2012年06月13日

国の寿(くにのことぶき)|目野酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅263蔵目

国の寿(くにのことぶき)|目野酒造株式会社

福岡県柳川市三橋町百町766
蔵元のサイト:http://www.kuninokotobuki.co.jp/


酒名:国の寿(くにのことぶき)、國の壽 ■創業:1890年(明治23年)5代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2012/6/13

代表銘柄
国の寿 特別純米酒 山田錦
国の寿 特別本醸造 夢一献
吟仕込み 本格米焼酎 まゆり

福岡県の南部、有明海に面する柳川市。
江戸時代、柳河藩の城下町として栄えたこの街は、昔ながらの古い建物が並ぶ中に「掘割」と呼ばれる水路が縦横に存在する事から水郷の郷として有名。
掘割を使った川下りがともて人気で年間に約120万人もの観光客が訪れます。
その柳川市に残る唯一の酒蔵が、国の寿(くにのことぶき) という酒を造る目野酒造株式会社です。 >国の寿(くにのことぶき) 目野酒造株式会社|外観

国の寿(くにのことぶき) 目野酒造株式会社|外観
目野酒造株式会社は明治23年(1890年)、目野忠吉氏が創業して現在で5代続く酒蔵です。

蔵のルーツですが忠吉氏は酒造業をおこす以前は、ロウソクを造る原料となる「ハゼの実」を扱う商人だったそうです。
遠くは南蛮貿易もされていたそうですがwikipediによると明治以降、西洋ろうそくが輸入されるようになると和ろうそくの需要が減っていったそうです。

同時に明治以降、城島の酒蔵が飛躍的に発展した事から、時代の転換期と考え免許が取りやすかったこの次期に酒造業を始められたのではないでしょうか。

写真には写っていませんが、蔵の正面にはまるでお堀のような水路が流れています。柳川の酒蔵を感じさせるます。

写真は、限定流通品の「国の寿」。
国の寿(くにのことぶき) 目野酒造株式会社|商品
目野酒造では旧字体の「國の寿」という日本酒と、現在の字体の「国の寿」の2種類の日本酒を製造されています。

旧字体の「國の寿」は昔から地元で販売されているレギュラー酒。
それに対し、現在の字体の「国の寿」は、限定流通品。

6代目を継ぐ予定の蔵元の息子さんが杜氏を務め酒造りをされているとの事。

写真は釜場です。
国の寿(くにのことぶき) 目野酒造株式会社|釜場
酒造期は9月頃から焼酎の製造が始まり、日本酒は寒くなる年明け頃から開始し4月頃まで。

柳川は水郷の街として有名ですが、筑後川河口付近の貝殻層から出る伏流水は発酵力が強い弱硬水。鉄分や雑菌も無くい事から醸造用としても最適な上に量も多いとの事。

目野酒造には3本の井戸が掘られ、それぞれが「日本酒の仕込み用の井戸」「ビン詰めライン用」といった地下水の成分によって井戸の水を使い分け、洗い物を含め全ての水に地下水を使用されています。
母屋の生活用水にも使用されているそうです。

写真は麹室。 国の寿(くにのことぶき) 目野酒造株式会社|麹室
壁は柿渋が塗られ、黒光りしています。 床は今季に張り替えたばかりだそうでピカピカ。

普段、造りをしていない5月〜9月の麹室というのは、白いシートが積まれていたり、様々な道具が片付けられていたりと撮影しにくいのですが、この蔵は清潔なだけではなくとても綺麗に整頓もされていました。

写真は仕込み部屋です。
国の寿(くにのことぶき) 目野酒造株式会社|仕込み部屋
蔵が位置する筑後地方は全国でも有数の穀物地帯。酒造好適米も豊富に栽培されています。

その為、酒造りに用いる米は福岡産の米が中心。夢一献や糸島産の山田錦を使用。
酒造りに欠かせない水と米に恵まれた場所で国の寿が醸されます。

国の寿(くにのことぶき) 目野酒造株式会社|槽場

写真は焼酎を製造する蒸留器。
国の寿(くにのことぶき) 目野酒造株式会社|蒸留器
目野酒造は年間120万人も訪れる観光の街に残る酒蔵という事もあり、一般の方の蔵見学も可能。蔵には大型バスが駐車可能な駐車場があり、広い売店が備わっています。

蔵に訪れる様々な方のニーズに備え日本酒の他にも本格焼酎、リキュール、どぶろくを製造。

写真の蒸留器ですが、左側のタンクにモロミを入れて沸騰。
蒸気となったアルコールは上に上ります。

国の寿(くにのことぶき) 目野酒造株式会社|蒸留器
蒸気になったアルコールは、この部分を流れる冷水によって冷やされ液化されます。
少し斜めになっていますが、液化したアルコールは斜面を流れ右側のタンクに溜まって行きます。

写真の部分が焼酎の味を決める重要な部分で、この長さ異なるだけで味が異なってくるそうです。ただし伸び縮みは出来ないので、どう冷やすかが決め手だそうです。

最後に訪問の証の記念撮影。
国の寿(くにのことぶき) 目野酒造株式会社|記念撮影
目野酒造は小さな蔵という事からフットワークの軽さを活かし、お客様が飲みたい酒、お客様のニーズに答えた酒造り続けていきたいとの事。

二人の息子さんが常務、専務として蔵の跡を継ぎ仕事をされおられる事から福岡の新進気鋭のとして注目の存在と言えます。限定流通品の「国の寿」に関心を示す吾郎でした。




商品の購入・質問は国の寿(くにのことぶき)|目野酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0944-72-5254国の寿、國の壽醸造元目野酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 14:00TrackBack(0)福岡県の酒蔵巡り

2012年06月13日

花宗(はなむね)|福島酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 262蔵目

花宗(はなむね)|福島酒造株式会社

福岡県八女市大字本町204番地


酒名:花宗(はなむね) ■創業:1928年(昭和3年) ■訪問日:2012/6/13

福島県八女市、古い町並みが残る旧市街の中心地に位置する酒蔵が福島酒造株式会社
花宗(はなむね) 福島酒造株式会社|玄関
福島酒造は江戸後期頃に、喜多屋から分家し誕生した酒蔵。
花宗(はなむね)という酒を製造されていましたが昭和期に喜多屋に吸収されます。

会社としてはそれぞれが独立した法人ですが、喜多屋の蔵元が福島酒造の蔵元を勤められています。

社名の福島酒造は、この地域が「福島」という事から地名からきています。

花宗(はなむね) 福島酒造株式会社|外観
そのような経緯から、福島酒造は法人としては独立していますが、実質的には喜多屋の第2蔵のような存在。
「尽空」などの焼酎がこの蔵で製造されています。

焼酎を製造する蔵の訪問は始めてだったので、特別に見学させていただきました。

写真は原料(芋)を処理する装置。
花宗(はなむね) 福島酒造株式会社|原料処理

写真は仕込み部屋。
仕込み部屋
焼酎蔵を知らない私は、貯蔵庫かな?と思ったのですが、このカメで芋を発酵させます。

アルコールは14度くらいまで出るとの事。
紫芋などは、ロゼワインのような美しい色のモロミになるそうで、とても美味しそうに見えるそうですがモロミを飲んでも特に美味しくないとの事。

写真は蒸留器。
花宗(はなむね) 福島酒造株式会社|蒸留器
写真中央の蒸留器ですが、右側のタンクでモロミを蒸発させアルコールを気化させます。

そして左側のタンクと結ぶ上の管で、気化したアルコールが冷やされ液体になり、左側のタンクに溜まって行きます。

タンクの上から突き出た筒が、途中で90度に折れています。 花宗(はなむね) 福島酒造株式会社|蒸留器
折れて水平になっている部分は冷水によって冷やされていて、気化されたアルコールは冷水によって液化します。

この気化させる筒の長さによって味が変わるそうですが、見ての通り固定化された装置なので、長さは変えることができません。
その為、冷やす温度なの気化する時間を調節することで、更に良い味を目指すとの事。

普段、日本酒蔵ばかりを訪問しているので、始めて見学させてもらう焼酎蔵は自分にとって新しい発見ばかりでとても新鮮でした。
焼酎の蔵を回ってみるのいいものだと思いました。

  
タグ :焼酎

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2012年06月13日

喜多屋(きたや)|株式会社喜多屋

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 261蔵目

喜多屋(きたや)|株式会社喜多屋

福岡県八女市本町374
蔵元のサイト:http://www.kitaya.co.jp/


酒名:喜多屋(きたや)、蒼田(そうでん)、寒山水(かんさんすい) ■創業:1818~1829年(文政年間)7代 ■杜氏:社員杜氏(久留米杜氏) ■仕込み水:中硬水 ■訪問日:2012/6/13

代表銘柄
蒼田 純米酒 山廃仕込
純米大吟醸 寒山水
純米酒 喜多屋
長期熟成麦焼酎 是空 ぜくう

福岡県の南西部に位置する八女(やめ)市。
関ヶ原の合戦の際に、石田三成を生け捕りにした武将、田中吉政氏がこの地を治め福島城を築城し城下町が誕生します。
しかし二代藩主田中忠政氏に跡継ぎがいなかった為、お家が断絶となり廃城。城下町だけ残り江戸時代には工芸品を造る商業の街として栄えます。

現在でも江戸、明治、大正初期に建築された古い建物が数多く見られる人口7万人ほどの静かな街に、現在3件の造り酒屋が存在します。その1件が喜多屋(きたや)、蒼田(そうでん)という酒を造る株式会社喜多屋です。

喜多屋(きたや) 株式会社喜多屋|外観
写真はミニチュアフィルターを使用したもの。

喜多屋(きたや) 株式会社喜多屋|外観
株式会社喜多屋は文政年間(1818~1829年)に、当時この地で庄屋をしていた光太郎氏が創業した現在7代続く酒蔵です。

かつての屋号は木下酒造場といい、古くから「喜多屋」という名の酒を造っていましたが戦前〜戦中にかけて「白花」と酒名を改めます。
しかし白い花は葬儀を連想することから、酒名を喜多屋に戻し現在も主力銘柄として製造・販売されています。

写真は日本一大きな杉玉。
喜多屋(きたや) 株式会社喜多屋|杉玉
蔵に入ると出迎えてくれるのが、日本一大きいといわれるこの杉玉。

以前、新岩国の駅前にある「村重酒造」を訪問した際に、当時日本一といわれる巨大な杉玉を目にしました。

喜多屋は村重酒造と杉玉の大きさ日本一を競っているそうで、かつて喜多屋が日本一大きな杉玉を造ったそうですが村重酒造がそれを追い越します。

喜多屋それに対抗すべく昨年更に大きな杉玉を作成。
用いた杉の量は2t車で約10杯分。
蔵人が土日出勤し2ヶ月かかって作成されたそうです。総重量は300キロを超えているそうです。

恐らく村重酒造も黙っていないでしょうから、この杉玉合戦はしばらくの間競い合いが続くのではないでしょうか。

写真は釜場です。
喜多屋(きたや) 株式会社喜多屋|釜場
私が訪問したのは6月13日ですが米を蒸していました。
これは酒造用に使う米ではないそうですが、この時期にも蔵が何らかのかたちで稼働していたら活気があっていいものです。

喜多屋では毎年10月くらいから日本酒つくりがスタート。
3月末まで続けられます。

喜多屋には「主人自ら酒造るべし」という家憲があるそうで、蔵の主が自ら酒造りに携わってきました。

しかし蔵元には社長業が有るため、杜氏という製造の責任者を置かれています。この蔵で酒造りを始めて30年が経つというベテランの杜氏さんが製造の監督を行います。

タンクに櫂棒を入れている方が杜氏さんです。 喜多屋(きたや) 株式会社喜多屋|蒸米投入
杜氏さんから「写真はかんべんして欲しい」との希望で、作業中を背中から撮影。

30年前に近所に住む蔵人から「1ヶ月だけ手伝って欲しい」と言われて蔵に来て30年間が経過。今では杜氏となられたそうです。

写真は麹室。
喜多屋(きたや) 株式会社喜多屋|麹室
壁は柿渋が塗られているようで黒く光沢があります。
床の台の形状も特殊ですね。

写真は仕込み部屋です。
喜多屋(きたや) 株式会社喜多屋|仕込み部屋
喜多屋では以前から特定名称酒以上の酒は、全ての酒をサーマルタンクで仕込まれています。

サーマルタンクの総数は26本
50%精米以上は3000リットルのサーマルを用いて900キロ仕込み。
現在では大きなサイズのサーマルタンクも導入し、地元のレギュラー酒など普通酒もサーマルで仕込んでいるそうです。

仕込み部屋を下から撮影。
喜多屋(きたや) 株式会社喜多屋|仕込み部屋 下から撮影

写真は焼酎を熟成している窯。
喜多屋(きたや) 株式会社喜多屋|焼酎の貯蔵庫
喜多屋では是空、吾空、美空、皆空、尽空という名の、米、麦、芋焼酎も製造。
甕貯蔵の他、800本もの樫樽にて焼酎を貯蔵されています。
九州は宮崎や大分になると日本酒ではなく焼酎が中心飲まれているそうなので、県内は日本酒の出荷が多く焼酎は県外の出荷が多いとの事。

喜多屋さんは一般の方の蔵見学も可能。
八女の古い町並みは観光にも最適な場所です、八女に観光に来られた際には訪問をおすすめする酒蔵です。




商品の購入・質問は喜多屋(きたや)|株式会社喜多屋へお問い合せ下さい。
TEL:0943-23-2154喜多屋、蒼田、寒山水醸造元株式会社喜多屋
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

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2012年04月26日

有薫(ゆうくん)|有薫酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 258蔵目

有薫(ゆうくん)|有薫酒造株式会社

福岡県久留米市城島町大字内野330-9


酒名:有薫(ゆうくん) ■創業:1860年(嘉永3年) ■杜氏:蔵元杜氏 ■仕込み水: ■訪問日:2012/4/26

代表銘柄
有薫 上撰
有薫 ひのくち
有薫 純米生貯蔵酒

有薫酒造株式会社は1860年(嘉永3年)に須藤 重之進氏が創業した酒蔵です。
有薫(ゆうくん) 有薫酒造株式会社|蔵の外観
重之進氏は久留米藩の医師の家に生まれた士族。
剣道の達人だったそうで藩の剣道の師範をされていたとの事ですが、嘉永3年に酒造業を開始されます。

その後に兄弟も酒蔵を起こし、次男は二ノ宮と苗字を改めて比翼鶴酒造、もう一人は蒲池を名を改め池亀酒造を立ち上げます。

城島の酒蔵の多くは明治以降に創業しますが、有薫は江戸期に創業している事から花の露に並ぶ城島の名家的な存在の酒蔵です。

写真は蔵の中。
有薫(ゆうくん) 有薫酒造株式会社|蔵の中
かつては大きな酒蔵として酒造りをされていたそうですが、先代の蔵元の代に製造の大改革が行われます。

現在の蔵元はイギリスに留学された後に向こうで金融関係の仕事をした後に、酒蔵に戻ってこられます。
歴史が長い酒蔵の多くは、建物が無駄に広く現在の酒造りに決して適しているとは言えないのです。
あと社員ではなく季節雇用の杜氏が酒造りを行うため、設備の改革を行うにも杜氏の意見を伺う必要があります。杜氏もプライドがある為、折り合いが付かないこともしばしあります。

かつて有薫では名杜氏と言われた原クマオ杜氏という方が酒造りをされていたそうですが、引退される際に彼に代わる男はいないだろうと考え、蔵元で酒を造る方針に変更。

イギリスで金融の仕事をされていた息子さんを蔵に戻してコンパクトな四季醸造蔵を行うことを決意されます。

写真は仕込み部屋。
有薫(ゆうくん) 有薫酒造株式会社|仕込み部屋
仕込みタンクは計4本。これを1年間、ほぼ休まずコンスタンスに製造を続けます。

写真は槽場です。
有薫(ゆうくん) 有薫酒造株式会社|槽場
小型のヤブタがプレハブ冷蔵庫の中に治められています。 どうしても酒袋を乾燥させる必要があり、その期間は酒造りを休むとの事。その時期以外はずっと製造を続けているそうです。

蔵がこの設備に変えた時には地元では賛否両論が起きたそうですが、酒蔵として生き残っていく為の選択の一つとして、この方法を選ばれたそうです。

蔵は身近な家庭料理に合わせる生活酒として、地元の問屋流通や委託製造を請け負って酒造りをされているそうです。
蔵元の話によると、父の代で製造にメスを入れましたが。
自分の代では消費者の方が直接買ってくれるような酒を造りたい。直接消費者に売る販路を持ちたい。と語られました。

最後に訪問の証の記念撮影。
有薫(ゆうくん) 有薫酒造株式会社|記念撮影
詳しい方が見たらご存知でしょうが、あえて説明は避けます。
始めて見る型式タンクに驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は有薫(ゆうくん)|有薫酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0942-62-2101有薫醸造元有薫酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

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2012年04月26日

比翼鶴(ひよくつる)|比翼鶴酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 257蔵目

比翼鶴(ひよくつる)|比翼鶴酒造株式会社

福岡県久留米市城島町内野466-1
酒名:比翼鶴(ひよくつる) ■創業:1895年(明治28年)4代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2012/4/26

代表銘柄
上撰 比翼鶴
比翼鶴 純米酒 ひと振り酒
特別純米 耶馬寒梅(やまかんばい)

比翼鶴酒造株式会社は明治28年(1895年)に二ノ宮周助氏が創業した4代続く酒蔵です。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|外観
蔵のルーツは士族で、久留米藩で剣道の師範をされていた須藤 重之進氏とその兄弟が酒造業を開始。長男の重之進氏は有薫酒造、次男の周助氏は苗字を二ノ宮と改め二ノ宮銘酒醸造を創業します。

家は柳川城の城主、蒲池氏の流れを汲み、家紋が比翼鶴であった事から、酒名を「比翼鶴」と名付けます。後に社名を現在の比翼鶴酒造株式会社に改めます。

余談ですが柳川城の蒲池一族には「左三巴」と「比翼鶴」2種類の家紋があります。 福岡県柳川市出身の歌手、松田聖子さんの出生名は「蒲池法子」ですが、柳川藩の家老クラスの家柄で神田正輝さんとの結婚の披露宴の際、白無垢には「左三巴」の紋が記されていたそうです。

酒のキャップには家紋をあしらった比翼鶴が描かれています。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|キャップ

写真は創業当初の蔵を描いたもの。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|昔の蔵
蔵は筑後川の支流、山ノ井川沿いに建ち、現在もとても美しい景観を残します。
この絵では、水路の両側に蔵が建ちますが、現在は蔵を分断する水路は埋め立てられていて、一つの土地としてつながっています。

かつては帆掛け舟が蔵の真横に付けて、米や酒樽などを運搬していたのが伺えます。
戦前は福岡の日本酒は灘、伏見に継ぐ3位の生産量を誇っていました。
消費背景として地元が炭鉱業で潤っていたこと。あと満州への輸出など海外需要も相当あったそうで、大陸に近いこともあって福岡で造られた酒は満州に渡っていたそうです。

3本の煙突から黒煙を上げ、とても景気が良さそうですね。

蔵の代表銘柄は比翼鶴。製造は全量特定名称酒だそうです。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|商品
最も売れている酒は写真中央の「比翼鶴 上撰」。
左の比翼鶴 純米酒は平成23年福岡国税局関内鑑評会の純米酒の部で金賞受賞した酒。
福岡国税局では平成15年から「純米酒の部」という、お燗を付けて審査をするといった新たな部門の品評会が行われています。
そして右の酒が蔵の自信作「邪馬寒梅 特別純米」。試飲させて頂きましたが等生タイプの綺麗で上品な酒。要注目です。

写真の方が常務取締役 二ノ宮啓輔さん。今回、蔵をご案内していただきました。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|二ノ宮啓輔さん

写真は精米所。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|精米所
比翼鶴の三種の神器のひとつが「精米機」。(残りの2つは「水の浄水器」と「ボイラー」との事)。

全量自家製米で、使用する米は麹米は「吟の里」で掛米は「夢一献」の2種類のみ。
精米も70%、55%、40%の3種類しか磨かれていません。
パターン増やさずに一定の作業を繰り返したほうが学習能力が付き、クオリティーが高くなる、という考えを持たれています。

仕込み水には地下200メートルから組み上げた地下水を浄水して使用。
硬度が13の軟水だそうです。

写真は釜場です。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|釜場

写真は麹室。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|麹室

麹室の左に写っている装置は「ヴィサー」と言われる麹室の室温調整装置。
福岡の酒蔵には多く見られます。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|麹室の中
1日目に床で麹菌をつけた後、2日目にヴィサーに移動し麹を育てます。
ヴィサー技研という会社が製造していることから「ヴィサー」と呼ばれているそうです。
福岡の酒蔵に多く見られます。

吟醸酒だけは箱や麹蓋を用い、他のお酒はヴィサーを用いるという使い方をされている蔵が多いそうですが比翼鶴では「学習効果」を高めるため、吟醸から普通酒まで全てヴィサーを用いられているとの事。

写真は仕込み部屋。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|仕込み部屋
蔵は写真から解るよう近代化され立派です。

米が11月の中旬頃に入荷、そこから精米が始まるので年内は精米のみ。
お正月、しっかり休んだ後に4月まで酒造りが行われます。

造られる酒は軟水のためか、柔らかくふくよかな味わい。味があるけど綺麗で飲み飽きしない福岡スタンダード的な酒を造られています。

写真は槽場です。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|槽場

写真は焼酎の蒸留器。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|蒸留器
蔵は焼酎も製造されています。
酒造りが4月終わり、ゴールデンウィークにしっか休んだ後、焼酎の製造が始まるそうです。 ただ今年は酒つくりが始まる前の10月頃に焼酎を製造される予定。

訪問の証の記念撮影。
比翼鶴(ひよくつる) 比翼鶴酒造株式会社|記念撮影
比翼鶴はまだ首都圏等ではあまり目にしない酒ですが、クオリティーは高いものがあります。
奇抜な酒を造っている訳ではなく、ベイシックな酒ですが味に強さというか存在感があります。
蔵の自信作、邪馬寒梅 特別純米酒の味に驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は比翼鶴(ひよくつる)|比翼鶴酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0942-62-2171比翼鶴醸造元比翼鶴酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 15:00TrackBack(0)福岡県の酒蔵巡り