2011年11月29日

豊の秋(とよのあき)|米田酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 234蔵目

豊の秋(とよのあき)|米田酒造株式会社

島根県松江市東本町3丁目59
酒名:豊の秋(とよのあき) ■創業:1896年(明治29年)4代 ■杜氏:出雲杜氏 ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2011/11/29

代表銘柄
豊の秋 特別純米 雀と稲穂
豊の秋 純米吟醸 花かんざし
上撰 豊の秋

豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社
明治29年(1896年)創業の現在4代続く酒蔵。
豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社|外観
島根県の県庁所在地である松江市。
松江藩の城下町を中心に発展してきた山陰の中心都市で、蔵が位置する現在の松江市東本町は、かつて大橋川を流通拠点とする海産物などの問屋が軒を連ねていたい事から「末次魚町(すえつぐうおまち)」と呼ばれていました。

魚問屋以外にも、醤油、酢、氷など様々なお店が軒を連ね、松江の商文化、食文化の中心だったそうです、今でも3件の酒蔵が稼動しています。
その中の一つ、明治29年(1896年)に米田金五郎氏によって創業された酒蔵が豊の秋(とよのあき)という酒を造る米田酒造株式会社です。

写真は米田酒造の杜氏を勤める上濱智信さん、流派は出雲杜氏。
豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社|上濱智信杜氏
智信さんは地元の漁師町出身で、県外の会社でエンジニアの仕事を経て、平成11年に米田酒造に蔵人として入社。出雲杜氏の元、経験を重ね平成19酒造年度より杜氏のポジションに就き酒造りをされています。

写真は精米所。
豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社|精米所
豊の秋では原料米は島根県産の五百万石、神の舞、改良雄町、山田錦、佐香錦を使用。
ほぼ大半が島根県産の米を用い、県外産の米は兵庫の山田錦と福井の五百万石のみ。
普通酒も含めてすべて酒造好適米を使用し、全量を写真の精米所にて自家製米をされています。

写真は釜場です。
豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社|釜場

写真は麹室など。
豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社|麹室入り口
麹室の入り口を撮影。中に入らせてもらいましたが、蔵人さんが上半身裸で真剣な表情で作業をされていました。
写真が撮れるような雰囲気ではなく、迷惑をかけてはと思い、早々に外に出ました。

枯らしている最中の麹を撮影。
豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社|麹の枯らし場

写真は三菱農機製の「杜氏産」いう製麹機。この蔵のものが第一号機。
豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社|杜氏産
杜氏産という製麹機は箱麹で造る麹を自動化して造る道具です。
島根県工業センターと島根大学、三菱農機との共同開発で、米田酒造に置かれている機械が第一号のモニター機だそうです。
大量に麹を造るための道具ではなく、特定名称酒に用いる麹を造るための製麹機。

昔の杜氏・蔵人は、蔵に住み込んで深夜や早朝でも麹の積み替えなどの作業を行なっていました。
しかし最近は、昔の杜氏集団から社員杜氏に移行する蔵が増えた事で、家から通勤される蔵人・杜氏が増えてきました。
そのため深夜に必要な作業は、装置で自動化する必要にも迫られる事になります。
そのような背景もあって開発された機械ではないでしょうか。
栃木の天鷹酒造、愛知の関谷醸造、長野の宮坂醸造、大阪の大門酒造でも見た事があります。

写真は酒母室。
豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社|酒母室
米田酒造が造る豊は濃醇旨口タイプの酒。

「ふっくら旨く心地よく」をモットーに、ふっくらとした広がりのある旨味と、すっきりとした後切れの良い心地よさを追求。
単に味が濃いのではなく、逆に薄く飲み易いというだけでなく、「食」を楽しませることのできる酒を心がけ、松江の食文化の一翼を担える酒造りを目指されています。

写真は仕込み部屋。
豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社|仕込み部屋
蔵の中で一番売れている酒は「上撰 豊の秋」。

杜氏さんのお話によると、個人的に一番好きなお酒は「特別純米酒 雀と稲穂」。
スローフードジャパン 第3回燗酒コンテスト2011で金賞受賞した酒で、45度の燗酒がおいしい温度だそうです。

写真は槽場です。
豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社|槽場
豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社|槽
ヤブタと呼ばれる圧搾機と、昔ながらの槽で酒を上槽しています。

最後に訪問の証の記念撮影。
豊の秋(とよのあき) 米田酒造株式会社|記念撮影
私が訪問した時、蔵では甘酒を造っていた最中でした。
米田酒造が造る甘酒は美味しくて人気との事。車を運転してきたので、お酒の試飲が出来なかったので代わりに甘酒をいただきました。
とても美味しい甘酒に驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は豊の秋(とよのあき)|米田酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0852-22-3232豊の秋醸造元米田酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 17:00TrackBack(0)島根県の酒蔵巡り

2011年11月29日

ヤマサン正宗|株式会社酒持田本店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 233蔵目

ヤマサン正宗|株式会社酒持田本店

島根県出雲市平田町片原町785
酒名:ヤマサン正宗古滴(こてき) ■創業:1877年(明治10年)10代 ■杜氏:出雲杜氏 ■訪問日:2011/11/29

代表銘柄
ヤマサン正宗 特別純米酒 誘一献
ヤマサン正宗 純米吟醸
古滴 三年熟成古酒 純米大吟醸

ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|外観
ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|玄関
宍道湖と日本海の間に位置する出雲市平田町。
この地は宍道湖や日本海に近く、古くから水路が発達していたことから江戸末期から明治時代にかけて、木綿の集積地として栄えた商業の街。
現在も「木綿街道」として古い町並みを残し、私が訪問したのは平日でしたがカメラを手にした人々の姿を多く見ました。

木綿街道は水が良かった事から、全長300メートルほどの通りの中に3件の酒蔵と、3件の醤油蔵が存在していたそうです。
現在は醤油蔵は3件とも残っていますが、酒造りを続けている蔵は1件のみ。

その平田町に唯一残る酒蔵がヤマサン正宗古滴(こてき)という名の酒を造る株式会社酒持田本店です。
ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|店内
株式会社酒持田本店は明治10年、持田家三代目の持田栄太郎氏によって創業した130年以上の歴史を持つ酒蔵です。
創業当時の屋号は「持田栄太郎商店」といい、当時から「ヤマサン正宗」の名で酒を造られていたそうです。

写真は明治時代に建てられた「出雲国酒造試験場」。
ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|検査室
栄太郎氏は蔵の中に醸造試験所を設け、広島税務監督局(現在の広島国税局)から技師、兵庫・灘から杜氏を招き酒質の向上に務めます。
そして大正3年には1572石(283キロリットル)を製造する酒蔵に成長。 当時山陰地方ではトップクラスの酒蔵へと成長されたそうです。

地元の酒として地元を中心に消費されてきたヤマサン正宗ですが平成時代に入ってから県外にも出荷されていきます。
県外に出荷されるきっかけとなった酒が純米大吟醸 無濾過生原酒。
蔵は平成時代に入った頃から既に無濾過生原酒を手かげられていたそうで、現在は吟醸以上の酒は無濾過生原酒。
県外に出荷されている酒はほぼ無濾過生原酒だそうです。

「無濾過生原酒」は、搾った後に手を加えることが出来ないので、搾った後が最高の状態になっている酒を造る必要があるとの事。 それが今の杜氏の腕の見せ所だそうです。

酒造りに用いている米は、佐香錦 五百万石そして地元島根産の山田錦の3種類のみ。
全て島根県産の米で酒造りをされています。

写真は仕込み部屋。
ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|仕込み部屋
またヤマサン正宗では、複数のタンクで仕込んだ酒を調合せず、それぞれのタンクごとにタンク番号を付与し商品化をされているのが特徴。

一般的にレギュラークラスのお酒となると、ある程度の製造量が必要となるため複数のタンクに分けて仕込みが行われ、醸造を終えた酒は調合タンクで一つにまとめられ味を均一化させて商品化されます。

ヤマサン正宗では、純米酒や純米吟醸クラスの酒をタンクを何本にも分けて仕込みますが調合はしません。
それぞれのタンク番号を付与するなどをし別々の商品として扱われます。

その理由は、例えば同じ佐香錦を原料に用いた純米吟醸でも、酵母が異なれば味が異なります。
原料・スペックを統一させ、酵母を換えてみて複数の仕込みを行ったり、或いは酵母・スペックを統一させ、米を佐香錦、山田錦と換えて仕込むことで、酒の味のバリエーションが広がります。

日本酒の味の奥は深く、米を変えることによる味が変化します。
酵母を変えることによっても味が変化します。
更にはそれらを熟成年数が変えることによって味が変化します。

味の懐がとても深く、同じスペックの酒でも酵母を変えて仕込むことによって客さまにとってもうれしい発見が得られるのでは?
変化を悪と捉えるのではなく、酒を生き物として時間の経過と供に代わっていく味を楽しんでいただきたい、という考えからこのようにタンクごとに商品化されているそうです。

写真は古滴(こてき)という名の長期熟成酒。
ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|古滴(こてき)
ヤマサン正宗が原酒の他に手がけているのが、長期熟成酒。

きっかけは蔵元の単なる嗜好で、毎年少しづつ蓄えていたのですが、県外の取引先などがその古酒を見つけて、その酒を仕入れて売りたいという酒屋が現れます。

丁度その頃に、東京で出版関係の仕事をされていたという、蔵の後継者となる持田裕輔さんが30歳を転機に蔵に戻って来られます。 その裕輔さんが古滴(こてき)というブランドを造り正式として商品化されます。
一番寝かしている酒で16年。売れ筋は3〜6年の古酒だそうです。

写真は出雲杜氏のベテラン、加藤功杜氏。
ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|加藤巧出雲杜氏
若い造り手とベテランの造り手が混在する出雲の酒蔵において、酒持田本店ではベテランの出雲杜氏が酒造りを行なっています。
杜氏歴は25年、この蔵で酒造りを行なって37年。

出雲杜氏も変化していき通年雇用の社員杜氏もいれば、蔵元自らが酒造りを行う蔵元杜氏もいます。
私のような昔ながらの季節雇用で杜氏は少なくなりました。松江でたったの3人です、との事。

写真は麹室です。
ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|麹室
ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|駒
これは「駒」と呼ばれている下駄のような役割の道具。必要に応じて駒を箱麹の下にかませ、箱麹の下から通気させます。

長年使用されているようで、角が丸くなっています。

写真は酒母室。 ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|酒母室
ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|酒母
酒母(しゅぼ)とは、お酒を醸造する際にスターターとなる、酵母菌が強く発酵した状態の小さな醪(もろみ)のようなもので「酛(もと)」とも呼ばれています。

米を発酵させる最中、雑菌に侵されないためは仕込みタンクの中は酵母菌が完全支配する世界に保つ必要があります。
その為いきなり大きなタンクの中で仕込みを行うのではなく、小規模な酒母タンクにて酒母(しゅぼ)と呼ばれる、後に醪(もろみ)へと成長させる為のパーツを作ります。

タンクの中に斜めに入っているのは「抱き樽」と呼ばれる、酒母を温めたり冷やしたりするために使われる容器。
島根の酒蔵では、どの蔵でも写真のような細長い抱き樽が使われていました。
出雲杜氏流なのでしょうか。

写真は槽場。
ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|槽場
ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|槽

最後に訪問の証の記念撮影。
ヤマサン正宗 株式会社酒持田本店|記念撮影
一般的に酒蔵では新酒が出来た際、蔵の玄関などに杉玉が飾られます。
しかしヤマサン正宗では杉玉ではなく青竹が用いられているとの事。

私が訪問した時期はこれから新酒が出来上がるという11月下旬でしたので、ご覧のように青竹ではなくなっていました。
蔵から説明を聞き関心する吾郎でした。




商品の購入・質問はヤマサン正宗|株式会社酒持田本店へお問い合せ下さい。
TEL:0853-62-2023ヤマサン正宗醸造元株式会社酒持田本店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。 島根県出雲市の酒蔵。ヤマサン正宗という名の日本酒を造る株式会社酒持田本店の訪問記。  


Posted by 佐野 吾郎 at 14:40TrackBack(0)島根県の酒蔵巡り

2011年11月29日

十旭日(じゅうじあさひ)|旭日酒造有限会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 231蔵目

十旭日(じゅうじあさひ)|旭日酒造有限会社

島根県出雲市今市町662
酒名:十旭日(じゅうじあさひ) ■創業:1869年(明治2年)(佐藤家全体では10代) ■杜氏:出雲杜氏 ■仕込み水:軟水の中でも固めとの事 ■訪問日:2011/11/29

代表銘柄
純米吟醸 十旭日
純米酒 十旭日 五百万石

今回、蔵にご訪問させたいただきましたが、蔵元の意向により蔵の中の写真、及び取材記事の掲載は控えさせていただく事となりました。

通りから撮影できた蔵の外観写真のみアップさせていただきます。
十旭日(じゅうじあさひ) 旭日酒造有限会社|外観

  

Posted by 佐野 吾郎 at 12:30TrackBack(0)島根県の酒蔵巡り

2011年11月29日

天穏(てんおん)|板倉酒造有限会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 232蔵目

天穏(てんおん)|板倉酒造有限会社

島根県出雲市塩冶町468
酒名:天穏(てんおん) ■創業:1871年(明治4年)5代(板倉家全体では13代) ■杜氏:出雲杜氏 ■仕込み水:中間 ■訪問日:2011/11/29

代表銘柄
天穏 生もと 無濾過原酒
天穏 純米酒
天穏 上撰

島根県では松江市に次ぎ2番目に人口が多い出雲市。
人口17万人の中に4件の酒蔵が酒造りをしています。
隣の松江市にも3社の酒蔵が稼働しており、東北や新潟と比べるとどうしても酒造りのイメージが薄い県ですが、人口に対する酒蔵の数も多く、出雲杜氏という自県に杜氏集団まで存在する日本酒の産地です。

出雲市駅から車で約7分の場所。明治4年に創業した酒蔵が板倉酒造有限会社です。 天穏(てんおん) 板倉酒造有限会社|外観
日本酒、天穏(てんおん)を造る板倉酒造有限会社は明治4年、板倉家の9代目、板倉 佐次郎氏によって創業した酒蔵です。
板倉家の歴史は長く、家全体としては13代続いており、創業者の佐次郎氏は金融業をされていたそうです。
明治の酒造免許の自由化を機会に酒造業に参入。酒造業では5代となります。

創業当初の屋号は「角屋(かどや)」といい、「塩治正宗」、白連(はくれん)、保万齢(ほまれ)という名前の酒を造っていました。
大正5年、蔵元がお世話になっている近所の寺の住職によって、日蓮宗の経文より「天穏(てんおん)」という酒名が誕生。大正12年以降から天穏ブランドで一本化され現在に至ります。
蔵の主力銘柄として地元をはじめ首都圏など全国に流通しています。

蔵の位置する場所は弓原(ゆんばら)といい、かつて小さなお城があったそうでその後、群役所が置かれた事から明治時代には開けていた場所。
その為、馬の練習が出来るようにと道幅が広く作られたとの事。

となり町の古志町は奈良時代から開けていた町で、蔵の近くには神戸川(かんどがわ)という日本海の大社港へ続く物流に適した川があり、陸には石州街道によって人が流れ、物と人が交わる事で栄えたそうです。
現在は出雲駅前が街の中心的な存在ですが、かつては街の中心のような場所で酒造りを続けてきました。

島根県の新進気鋭杜氏、岡田唯寛さん。
天穏(てんおん) 板倉酒造有限会社|岡田唯寛杜氏
34歳という若さで板倉酒造の杜氏を勤めておられる方が写真の岡田唯寛さん。
杜氏歴は今年で2年目。出雲杜氏組合に所属されているという、次期の出雲杜氏を担う新進気鋭。

杜氏さんが目指している酒は「心が安らぐ酒」。
杜氏さんから見た島根の酒とは、食を意識した酒であり、県外の試飲会に出店した際に島根の蔵は他県より燗酒を出す蔵元が多いそうです。
香りを出している酒というより、燗酒にしても楽しめる食中酒を意識している蔵が比較的多いと思う、との事。

天穏も同様に食中酒であり、肩を張らずに落ち着いて飲める酒。
なるべく新酒ですぐに売る事は避けて、最低でも半年間寝かせてから出荷。
「けど欲を言うと1年くらい寝かせたいですね。」
「心が安らぐ酒」「ホッとするね」と言ってもらえる酒を造りたいとの事です。

写真は麹室と麹の枯らし場。
天穏(てんおん) 板倉酒造有限会社|麹室
天穏(てんおん) 板倉酒造有限会社|麹の枯らし場
天穏では島根県産の佐香錦(さかにしき)、五百万石、改良雄町、山田錦、そして一部の商品のみ兵庫産の山田錦を原料米に使用。

特に島根県には仁多米と呼ばれる全国的にも名高いブランド米があり、寒暖差があって良いコメが出来る地域との事。蔵は仁多米、出雲市の山間部で栽培されている好適米を主に使用されています。

写真は酒母室。
天穏(てんおん) 板倉酒造有限会社|酒母室
天穏(てんおん) 板倉酒造有限会社|酒母
杜氏は今後もっと純米酒や「生もと造り」の酒に力を入れていきたいとの事。
生もと造りにチャレンジしていて今年で2年目。
去年は五百万石と改良雄町の2品種で生もとの酒を造りましたが、今年は佐香錦であるとか、山田錦の50%精米に純米吟醸などでも、生もと造りを試したい。
生もと造りの可能性をもっと探っていきたい。と語られました。

写真は仕込み部屋。
天穏(てんおん) 板倉酒造有限会社|仕込み部屋

最後に訪問の証の記念撮影。
天穏(てんおん) 板倉酒造有限会社|記念撮影
杜氏こだわりの酒、生もとの黒ラベル。
どのような味なのか日本酒ファンには興味があります。
出雲そばや、松葉ガニと一緒に、この酒を飲んでみたいと強くひかれる吾郎でした。




商品の購入・質問は天穏(てんおん)|板倉酒造有限会社へお問い合せ下さい。
TEL:0853-21-0434天穏醸造元板倉酒造有限会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 10:30TrackBack(0)島根県の酒蔵巡り

2011年11月28日

七冠馬(ななかんば)|簸上清酒合名会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 230蔵目

七冠馬(ななかんば)|簸上清酒合名会社

島根県仁多郡奥出雲町横田1222番地
酒名:七冠馬(ななかんば)、簸上正宗(ひかみまさむね) ■創業:1712年(正徳2年)15代 ■杜氏:出雲杜氏 ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2011/11/28

代表銘柄
七冠馬 特別純米
七冠馬 純米吟醸 一番人気
簸上正宗 大吟醸 玉鋼

島根県安来市から更に山間部に位置する奥出雲町。

冬には1メートル以上は積雪するというこの地で、2012年に300周年を迎える、島根の酒蔵の中で2番目に歴史が長いという酒蔵が七冠馬(ななかんば)簸上正宗(ひかみまさむね)という酒を造る簸上清酒合名会社です。 七冠馬(ななかんば) 簸上清酒合名会社|外観
簸上(ひかみ)清酒合名会社は、正徳2年(1712年)に酒造業を始めたと言われている2012年には300周年を迎える酒蔵です。 創業当時の屋号は冨田屋(とだや)といい、蔵元は室町時代から続く家で、江戸時代は庄屋のような存在だったそうで米が沢山あったことから酒造業を始めたのではないかと推測しています。

明治43年に町内の酒蔵を吸収合併し、その時に地元の地名から簸上正宗(ひかみまさむね)という酒名が誕生。 斐伊川(ひいかわ)の河川工事にて移転を余儀なくされ、昭和45年に現在の場所に移転し写真にある鉄筋の酒蔵が建てられます。

簸上清酒は「泡なし酵母 発祥の酒蔵」。
七冠馬(ななかんば) 簸上清酒合名会社|泡なし酵母
この蔵で「泡なし酵母」が発見されたのは昭和37年。
杜氏、蔵元ともに先代の時代です。

「普通ならばタンクいっぱいに真っ白な高泡があるはずなのに、時々それが出来ないタンクがある」と、杜氏が泡の立たない醪(もろみ)を発見します。

蔵元は不安に思い原因究明のため、広島の国税局に醪(もろみ)の一部を持って行きます。
そして東京滝野川・国税庁醸造試験場技官 秋山祐一氏(元 財団法人 日本醸造協会会長)の研究によって、酵母が突然変異した事によって泡がでない事を解明。
協会泡なし酵母が誕生します。

泡なし酵母の利点ですが、泡の掃除や吹きこぼさない為の労力が無くなります。
泡がないことによって、密閉タンクと呼ばれる貯蔵に優れたタンクを用いて酒を仕込むことができます。密閉タンクは醸造が終わった後は貯蔵に用いる事が出来ので、新たに貯蔵タンクを購入するなら密閉タンクを購入すれば、仕込みにも使え貯蔵にも使えます。
製造面や運用管理面でメリットが現れます。

逆にデメリットとしては、泡が出ていたときは、泡の状態で発酵の進み具合が想像できたそうですが、泡がなくなった事で醪の状態が目による判断しにくくなった事だそうです。

写真の方は出雲杜氏の松本年正さん。
七冠馬(ななかんば) 簸上清酒合名会社|松本年正杜氏
松本 年正杜氏は昭和55年にこの蔵に来て酒造りを開始。平成8年に杜氏に就任されます。
杜氏に就任した初年度から、いきなり5年連続で全国新酒鑑評会受賞。

かつて出雲杜氏の人々の中で、一生のうちに一度とれたら夢と言われていた「出雲杜氏自醸清酒品評会最優秀賞」を3年連続で受賞されているベテランの凄腕杜氏です。

現在、出雲杜氏は21名。かつてはその3倍もいたそうです。
現在出雲杜氏の多くは島根、鳥取、広島、山口の酒蔵で酒造りをされているとの事。

写真は麹室。
七冠馬(ななかんば) 簸上清酒合名会社|麹室
七冠馬(ななかんば) 簸上清酒合名会社|麹蓋 簸上清酒の看板商品、「大吟醸 玉鋼」は、一升盛の麹蓋で麹が造られます。
杜氏に手に持たれている木製のカップは、丁度、お米が1升入るサイズだそうです。
これを用いて一つの麹蓋で1升づつ麹を造っていきます。

写真は酒母室
七冠馬(ななかんば) 簸上清酒合名会社|酒母室

杜氏さんの話によると島根県の地酒の特徴は「濃ゆい味のお酒」との事。
特に簸上清酒のある奥出雲は冬が寒く、その昔は産業といえば体を動かく肉体労働が中止だったそうです。
その為、淡麗な酒より濃醇な酒のほうが「酒を飲んでいる気分になれた」そうです。

また島根ではたまり醤油といわれる濃くて甘い醤油が用いられていて、食との相性でも濃い酒のほうが合うとの事。

また出雲杜氏によって酒造りが行われてきた土地であり、杜氏から杜氏へ技が引き継がれてきた背景から、濃醇な味が出る酒造りが島根全体に浸透したのではないでしょうか。
ただ最近では、労働条件が良くなり島根でもパソコンを使い座って仕事をされる方も多くなりました。
昔ほど濃醇だと濃すぎるため、人々の味覚の変化に合わせた酒造りをしています。
とお話しして下さいました。

写真は仕込み部屋
七冠馬(ななかんば) 簸上清酒合名会社|仕込み部屋

写真は槽場
七冠馬(ななかんば) 簸上清酒合名会社|槽場
写真はお酒を搾る、圧搾機です。 手前の白い部分が酒袋で、ここに醪(もろみ)が入っていて、圧力が掛けられて搾らて、手前の金属製の垂れツボに酒が溜まります。
圧力はコンピューターで制御されており、ご覧のように無人状態でも酒を絞ることができます。

写真の圧搾機はかなりよい物で、酒袋がパッキンになっていて取り外しがしやすく、業務用の洗濯機で洗いやすく設計されています。酒袋などのクセがつきにくく、よい酒を搾ることが出来ます。

訪問の証の記念撮影です。
七冠馬(ななかんば) 簸上清酒合名会社|記念撮影
七冠馬という名の酒は平成7年に、蔵が県外向けに売り出す酒として誕生したブランドです。

東京市場にお酒を販売するにあたり、簸上正宗(ひかみまさむね)という酒名だと、東京をはじめ県外の消費者は読むことが出来ません。
地元では馴染めても県外では定着しないだろうと、新たなブランドを考えられます。
蔵元の妹さんが、初代七冠馬であるシンボルルドルフのオーナー、シンボリ牧場に嫁がれた事から、七冠馬という酒名が誕生したそうです。

味は島根の酒の特徴である、芳醇旨口の食中酒。
あと杜氏の力作である、大吟醸 玉鋼もご贈答などで地元はもとより県外市場でもよく売れているとの事。
ブランド誕生のお話を聞かせてもらい感心しながら商品を眺める吾郎でした。



商品の購入・質問は七冠馬(ななかんば)|簸上清酒合名会社へお問い合せ下さい。
TEL:0854-52-1331七冠馬、簸上正宗醸造元簸上清酒合名会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 16:00TrackBack(0)島根県の酒蔵巡り