2012年11月30日

おかげさま|株式会社伊勢萬 内宮前酒造場

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 301蔵目

おかげさま|株式会社伊勢萬 内宮前酒造場

三重県伊勢市宇治中之切町77-2
蔵元のサイト:http://www.iseman.co.jp/


酒名:おかげさま、老緑 ■創業:元禄15年(1702年) ■訪問日:2012/11/30

代表銘柄
伊勢慶酒 おかげさま
辛口 老緑(おいみどり)

おかげさま 株式会社伊勢萬|外観
株式会社伊勢萬 内宮前酒造場は赤福餅で有名な株式会社赤福の関連会社。
三重県伊勢市小俣町に本社工場があり、そこでは「ステラ」「熟成光年」などの焼酎、リキュールを製造。
伊勢神宮前の「おかげ横丁」にある内宮前酒造場にて「おかげさま」「老緑(おいみどり)」という酒名の日本酒を製造・直売している。

多気郡明和町大淀に存在した酒蔵を買い取り、赤福の関連企業が運営する観光商店街「おかげ横丁」に蔵を移転。創業の年を元禄15年(1702年)としているが、これは買い取る以前の酒蔵が酒を造り始めた年との事。

おかげさま 株式会社伊勢萬|おかげさま

おかげさま 株式会社伊勢萬|老緑
主力銘柄は「おかげさま」と「老緑(おいみどり)」。

おかげさま 株式会社伊勢萬|店内

訪問の証の記念撮影。
おかげさま 株式会社伊勢萬|記念撮影
蔵の主力商品「おかげさま」を手に取る吾郎。

蔵の店舗からドアの窓ガラス越しに製造している現場が見えるものの、製造現場の見学は受け入れていない。ただ観光商店街ある酒蔵なので訪問はウェルカム。
試飲販売が行われているが、観光地だけにアルコールが入っていない甘酒に人気があるようで、特に甘酒を試飲されてる方が多いと思いました。

江戸末期から明治初期にかけての門前町の町並みを再現しただけあって、観光として訪問するには楽しい場所。伊勢神宮のすぐ近くなので、参拝した後にぶらり寄ってみるのもいいだろう。




商品の購入・質問はおかげさま|株式会社伊勢萬 内宮前酒造場へお問い合せ下さい。
TEL:0596-23-8800おかげさま、老緑醸造元株式会社伊勢萬 内宮前酒造場
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

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2012年11月30日

酒屋八兵衛(さかやはちべい)|元坂酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 300蔵目

酒屋八兵衛(さかやはちべい)|元坂酒造株式会社

三重県多気郡大台町柳原346-2
蔵元のサイト:http://www.gensaka.com/


酒名:酒屋八兵衛(さかやはちべい)、うっかり八兵衛 ■創業:文化2年(1805年)6代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2012/11/30

代表銘柄
酒屋八兵衛 本醸造
酒屋八兵衛 山廃純米酒
からくち 酒屋うっかり八兵衛 本醸造

どんな商売でも市場が必要で、人がいない場所では商売ができません。
しかし全国の酒蔵を訪問していると、とても山深い場所に酒蔵が残っていたりします。

こんな山深く人が少ない場所で、酒造業が成り立つのだろうか?
そう思ってしまう場所にも酒蔵が残っていたりするのです。

今のように流通や保存が発達していなかった江戸時代、酒蔵は人々が歩いていける範囲に1件くらいは存在していたと言われていますが、その名残なのでしょうか。

そんな酒蔵の一つが、伊勢の山奥で酒屋八兵衛(さかやはちべい)という名の酒を造る元坂酒造株式会社です。 酒屋八兵衛 元坂酒造株式会社|外観
元坂酒造株式会社は江戸後期にあたる文化2年(1805年)に元坂 八兵衛氏が創業した現在で6代続く酒蔵です。

八兵衛氏は何をされていて酒造業に参入されたのかは不明とのことですが、米を集める力があった事から地主ではないかと伝えられています。

文化2年という年はペリーが浦賀に来る30年前。アメリカやロシアの舟が通商を求め長崎に来はじめた頃。
八兵衛氏は近くの酒蔵の株を買って酒造業に参入したと言われていていますが、翌年の文化3年に「勝手造り令」が発令されます。

勝手造り令とは酒造株が無くとも届けでさえすれば酒造りが行える政令。
文化期は豊作続きだったので米相場が下落。そこで酒を造ることで米の需要を増やし、相場の安定化を図るため行われた規制緩和策です。

時代背景的に、豊作続きで米が余っていた時期。
近くに酒造株を売りに出ている酒蔵があった事から株を手に入れ、酒造りを開始した、というのが創業の経緯のようです。

蔵の近くには伊勢から熊野に抜ける熊野古道の伊勢参詣道があり、かつてこの道を利用する人々が往来。林業が盛んで宮川を使い木材が流通されていたとの事。川を下ると伊勢なので、舟に酒樽を詰んで伊勢まで流通させていた時代があったそうです。

今は静かな集落ですが、かつて川は幹線道の役割を持っていたとの事ですから、伊勢参詣道と川があるという事は、人と物資があつまる賑やかな場所だったのかもしれません。

写真の方は6代目蔵元の元坂 新(あらた)さん。
酒屋八兵衛 元坂酒造株式会社|蔵元
新さんが蔵に戻ってきた頃、元坂酒造では東獅子(あずましし)と五十鈴川(いすずがわ)という一級酒、2級酒を製造・販売されていたそうです。
当時、日本酒市場は安売り競争のまっただ中だったそうで、1ケース仕入れたら1本サービとか2本サービスといった事が行われていました。

旧来の銘柄で営業に行っても値引きの話ばかり・・。
そこで品質重視で値引きは一切しないブランド「酒屋八兵衛」を昭和58年に立ち上げられます。

その後、燗酒専用のお酒「うっかり八兵衛」が誕生。
昭和時代、ビンを逆さにして差し込む酒燗器が居酒屋など普及しており、ビンが逆さになる訳ですからラベルも逆さになります。
そこで酒燗器にセットした時にラベルが正しく表示されるよう、あえてラベルを上下逆さまに貼った酒を思いつきます。

八兵衛がうっかりしていてラベルを逆さまに張ってしまった。けど酒燗器に入れたら調度良かった、という筋書きで「うっかり八兵衛」のネーミングが誕生。
蔵元はこのアイデアは大ヒットするだろうと大変期待されたそうです。

結局、期待通りに大ヒットしたかどうか定かではありませんが、今でも三重県の居酒屋に行くと頻繁に見かけるロングセラー商品として活躍しています。

写真は釜場。
酒屋八兵衛 元坂酒造株式会社|釜場
酒造りに用いる米で、量的に一番多いのが富山県産の五百万石。地元三重県産米では伊勢錦、山田錦、右近錦を使用。

10月下旬から造りがスタートし甑倒しは3月上旬。
正月休みなど造りの間隔を空ける時期はあるものの、おおよそ半仕舞い(2日に1本)のペースで仕込みを行い、年間で約700石の酒を製造。

また蔵が位置する大台町は日本有数の多雨地域で、蔵の横を流れる宮川は6年連続で日本一の清流に指定。豊富で綺麗な地下水(中軟水)を用い酒が造られています。

写真は麹室。
酒屋八兵衛 元坂酒造株式会社|麹室
蔵はかつて新潟から越後杜氏が来て酒造りを行なっていました。
しかし今から15年前(1997年頃)の造りの直前に杜氏が倒れて入院。
時期的にも新しい杜氏さがす余裕がなかったので、杜氏のもとで酒造りを教わっていた新さんが酒造りを行う事を決意。
その年を境に蔵元自らが酒造りを行うようになったそうです。

写真は酒母。 酒屋八兵衛 元坂酒造株式会社|酒母

仕込み部屋です。
酒屋八兵衛 元坂酒造株式会社|仕込み部屋
蔵元が目指している酒は燗上がりする純米酒。
蔵が造る酒は食事と楽しむ食中酒が基本、なので吟醸香は控えめ。
旨味をしっかり出して料理を引き立てる酒。

一番売れている商品は酒屋八兵衛の本醸造。
日本酒度が+4〜5にお辛口、切れを良くしスッキリした飲み口。

力を入れている酒は酒屋八兵衛 純米酒と酒屋八兵衛 山廃純米酒。
山廃純米酒については、きっちりと出来た酒は速醸よりも軽くて飲みやすい酒になる教えられた事から、ジューシーで軽くて飲みやすい山廃酒を目指されているとの事。

酒屋八兵衛 元坂酒造株式会社|槽場

最後に訪問の証の記念撮影。
酒屋八兵衛 元坂酒造株式会社|記念撮影
搾りたてて、薄く濁った新酒に感心する吾郎。

現在酒屋八兵衛は関西、愛知、首都圏の地酒専門に並ぶ酒となり、日本酒ファンの間でも知られる酒となりました。

また次の後継者、元坂新平さんも蔵の仕事を手伝われるようになったのですが、数々の武勇伝を持つ方。型破りの酒を造ってくれそうな予感。
引き続き要注目の酒蔵です。




商品の購入・質問は酒屋八兵衛(さかやはちべい)|元坂酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:05988-5-0001酒屋八兵衛、うっかり八兵衛醸造元元坂酒造株式会社
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2012年11月30日

鉾杉(ほこすぎ)|河武醸造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 299蔵目

鉾杉(ほこすぎ)|河武醸造株式会社

三重県多気郡多気町五桂234
蔵元のサイト:http://www.hokosugi.com/


酒名:鉾杉(ほこすぎ)、弓形穂(ゆみなりほ) ■創業:安政4年(1858年)8代 ■杜氏:南部杜氏 ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2012/11/30

代表銘柄
鉾杉 秀醇
鉾杉 純米酒 山廃仕込
弓形穂 特別純米 無濾過生原酒

三重県の松坂から車を走らせること約30分、街中から郊外と景色を変え、国道から脇の道に入って進むと対向車が来たらすれ違うのがたいへんなような細い道が続きます。
いかにも酒蔵が残っていそうな懐かしい景観の旧市街の中に河武醸造が存在します。
鉾杉(ほこすぎ) 河武醸造株式会社|外観

鉾杉(ほこすぎ) 河武醸造株式会社|外観
河武醸造株式会社は安政4年(1858年)に創業した現在で8代続く酒蔵です。

蔵のルーツですが蔵が建つ場所から約1キロ離れた場所になたね油、大豆油屋を扱う本家があり、そこから分家をし味噌、醤油の製造業を開始。

当時、米を扱うには信用が必要だったそうで、味噌・醤油の製造業を行い実績を積んだ事で豆や麦と同様に米の仕入れが出来るようなり、お上より酒造業の許可を得て酒造りを行うようになったのがルーツと言われています。
創業した安政4年というのは、本家から独立し味噌・醤油の製造業を開始した年で、酒造業が行われるようになった年は不明との事です。

2011年5月から日本テレビ系列の土曜ドラマで放送されていた「高校生レストラン」のモデルとなった、「まごの店」という現役高校生が運営するレストランが同じ多気郡多気町に存在します。
この「まごの店」の醤油は河武醸造株の製品が使われています。

写真の方は8代目蔵元、河合英彦さん。
鉾杉(ほこすぎ) 河武醸造株式会社|河合英彦蔵元

現在の主力銘柄「鉾杉(ほこすぎ)」が誕生したのは、蔵が法人化し河武醸造株式会社となった昭和26年の7月以降。
法人化の際に、万代花の宴、鉾杉(ほこすぎ)の2銘柄が誕生。昭和35年頃に鉾杉(ほこすぎ)に一本化。

鉾杉という酒は「ほんのり甘口で、膨らみがあるけどくどくない。切れのある酒」。
先代がとてもお酒が好きで、自分が飲みたいと思う酒を杜氏と話をしながら造り上げてきた酒質。

先代はリベート制を廃止する代わり、酒の販売を問屋に任せっきりにするのではなく、蔵元自らが営業に行き小売店1件づつ回ってお酒をPRされたそうです。

店の大将やお客様の顔を見ながら、頂いた意見を味にフィードバックするうちに地元消費者の支持を増やし、やがて店主が勧めなくても、店に来たお客様の手が自然と商品に伸びて買って帰られる酒にまでに至ります。
最盛期には松坂、伊勢を地盤に6千石を超える規模にまで成長されたそうです。

鉾杉(ほこすぎ) 河武醸造株式会社|弓形穂 米は三重県産米が主体。100%三重県産米という年もありますが、使用する米の約7割が三重県産の米。

蔵が力を入れている酒造好適米は「弓形穂(ゆみなりほ)」。2011年に酒造好適米に品種認定された新しい品種。

弓形穂(ゆみなりほ)とは伊勢錦の兄弟品種で、となり村にある元坂酒造で栽培されていた伊勢錦の中から背丈が低い短稈(たんかん)の物が出てきたそうです。これは伊勢錦なのか?三重大学に調査を依頼し調べた結果2011年に新品種と認定。

河武醸造では三重大学から種をもらい自ら弓形穂を栽培し育てた米で酒造りに使用。
米の数量が少ないため、現在は720mlのみ販売との事ですが、次年度から収量を増やして1800mlも発売する予定との事。

鉾杉(ほこすぎ) 河武醸造株式会社|麹室

酒の造り手は岩手から南部杜氏が蔵人を引き連れて計4名で参加。そこに地元の人2名加わって計6名。新米がとれた9月下旬から酒造りが開始し甑倒しは3月。年間で約1400石の酒を製造されています。

最近力を入れているのが山廃仕込で、そもそも南部杜氏はあまり山廃仕込を行わないそうです。
蔵元は南部杜氏に山廃仕込の勉強をしてもらい造った結果、能登の山廃とは異なる軽いタイプの山廃に仕上がったとの事。
とても飲みやすくい美味しい事から、それ以来毎年必ず1本は造り続けているそうです。

写真は酒母。
鉾杉(ほこすぎ) 河武醸造株式会社|酒母

鉾杉(ほこすぎ) 河武醸造株式会社|仕込み部屋

鉾杉(ほこすぎ) 河武醸造株式会社|タンクの口

訪問の証の記念撮影。
鉾杉(ほこすぎ) 河武醸造株式会社|記念撮影 仕込み水の柔らかさと美しさに驚く吾郎。
水質は超軟水。非常に柔らかく、最後にほんのり甘さを感じるようなとても美しい水でした。

河武醸造は地元中心に展開している蔵で、県外に出ていないため情報がなく訪問する前までどのような蔵なのかわかりませんでした。
しかし先代の地道な努力が実り、松坂と伊勢を地盤としあらゆる飲み屋に置かれる定番酒としての地位を確立。最盛期には6千石を超える規模にまで成長されとの事。
他の三重県の酒蔵の話によると、松坂や伊勢では河武さんのお酒が強いので営業にいっても簡単には入り込めなかったとか。三重県の他の酒蔵からも優良企業と言われるほどの実力蔵です。




商品の購入・質問は鉾杉(ほこすぎ)|河武醸造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0598-37-2037鉾杉(ほこすぎ)、弓形穂(ゆみなりほ)醸造元河武醸造株式会社
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2012年11月29日

三重の寒梅(みえのかんばい)|丸彦酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 298蔵目

三重の寒梅(みえのかんばい)|丸彦酒造株式会社

三重県四日市市川島町1863-2
蔵元のサイト:http://www.mienokanbai.jp/


酒名:三重の寒梅(みえのかんばい) ■創業:慶應年(1867年)5代 ■杜氏:社員杜氏(諸派) ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2012/11/29

代表銘柄
三重の寒梅 純米吟醸
三重の寒梅 純米吟醸 辛口
純米吟醸 穂波

三重の寒梅(みえのかんばい) 丸彦酒造株式会社|外観 丸彦酒造株式会社は今から約130年前の慶應3年(1867年)に鈴木彦右衛門氏が創業した現在で5代続く酒蔵です。
彦右衛門氏はこの地の地主で、小作から地代として受け取る年貢米が豊富にあったことから酒造業に参入したと言い伝えられています。

創業当初の屋号は鈴木酒造場といい、丸彦正宗という名の酒を製造。
昭和3年に法人化し「はま娘」という酒名の酒が誕生。この頃に三重県産清酒品評会において5年連続の首位賞を受賞。第2次大戦終了後には「はま娘」関東へ出荷されるようになります。
かつて川島町には8社酒蔵があったそうですが、企業整備によって集約されます現在残っているのは丸彦酒造株式会社1社のみです。

三重の寒梅(みえのかんばい) 丸彦酒造株式会社|商品 現在の主力商品、三重の寒梅は平成6年の4月に誕生した銘柄。

昭和期に「はま娘」という酒名を酒を中心に製造されてきた訳ですが、平成頃には人々の食生活やライフスタイルが変化。消費者の日本酒離れが進む中、もう一度酒つくりの原点に立ち返り「本物の日本酒・真の日本酒」とは何かを考え直し、老若男女を問わず多くの方に美味しいと喜んでもらえる日本酒「三重の寒梅」が誕生します。

吟醸酒という酒を日常の食生活に浸透させる事によって日本酒に良さを知っていただきたい。そのためには酒質にはこだわり、伊賀上野の大山田村の農家に山田錦の栽培を契約栽培。原料に用いる米は全量山田錦で、契約農家以外に兵庫の山田錦も用いているそうです。
精米歩合は60%以上磨き、仕込みに用いる水は、全量を鈴鹿山系の地下水(中硬水)を使用。水は豊富で、仕込みに用いる水はもちろん洗い物に至るまで地下水を使用。

「口中で広がって喉で消える」このような酒質が目標との事。

訪問の証の記念撮影。
三重の寒梅(みえのかんばい) 丸彦酒造株式会社|記念撮影 三重の寒梅の主力商品、寒造り60%を手に取り感心する吾郎。

白いすりガラスのビンに入っていますが、三重の寒梅のコンセプトでもある口中で広がって喉で消える酒との事。
右の方が5代目蔵元、鈴木哲夫さんです。




商品の購入・質問は三重の寒梅(みえのかんばい)|丸彦酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:059-321-3111三重の寒梅醸造元丸彦酒造株式会社
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2012年11月29日

寒紅梅(かんこうばい)|寒紅梅酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 297蔵目

寒紅梅(かんこうばい)|寒紅梅酒造株式会社

三重県津市栗真中山町433
蔵元のサイト:http://www.kankoubai.com/


酒名:寒紅梅(かんこうばい)、藤堂高虎公(とうどうたかとらこう)、三重大学 ■創業:安政元年(1854年)7代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2012/11/29

代表銘柄
寒紅梅 純米吟醸 山田錦50%
かんこうばい 純米酒
寒紅梅 冬のうすにごり 特別本醸造生

今、酒造りが面白くてしかたない。
酒造りの面白さを知り、急に目覚めたよう酒造りに没頭している酒蔵が寒紅梅酒造株式会社外観 寒紅梅酒造株式会社は安政元年(1854年)に増田五兵衛氏が創業した現在で7代続く酒蔵です。 五兵衛氏は「田んぼ持ち(地主)」をされていたようで、地代として受け取る米が豊富にあった背景から酒造業に参入したと伝えられています。

7代目蔵元の増田明弘さんの話によると江戸期の地主は、例えば小作が10俵の米を収穫したとすると5俵も6俵も地代を得ていたとか。

原料の米がただで調達できる訳で、その米で酒を造ると米よりも高く売る事が出来ます。
しかもその当時は検量もいいかげんだったでしょうから1升といっても実際にはそれより少なかった事が考えられます。

ところが明治時代になり酒造免許が緩和。
規制によって日本酒業に参入できなかった焼酎メーカー、味噌、醤油メーカーなどが参入してきます。

そうなると江戸期から続く酒蔵というのは人々から良く思われていなかったのか、人々は新規参入してきた焼酎メーカー等が造る日本酒を愛するようになったそうです。

現在残っている酒蔵の多くは明治時代以降に創業した蔵ですが、江戸時代にはもっと酒蔵の数はあったと伝えられています。しかし残っている蔵の数が少ないのはこのような背景もあったからかもしれません。

しかし寒紅梅酒造は第二次大戦中の企業整備例によって一時期休んでいた時期があったものの、昭和期には地元の皆さんに喜んでいただこうと低価格で酒を販売。地元の消費者の支持を得て競争に生き残った蔵です。

写真の方が7代目蔵元の増田明弘さん。
寒紅梅(かんこうばい) 寒紅梅酒造株式会社|増田明弘蔵元 かつて地方の清酒の存在とは普段の飲みの低価格の酒、それに対し外にお使いに持って行くお酒は「松竹梅」。ナショナルブランドが高級酒で、地方清酒は低価格という時代がありました。

寒紅梅酒造の7代目として生まれた明弘さんは、蔵が低価格のお酒を製造している事には何ら疑問を持っていなかったそうです。
明弘さんがこだわりの酒に興味を持つきっかけとなったのが梅酒。梅酒ブームによって日本酒をベースにした梅酒が売れた事によって経営に余裕が出てきます。
今まで経済酒ばかり造っていた蔵元は「今なら資金もあるし体力もある。良い日本酒を造るなら今がチャンス」そう考えるようになります。

そこで2010年、多くの酒蔵から先生と慕われている佐賀県とある酒蔵の門をたたき酒造りの勉強を開始。
先ずは「洗米と蒸しに命をかけよう」と原料米の処理に関する設備を強化。その結果、造った酒は蔵元も納得できる酒に出来上がります。

その酒を販売したところ8人の消費者から手紙や電話がが届き、いずれの内容もとても美味しかったとの感想が書かれていたそうです。

おいしいお酒に出会った時に、造った蔵まで葉書を書いたり電話をする人はどれくらいいるでしょうか?
普通は「美味しかったね」で終わってしまうのですが、その8人の向こうにはもっと多くの方が美味しいと思ったに違いないのです。

この時蔵元は、純粋に醸造した日本酒で評価された喜びとは、リキュールや混成酒で評価された時とは異なる衝撃を感じたそうです。
この出来事を「背中にある見えないやる気スイッチを押された感じ」と語る蔵元。今は酒を造れる事が楽しくて仕方なく、冬の寒い時期の酒造りでも全く寒いとは思わないそうです。

寒紅梅(かんこうばい) 寒紅梅酒造株式会社|釜場 仕込みは10月の中旬頃から開始。
お正月の期間は製造は休み、年明け以降は山田錦を中心に仕込みが行われるとの事。

甑倒しは酒の売れ行きに左右するとの事ですが、おおよそ3月中旬ごろの見込み。
年間20本を超える数の仕込みを行なっているそうです。

原料米は三重県産の山田錦がメイン。
この米のみに焦点を絞って酒つくりを行い、精米歩合が50%、40%、60%の三種類を展開することで品ぞろえに幅をもたせています。

最も人気がある商品は寒紅梅 純米吟醸 山田錦50%。
2011酒造年度はタンク3本仕込んだものの一ヶ月を待たずに完売。お客様から引き合いが多い酒なので蔵元は需要に応えたいものの何分、命を削りながら造っているような酒なので体力的にも量産が厳しいとの事。

寒紅梅(かんこうばい) 寒紅梅酒造株式会社|麹室 冬は空気が乾燥するため、とても良く乾く室との事。
湿度が欲しい時は何かで加工など湿度100%の空間を造り、逆に乾かしたい時はそのままで乾くそうで、湿度が高い雪国のような乾かす苦労はないとそうです。

寒紅梅(かんこうばい) 寒紅梅酒造株式会社|麹の枯らし場

写真は仕込み部屋。
寒紅梅(かんこうばい) 寒紅梅酒造株式会社|仕込み部屋 仕込みのペースは急いで造っている時期で4日に1本のペース。
4日間隔だと米洗いも分析も丁寧に行えるとの事。

寒紅梅(かんこうばい) 寒紅梅酒造株式会社|醪

寒紅梅(かんこうばい) 寒紅梅酒造株式会社|槽場

最後に訪問の証の記念撮影。
寒紅梅(かんこうばい) 寒紅梅酒造株式会社|記念撮影 ラベルにシロクマが描かれている商品「シロクマ」を手に取り、これは売れそうだと感心する吾郎。

寒紅梅酒造は現在、地元の酒販店数店のみに日本酒を出荷されているそうで、特に情報はなく訪問する前までどのような蔵なのか全く不明でした。
しかし蔵に訪問してみるものですね。今後の展開が注目の三重県の新進気鋭です。




商品の購入・質問は寒紅梅(かんこうばい)|寒紅梅酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:059-232-3005寒紅梅、藤堂高虎公、三重大学醸造元寒紅梅酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

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