2012年04月07日

えぞの誉|有限会社二世古酒造

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 243蔵目

えぞの誉|有限会社二世古酒造

北海道虻田郡倶知安町字旭47番地
酒名:二世古(にせこ)、えぞの誉 ■創業:1916年(大正5年)3代 ■杜氏:蔵元杜氏(無所属) ■仕込み水:羊蹄山の水(京極の水)、今金地区の水、ニセコ連峰の3種類の水を使用 ■訪問日:2012/4/7

代表銘柄
活性酒 えぞの誉
普通酒 二世古 原酒
純米酒 名水京極

札幌から西へ約50キロメートルに位置する倶知安(くっちゃん)。
北海道の中でも特に降雪量が多く、上質のパウダースノーが積もることから、日本はもとよりオーストラリアなど世界各国からスキー客が集まるウインターリゾート地。

私が訪問した4月にももちろん雪が振っていて、スノーボードを持つ外国人の姿を見ることが出来ました。スキーの他にはじゃがいもの産地で、街の至る所にじゃがいもをモチーフにしたキャラクターを目にします。

そんな二世古に1件の酒蔵があります。
えぞの誉という酒を造る有限会社二世古酒造です。 えぞの誉 有限会社二世古酒造|外観 二世古酒造は大正5年に創業した酒蔵です。
創業当時は現在の蔵のオーナー水口家ではなく別の方がおこした蔵です。蔵は何度か人の手に渡り昭和47年に水口家が蔵を所有。杜氏を雇わず蔵主自ら酒造りをされています。

蔵が位置する二世古は北海道の中でも豪雪地帯です。
えぞの誉 有限会社二世古酒造|雪に埋もれる酒蔵私が訪問したのは4月7日で新学期が始まる頃ですが朝から雪が振っていました。写真のとおり蔵は雪に埋もれています。

そんな二世古酒造のこだわりが「原酒」。
昭和47年に水口家が二世古酒造を買い買い取り、その年から原酒を市販。
同時に杜氏による酒造りも廃止し、蔵元自ら酒造りをされています。
今では蔵元自らが酒造りを行う蔵元杜氏は一般的ですが、水口清専務さんの話ではその当時、北海道では原酒の市販や蔵元杜氏を行なっている蔵はまだ存在しなかったそうです。

原酒にこだわった理由をきくと、「水で薄める事を良くない」という考え方から。
米から製造される日本酒には、ワインと異なり米には液体化させるほどの水分が含まれていない事から酒造りに工程には水が用いられます。
水を用いる事が醸造工程で行われている事から、搾り終えた原酒に対しても「割り水」と言われて一定のアルコール度数に調整して出荷される事が一般的です。

江戸時代には原酒を水で割ることを「玉を利かせる」と良い、灘で造られた酒は発酵力が強くアルコール度数が高かった事から、水で少し割っても充分に通用する酒質だったそうです。
水を割って酒の量を増やすせば売り手も儲かることから、灘のお酒は問屋などからも重宝されていた、という言い伝えがあります。

現在では灘の酒に限らず日本酒の多くは、水で一定のアルコール度数に調整され出荷されています。

代々続く酒造業の家庭に生まれた蔵主だと「習慣」と納得したのでしょうが、外の世界から酒造業に参入してきた水口さんにとって、この「割り水」という考え方には疑問を持たれたのでしょう。
木になったりんごをそのまま出荷するのと同様に、出来上がった酒を水で薄めずに出荷したい。水を吸わせてふくらませたりんごを出荷することは良くない。
そのようか考え方から、蔵を買い取った最初の年の造りから原酒を市販化されます。

二世古酒造が売り始めた原酒はスキーでこの地に訪れた観光客の間で人気となります。

水口清専務の話によると、二世古酒造が北海道で一番最初に原酒を市販した蔵と言われています。
余談ですが、当店が取り扱っている福井県の梵だと、解っている範囲では昭和43年には既に原酒を市販されています。

写真は現在の主力商品の活性酒。
えぞの誉 有限会社二世古酒造|商品 原酒の販売を開始した当初、地元の人々はなかなか理解してくれなかったそうです。
というのは昭和47年というとまだまだ1級、2級、特急の時代。
消費者の多くは「酒のランクは値段で決めていた」ような時代。原酒で出荷することで少し値段が高くなった商品を消費者は簡単に理解できなかったそうです。
当初は県外からの観光客に売れていたそうですが、原酒の美味しさが地元の人々にも伝わってきたのでしょうか。

現在では地元の消費者からのニーズが多く、一番主力の商品が活性にごり酒。
酵母が生きた状態でビンに詰めるという事も北海道内では先がけだったそうです。
酒造りがスタートする11月から年末までに製造される酒ですが、この活性酒がダントツに売れている主力商品との事。

写真は珈琲焼酎とマッコルリ。
えぞの誉 有限会社二世古酒造|珈琲焼酎 二世古酒造では焼酎も製造されていますが、北海道で誰もしていない事を真っ先にしてきた蔵元だけあって造る焼酎も一線を画します。コーヒー焼酎なんて聞いたことがありません。

マッコルリについては、現在市販されている大手のマッコルリの原料を見たら、いろんな添加物が入っています。その現状を見て「だったら純米のマッコルリを造ろう」と思い、純米のマッコルリの製造を始められたとか。

写真の方が二世古酒造の後継者であり、酒造りを行なっている水口渉さん。
えぞの誉 有限会社二世古酒造|水口渉杜氏 現在37歳で、元々は畑違いの仕事をされていたそうですが30歳の時に蔵に戻ってきたそうです。現在は酒造歴は6年目。
水口渉さんに蔵を案内して頂きました。

写真は仕込み部屋です。
えぞの誉 有限会社二世古酒造|仕込み部屋 蔵の酒造期間は11月頃から翌年の3月頃まで。
スタートは人気の活性酒の仕込から開始し、年明けから純米酒や吟醸酒等を製造。
左端の仕込み部屋の窓の写真に注目ください。

写真は部屋の窓の外を撮影したもの。
えぞの誉 有限会社二世古酒造|仕込み部屋の窓からの景色 ニセコは北海道の中でも豪雪地帯との事ですが見ての通り。
私が訪問した日は4月7日ですが雪が2階の高さ迄積み重なっています。

屋根から落ちた雪は長方形で雪というより氷に近い感じ。
蔵を覆ってカマクラ状態です。

えぞの誉 有限会社二世古酒造|仕込み部屋の窓からの景色2 基本的にタンクにジャケットを蒔いて冷やすことはありません。
ただ造り始めの11月にはホースを自作で穴を開けシャワーで水を掛けて冷やすことはあるとの事。

逆にタンクは温める必要があり、先ずはマットをまいたりタンクの下に電球を入れたり。
夜中はサーモが付いている小型のファンヒーターを用いて部屋の温度調整をしているとの事。
特に今年の仕込は寒く、電球くらいでは暖かくならず、下から温風を入れていたとの事。

モロミは初期段階が重要5日経過すると発酵に勢いが付き、それ以降は自然に任せていれば大丈夫との事。

写真は槽場です。
えぞの誉 有限会社二世古酒造|槽場 雪に囲まれた天然の冷凍庫状態です。
暖かい地域の蔵のように冷房がきいた個別の部屋を用意する必要は無し。

北海道の他の酒蔵がして来なかった事に挑戦して来た二世古酒造ですが、後継者の渉さんが考える次の目標は「純米」の酒です。

北海道はかつて一次産業(炭鉱業、漁業、農業)が栄えた時代、日本酒の消費が全国でもトップクラスの時代がありました。しかし現在は一次産業が廃れ、日本酒に代わって焼酎の甲類の消費が増加。
日本酒の生産は落ち込むと同時に県外からも酒が入ってきて、今では県外の酒が全体の8割をしめているそうです。

そのような状況の中、北海道の原料を用いた純米酒に特化する事を考えておられるとの事。
これが北海道の酒という枠にとらわれず、それぞれの蔵がそれぞれの味を表現し、蔵それぞれが個性を持つこと。
何年か後には北海道初の純米の酒だけを造る蔵になっているかもしれませんね。

最後に訪問の証の記念撮影です。 えぞの誉 有限会社二世古酒造|記念撮影記念撮影は雪に覆われた蔵の前で撮影。 カマクラのように雪で覆われた蔵など、早々にあるものではありません。
雪が沢山残っている事は想像していましたが、想像以上の雪の多さに驚く吾郎でした。




商品の購入・質問はえぞの誉|有限会社二世古酒造へお問い合せ下さい。
TEL:0136-22-1040:二世古、えぞの誉醸造元有限会社二世古酒造
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 12:00TrackBack(0)北海道の酒蔵巡り

2012年04月06日

宝川(たからがわ)|田中酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 242蔵目

宝川(たからがわ)|田中酒造株式会社

北海道小樽市信香町2−2
酒名:宝川(たからがわ)、寳川 ■創業:1899年(明治32年)4代 ■杜氏:社員杜氏(南部杜氏) ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2012/4/6

代表銘柄
宝川 本醸造
宝川 しぼりたて生原酒
宝川 大吟醸酒

人口は道内第7位。港湾都市として発展してきた小樽市。
海が無い札幌に隣接し、電車で1時間という近い距離にあることから日本海側の流通拠点港として重要な役割を担ってきました。

現在は観光の街という色合いが強いのですが、観光エリアに近い小樽港に面した場所で宝川という日本酒を造っている蔵が田中酒造株式会社です。
宝川(たからがわ) 田中酒造株式会社|亀甲蔵の外観
田中酒造株式会社は明治32年、岐阜県の大垣市出身の田中 市太郎氏が創業した現在4代続く酒蔵です。

年代は定かではないのですが明治20年代頃、開拓で小樽に来た市太郎氏は、当初は日本酒ではなく白酒と焼酎の製造販売を始めます。
というのは明治時代は日本酒の製造免許が緩和されたものの、高い免許料を上納しないと免許が手に入りませんでした。
それに対し濁りがある白酒は免許が異なり、参入への敷居が低くかったそうです。

小樽に来た市太郎氏は参入しやすかった白酒の製造販売で資金を蓄え、後に清酒の免許を取得。 蔵は明治32年を創業年とし日本酒の製造を始めます。
創業当初の屋号は「かねい」。酒名は現在と同じ「宝川」という名の酒だったそうです。

写真は平成8年に改築した酒蔵の中。
宝川(たからがわ) 田中酒造株式会社|蔵の中
田中酒造では、その土地の米、その土地の水、そしてその土地だけで販売するというスタイル。
県外の酒販店や卸業者などへの出荷は行なっておらず、造る酒の大半が蔵元直営の売店で販売。

蔵は四季醸造が可能で、酒母室、仕込み部屋、槽場はひとつの大きな部屋に集約されています。
写真のように部屋と見学通路は窓ガラスで遮断されています。一般の方は2階から見下ろすような形で気軽に見学が可能です。

四季醸造なので、1年を通して酒造りが行われているため、観光の方がいつ蔵に来ても酒造りをご覧でき、新酒も試飲することが出来ます。

写真は精米機です。
宝川(たからがわ) 田中酒造株式会社|精米機
小規模な四季醸造蔵ですが、精米機は自社で所有されています。 使用する原料米は北海道の酒造好適米、吟風、彗星が中心。

解りにくいのですが釜場を上から撮影したものです。
宝川(たからがわ) 田中酒造株式会社|釜場 上から撮影
田中酒造では四季醸造で1週間に1本のペースで酒を仕込みます。
仕込みの規模も小さく、平均すると一仕込みが約1トン。
よって甑(こしき)も小さく、1回につき最大で500キロの米を蒸すことができるものを使用。

上からの撮影だと、湯気を収集する屋根しか見えませんが、その下に甑(こしき)があります。
甑の真横には放冷機が備え付けられ、掘り出した米は直接放冷機で運ばれながら冷やされます。

保冷機から出てきた米は2階の麹室、或いは隣の仕込み部屋のタンクに運ばれます。
麹室は2階にあるため、天井から吊り下げられた滑車を使い米を運びます。
1回に釣り上げる米の量は最大で約20キロ。作業に当たる人間は一人で何回も分けて釣り上げます。

田中酒造では原料の運搬にシュータは使われておらず、仕込みタンクへ投入する掛け米もすべて手作業で運搬しているそうです。
四季醸造による小規模生産であること。造りの間隔が空いている為、毎日の作業ではなく身体を休められる事。
その為、シューターではなく人による運搬も可能との事。これが毎日の作業だったら大変で嫌になりますね。

私が訪問した4月でもモロミが発酵していました。
宝川(たからがわ) 田中酒造株式会社|仕込み部屋
仕込みタンクは1階に置かれていますが、口の位置は2階にあたります。
蔵全体としては、そこそこの広さがありながらも集約されコンパクトにまとめられています。

麹室や放冷機から部屋は隔てられていますが距離は近く、一般的な蔵と比べて米の運搬距離は格段に短く、その点はよく設計されています。

ちなみにタンクは6本あって、3本にモロミが入っていました。

写真は槽場の圧搾機です。
宝川(たからがわ) 田中酒造株式会社|槽場
丁度、私が訪問した日は本醸造を絞っている最中でした。
小規模の四季醸造蔵はコンパクトな槽で酒を絞っている蔵が多いのですが、小型ながら立派な圧搾機です。
圧搾機は小さくとも醸造機器の中でも高価な部類に入ります。四季醸造を行うにあたり新調したものだと思います。酒造業にかける蔵の本気度が伺えます。

写真は貯蔵タンクです。
宝川(たからがわ) 田中酒造株式会社|貯蔵タンク
立派な鋳造タンクが沢山並んでいますが蔵では基本は長期貯蔵はしていないとの事。
やはり四季醸造の利点を活かし、一年を通じて新酒を販売できる事から、新酒の若い状態でも美味しい酒になるよう造りをされているそうです。

宝川(たからがわ) 田中酒造株式会社|商品
一番良く売れている酒は本醸造で次に大吟醸。
蔵に観光で来られるお客様は純米の生の原酒の評判が良いとのこと。
四季醸造なので春夏秋冬それぞれの季節限定の酒を販売されているそうです。

また小樽は水が良く、しかも地下水が豊富。
蔵で使用する水は、酒を仕込む仕込み水はもちろん、道具を洗う水まで全て地下水が使われています。

日本酒以外にも焼酎、リキュール、みりんも製造されています。
宝川(たからがわ) 田中酒造株式会社|飲むみりん
特に注目なのは「飲むみりん」。
みりんというと、正月に飲む「おとそ」のような癖のある甘さを想像してしまいますが、このみりんは本当に美味しい。

今まで体験したことがない不思議な甘さ。よく観光蔵で甘酒を造られている蔵があるのですが、それらとは一線を画す不思議な美味しさです。
重いかもしれませんがお土産で買って帰る値打ちがあるミリンだと思いました。

最後に訪問の証の記念撮影。
宝川(たからがわ) 田中酒造株式会社|記念撮影
蔵に併設されている売店にて試飲したお酒に強く感心を示す吾郎を撮影。

田中酒造は駅から歩いて行ける距離ではありませんが、小樽はタクシーが安く、駅から500円台で行ける距離に蔵があります。
北の誉酒造とも距離が近く、少し歩きますが徒歩でも移動できる範囲。
小樽に来たら観光がてら酒蔵訪問をされてはいかがでしょうか。お薦めの蔵元です。




商品の購入・質問は宝川(たからがわ)|田中酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0134-21-2390宝川、寳川醸造元田中酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 15:00TrackBack(0)北海道の酒蔵巡り

2012年04月06日

北の誉|北の誉酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 241蔵目

北の誉|北の誉酒造株式会社

北海道小樽市奥沢1丁目21番15号
酒名:北の誉 ■創業:1901年(明治34年) ■杜氏:社員杜氏(無所属) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2012/4/6

代表銘柄
北の誉 純米吟醸 雄冬
北の誉 純米 吟心
北の誉 純米大吟醸 鰊御殿

 

札幌駅から、いしかりライナーで約1時間。
古くから港湾都市として発展してきた小樽市。
小樽運河の川沿いにはレンガや札幌軟石で造られた倉庫が並び、全国から大勢の観光客が訪れる観光都市。
その小樽市に顕在2つの酒蔵が存在しています。

その一つが日本酒「北の誉」を造る北の誉酒造株式会社です。

北の誉 北の誉酒造株式会社|外観 北の誉酒造は石川県から移住してきた野口吉次郎氏によって1901年(明治34年)に創業した110年以上の歴史を持つ酒蔵です。

金沢で醤油醸造を手がけていた吉次郎氏ですが、商売は順調でしたが明治14年に松方デフレによってその流れが変わります。
醤油は熟成に数年を要する為、デフレ前に原料を仕入れ製造した醤油はデフレ以降には原価割れをした価格でしか売れず赤字に転落。負債が積もり、ついには事業を売却することになります。
大きな借金を背負った吉次郎氏は、知人を頼り明治19年に妻と5歳の長男の3人で小樽に移住してきます。

近江商人の呉服商がこの地で醤油醸造を行うと話をきき、金沢時代に得た醤油醸造の技術を頼りに奉公に入ります。そこでの下働きが評価され、呉服店の資本による野口商店を創業、経営を任せられます。
その後、晴れて暖簾分け許されますが、そのの際に同じ醤油・味噌の製造業では申し訳ないと日本酒の製造に着目。
明治34年(1901)に資本金1万円にて小樽山田町にて試験醸造を行い日本酒「北の誉」が誕生します。
蔵はこの年を創業年としています。

吉次郎氏が酒造業を行うまでの詳細ですが、北の誉酒造のサイトの「北の誉が誕生するまで」に記載されているので省略しましたが、相当な苦労の末での創業になります。

吉次郎氏の酒造業は成功し明治40年に旭川でも清酒製造を開始。
大正4年に札幌にも進出し清酒製造を開始。
昭和4年には第2醸造所を設立、千歳鶴と並ぶ大きな酒蔵へと成長する事となります。

北の誉 北の誉酒造株式会社|蒸気 私が訪問した日は4月6日。
一般的な日本酒蔵では製造はこの時期には甑倒しが終わっていますが、ご覧のように湯気が立ち込めて、米を蒸す良い匂いが漂っています。
中で話をきいたところこの蒸米は焼酎を造るためのものでした。

北の誉 北の誉酒造株式会社|商品 昔から辛口の酒が主体に造っているとの事。
販売の7割以上は地元の北海道。
一番売れている商品は数量的には「北の誉 本醸造」。最近では北の誉 純米生酒もよく売れているとの事です。

写真は釜場です。
北の誉 北の誉酒造株式会社|釜場 連続蒸米機と昔ながらの和釜を使用。
私が訪問したときは、その両方で焼酎に用いる米を蒸していました。

写真は連続蒸米機です。
北の誉 北の誉酒造株式会社|連続蒸米機フジワラ製のものが用いられています。

写真は吟醸仕込部屋です。
北の誉 北の誉酒造株式会社|仕込み部屋 本土の場合、冬季でも暖かい地域が多いので、タンクを冷却する目的でサーマルタンクを用いている蔵が多いのですが、北の誉の場合は「より厳密に管理をする事」を目的にサーマルタンクが用いられています。

外気温だけでは寒い日もあればそうでない日もあり、ムラが現れるとの事。
安定した温度で醸造する事を目的にサーマルタンクが用いられています。

写真は槽場です。
北の誉 北の誉酒造株式会社|槽場 千歳鶴と並ぶ大きな蔵なので、ごらんの通り圧搾機が4機あります。
現在は年間で約1000キロリットル(石数になおすと5555石)の酒を仕込んでいるとの事。

写真は貯蔵庫。
北の誉 北の誉酒造株式会社|貯蔵庫

写真は焼酎の製造に使用する蒸留機です。
北の誉 北の誉酒造株式会社|蒸留機 米焼酎 羆(ひぐま)、北海道のじゃがいもを原料に作ったじゃがいも焼酎「ピリカ伝説25」などを製造しているとの事。

最後に訪問の証の記念撮影は仕込蔵にて撮影。
北の誉 北の誉酒造株式会社|記念撮影 私が訪問した日は日本酒の製造を終えて、焼酎の仕込みが行われていました。
蓋が開いているタンクにはじゃがいも焼酎を造るためのモロミが発酵していました。
日本酒のモロミとは異なる、少しクリーム色というかじゃがいも色がかった泡に驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は北の誉|北の誉酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0134-22-2176北の誉醸造元北の誉酒造株式会社
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Posted by 佐野 吾郎 at 13:00TrackBack(0)北海道の酒蔵巡り

2012年04月05日

千歳鶴(ちとせつる)|日本清酒株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 240蔵目

千歳鶴(ちとせつる)|日本清酒株式会社

札幌市中央区南3条東5丁目2番地
酒名:千歳鶴(ちとせつる) ■創業:1872年(明治5年) ■杜氏:社員杜氏(無所属) ■仕込み水:中硬水 ■訪問日:2012/4/5

代表銘柄
千歳鶴 なまら超辛
千歳鶴 純米 芳翔
千歳鶴 大吟醸 吟風

人口192万人、名古屋市に次ぐ全国で4番目に人口の多い北の都市札幌。
日本酒の消費量も多く、冬は寒く地下水は酒造りに適した中硬水。
市場、気温、水と酒つくりに適した条件が整った街ながら、現在札幌に存在する酒蔵は1件のみ。

その札幌唯一の酒蔵が歳鶴(ちとせつる)という酒を造る日本清酒株式会社です。
千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|外観

千歳鶴を造る日本清酒株式会社は、札幌に開拓使が置かれてまもない明治5年に柴田與次右衛門(しばた・よじうえもん)によって創業した現在で140年の歴史を持つ酒蔵です。

石川県の能登半島に住んでいた與次右衛門(よじうえもん)氏は、父と共に札幌に移住。
開拓使が置かれて間もない明治5年に、現在蔵が建つ場所の近くに「柴田酒造店」を創業します。
今では札幌市の中心街ですが、当時は柴田酒造店の周囲には家が10件程度しか無かったとの事。
開拓使と共に入植をした、北海道における酒造業の先駆者的な存在でした。

創業当初は日本酒ではなく「どぶろく」を製造し開拓使の人々に販売。
というのは当時は透明の日本酒と、濁ったどぶろくと免許が異なり、日本酒の免許を取得するには、高額なお金を必要としました。
やがて札幌に沢山の人々が集まり商売が繁盛したことから晴れて清酒の免許を取得。
札幌の街全体が発展するにつれ酒蔵も増え、最盛期には80件を超える酒蔵があったそうです。

写真の方は千歳鶴ミュージアムの館長、久保敬一さん。
千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|館長
今回蔵をご案内していただきました。

札幌の発展と共に成長してきた柴田酒造店ですが明治30年に周囲の酒蔵と結合し「札幌酒造合名会社」を設立。

更に大正から昭和にかけての恐慌により、政府の企業合同の要請に応え昭和3年に8社が結合し「日本清酒株式会社」が設立。当時は日本酒だけではなく味噌の製造や、問屋の卸場など幅広く商いをしていたため社名には「酒造」の文字がありません。

昭和の結合後にも札幌には18件ほど酒蔵が残っていたそうです。

千歳鶴という酒名は、結合した際に片岡という蔵が所有していた商標です。
千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|商品
日本清酒株式会社千歳鶴の商標を引き継ぎ、このが現在の主力銘柄になります。 札幌の酒蔵なのに「千歳」という酒名が付いているのは、そのような経緯からだそうです。

北海道の地酒は全体的には淡麗辛口の酒を造る蔵が多いとの事ですが、千歳津の酒も同様の辛口のお酒が中心。
その理由として、蔵の仕込み水である豊平川の伏流水が中硬水で辛口の酒が造りやすいこと。
それに加えて越後杜氏が酒造りをしてきた経緯から、蔵の味としてスッキリした辛口の酒が中心との事。
なかでも「なまら超辛」という酒は、札幌の飲食店の意見を聞いて「どういう料理にも合う酒」として考案して造られた酒。後味がすっきり感が強い酒で、日本酒とは合わせにくいコッテリした濃い味付けの料理にも対応できるとのこと。

また最近では北海道でも育てられる米も増えて、吟風や彗星といった酒造好適米も現れています。
蔵が特に力を入れている米は、現在開発中の「空育177」という品種。
社長自ら田植え、稲刈りに携わっている米で、5年前から鑑評会にも「空育177」で出品しているとの事。
まだ金賞は受賞していないとの事ですが、まだ開発段階の米なので今後の活躍が楽しみです。

酒造期が終わっている為、解りにくいのですが写真は釜場です。
千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|釜場
最盛期には約10万石の酒を造っていたという事もあって、釜場の設備構成として機械による洗米と連続蒸米機。
造りが終わっている為、写真に納められていませんが、出品酒や一部の大吟醸は手作業による洗米と限定吸水が行われ和釜が用いられています。

写真は放冷機。連続蒸米機と壁一つ隔てた隣に置かれています。
千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|放冷機
連続蒸米機を用いて米を蒸す工程は、洗った米を蒸してこの放冷機に通すまでコンベアーで運ばれるプロセスが完成されています。

それに対し出品酒や一部の大吟醸の仕込みに用いる蒸米は、それらの隙間に配置されている為、米の運搬は手作業。
蒸し上がった米は人が掘るのは当然の事、隣の部屋の放冷機まで蔵人リレーでこの放冷機の入り口まで米を運んでいるとのことです。
放冷機の長さから蒸米の規模が伺えます。これだけ長いと清掃も大変そうです。

ちなみに放冷機の出口から麹室の入り口まで20メートルくらいの距離があります。出品酒や大吟醸はシューターを使わずに手作業で運搬されているとの事。 こんな重労働の中、14年連続で金賞を受賞した経歴を持つわけですから、蔵人たちの努力は大変だと思います。

写真はOS式の製麹機です。 千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|OS製麹機 床
千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|OS製麹機
これらの製麹機は放冷機の出口のすぐとなりに配置されています。
出品酒や一部の大吟醸酒を除く、一般のお酒はこの製麹機で麹が造られているとの事。

それに対し出品酒や大吟醸酒の麹を造る室はこちらです。 千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|吟醸麹室の外
位置的には放冷機の出口の先には上記の自動製麹機があり、その先にこちらの麹室があります。
蔵人はここまで蒸し米をリレーして手作業で運んできます。

出品酒の麹を造る際には、蔵人は麹室の入口で寝泊まりして24時間体制で麹造りをされているとの事。
そんな所に寝ていて寒くないのかきいたところ、麹室は外の入り口あたりまで充分にあったかいとか。

冬の麹造りは温かさが加わり睡魔との戦いとのことです。

中はこんな感じです。 千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|吟醸麹室
千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|麹室2
一升盛の麹蓋法にて丹念に麹が造られます。
大きな蔵でも手作業の部分はきっちり丁寧に行われています。
蔵全体が大きな仕込みを中心に設計されていますので、逆に手作業の部分は小さな蔵よりも苦労は大きいかもしれません。

こちらは仕込み部屋を下から撮影したもの。
千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|仕込み部屋
この仕込み部屋に置かれているタンクの数は70本。
もう一つ仕込み部屋があり、そちらにも70本のタンクが置かれているとか。
さすがかつて10万石も造っていた蔵だけあります。

写真は槽場です。
千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|槽場
ヤブタと呼ばれる圧搾機が5台も並んでいます。

隣には槽が3台並んでいます。
千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|槽

写真は蔵に併設されている千歳鶴ミュージアムANNEX。
千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|ミュージアム
札幌に来たからには必ず食べて帰りたいのが札幌ラーメン。
蔵に併設されている千歳鶴ミュージアムANNEXには、札幌の有名なラーメン店「すみれ」が入っていました。
千歳鶴に蔵見学に行かれた際のお昼ごはんはこのラーメン店がオススメです。

また千歳鶴が飲める直営レストランが札幌市内に3件あります。
気軽な立ち飲みスタイルのお店からから割烹まで。
千歳鶴ミュージアムANNEXに直営レストランの地図も用意されているので、札幌の夜は千歳鶴が楽しめるお店で食事をされてもいいかもしれません。

千歳鶴ミュージアムANNEXにて訪問の記念撮影。
千歳鶴(ちとせつる) 日本清酒株式会社|記念撮影
千歳鶴ミュージアムANNEXでは、蔵の仕込み水も飲むことが出来るのですが、なんと水の飲み方が面白く写真のように上からかけ流しで垂れ落ちる仕込み水をコップで受け止めます。

千歳鶴の自慢の一つがこの仕込み水で、140メートルから組み上げる天然水。
洞爺湖、支笏湖の水が豊平川に入り、豊平川から浸透した地下水が使用されています。
マグネシウム・鉄分は未検出なので一切濾過せずに酒造りに用いる事が出来るとか。
この水がなければ蔵が成り立たないとの事です。
自慢の仕込み水を変わった提供のされかたに驚いている吾郎でした。




商品の購入・質問は千歳鶴(ちとせつる)|日本清酒株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:011-221-7040千歳鶴醸造元日本清酒株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。 北海道は札幌の酒蔵。千歳鶴(ちとせつる) という名の日本酒を造る日本清酒株式会社の訪問記。  

Posted by 佐野 吾郎 at 15:00TrackBack(0)北海道の酒蔵巡り