2012年11月29日

鈴鹿川、作(ざく)|清水清三郎商店株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 296蔵目

鈴鹿川、作(ざく)|清水清三郎商店株式会社

三重県鈴鹿市若松東3−9−33
蔵元のサイト:http://suzukagawa.com/


酒名:鈴鹿川、作(ざく)、喜代娘 ■創業:明治2年(1869年)6代 ■杜氏:社員杜氏(無所属) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2012/11/29

代表銘柄
鈴鹿川 純米
作 雅乃智 純米吟醸 中取り
大黒屋光太夫 切れ味の純米

鈴鹿サーキットで有名な三重県鈴鹿市。
最寄り駅、白子(しろこ)駅の周辺は、備え付けられている自販機まで鈴鹿サーキットのデザインが施されています。

バイクや自動車のイメージが強い鈴鹿市ですが、いにしえより酒造りが盛んな土地だったそうで伊勢神宮を定めるまでの記録を書いた「倭姫命世紀(やまとひめのみことせいき)」という書物の中に「味酒鈴鹿国」との記述があり、古代日本において酒造りの産地として有名だったそうです。(大辞林 旨酒 で検索

また戦国時代時代、本能寺の変が置きた際に大阪にいた徳川家康が伊賀越えをし、この白子の港から船で岡崎城に逃げ逃れたとの事。そのような背景から白子の町は徳川から大切にされ紀州藩の飛び地として保護されます。紀州藩の交通手形によって江戸への物流が速やかに行われる白子周辺は商業も栄えたそうです。

その鈴鹿市に残る唯一の酒蔵が、作(ざく)、鈴鹿川という名の酒を醸す酒蔵が清水清三郎商です。
鈴鹿川、作(ざく)清水清三郎商店株式会社|表札
清水清三郎商は明治2年(1869年)、清水清三郎氏が創業した現在で6代続く酒蔵です。

蔵から距離にして約200メートルの場所に北若松の漁港が存在しますが、創業者の清三郎氏は北若松港にて「網元(あみもと)」と呼ばれる漁網や漁船を所有する漁業経営だったそうです。その網元を大黒屋という屋号で商いをされたいたそうで、蓄えた資金をもとに、当時景気が良かった酒造業へ進出。
酒造業の創業当初の屋号は清水清三郎商店、明治の後期頃から喜代娘という名の酒を製造。
昭和27年から清水醸造株式会社と社名を変更し、平成24年に再び創業当時の清水清三郎商店に社名を戻されます。
写真の表札は伊勢神宮を修理した際に発生した残材「御造営残材」で作られたもの。

江戸後期に南若松から「大黒屋光太夫」という人物が現れますが、創業者の清水清三郎氏とは親戚にあたるとの事。

写真の方は6代目 清水慎一郎蔵元
鈴鹿川、作(ざく)清水清三郎商店株式会社|清水慎一郎蔵元

こちらの方が酒造りの責任者、内山智広杜氏
鈴鹿川、作(ざく)清水清三郎商店株式会社|内山智広杜氏
清水清三郎商店の主力商品の「作(ざく)」は首都圏を中心に人気が上昇中。
その需要に応える為、蔵を改造し8月を除いて通年で酒を製造する四季醸造蔵。

酒造りに用いる米は、三重県産の山田錦、神の穂、五百万石。鈴鹿市の契約農家に作ってもらっている三重の夢、きぬひかりを使用。
800キロ仕込み用のタンク6本と1.5トン仕込みのタンク1本を使用し6日に1本のペースで仕込んでいます。

写真は釜場。
鈴鹿川、作(ざく)清水清三郎商店株式会社|釜場
この日は朝イチで清水清三郎商店に訪問した為、蒸しが行われていました。
写真でも解る通り、かなり小さな甑です。

鈴鹿川、作(ざく)清水清三郎商店株式会社|麹室

鈴鹿川、作(ざく)清水清三郎商店株式会社|酒母室

写真が仕込み部屋です。
鈴鹿川、作(ざく)清水清三郎商店株式会社|仕込み部屋
左側のシルバーのタンクで800キロ仕込み。ジャケットタンクで温度調整が可能。右に見える緑のタンクが1.5トン仕込み。合計7本のタンクが使用されています。

写真は圧搾機です。
鈴鹿川、作(ざく)清水清三郎商店株式会社|槽場
清水清三郎商店で使われている圧搾機はプラスチック素材のフィルターを使用。
メリットはプラスチック素材のため金属臭などのエグ味が付かず、とても奇麗な酒を絞れる事。
軽くてメンテナンスが楽。
掃除がしやすくフィルターを2セット持っていて2〜3週おきに取り替えて使用されているとの事。
デメリットはプラスチックなので圧を強くする事が出来ず、絞り終えるのに2〜3日かかるとの事。
槽場は2度に調整された大きなプレハブ倉庫の中にあります。

最後に訪問の証の記念撮影。
鈴鹿川、作(ざく)清水清三郎商店株式会社|記念撮影
プラスチック製のフィルターの軽さに驚く吾郎。

清水清三郎商店には8年ほど前に訪問して以来でした。蔵の外側は変わっていませんが、昔使っていた大きなタンクなどが整理され、四季醸造蔵として中は大きく変わっていました。

蔵は四季醸造のメリットを生かし、平成24年から「作 プロトタイプシリーズ」という新製品を展開。
この酒は新種特有の炭酸か少しからんだフレッシュな酒を生ではなく扱いやすい火入れにて販売。当店でもとてもよく売た商品で販売実績がグンとあがりました。
ここ数年で人気が上昇しはじめた三重県で注目の蔵元です。




作(ざく)のお求めは、インターネットで販売日本一の地酒.com 佐野屋 作 通販ページ をご利用ください。 (フリーダイヤル:0120-464-135)
地酒.com 佐野屋清水清三郎商店と直取引を行う特約店です。   

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2012年11月28日

田光(たびか)、早春(そうしゅん)|合名会社早川酒造

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 295 蔵目

田光(たびか)、早春(そうしゅん)|合名会社早川酒造

三重県三重郡菰野町大字小島468
蔵元のサイト:http://www4.cty-net.ne.jp/~soushun/


酒名:田光(たびか)、早春(そうしゅん) ■創業:大正4年(1915年)3代 ■杜氏:蔵元杜氏(無所属) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2012/11/28

代表銘柄
田光 純米吟醸 雄町 無濾過中取り
早春 純米酒
早春 純米吟醸 美山錦 中汲み

三重県で注目の新進気鋭発見、田光(たびか)という酒を造る合名会社早川酒造
田光(たびか)、早春 合名会社早川酒造|外観
合名会社早川酒造は大正4年(1915年)に早川 政蔵(まさぞう)氏が創業した現在で3代続く酒蔵です。

政蔵氏は現在蔵が立つ場所でははなく、もっと海に近い天ヶ須賀で染料(藍玉)を扱う家の次男として生まれます。
叔父に早川酒造部の創業者、早川 半三郎氏がいたのですが、半三郎氏には跡継ぎがいませんでした。
当時、叔父が経営していた蔵は日本酒蔵の番付に表に顔を出すほど繁盛していたようで、跡継ぎがいないことから政蔵氏の兄弟が養子に入られます。その際に、政蔵氏も一緒蔵に入って働き出したそうで、後に独立し現在の場所に蔵を建てます。

田光(たびか)、早春 合名会社早川酒造|外観
叔父の酒蔵が「酒半」と呼ばれていた事から、こちらは山半の屋号で酒造りを開始されます。
独立当初は、本直しと呼ばれるミリンに焼酎を加えて甘みを抑え飲みやすくした酒を製造。
次に醤油を製造を行い、最後に日本酒の免許を取って日本酒の製造を始められます。

創業当初の酒名は「武烈」という勇ましい名前だったそうですが、第二次大戦後GHQによって戦争を連想させる名前という理由で使用を禁止。それによって賞美(しょうび)、早春という酒名が誕生します。
3代目蔵元の代には、賞美を廃止し早春一本に。そして次期4代目蔵元となる早川 俊人さんが蔵に戻って来て酒造りを始めた平成19酒造年度に田光(たびか)という酒名が誕生。
田光(たびか)とは地元の地名、「三重県三重郡菰野町田光」から取ったとの事。

俊人さんは蔵に戻ってくる前、山形県の上喜元で酒造りの修行に行かれ、純米吟醸の雄町に感動されたそうです。自分もこのような酒を造れるようになりたいとの気持ちから岡山の雄町で純米吟醸を造られます。

早春という酒名は季節が入るため、冬から春にかけてはとても売りやすいのですが、しそれ以外の夏から秋にはとても売りにくいとの事。そこで酒造好適米を用いた酒を田光ブランドに加えていこうと、現在は五百万石、山田錦が加わっています。

また蔵は平成5年に全量純米化されています。
その当時、蔵元と奥様のたった二人で製造から配達まで行なっていたそうで、当然ながらとても忙しいため全ての事が行えません。
そこで廃止できるものは止めていこうと考え、アル添酒をやめれば税務署への書類作りも簡素化出来た事から平成5年にこれを廃止。造られている酒は全て純米です。

写真は釜場。
田光(たびか)、早春 合名会社早川酒造|釜場
写真では解りにくいのですが甑は小さく、一番多い時でも蒸す米の量は300キロまで。
洗米はウッドソンなどの道具は使わず、手洗いで米を洗っておられるとの事。

原料は富山県の米を主に使用。富山の五百万石、雄山錦などそれらに加えて岡山の雄町を使用。
用いる水は釈迦ヶ岳の伏流水と呼ばれる中軟水。蔵には水道がなく洗い物を含めて全量地下水を使用。
10月頃から仕込みを開始し甑倒しは6月の頭。3期醸造を行い2011酒造年度には約150石の酒を製造されたそうです。

田光(たびか)、早春 合名会社早川酒造|麹室
少ない人数で作業を行っているために麹箱を用いて5キロ盛り手造りされています。

写真は仕込み部屋。
田光(たびか)、早春 合名会社早川酒造|仕込み部屋
仕込みに用いるのはこの3本のタンクのみ。
このタンクは山形の大山酒造と佐々木貞治商店が製造した「OS清酒仕込装置」と呼ばれる特殊なタンクです。
温度調整が可能なのでこのタンクがあれば冷蔵蔵が無くとも3期醸造が可能。

ただ通常のタンクと比べ、とても高価であるため早々に追加できるものではなく3本でローテーションされているとの事。

田光(たびか)、早春 合名会社早川酒造|OSタンク
タンクの底に櫂が見えます。
この櫂の中まで冷水が流れ温度調整が行われるそうです。

蔵は完全な冷蔵蔵では無く、その状態で3期醸造を行わなければいけないので、酒母は高温糖化で造られているそうです。
この地域は温暖なため酒造りがはじめる10月でも20度位上の気温があり、5月〜6月も気温が上がります。
高温糖化だと15度位上20度以下という温度を約一週間キープする為、温暖な地域の酒母作りには向いているとの事。

この木の槽1台で酒を搾ります。
田光(たびか)、早春 合名会社早川酒造|槽場
槽による酒の搾りは時間がかかります。搾り終えた後も、酒袋を綺麗にするなど次に絞るための準備が必要になります。
もし搾っている最中に次のタンクの仕上がって大変な事になるため、安全な間隔を空け仕込みを行わなければいけません。
その為、なかなか量産ができません。

最後に訪問の証の記念撮影。
田光(たびか)、早春 合名会社早川酒造|記念撮影
木の槽に感心する吾郎。

田光(たびか)は首都圏で人気の商品との事で、生産量も少量であることから欠品が続く事が多いそうです。
その結果、現在は6月に甑倒しをして7月頃まで酒造りをしているという3期醸造で需要を補っています。

それでも商品が足りずお客様や販売店にもご迷惑をかけているとの事なので、今よりも生産量を増やしたい気持ちがあるそうです。
しかし槽を1台増やしたり、タンクを1本増やしたら生産量が増えるかとなると、そう単純ではなくそれに伴い貯蔵庫から様々な設備投資が必要になってくるとの事。
蔵としては今の規模が丁度きりの良い数字らしく、無理をせずに出来る範囲で需要に応えて行きたいと話されました。

この日は車を運転しての移動だったので試飲は出来ませんでしたが、何処かで機会があれば田光 純米吟醸 雄町は是非飲んでみたいと思いました。




商品の購入・質問は田光(たびか)、早春(そうしゅん)|合名会社早川酒造へお問い合せ下さい。
TEL:059-396-2088田光、早春醸造元合名会社早川酒造
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

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2012年11月28日

噴井(ふきい)|石川酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 294蔵目

噴井(ふきい)|石川酒造株式会社

三重県四日市市桜町129
蔵元のサイト:http://e-sakagura.co.jp/


酒名:噴井(ふきい) ■創業:天保元年(1830年)6代 ■杜氏:社員杜氏(無所属) ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2012/11/28

代表銘柄
噴井 純米
噴井 大吟醸

噴井(ふきい) 石川酒造株式会社|外観
石川酒造株式会社は天保元年(1830年)に石川丈助氏が創業した現在で6代続く酒蔵です。

石川家はこの地に70町の土地を持つ大地主で、同時に無足人という身分だったそうです。
無足人とは津藩の大名、藤堂高虎がこの地にいる地侍に対してとった身分の一つです。

関ヶ原の戦いが終わり、藤堂高虎は伊予今治藩から津藩へ国替えとなったのですが、この地は織田信長の時代から、伊賀忍者と称される半農の傭兵集団が多く潜んでいた地域でした。
農民といえども高い軍事力を持っていたようで、高虎は単なる農民とは扱わず無足人という、録を与えない士族(郷士)という身分を与え、苗字帯刀を許し一般の百姓より上に立たせることで支配体制に取り込んだと考えられています。

蔵元の祖先は古くは近江からこの地に来た士族と伝えられており、戦国期はひょっとしたら伊賀忍者だったのかもしれません。

江戸後期の天保元年(1830年)に石川丈助氏が酒造りを始めますが、2代目の丈三郎氏は戊辰戦争に参加した後、酒造業に専念。蔵を大きくさせたそうで明治28年の日本酒番付によると製造量が979石で番付中段付近に名が記されています。

写真は蔵の門構え。
噴井(ふきい) 石川酒造株式会社|門構え
蔵の建物の15箇所がつが有形文化財に指定。県内では最多だとか。

写真は井戸。この井戸も文化財に指定されているとの事。 噴井(ふきい) 石川酒造株式会社|井戸

噴井(ふきい) 石川酒造株式会社|井戸水
蔵の主力銘柄の「噴井(ふきい) 」は、井戸水が自噴し湧いて出ている事から命名。 水質は超軟水。

子供でも違いが解るほど飲んでとても美味しい水で、特にこの水で麦茶を作ったら美味しいそうです。
社員だけではなく、料理屋さんも汲んで帰られるとの事。

造られる酒も水の特性を活かした丸く穏やかな酒。
三重県産の山田錦、神の穂を使用し、昨年までは南部杜氏が来て酒造りをされてきましたが、今年の造りから社員による酒造りを開始。

水が軟水である事を加え、酸がとても穏やかであるため日本酒度はプラスに造っているそうですが、それでも多少甘みが感じられるとの事。東京へ日本酒度プラス5という酒を造って持っていても誰も辛口とは言わなかったそうです。

訪問の証の記念撮影。井戸水に感心する吾郎でした。
噴井(ふきい) 石川酒造株式会社|記念撮影




商品の購入・質問は噴井(ふきい)|石川酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:059-326-2105噴井醸造元石川酒造株式会社
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2012年11月28日

鈿女(うづめ)|伊藤酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 293蔵目

鈿女(うづめ)|伊藤酒造株式会社

三重県四日市市桜町110
蔵元のサイト:http://www.suzukasanroku.com/


酒名:鈿女(うづめ)、猿田彦(さるたひこ) ■創業:弘化4年(1847年)5代 ■杜氏:社員杜氏 ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2012/11/28

代表銘柄
鈿女 純米吟醸 神の穂
鈿女 純米吟醸
猿田彦 特別純米

外観
伊藤酒造株式会社は江戸時代後期にあたる弘化4年(1847年)に伊藤 幸右衛門氏が創業した現在で5代続く酒蔵です。

蔵が位置する桜という地域には、かつて4件の酒蔵があり四日市インターから桜の一帯の土地は、4件の酒蔵が所有していたそうです。創業者の伊藤 幸右衛門氏は庄屋のような存在で、米が豊富にあった背景から酒造りを始めたと言われています。

創業当時の屋号は◯にトと書いてマルト。三重桜、伊勢桜という酒名が最も古い銘柄だそうです。
その後、明治時代に東京にお酒を売り込む際に「三重」とか「伊勢」という酒名ではダメだという事で「日本華(にほんか)」という酒名が誕生。現在では「三重」とか「伊勢」がお酒の名前に付いている方が良いのですが、当時は「日本」と付けた方がナショナルブランドのような信頼感がある酒に聞こえたようです。日本華と命名した酒は当たってよく売れたとの事。

そして現在の酒名「鈿女(うづめ)」が誕生したのは昭和の中〜後期。新潟の越乃寒梅が大流行していた時代です。
当時、東京で学生をされていた5代目蔵元の伊藤 旬さんは、篠田次郎先生、梅錦の山川社長、東力士の島崎社長、日本名門酒会の飯田社長など、当時地酒ブームの先頭を行っていた人々と出会います。

彼らの刺激を受け、先代の蔵元に「ウチも吟醸酒を造ってみては?」と提案。
最初は首を縦に振らなかったそうですが、卒業の年に「では卒業記念に1本造ろう」という事になり、造った大吟醸酒がいきなり三重県の鑑評会で1位受賞。全国でも金賞を受賞します。

これを機会に吟醸酒の製造が始まり最初の2年は日本華の名前で販売しましたが「折角やて、いい名前をつけよう」という事になります。
地元の氏神様が「天鈿女命(あまのうずめにみこと)」である事から、その宮司さんからの提案で「鈿女(うづめ)」という酒名が誕生します。

写真の方は5代目蔵元、伊藤旬さん。
伊藤旬蔵元
今から20数年前、酒蔵の仕事についた時に全国の地酒屋さんを回られたそうですが、そこで特徴のある酒を造らなくてはいけない、と考えるようになります。

今でこそ地産地消といわれ、地元の酒造好適米で酒造りをする蔵が多いのですが、当時は兵庫の山田錦など良い米を用いることが差別化とされていた時代。
酒のスペックを見ても兵庫の山田錦や富山の五百万石といったものが多かった事から、それらとは違う酒を造ろうと、三重県産の米による酒造りを行う事を決められます。
10年前に蔵元自らが酒造りを行うようになると味についても特徴を付ける方向に進みます。

現在、委託生産を除いて自社で販売している酒は全量、三重県産米(伊賀の山田錦、神の穂)を使用。
毎年10月の末ごろから酒造りを開始。2月中旬の甑倒し迄の間、年間に200石弱の酒を製造されています。

「鈿女 吟醸酒」過去に全国鑑評会に出品していた頃の流れをくむ綺麗系の優等生タイプの酒。
蔵元がお勧めする純米吟醸 神の穂はふんわりした優しい口当たり、ゆっくり広がるほのかな甘味が特徴。
また特別純米 猿田彦は、2年の熟成酒に山廃酒がブレンド、燗酒にすると冴える味わいだとか。

商品

仕込み水は日本の名水百選に選ばれた智積養水(ちしゃくようすい)の地下水を使用。
仕込み水

井戸水

釜場

仕込み部屋
鈿女 吟醸酒は淡麗辛口が流行っていた時代の流れをくむ酒なので、これだけが辛口系のスッキリした酒ですが、それ以外の酒は概ね日本酒度がマイナスの酒。

蔵元が言われるには辛口、辛口と言っている人に「こっちの方が美味しいぞ」とぶつけたかった。
飲んだ時にしっかり旨みをつける酒。
旨みを与えるとドライな酒とは真逆になります。それに伴い甘みもついていきます。

お客様の評価は別れる酒です。
評価が割れてもいいので、何人のひとから美味しいといってもらえるよう甘口に造っています。
その言われた言葉が印象に残りました。

最後に訪問の証の記念撮影。
記念撮影
酒樽や槽で造られた階段に感心する吾郎。

蔵には「慕蔵」という販売店が併設。2回に登る階段が樽と槽の木材で造られているとのこと。
蔵は一般の方への蔵見学もオープンです。三重県に来られた際には是非蔵訪問をお勧めします。




商品の購入・質問は鈿女(うづめ)|伊藤酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:059-326-2020鈿女、猿田彦醸造元伊藤酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

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2012年11月28日

宮の雪(みやのゆき)|株式会社宮﨑本店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 292蔵目

宮の雪(みやのゆき)|株式会社宮﨑本店

三重県四日市市楠町南五味塚972
蔵元のサイト:http://www.miyanoyuki.co.jp/


酒名:宮の雪(みやのゆき)、極上宮の雪 ■創業:弘化3年(1846年)6代 ■杜氏:社員杜氏 ■訪問日:2012/11/28

代表銘柄
宮の雪 純米吟醸
宮の雪 しぼりたて生原酒
亀甲宮焼酎(キンミヤ)25%

はるかに鈴鹿連峰を望む三重県四日市市楠町。
鈴鹿連峰を水脈とする伏流水が豊富な地域で、かつては焼酎の醸造が盛んに行われていた土地でした。
「灘の清酒に対し楠の焼酎」と言われるくらい一大焼酎生産地。人口一万人規模の小さな楠町の中だけで最盛期には34件の酒蔵があったそうです。

しかし現在残っているのは1社のみ。
宮の雪を醸す株式会社宮﨑本店です。
宮の雪(みやのゆき) 株式会社宮﨑本店|外観
株式会社宮﨑本店はペリーが浦賀に来る7年前の弘化3年(1846年)に宮崎 庄三郎氏が創業した現在で6代続く酒蔵です。

冒頭での記載の通り、蔵が位置する楠町はかつては焼酎の一大産地でした。
宮﨑本店は弘化3年に芋焼酎・ミリンを製造した事から始まり、その後日本酒の醸造免許を取得し日本酒を造り始めたと言われています。

現在は日本酒、焼酎、合成清酒、ミリン、ウイスキーを製造。
商品として発売はされていませんが、リキュール、ワインなどなど10種類以上の製造免許を所有されているとの事。
生産規模は全酒類で1升瓶換算で340万本。そのうち日本酒は約15%ほど。5千石前後ではないでしょうか。
全酒類の生産量でいうと三重県で最大の地酒蔵になります。

宮の雪(みやのゆき) 株式会社宮﨑本店|外観
宮の雪(みやのゆき) 株式会社宮﨑本店|事務所
重厚な黒壁の建物は大正時代〜昭和のはじめに建てられたもの。
写真の事務所、蔵の建物など6棟が文化財建造物に指定されています。

宮の雪(みやのゆき) 株式会社宮﨑本店|商品
写真左の「極上宮の雪 本醸造」はいわゆるレギュラー酒と言われ数量的には一番売れている酒。
右から2番めの黒いラベルの酒は、三重県産の山田錦を用いた純米吟醸。

宮の雪(みやのゆき) 株式会社宮﨑本店|亀甲宮焼酎_金宮
現在でも焼酎はこの蔵の主力アイテムで、写真の亀甲宮焼酎(キンミヤ)は、首都圏を含め全国的に展開されています。

写真は釜場。日本酒は平成7年に新築された建物で造られています。
宮の雪(みやのゆき) 株式会社宮﨑本店|釜場
豊富な地下水に恵まれ、蔵の仕込み水はもちろんお米の水洗い、蔵の清掃に用いる水に至るまで地下水を使用。
地下150メートルの2本の井戸を用い、1日1050トンの地下水を使用されているそうです。

写真は仕込み部屋。
宮の雪(みやのゆき) 株式会社宮﨑本店|仕込み部屋

宮の雪(みやのゆき) 株式会社宮﨑本店|仕込み部屋
昨年(2011年)の仕込みまで南部杜氏が来て酒造りをされていたそうですが、2012年から自社の社員による酒造りに切り替えたそうです。
極上宮の雪になる醪が仕込まれていました。タンクが大きせいか、モロミを拡散させる為の羽が備え付けられていました。

写真は槽場です。
宮の雪(みやのゆき) 株式会社宮﨑本店|槽場

写真は資料館。
宮の雪(みやのゆき) 株式会社宮﨑本店|展示館
蔵には古い道具が展示されていたり、各種お酒の試飲などが行える資料館が併設されています。
一般の方の蔵見学もOKで、毎年2月には「日本酒大学」というイベントを開催されているとの事。
また蔵の外観も美しく撮影が好きな方にもお薦めの蔵元です。蔵訪問にお薦めの酒蔵です。

宮の雪(みやのゆき) 株式会社宮﨑本店|記念撮影




商品の購入・質問は宮の雪(みやのゆき)|株式会社宮﨑本店へお問い合せ下さい。
TEL:0593-97-3111宮の雪、極上宮の雪醸造元株式会社宮﨑本店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

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