrackBack(0)静岡県の酒蔵巡り

2013年02月27日

高砂、中屋|富士高砂酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 311蔵目

高砂、駿州中屋|富士高砂酒造株式会社

静岡県富士宮市宝町9-25
蔵元のサイト:http://www.fuji-takasago.com/


酒名:高砂(たかさご)、駿州中屋(すんしゅうなかや) ■創業:天保元年(1830年) ■杜氏:能登杜氏 ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2013/2/27

代表銘柄
高砂 特別純米 辛口
高砂 山廃純米
駿州中屋 辛口純米酒

富士高砂酒造は天保元年(1830年)に中山正吉(しょうきち)氏が創業した酒蔵です。
高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|外観
中山正吉氏は滋賀県の蒲生郡日野町の近江商人の家に生まれた8男。
駿河国の天間村(富士宮市)に来て文政年間(1818年〜30年)に酒造業を開始。
しかし最初に創業した天間村の蔵は酒造りに適して無かったようで、甲州街道沿いに位置する酒蔵を買い取り、安政3年に屋号を「中屋」と改め再出発。

ここでの商売は大成功されたようで、日本酒以外にも、焼酎、味噌、醤油、酢などを製造。
その後次々と支店や分家が誕生。

大正14年の静岡県の酒蔵番付によると、山中家全体での製造国高は3779石となり1位の東洋醸造株式会社の3565石を上回るという静岡有数の酒造家となります。

昭和39年に法人化し(株)山中正吉商店に、平成7年に社名変更し富士高砂酒造株式会社となります。しかしその後、跡継ぎが無かった事から創業家による経営は7代で終了。以降は会社形式となり今に至ります。

高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|酒樽

2代目正吉の代に制作された中村不折書・森大造刻による中屋の看板。
高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|中屋の看板
「駿州中屋」という銘柄は地酒専門店向けの限定流通の商品。

高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|古い看板

現在の主力銘柄は「高砂」。
高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|商品

日本酒以外にも、焼酎、酢の製造もされているとの事。
高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|ミリン

富士高砂酒造は古くから能登から杜氏が来て酒造りが行われており、静岡県内でも大きな蔵であったことから能登から多くの蔵人が来て酒造りが行われていたそうです。

その結果、現在能登のベテラン杜氏の中にはかつて富士高砂酒造で酒造りをされてきた人も多く、静岡に能登杜氏が多いのも富士高砂酒造の影響もあるのでは、という説もあります。

現在、富士高砂酒造で杜氏を務める小野浩二さんは1960年生まれの地元静岡出身。
元々は日本酒以外の仕事をされていて1966年に1996年に富士高砂酒造に入社。

能登流の吹上杜氏の元で10年間酒造りを学んだ後、2006年から杜氏に就任。流派は能登流。

写真は麹室。右の方が蔵を案内していただいた佐野さんです。
高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|麹室

写真は壱号蔵と呼ばれる江戸時代後期に立てられた蔵。
高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|仕込み部屋
富士高砂酒造には3つの仕込み部屋があります。
壱号蔵では小仕込みの吟醸酒が仕込まれており、古い建物ですが冷房が完備されています。

酒造りに用いる水は富士山の伏流水。
地下27メートルの井戸から汲み上げられる水は玄武岩の3層目を流れる超軟水。

滑らかでほんのり甘く感じられる超軟水の仕込み水を用いて酒を造ると、発酵力は弱いものの旨口の酒が出来上がるとか。

一番良く売れている酒は高砂 特別純米 辛口という日本酒度がプラス10ある辛口酒だそうですが、水が柔らかいので単なる辛い酒ではなく味にふくらみが有り旨味が感じられる辛口の酒とのこと。特に人肌程度に温めた燗酒でのむと、その特徴が顕著に現れるそうです。

製造される酒の4割が県内出荷、6割が首都圏を中心とした県外への出荷。
全体の7割が特定名称酒でウチ4割が山廃仕込。

能登杜氏が代々山廃仕込を続けてきた伝統を引き継ぐという意味もありますが、「超軟水」+「山廃」という組み合わせは他には無く、独特の飲みやすい酒が出来上がることから蔵の特徴として山廃仕込に力を入れているとの事。

写真は槽場。
高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|槽場
写真には写っていませんが左には槽(ふね)とよばれる昔ながらの圧搾機があります。

左奥の緑のタンクの周りに人が3人いますが、しずく取りの作業をしてるところ。

左奥の緑のタンクを上から撮影。
高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|雫採り

酒袋から滴り落ちる雫はこの斗瓶の中に。
高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|斗瓶
香りを逃がさないよう口はラップで覆われています。

高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|槽への積み込み
こちらは雫を取り終えた酒袋を圧搾機に積み込み作業をしているところ。

雫で取れなかった酒は、この圧搾機で絞って採取します。

訪問の証の記念撮影。
高砂、中屋 富士高砂酒造株式会社|記念撮影
富士山の溶岩層の3層目から汲み上げられる超軟水で喉を潤す吾郎。

富士高砂酒造では地下約27メートルの溶岩層の3層目から地下水を採取し酒造りに用いていますが、富士山に降った雪や雨がその3層目まで染みこんでいくのには約100年かかるとの事。
とてもやわらかい水質に驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は高砂、駿州中屋|富士高砂酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0544-27-2008高砂、駿州中屋醸造元富士高砂酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 14:00TrackBack(0)静岡県の酒蔵巡り