2011年06月14日

真名鶴(まなつる)|真名鶴酒造合資会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 185蔵目

真名鶴(まなつる)|真名鶴酒造合資会社

福井県大野市明倫町11-3
代表銘柄:真名鶴(まなつる) ,麻那姫伝説
創業:1750年代(宝暦年間) 5代
杜氏:蔵元杜氏(諸派)
仕込み水:弱軟水
訪問日:2011/6/14

代表銘柄
真名鶴 懐石本醸造 上吟
眞名鶴 山廃仕込 純米酒
真名鶴 奏雨 SOW
真名鶴 シェリー樽熟成 大吟醸


越前の小京都として知られる福井県大野市。
越前大野城の城下町の面影を強く残すこの地に4件の造り酒屋が今でも残っています。

その中の一つ、真名鶴酒造合資会社は宝暦年間(1750年代)に創業した現在5代続く造り酒屋です。

真名鶴(まなつる) 真名鶴酒造合資会社|外観

真名川上流の村に住む泉 善助氏はこの酒蔵で働いていた蔵人の一人でした。幕末の頃、善助氏が働いていた蔵に後継者がいなかった事から、酒造りが上手く真面目な人柄が買われ、蔵を引き取る事になります。

この蔵が最初に創業した年(1750年代 宝暦年間)を創業の年とし、代は善助氏から数えた代とされています。

蔵には善助氏の前に酒蔵をしていた家の資料が全く残っていないことから、それ以前の歴史は解っていません。


真名鶴(まなつる) 真名鶴酒造合資会社|商品

善助氏が創業した当時の屋号は「◯屋(まるや)」、酒名は「亀の尾」という酒を造っていました。
当時の造り酒屋の屋号や酒名には、 ◯(まる)とか ┐(かど)といった図形はよく用いられていました。

そして現在の酒名、真名鶴(まなつる)は昭和32年頃に公募によって命名された名前です。
というのは第2次大戦による企業整備令により、主食の米を確保する目的から◯屋(まるや)は統合させられる事になります。

それによって酒造りを止めさせられてしまった酒蔵は多く、かつて大野には30件近くの酒蔵があり、それが統廃合によって3社に整備されたそうです。

現在、大野には4社の酒蔵が残っていますが、復活を遂げたのは真名鶴酒造たった1社という事になります。

◯屋(まるや)が酒造業を再開したのは第2次世界大戦が終了し10年以上が経過した昭和32年。
既に過去の商標は使用が出来なかった事から、公募によって真名鶴(まなつる) という酒名が誕生。蔵の名前も真名鶴酒造となります。


真名鶴(まなつる) 真名鶴酒造合資会社|釜場


写真の方が5代目蔵元の泉 恵介さんです。
真名鶴(まなつる) 真名鶴酒造合資会社|麹室

真名鶴酒造では蔵元自らが酒造りをされています。

主に地元の福井産の五百万石を使用。
名水百選「御清水(おしょうず)」の清烈な水と、雪深く厳寒な気候の元、全量手造りによる酒造りが行われています。


仕込み部屋です。
真名鶴(まなつる) 真名鶴酒造合資会社|仕込み部屋


槽場です。
真名鶴(まなつる) 真名鶴酒造合資会社|槽場


真名鶴酒造が目指す酒は、日本酒が始めての方でも飲みやすく楽しんでもらえる酒。

マニアックにならないよう、初めて日本酒を飲まれる方から「美味しい」と行ってもらえる酒を造っていきたいとのこと。


真名鶴(まなつる) 真名鶴酒造合資会社|記念撮影

最後に訪問の証の記念撮影は、蔵の売店で試飲をしながら撮影。

眞名鶴の飲みやすく解りやすい酒質に感心する吾郎でした。




商品の購入・質問は真名鶴(まなつる)|真名鶴酒造合資会社へお問い合せ下さい。
TEL:0779-66-2909真名鶴(まなつる)醸造元真名鶴酒造合資会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 14:20TrackBack(0)福井県の酒蔵巡り

2011年06月14日

一本義(いっぽんぎ)|株式会社 一本義久保本店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 184蔵目

一本義(いっぽんぎ)|株式会社 一本義久保本店

福井県勝山市沢町1-3-1
■代表銘柄:一本義(いっぽんぎ) ,伝心(でんしん) ■創業:1902年 3代
■杜氏:南部杜氏 ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2011/6/14

代表銘柄
一本義(いっぽんぎ) 上撰 本醸造
伝心 稲
一本義(いっぽんぎ) 笏谷石洞窟貯蔵 古熟
一本義(いっぽんぎ) 吟香梅 般若刀

フォーブスが選ぶ「世界でもっとも綺麗な都市」で9位に選ばれたという福井県勝山市。
この地は霊峰白山に抱かれた豪雪地帯で、標高が高く昼と夜の寒暖差があることから酒造好適米「五百万石」の産地として知られています。

清らかな水、美しい田んぼ、そして厳寒の冬と酒造りに最適な環境が三拍子整った勝山で造られる日本酒が 一本義(いっぽんぎ)です。 一本義(いっぽんぎ) 株式会社 一本義久保本店|外観

一本義久保本店の創業は明治35年(1902年)。
当時この地で製糸・煙草の製造業などを営んでいた久保仁吉氏が、隣家の酒蔵が廃業する事を知り、蔵を買取り酒造業に参入したと伝えられています。

創業当初の屋号は「久保酒店」、酒名は「澤乃井」。しかしその後、直ぐに現在の酒名一本義が誕生します。

一本義とは、かつてこの地を治めた勝山小笠原藩の御用酒として命名されていた酒名。
禅語「第一義諦」に由来します。
意味は「最高の真理、優れた悟りの智恵を極めた境地」だそうです。


一本義(いっぽんぎ)   一本義久保本店|仕込み部屋

創業した初年度の製造量はわずか150石ほどですが、後に1万石を製造しテレビCMまで行う福井県で最も大きな蔵に成長します。

私の家内の実家が福井県敦賀市にありますが、特に一本義は敦賀のシェアが高く、灘の大手と同様にテレビCMをしていた事から、家内は大阪の酒屋に嫁ぐまで「一本義はナショナルブランドである」と思い込んでいたほど福井ではメジャーなお酒です。


写真は麹室の一部。 一本義(いっぽんぎ)   一本義久保本店|麹室
写真にはほんの一部しか写っていませんが実際にはかなり広く、中の様子は企業秘密だとか。


雪国に生きる人々の食生活の中で生まれた一本義は晩酌の酒。福井でとれる新鮮な刺身を始め、山の幸など食事と共に飲んでおいしい酒が基本。福井県の中では辛口といわれています。

平成に入り酒の級別制度が廃止された後、全国有数の酒米産地に位置する酒蔵として、出来得る最上の酒造りを行うため、一本義とは別に新たな限定流通ブランド「伝心(でんしん)」を立ち上げます。

人間同士の付き合いの中で、お酒を飲む事で心が伝わり、和を結ぶ事があります。
造られる酒が、人の心を伝える酒になる事を願い「伝心」と名付けられました。


写真は槽場です。 一本義(いっぽんぎ)   一本義久保本店|槽場
自社で設計したというオリジナルの槽(ふね)が2台あります。 一本義(いっぽんぎ)   一本義久保本店|槽
まだ新品ですね。


写真は貯蔵庫です。建物全体が冷蔵されています。 一本義(いっぽんぎ)   一本義久保本店|貯蔵庫

伝心のコンセプトは心を通じ合う酒を提案する事。
その為には顔が見える商売をしなくてはいけません。

伝心に用いる米は地元の契約栽培農家が作る「五百万石・山田錦・越の雫」。全体使用料の1〜2%だけ兵庫産の山田錦を用いますが、それを除くと全て福井県産米にこだわりました。

同じ品種の米でも、作る農家さんによって米が違います。その為、契約農家の田んぼごとに、精米はもちろんタンクの仕込みに到るまで、造りを変えて酒造りをされています。
大変手間がかかるのですが、人によるちょっとした違い、という差を大切されているとの事。

酒の流通も問屋を通じて売りっぱなしではなく、酒販店1件1件と顔が見える取引を基本。消費者と心が通じる酒を造りたい、という気持ちで取り組んでいます。


写真は蒸留器です。 一本義(いっぽんぎ)   一本義久保本店|蒸留器

一本義では日本酒の他に焼酎や梅酒、リキュールなども製造しています。
焼酎は日本酒を造る際に発生する副原料(酒粕)から造る粕取り焼酎です。

面白いのは、梅に加え唐辛子で漬けたという般若刀(はんなとう)という名の梅酒。
口当たりは普通の梅酒のようにマッタリと甘いのですが、後味に唐辛子の辛さが現れます。甘くて辛口の梅酒です。


一本義(いっぽんぎ)   一本義久保本店|記念撮影

訪問の証の記念撮影は蔵に隣接する売店で撮影しました。

一本義久保本店は一般の方の蔵訪問も可能。売店で試飲販売もできます。隣の大野まではタクシーで3000円程度で移動できます。大野にも見学できる蔵がございますので、日本酒ファンが酒蔵を見て回るにはお薦めの蔵元です。




商品の購入・質問は一本義(いっぽんぎ)|株式会社 一本義久保本店へお問い合せ下さい。
TEL:0779-87-2500一本義(いっぽんぎ)醸造元株式会社 一本義久保本店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 11:30TrackBack(0)福井県の酒蔵巡り

2011年06月13日

関西|片山酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 183蔵目

関西|片山酒造株式会社

福井県越前市余田町51−18
代表銘柄:関西(かんさい)
創業:明和年間(1764〜1771)5代
杜氏:蔵元杜氏(諸派)
仕込み水:中間
訪問日:2011/6/13

代表銘柄
関西 佳撰
関西 上撰
関西 純米吟醸


福井県越前市で一番人気。地元に根ざした酒、関西(かんさい)関西 片山酒造株式会社|蔵の外観

かつては越前市には、越前国の国府が置かれていた越前国の首都。 紫式部が幼少期にこの地に住んでいた事があったそうです。

その越前市に地元に根ざした酒造りをしているのが関西(かんさい)という酒を造る片山酒造株式会社です。


写真は地元で人気の関西 佳撰関西 本醸造 関西 片山酒造株式会社|商品

片山酒造株式会社は明和年間(1764〜1771)に、この地で染物業を営む片山 定衛門氏を創業者とする現在5代続く造り酒屋です。

定衛門氏の本家は造り酒屋をしており、その酒屋の買取るという形で酒造業に参入。
創業の年(明和年間)というのは本家の酒蔵が創業した年であり、創業者は途中で代替わりした定衛門氏という事になります。

現在の酒名、関西は、明治時代に酒処である関西をあやかって命名された酒名。
灘の男酒のような辛口の食中酒を造っています。


県内で一番最初に冷房蔵を建て、同様に県内で一番最初にテレビCMを行った蔵だそうで、地元では関西の酒名の知名度がまだまだ高く、梵よりも有名だとか。

2010年に蔵は新築。まだ全国市場には出てきていませんが今後注目の蔵です。


写真は釜場です。 関西 片山酒造株式会社|釜場

甑の外側は木でコーテングされています。
天井からクレーンで吊り上げられる他、斜めに傾けることも可能。少ない人数で作業が行えるよう設計されています。


麹室は以前使っていたものを新蔵に移転してきました。 関西 片山酒造株式会社|麹室



写真は酒母室です。 関西 片山酒造株式会社|酒母室



仕込蔵です。左の方が5代目蔵元の片山貴之さんと6代予定の長男の方です。 関西 片山酒造株式会社|仕込み部屋

鉄パイプの骨組みは、貴之さんがホームセンターで買い揃えた自作の足場。


関西 片山酒造株式会社|槽場

槽(ふね)ではなく薮田で酒を搾ります。

蔵を見た印象ですが、少人数で酒が仕込めるよう、投資する部分にはお金を掛けてちゃんとした道具を入れている、と思いました。

また新築しただけあって綺麗なことはもちろん、作業に無駄な移動がなく実にコンパクト。昔ながらの建物を用いている酒蔵の場合、1階と2階を移動したり、槽場が仕込みべやから離れていたりなど、あっちこっちに設備が散っていたりしますがコンパクトに一箇所に集まっていて、実に作業が行いやすそうに見えました。


関西 片山酒造株式会社|記念撮影

最後に訪問証の記念撮影は仕込み部屋で撮影しました。

蔵元が自作したという足場を見て、関心する吾郎でした。




商品の購入・質問は関西(かんさい)|片山酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0778-22-0209関西(かんさい)醸造元片山酒造株式会社
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2011年06月13日

梵(ぼん)|加藤吉平商店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 182蔵目

梵(ぼん)|加藤吉平商店

福井県鯖江市吉江町1-11
代表銘柄:梵(ぼん)
創業:1860年(安政7年)6代
杜氏:社員杜氏(南部杜氏)
仕込み水:軟水
訪問日:2011/6/13

代表銘柄
梵 超吟
梵 日本の翼
梵 夢は正夢
梵 団


鯖江の駅でタクシーに乗り「酒蔵の梵(ぼん)まで」と告げたところ、運転手さんから「あの酒蔵は高級なお酒をとても沢山売れている蔵なんでしょう。」という返事が返ってきました。

国賓などをもてなす銘酒として地元でも話題の酒。福井が世界に誇る銘酒が鯖江で造られている梵(ぼん)です。

梵(ぼん) 加藤吉平商店|蔵の外観


写真の方は6代目蔵元 加藤 団秀(あつひで)さん。 梵(ぼん) 加藤吉平商店|庭

日本酒 を造る合資会社加藤吉平商店は、1860年(安政7年)に両替商と庄屋を営む加藤 吉平氏が創業した酒蔵です。

酒造業開始からは6代ですが、加藤家全体では11代続いています。

酒造業を開始した1860年(安政7年)とは、桜田門外の変が起きた年で、歴史と経済が大きく変革する年です。
特に経済が大きく変革し、年貢だけで食べていた武士の世の中がこの年から終わりに向かいます。

この地には地下に「水の道」があり、長い歴史の中で水が枯れた事がなく、越前松平氏の水神様が祀られています。

時代の変化を敏感に察した吉平氏は、水が豊であった事から年貢で入ってきた米から酒を造って販売する事で、商業にシフトして行こうと酒造業を開始したのだと考えられます。


日本酒ファン涎垂の酒。 梵(ぼん) 加藤吉平商店|商品
右端の日本の翼という酒は、JALいった民間の航空会社はもちろん政府専用機の機内酒としても採用された実績があります。

創業当初は「越の井」(越の国の清らかな井戸から醸していた酒という意味)という酒を造っていました。
やがて越の井の中で最高峰の酒に「」という酒名が冠されるようになります。

そして昭和の始めに開催された北陸の酒類品評会にて、が4年連続で最優秀賞を受賞します。
それによって昭和天皇の御大典の儀(即位の式)でが採用。地方の酒蔵から選ばれるということは始めてのことで、大変な名誉な事でした。

それによっての名前が広がり蔵は大きく成長することになります。

政府の式典の開催が決まると、その晩餐会を担当する料理長がお酒のチェックと確保の為この蔵に訪れるようになります。


蔵の建物は文化庁の登録有形文化財に指定されています。 梵(ぼん) 加藤吉平商店|文化庁 登録有形文化財

昭和天皇の御大典の儀(即位の式)でが採用された事によって、数々の政府主催の式典などに使用される事になります。国内はもちろん、アメリカやカナダ政府主催の式典にも採用され、世界の要人が集まる席で活躍する日本酒に至ります。

昭和38年に酒名をすべて「」に統一。41年に商標登録が完了します。現在は世界90カ国で商標登録が行われています。


写真は仕込み部屋です。 梵(ぼん) 加藤吉平商店|仕込み部屋

蔵は空調で温度コントロールされ壁には断熱材が施され、建物そのものが大型冷蔵庫といえる環境で酒が醸されています。


または熟成出荷が基本で仕込み部屋の2回、3回は大きな冷蔵フロアーになっており氷温でお酒が保存されています。

若いものだと1年、一般的な商品だと0度〜マイナス5度で2年。夢は正夢や最高峰の超吟になるとマイナス8度で5年間も熟成させています。
氷温熟成によって現れる上品かつ爽やかな香りを持つ酒に成長します。


私が訪問した6月13日、今季最後となる仕込みの醪(もろみ)が残っていました。 梵(ぼん) 加藤吉平商店|醪(もろみ)



写真は今季から導入された最新型の圧搾機。 梵(ぼん) 加藤吉平商店|槽場

現在、蔵の裏地に新蔵を建設中で、完成した際にはこの新型の薮田を4台揃えるとの事。


模様がに見える自然石。 梵(ぼん) 加藤吉平商店|梵 模様の石

蔵に行ったら目にすることが出来る、加藤家の家宝。

の字に見える天然石です。よくこんな石と出会うことができたものです。
いくらしたのか気になります。w


梵(ぼん) 加藤吉平商店|記念撮影

訪問の記念撮影はの模様の石の隣で撮影。

私が手にしている酒はの高級酒の一角「夢は正夢」。

夢は正夢は松井秀樹選手がニューヨークヤンキーズ在籍中に、ワールドシリーズでチャンピオンになった歳に飲んでいただく日本酒として贈られた酒。
イチロー選手が大リーグ年間最多安打記録を更新した際、関係者からお祝いとして贈られた酒。
民主党が政権交代後、初訪米にてホワイトハウスに持参しオバマ大統領に贈られた酒です。

トロフィーのような重みを持つ酒に驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は梵(ぼん)|加藤吉平商店へお問い合せ下さい。
TEL:0778-51-1507梵(ぼん)醸造元加藤吉平商店
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Posted by 佐野 吾郎 at 15:50TrackBack(0)福井県の酒蔵巡り

2011年06月13日

舞美人(まいびじん)|美川酒造場

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 181蔵目

舞美人(まいびじん)|美川酒造場

福井県福井市小稲津町36−15
代表銘柄:舞美人(まいびじん)
創業:1887年(明治20年)6代
杜氏:蔵元杜氏(越後杜氏)
仕込み水:中軟水(足羽川の伏流水)
訪問日:2011/6/13

代表銘柄
舞美人 山廃純米 無濾過生原酒
舞美人 吟香系(ぎんがけい)
舞美人 純米吟醸 常温熟成 無濾過本生原酒

単なる濃醇旨口では終わらない。福井県で最も個性派の蔵元が舞美人舞美人 美川酒造場|蔵の外観

日本酒 舞美人を造る美川酒造場は1887年(明治20年)に創業した現在6代続く酒蔵です。

蔵は足羽川のほとりに位置し、かつて「小稲津」という川の港が蔵の近くにありました。蔵の周囲は米の産地であり、その港によって米などが流通された事から蔵の周囲は栄えていたようです。

美川酒造場はこの地に約7町の土地を持つ地主であり、「米がふんだんに有ること」「水が綺麗であったこと」「水運があり街が栄えていたこと」から酒造業に参入しやすかった明治に酒造業を開始したと伝えられています。

かつてこの地は越前松平氏(福井藩)の領地で、松平公の狩場がありました。松平のお殿様が鷹狩に来られた際に、休憩される場所が蔵が位置する小稲津町でした。
その際、村一番の美人が舞を献上しおもてなしをしたそうです。

そのような言われから昭和23年頃に舞美人という酒名が誕生します。

現在は足羽川周囲には美川酒造場1社だけが残っていますが、かつて多くの酒蔵があったそうです。


グラスに注がれたお酒の色を御覧ください。 舞美人 美川酒造場|商品

綺麗な辛口酒が多い福井の地酒の中、舞美人が造る酒は濃醇旨口系。
蔵元が言うには「福井県で一番濃醇な旨口の酒」との事。

お酒の色から解るとおり、炭素濾過はしていません。しかも熟成させています。

右から2番目の吟香系というお酒はとても綺麗なレモン色をしています。

6代目蔵元が蔵の仕事に就いた当時、淡麗辛口の酒が全盛であった事から試飲もしてもらえない時期が続き、さすがに自身を失いかけた時期もあったようです。

しかし応援してくれる、日本酒ファン、飲食店、酒販店の人々に支えられ現在も濃醇旨口の酒を貫いています。

蔵元の自信作は「舞美人 山廃純米 無濾過生原酒」。
この酒は全く酵母を添加せずに造った蔵内酵母による酒。 

また蔵にはあえて「生原酒を常温で長期熟成した酒」もあります。
生ヒネで凄い状態になっている酒を想像し、恐る恐る試飲したところ意外や以外、濃醇旨口の美味しい酒に仕上がっていました。


写真は釜場です。既に今季の造りが終了し片付けられています。 舞美人 美川酒造場|釜場

こちらは仕込み部屋。タンクを見上げている方が蔵元兼杜氏の美川欽哉氏です。 舞美人 美川酒造場|仕込み部屋

このタンクで酵母無添加の山廃純米酒が仕込まれたそうです。 舞美人 美川酒造場|琺瑯タンク

桜の木で造られた木槽。全量、この木槽一台で酒を搾ります。 舞美人 美川酒造場|槽場

蔵にあるのはこの木槽1台のみ。

酒を搾り終えるには3〜4日かかるとの事。
造りの規模がいかに小さいかが想像できます。


舞美人 美川酒造場|記念撮影

蔵元は何よりも日本酒が好きで、毎晩日本酒で晩酌をされているそうです。
その蔵元が目指す酒は「食中酒として美味しい日本酒」。

同時に「他の蔵と同じ酒を造っても仕方がない」という考え方から、周囲の福井県の酒とはかなり異なる、濃醇旨口系の酒で理想の食中酒を目指されています。

最後に訪問の証の記念撮影です。
ウイスキーのような色に染まった生酒の常温熟成酒の不思議な味わいに、思わず笑顔になる吾郎でした。




商品の購入・質問は舞美人(まいびじん)|美川酒造場へお問い合せ下さい。
TEL:0776-41-1002 舞美人(まいびじん)醸造元美川酒造場
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 13:00TrackBack(0)福井県の酒蔵巡り