2012年10月24日

寿喜心(すきごころ)|首藤酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 278蔵目

寿喜心(すきごころ)|首藤酒造株式会社

愛媛県西条市小松町大頭甲312-2
蔵元のサイト:http://sukigokoro.co.jp/


酒名:寿喜心(すきごころ) ■創業:1901年(明治34年)5代 ■杜氏:蔵元杜氏(蔵は杜氏ではなく製造責任者としている) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2012/10/24

代表銘柄
寿喜心 純米 しずくひめ
寿喜心 純米 無濾過生原酒
寿喜心 純米吟醸 雄町

西日本最高峰石鎚山の麓に位置する愛媛県西条市。
この地は四国の山々から来る地下水が豊富に蓄えられている地域。「うちぬき」という水道管を地面に差し込んで行くだけで水が湧き出るというくらい水が豊富な場所。

良質の水が豊富であることから、西条市にはコカコーラやアサヒビールの工場があり、西条の地下水は「いろはす」の水としても選ばれています。

水が良い土地には酒蔵がつきものですが、西条市は人口は約11万人という人数に対し現在6社の酒蔵が存在しています。
その一つが寿喜心(すきごころ)という酒を造る首藤酒造株式会社です。 寿喜心(すきごころ) 首藤酒造株式会社|外観
首藤酒造株式会社は明治34年(1901年)に創業者 首藤重助(じゅうすけ)氏が創業した現在で5代続く酒蔵です。

愛媛県西条市は、石鎚山の麓に位置する石鎚神社から見下ろすと、海は工業地帯ですが平野部分は田んぼが広がる穀物地帯。
今でも多くの田んぼが存在しているくらいですから、明治時代は田んぼが多かったのでしょう。

首藤重助氏はこの地の大百姓をされていたそうで、小作人が土地の使用料として支払う米が豊富にあった背景と、明治時代は規制緩和で酒造免許が取りやすかったこと。
また西南の役、日清日露戦争があり、当時の酒蔵はとても景気が良く魅力的な産業でした。そういう背景から酒造業をに参入されたのでは、と伝えられています。

酒名である「寿喜心(すきごころ)」は。創業者の首藤重助氏が「喜びごと、めでたい席で心穏やかに飲まれること」を願って命名。
現在でもこの銘柄が受け継がれています。

写真の方は5代目蔵元、首藤壮一郎さん。
寿喜心(すきごころ) 首藤酒造株式会社|首藤壮一郎蔵元
首藤酒造では現在、蔵元の首藤壮一郎さんを中心に、蔵元家族が力を合わせて酒造りを行う家族経営蔵。

かつては伊方杜氏がこの蔵に来て酒造りをされていたそうですが、平成に入った頃から杜氏の高齢化と後継者不足から伊方杜氏組合の存続が危ぶまれるようになります。

酒造りは力仕事が多く、お米をかついで階段の登り降りや高いタンクの足場での仕事など危険も伴います。
高齢の老人にそのような仕事を行わせる事も、現代社会では労務的にも問題があるといえます。

酒の造り手がいなくなるという問題に直面した先代の蔵元は、杜氏に「後継者不足で造り手もいなくなる事なので、我々で酒を造るしか無い。酒造りを教えてくれないか」と相談。

杜氏が快諾し、平成の初め頃から杜氏と蔵元による酒造りを開始。
そして現在の蔵元の壮一郎さんが学校を卒業され、蔵に戻ってきた平成7年、杜氏が引退し家族が中心となり酒造りを開始します。

平成13年には全国新酒鑑評会で初の金賞を受賞。その後、14,15,16,17年と5年連続で受賞し今に至ります。

写真は仕込み部屋。
寿喜心(すきごころ) 首藤酒造株式会社|仕込み部屋
蔵の外観は、まるでマンションのような酒蔵らしくない姿ですが中はこんな感じ。

仕込み部屋を下(一階)から撮影。
寿喜心(すきごころ) 首藤酒造株式会社|仕込み部屋 下から撮影
最近は小仕込みが主流なのでタンクが小さく、二階に届けるためご覧のように足場が高くつまれています。
仕込みに用いるタンクは7本のみ。ローテーションさせると何とかなるとのこと。

真新しい麹室は平成16年に2階に新築。
寿喜心(すきごころ) 首藤酒造株式会社|麹室
中央に置かれている台形の装置はヴィサーと呼ばれる麹を作るための補助機会。
ヴィサー技研という会社が製造していることから「ヴィサー」と呼ばれていて九州をはじめ西の酒蔵に多く見られます。

ヴィサーにはセンサーが備わっていて、最高温度を設定しておくと、室内がその温度になった時にファンが動作して温度を下げます。
例えば夜の作業の際に万が一寝過ごすなど作業の時間が遅れるなどしても、ファンが動いて室温を下げるため、保険代わりになります。

室に置かれているのが蒸し米を自然放冷する際に用いる「さや」。
寿喜心(すきごころ) 首藤酒造株式会社|麹室
首藤酒造では蒸米は放冷機を用いず全量、自然放冷に冷やします。
冷やされた後に麹室でタネを降っているとの事。
筆者が訪問した時期は酒造期では無いため、麹室の中に保管されていました。

写真は酒母室です。
寿喜心(すきごころ) 首藤酒造株式会社|酒母室
プレハブで個室が設けられた酒母室はまだ真新しさが感じされます。

今年は11月の上旬から製造を開始し甑倒しは4月というロングラン。
仕込みのペースは4日に1本。「添え」「踊り」「仲」「留」が終わり、次の1本を立てるというペースです。

原料米の3本柱は、兵庫の山田錦、岡山の雄町、愛媛のしずくひめ。
造られる酒は香りは控えめで柔らかく穏やかな旨口の食中酒。
どちらかというと女酒で、日本酒度は純米だけでアベレージを出すとマイナス1との事。
中甘口の流れのいい酒で、一口飲んですぐ「おいしい」の一言が出る酒を目指されているとの事。

最後に訪問の証の記念撮影。
寿喜心(すきごころ) 首藤酒造株式会社|記念撮影
「うちぬき」と呼ばれるこの地域の仕込み水の美味しさに驚く吾郎。

寿喜心は少しづつ、首都圏等でも姿を見せるようになった愛媛の新進気鋭です。
ラベルのビジュアルのセンスもよく、初心者に馴染みやすい中甘口の酒はこの先ヒットする可能性を秘めいています。愛媛の注目の新進気鋭の酒蔵です。




商品の購入・質問は寿喜心(すきごころ)|首藤酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0898-72-2720寿喜心醸造元首藤酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 10:00TrackBack(0)愛媛県の酒蔵巡り

2012年10月23日

石鎚(いちづち)|石鎚酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 277蔵目

石鎚(いちづち)|石鎚酒造株式会社

愛媛県西条市氷見丙402-3
蔵元のサイト:http://www.ishizuchi.co.jp/


酒名:石鎚(いちづち)、石鎚正宗 ■創業:1920年(大正9年)4代 ■杜氏:蔵元杜氏(蔵は杜氏ではなく製造責任者としている) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2012/10/23

代表銘柄
石鎚 純米吟醸 緑ラベル 槽搾り
石鎚 純米吟醸 粕取り焼酎
石鎚 無濾過純米 槽搾り

西日本最高峰、四国の屋根と呼ばれる石鎚山。

日本七霊山のひとつで信仰山とされ、山の麓の国道を走らせると「石鎚」の名がつくお店や会社を多くみかけます。

その石鎚山の麓に位置し、登山口から車で数分の場所に位置する酒蔵が石鎚酒造株式会社です。

石鎚(いちづち) 石鎚酒造株式会社|石槌山

石鎚(いちづち) 石鎚酒造株式会社|外観
石鎚酒造株式会社は大正9年(1920年)に越智恒次郎氏が創業した現在で4代続く酒蔵です。

庄屋の14代目として生まれた越智 恒次郎氏は、かつては隣町の新居浜市で住んでいたそうですが、西条市に移り回船問屋を経て酒造業に転身。創業当時の酒名は「石鎚正宗」という、現在でも一部の商品で受け継がれています。

愛媛で兄弟蔵の先駆となった越智兄弟。左の方が弟の稔(みのる)さん、右が浩さん。
石鎚(いちづち) 石鎚酒造株式会社|越智兄弟
石鎚酒造では酒蔵見学は行われていません。今回、取引先という事で特別にご案内していただきました。

現在、石鎚酒造では4代目となる越智 浩さんと弟の稔さん兄弟が力を合わせて酒造りをされています。

余談ですが愛媛には「越智(おち)という苗字の方が多く、学校でも越智という人が一クラスに大勢いるそうです。プロ野球選手、巨人の越智大祐選手も愛媛出身とのこと。
越智についで真鍋という苗字も愛媛には多く、タレントの眞鍋かをりさんも愛媛県西条市の出身との事。

その愛媛には「伊方杜氏」と「越智杜氏」という2派の杜氏グループが存在するのですが、杜氏の高齢化と後継者不足の為、年々数を減らし越智杜氏組合に至っては解散してしまったそうで、酒蔵の間では「造り手の確保をどのように行うのか?」が課題となった時期があったそうです。

そんな問題が起き始めていた頃、蔵の後を継ぐことになった越智兄弟は「自分たちで酒造りをしよう」と考えます。
当時はキャリアもない蔵の後継者だけで酒つくりが出来るのか?せめて麹くらい麹屋さんに来てもらったら方がいいのでは?
周囲の反応は悪く「石鎚はだめになるだろう」といった噂までされる中、茨城県の酒蔵へ酒つくりの修行に行っていた弟の稔さんが戻ってこられ平成11年から兄弟で酒造りを開始されます。

その初年度の仕込みで造った大吟醸酒が、愛媛県の鑑評会で1位の成績で金賞を受賞。四国全体では優等賞を受賞。そして全国新酒鑑評会では入賞という快挙。

この出来事によって蔵の後継者だけでも酒つくりが出来る事が実証され、その後愛媛では後継者が続々と蔵に戻ってきて酒造りを行うようになります。自分でも酒造りが出来るなら、と休造していた蔵を復活させる後継者も現れるなど、愛媛県において後継者による酒つくりの先駆け的な存在となります。

そして現在では杜氏が来て酒を造る蔵の方が少数となり、愛媛県は次世代蔵元の活躍が目覚しい生産地として注目されています。

写真は麹室。 石鎚(いちづち) 石鎚酒造株式会社|麹室

愛媛県という生産地には現在46酒造場が存在します。隣の香川県は7社、徳島県が25社、酒処で知られる高知県でも18社ですから四国ではダントツに酒蔵の数が多いのが愛媛県です。

生産量では梅錦が約7千石を造っていて一位。
2位以下は不在で500石以下の酒蔵がたくさん存在。その小さな蔵の多くは世代蔵元が酒造りに携わろうかという面白い地域。

そんな愛媛県の酒蔵の中、年間で約800石の酒を造る石鎚酒造は、生産量でいうと梅錦に次ぐ2番手くらいに位置する存在になります。

写真は仕込み部屋。 石鎚(いちづち) 石鎚酒造株式会社|仕込み部屋
全ての仕込みタンクには温度を調節する機械が備えられています。

石鎚酒造では造られる酒の7割〜8割が県外に出荷されおり、外から人気が出て今それが地元にも戻ってきて広がりつつある注目の蔵元です。

酒造りに用いる米は、地元産では松山三井としずく媛(松山三井の突然変異株)。
県外産の米だと、兵庫の山田錦、岡山の雄町、あと五百万石。

「食中に活きる酒造り」という方針で酒造りをされていますが、蔵元の話によると「食中酒は狙って作れない」との事。4代目蔵元、兄の越智浩さんに話を聞くと

食中酒とはお客様から「あなたのお酒は食べながら飲むと美味しいね」という声が沢山集まって、初めて食中酒と言えると思うんです。
うちは圧倒的にその声が多い。平成13〜14年ごろからそういう声が多くなりました。
飲食店でとても良く売れ、おかわりが来る。

お寿司屋さん、お蕎麦屋さんなど素材の味を大切にしている店から石鎚は大切にされています。
そういう店の主人や、手だれな板前さん達が「越智さんのお酒はあせないんだよね」という話をよく戴きます。
となると「より良い食中酒を造っていこう」という気になる。
そういう事がきっかけで食中に活きる酒を目指すようになりました。

との事。

蔵は最初から食中酒を意識して酒を造ってきたのではなく、お客様の声を聞くうちに「ウチの酒は食中酒として強い」という事を知り、より喜んでもらう為に酒質の改良を続けた結果、「食事に活きる酒」が出来上がったそうです。

写真は槽場です。
石鎚(いちづち) 石鎚酒造株式会社|槽場

食べながら飲んで楽しい酒。
気がついたら酒が減っていて、酔い心地が良く、しかも純米酒が中心。
あと「石鎚は封を切って量が減ってきた頃から美味しくなる」とよく言われるそうで、蔵元は片口にお酒を注いて、少し空気に触れてから飲まれる事をお薦めしています。

写真は貯蔵庫。 石鎚(いちづち) 石鎚酒造株式会社|貯蔵庫
紫外線が出ない特殊な蛍光灯を使用している為、ご覧のとおり真っ赤。
酒はすべてビン貯蔵されるため、この大きさの冷蔵倉庫が合計4部屋あるそうです。

最後に、石鎚の酒はとても穏やかで例えが悪いのですが草食系の酒です。
香り立つ奇抜な酒ではなく、原酒のような力が押してくるパワフルな酒ではありません。
かといって灘のお酒のようなトラディショナルな酒とも違います。
食中酒ですが酒の真ん中のような味ではなく、果実の爽やかさを持った優しい食中酒です。

酒は草食系と例えましたが、造り手の越智兄弟は肉食系。
兄の越智 浩さんは、愛媛の若手の後継者をガンガン引っ張っていくリーダー的存在。そして弟の稔さんは花嫁募集中!

新進気鋭の次世代蔵元が次々に登場するであろう愛媛いおいて、外せない存在といえる石鎚。
日本酒ファンの皆様、酒蔵に嫁ぎたいと思っている独身女性の方は要チェックの酒蔵です。




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Posted by 佐野 吾郎 at 15:00TrackBack(0)愛媛県の酒蔵巡り