2012年01月19日

あさ開(あさびらき)|株式会社あさ開

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 238蔵目

あさ開(あさびらき)|株式会社あさ開

岩手県盛岡市大慈寺町10番34号
酒名:あさ開(あさびらき) ■創業:1871年(明治4年)5代 ■杜氏:南部杜氏 ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2012/1/19

代表銘柄
あさ開 極上純米大吟醸 旭扇(きょくせん)
あさ開 純米大辛口 水神
あさ開 純米吟醸 夢灯り

江戸時代、盛岡藩の城下町として栄えた岩手県盛岡市。
盛岡藩の藩主である南部氏は、関ヶ原の戦いにおいて東軍に属したため徳川家康より所領を安堵。
上方から商人達が集まり江戸時代には東北有数の城下町として発展します。

しかし明治維新では新政府軍と対決したため「朝敵藩」とされ盛岡城は明治元年に新政府が接収。
明治3年には盛岡藩は廃藩となり、明治政府によって盛岡県が設置。
明治5年に岩手県と改称され現在に至ります。

盛岡藩が廃藩となった1年後の明治4年(1871年)。
盛岡藩士の一人、村井家七代目・村井 源三氏が士族を捨て創業した酒蔵が「村井本家 あさ開」です。
|外観 写真はあさ開のシンボルといえる昭和旭蔵の外観。

蔵の創業者である村井家七代目源三氏は士族という立場でしたが、盛岡藩は新政府と戦った朝敵藩という扱いを受けます。
その結果、廃藩後に旧盛岡藩士は県の要職に就くことが難しく、多くの士族は方向転換を迫られます。

新政府の下で要職に就くことが困難と考えた旧盛岡藩の士族の間では「ならば実力で評価されよう」と学問が奨励され、逆に明治以降に多くの軍人・政治家を輩出するようになります。(原敬 第19代内閣総理大臣、東條英教 陸軍中将、東條英機の実父 等)

あさ開を創業した村井家のルーツは、滋賀県から来た高島商人で、4代目が盛岡藩の士族となります。
盛岡における高島商人のルーツは、村井 新七氏がおこした「近江屋」で、高島郡より商人となることを志す若者の拠点となり、多くの高島商人が集まったそうです。
苗字が同じところをみると、村井 新七氏と縁が深かった人だったのかもしれません。

時代が大きく動いた明治維新。
士族を捨て、祖先と同じ商人として再出発。
明治という新しい時代の幕開けにかけて「あさ開」の酒名で酒造りを始められたそうです。

写真はあさ開のフラッグシップ「旭扇(きょくせん)」。
あさ開(あさびらき) 株式会社あさ開|旭扇 2011年9月 国連総会のレセプションで野田総理が各国首脳に振る舞った酒が「旭扇(きょくせん) 極上純米大吟醸」。

明治4年に士族から商人としてスタートしたあさ開は、現在では岩手県で一番規模が大きな酒蔵に成長。
蔵は上記の写真の昭和旭蔵に加え、精米所、ビン詰め工場、お酒の直売やレストランを備えた地酒物産館を備えます。岩手の酒蔵のなかで自社で精米機を持つ蔵はあさ開のみとの事です。

写真の方はあさ開で杜氏を勤める藤尾正彦さん。(流派は南部杜氏)
あさ開(あさびらき) 株式会社あさ開|杜氏 昭和59年からあさ開の杜氏に就任。
平成以降、全国新酒鑑評会では20回連続で入賞し、その内16回が金賞受賞。

平成17年に厚生労働大臣賞「現代の名工」に選ばれ、平成20年には黄綬褒を受賞。 南部流の酒造りを極める名杜氏です。 「酒造りは農業。手間暇を惜しんではいけない。常に基本に忠実である事。」がモットー。

写真は釜場です。 あさ開(あさびらき) 株式会社あさ開|釜場 蔵のシンボルとも言える昭和旭蔵は、最新設備と手造り工程の両方を備え持つ蔵です。 写真の釜場はフラッグシップである旭扇(きょくせん)をはじめ、少量手造り工程を行う為の釜。

写真はKOS製麹機
あさ開(あさびらき) 株式会社あさ開|製麹機 こちらは最新設備、麹を作る「KOS製麹機」という製麹機です。

写真は仕込み部屋です。
あさ開(あさびらき) 株式会社あさ開|仕込み部屋 タンク部分は見えませんが、OS清酒仕込装置と呼ばれるコンピューター制御が可能なタンクが用いられています。
高床式になっていて、底が半円状。周囲は2層構造ととなり、外の層は冷水が流れます。

装置を開発した山形県の酒蔵「大山」のOと、製造会社の佐々木貞治商店のSから、OS清酒仕込装置と名付けられています。

写真がOS清酒仕込装置を制御する制御盤です。
あさ開(あさびらき) 株式会社あさ開|KOS制御盤 醪の状況を判断し、制御するのは人の仕事。
実際に櫂入れをしたり、冷水で温度調整をしたりする作業は機械が行います。
造り手の指示通りに正確に仕事を行う。そういう方針での機械化だそうです。

写真は手づくり工程の仕込み部屋。
あさ開(あさびらき) 株式会社あさ開|仕込み部屋 写真に写っている木桶は「桶仕込み保存会」の活動に共感し、復活させた木桶。
少し隙間が見えますが、水を十分に吸わせて気を膨張させると隙間は埋まるとの事。

最後に訪問の証の記念撮影。
あさ開(あさびらき) 株式会社あさ開|記念撮影
昭和63年に作られたという昭和旭蔵は、近代蔵にありがちな工場風の外観ではなく、ご覧のような和風の建物。
当初は土蔵で蔵を作ろうと考えていたそうですが、規模が大きく建築法の関係で断念されたそうです。
美しい建物に驚く吾郎でした。




商品の購入・質問はあさ開(あさびらき)|株式会社あさ開へお問い合せ下さい。
TEL:03-3643-3151あさ開醸造元株式会社あさ開
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 17:00TrackBack(0)岩手県の酒蔵巡り

2012年01月19日

桜顔(さくらがお)|株式会社桜顔酒造

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 237蔵目

桜顔(さくらがお)|株式会社桜顔酒造

岩手県盛岡市川目町23-18
酒名:桜顔(さくらがお)、飛天抄(ひてんしょう) ■創業:1952年(昭和27年) ■杜氏:南部杜氏 ■仕込み水:軟水と弱硬水 ■訪問日:2012/1/19

代表銘柄
桜顔 上撰
特別純米 大地の一献
北国の恋人

盛岡藩の城下町として江戸時代より栄えていた盛岡。
その城下町とは少し離れ、JR盛岡駅から車で約15分の盛岡市郊外の企業団地の一角に立つが酒蔵が桜顔(さくらがお)という酒を造る、株式会社桜顔酒造
桜顔(さくらがお) 株式会社桜顔酒造|外観
株式会社桜顔酒造は昭和48年に岩手県内の酒蔵が10社集まって出来た酒蔵です。

当時、東北各地で複数の酒蔵が結合し、規模の大きな酒蔵を作る動きがあり、例えば宮城の一ノ蔵や山形の六歌仙がそれにあたります。
小さな蔵が単独では得ることが出来ない機器を備える事で、品質の高さやコストパフォーマンスなどで勝ろうというのが狙いですが、桜顔酒造は10社が結合して資金を出し合ったことで、大きな蔵を誕生させ、現在は年間出荷量が4500石という岩手県では2番目大きな酒蔵です。

写真の方は代表取締役の工藤明さん。
桜顔(さくらがお) 株式会社桜顔酒造|工藤明蔵元
蔵元に岩手県のお酒についてきいてみました。


岩手の酒ですが、今はバラエティーに飛んでいますが、とりわけ吟醸酒に関しては淡麗で綺麗、スッキリした酒が多いように思います。
というのは、岩手は吟醸酒への取り組みに遅れを取り、今から30年前にようやく行われました。
その為、県の工業技術センターでは、当時人気があった新潟のスッキリした酒を目標に指導する傾向がありました。
当時、東京市場で人気を得ていた銘柄の酒を目標とした為、とりわけ吟醸酒に関しては当時流行っていた酒質であった綺麗な辛口の傾向になっていると思います。

そんな中、桜顔酒造が目指す酒は性格のよい酒(バランスの良い酒)。
酒のバランス・性格が良かったら、少々甘く仕上がっても、辛く仕上がっても飲んでおいしい酒に仕上がります。 バランス一筋に酒造りをしています、との事。

写真は釜場です。 桜顔(さくらがお) 株式会社桜顔酒造|釜場
原料米は岩手県産米を中心に使用。酒造好適米では「吟ぎんが」や「吟おとめ」。
食米では「ひとめぼれ」「いわてっこ」を用い、岩手県外の米では兵庫の山田錦や長野の美山錦、五百万石を使用されているとの事。

杜氏は酒造歴45年というキャリアを持つ季節雇用の南部杜氏が酒を造ります。
社員蔵人は13名、10月〜13月にかけて雇う季節雇用が4名、合計17名で酒造りが行われています。

写真は麹室です。
桜顔(さくらがお) 株式会社桜顔酒造|麹室
こちらは製麹機。
桜顔(さくらがお) 株式会社桜顔酒造|製麹機
全体的に近代的な蔵ですが、麹室は杉張りの物が用いられていました。

写真は普通酒などを仕込む仕込み部屋。
桜顔(さくらがお) 株式会社桜顔酒造|仕込み部屋

下から見たらこんな感じ。 桜顔(さくらがお) 株式会社桜顔酒造|仕込み部屋_下から撮影
ブロックが高く積まれた上にタンクが置かれています。
これによってタンクの下の掃除や行いやすくなります。
欠点としては地震が起きた時にタンクが倒れたり崩れ落ちるリクスが高くなること。
しかし、2011年に起きた東日本大震災では、タンクは倒れることが無かったそうです。

岩手県が開発した新酵母「ジョバンニの調べ」で仕込まれているタンク。 桜顔(さくらがお) 株式会社桜顔酒造|ジョバンニの調べ

こちらは「ゆうこの想い」です。 桜顔(さくらがお) 株式会社桜顔酒造|ゆうこの想い
岩手県が開発した新酵母「ジョバンニの調べ」と「ゆうこの想い」は、第29回きき酒道岩手県大会の優勝者、準優勝者の方による命名。
実際に新酵母で醸したお酒を飲み、酒のイメージから付けられた名称との事です。

写真は吟醸酒を仕込む為の仕込み部屋です。 |吟醸酒の仕込み部屋
桜顔酒造が製造する酒の大半は普通酒との事ですが、少量ながらも特定名称酒にも力を入れておられます。
特定名称酒については規模が小さなタンクを用い、写真の専用の部屋で酒つくりが行われています。

醸造設備もソフトウェアも一定のレベルをクリアしている為、更なる品質向上として「貯蔵のレベルアップ」次のテーマだそうです。
純米から上のお酒は全量ビンで貯蔵する事を目標にされているとの事。

写真は槽場です。
桜顔(さくらがお) 株式会社桜顔酒造|槽場

写真は普通酒の貯蔵庫です。
桜顔(さくらがお) 株式会社桜顔酒造|貯蔵庫

最後に訪問の証の記念撮影。
桜顔(さくらがお) 株式会社桜顔酒造|記念撮影 店主が手に持っている酒は「北国の恋人。
平成8年に発売が開始されたアルコール度数がわずか8%という日本酒です。

蔵を訪問した際に、出荷用のトラックに「北国の恋人」がデカデカとプリントされており、地元でも人気とのこと。珍しい製品を手に取り驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は桜顔(さくらがお)|株式会社桜顔酒造へお問い合せ下さい。
TEL:019-622-6800桜顔醸造元株式会社桜顔酒造
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 14:00TrackBack(0)岩手県の酒蔵巡り

2012年01月19日

菊の司(きくのつかさ)|菊の司酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 236蔵目

菊の司(きくのつかさ)|菊の司酒造株式会社

岩手県盛岡市紺屋町4-20
酒名:菊の司(きくのつかさ)、七福神(しちふくじん) ■創業:1772年〜1778年(安永年間)家全体では15代、酒造業は11代 ■杜氏:南部杜氏 ■仕込み水:軟水(中津川の伏流水) ■訪問日:2012/1/19

代表銘柄
純米酒精粋 菊の司
純米酒精粋 七福神
粋然 菊の司

岩手県の中心都市、県庁所在地がある盛岡市。
盛岡城の城下町として栄えてきたこの地に、現在3社の酒蔵が稼動しています。
その一つが菊の司、七福神という酒を造る菊の司酒造株式会社です。 菊の司(きくのつかさ) 菊の司酒造株式会社|外観
菊の司(きくのつかさ) 菊の司酒造株式会社|蔵

菊の司酒造株式会社は、安永年間(1772年〜1778年)に六代目 平井 六右衛門氏が創業した9代続く酒蔵です。

蔵元のルーツを遡ると江戸時代の初期とされる元和年間(1615~1623)、伊勢松阪から陸中郡山(紫波町日詰)に移った平井 六右衛門氏を初代となります。
創業当初の屋号は「伊勢屋」といい、志和米の取引で基礎を固めた後、八戸藩の御用商人となり、北上川を用いて年貢米や買い付け米を船で江戸に運ぶ事業を任されます。
その際に利用する、米などを保管する倉庫や宿泊所などの建物を「御蔵宿」といい、奥州街道を上下する武士階級が宿泊する上宿(高級旅籠)を兼ねていたとの事。

旅籠には酒が必要です。
そういう理由かどうかは解かりませんが、6代目となる安永年間(1772年〜1780年)に酒造業に参入。
当時の酒名は「平の井」だったそうです。

明治初年には盛岡に支店を開設。
大正時代、12代目当主は政界にも進出され衆議院議員と貴族院に当選され議員を務められます。
昭和2年に蔵を現在地に移転し昭和4年に株式会社 平六商店として法人化。
その際に新聞公募によって酒名「菊の司」が誕生します。
菊の司の酒名は極上の酒だけに命名されていたそうです。

その後、第二次大戦の企業整備例によって盛岡の全ての酒蔵が1蔵に集約。
昭和29年に新たに免許を撮り直し酒造業に復帰。
昭和43年には社名を「菊の司酒造」と改め現在に至ります。
約400年前、祖先がこの地で商売を始め、発展もあれば苦難も経験された長い歴史を持つ酒蔵です。

写真は蔵のすぐ横を流れる中津川。冬にはオオハクチョウが飛来してきます。
中津川 白鳥を観察する親子
鉄道が出来る以前、川は道路としての役割を持ち、船で様々な物資が輸送されていました。
現在でいうと幹線道路沿い蔵を構えていた感じではないでしょうか。

写真の方が15代六右衛門氏 平井 滋蔵元。
菊の司(きくのつかさ) 菊の司酒造株式会社|平井 滋蔵元 蔵元のルーツは伊勢商人との事。
戦国時代に伊勢地方を治めていた大名、蒲生氏郷は豊臣秀吉から陸奥会津の土地を与えられます。
会津に来た氏郷は領国経営の為、上方から商人を呼び寄せたそうです。
創業者の平井六右衛門氏は、その時にやってきた蒲生氏郷に近かった伊勢商人の一人ではないかと考えられています。

ちなみに宮城県石巻で日高見という日本酒を造る平孝酒造は、この家の10代目の弟さんが分家し出来た酒蔵とのこと。

蔵元に蔵の中をご案内していただきました。
菊の司(きくのつかさ) 菊の司酒造株式会社|井戸 写真は仕込みなどに用いられている井戸。
菊の司酒造では中津川の伏流水と呼ばれる地下水(軟水)を用いて酒造りをされています。
水量は豊富で、仕込み水はもとより原料米の洗米・浸漬といった原料処理にもこの井戸水を用いているとの事です。

写真は釜場です。
菊の司(きくのつかさ) 菊の司酒造株式会社|釜場 写真には連続蒸米機、浸漬タンク、放冷機が写っています。
吟醸関係はこの写真には写っていませんが、この奥にある甑(こしき)を使用されているとの事。

建物は昭和51年に作られた鉄筋コンクリート3階建て。
地下に丈夫な岩盤層があり2011年の東日本大震災でも建物に特に被害は無かったそうです。

写真は麹室です。
菊の司(きくのつかさ) 菊の司酒造株式会社|麹室
菊の司(きくのつかさ) 菊の司酒造株式会社|麹
菊の司では酒造りに用いている米の大半が岩手県の酒造好適米「吟ぎんが」。
県外では石巻で委託栽培している亀ノ尾。岩手では栽培量が少ないという理由から長野県から美山錦を取り寄せて使用されているとの事。

写真は酒母室。
菊の司(きくのつかさ) 菊の司酒造株式会社|酒母室 速醸以外には秋田流の生もと造りも行われているとのこと。
画面のタンクに書かれている「ジョバンニ」とは岩手県オリジナル酵母「ジョバンニの調べ」の事。
第29回きき酒道岩手県大会の優勝者が命名されたそうです。

写真は仕込み部屋。
菊の司(きくのつかさ) 菊の司酒造株式会社|仕込み部屋

写真は槽場。
菊の司(きくのつかさ) 菊の司酒造株式会社|槽場
圧搾機は昭和製作所のものが使用されていました。
菊の司(きくのつかさ) 菊の司酒造株式会社|圧搾機 昭和製作所

最後に訪問の証の記念撮影。
菊の司(きくのつかさ) 菊の司酒造株式会社|記念撮影 現在菊の司で造られている酒の7割が特定名称。
昭和60年代に入り醸造糖類の使用を全廃。平成14年には上撰を純米酒化され、製造全体の55%が純米酒とのこと。
地酒ファンにとって期待の蔵元ではないでしょうか。

蔵の玄関先で驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は菊の司(きくのつかさ)|菊の司酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:019-624-1311菊の司醸造元菊の司酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 12:00TrackBack(0)岩手県の酒蔵巡り