2013年09月09日

澤乃井(さわのい)|小澤酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 332蔵目

澤乃井(さわのい)|小澤酒造株式会社

東京都青梅市沢井2-770
蔵元のサイト:http://www.sawanoi-sake.com/service/kengaku


酒名:澤乃井(さわのい)、蔵守(くらもり) ■創業:元禄15年(1702年)22代 ■杜氏:社員杜氏(越後杜氏) ■仕込み水:中硬水と軟水の2種類 ■訪問日:2013/09/09

代表銘柄
澤乃井 奥多摩 湧水仕込
熟成 蔵守
澤乃井 純米 大辛口

元禄15年(1702年)創業、現在で22代続く酒蔵が小澤酒造株式会社澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|外観
元禄15年創業と言われる由来は、この蔵に残る古い書物の中に、元禄15年に酒改めの為に来た代官が小澤家に3日間泊まった」と書かれたものを発見。
「酒改めの為に、家に来たという事は当時、既に酒を造っていたのでしょう」との推測で、元禄15年を創業の年としているとの事。

澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|外観

写真は蔵のすぐ隣を流れる多摩川にかかる吊り橋。
木々が紅葉したら美しそうです。
澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|吊り橋

澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|直営レストラン
蔵には「清流ガーデン 澤乃井園」「豆腐 ゆば料理 ままごと屋」「櫛 かんざし美術館」などが併設されています。

写真は創業当時から建っていたと伝えられる「元禄蔵」。
澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|元禄蔵

澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|槽場
元禄蔵のとなりに製造蔵があり、ガラス越しに槽場を見ることが出来ます。

私が見学したのは9月9日でしたが、翌日から甑起こしが始まるとの事。
毎年9月上旬頃に、甑起こしがはじまり甑倒しは4月。5月上旬に最終上槽し年間約6000石の酒を製造しているそうです。

仕込み水には、蔵の井戸と呼ばれる、秩父古生層の岩盤を繰り抜いて得られている水(中硬水)と蔵から約4キロ離れた多摩川対岸の山深くにある井戸水(軟水)を使用。
いずれも鉄分やマンガンといった酒造りに不要な成分が少なく有機物を殆ど含まないという、仕込み水としての要件を高いレベルで満たしているとの事。

かつては新潟の柏崎から杜氏・蔵人がセットで酒造りに来られたそうですが、現在では造り手は社員杜氏にシフト。一応社員杜氏ですが、越後杜氏組合に所属されているとの事。

写真はもう一つのブランド「蔵守(くらもり)」。
澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|長期熟成酒
この酒は「蔵守(くらもり)の会」のみに限定流通している商品。
長期熟成酒で一番古い酒が1999年。新しいもので2009年。
720mlで2千円から3千円くらいの酒。

澤乃井酒造が造る酒は、蔵守のような特徴的な酒も有りますが、全体的には淡麗辛口でスッキリしたタイプが中心との事。 この辺りは新潟杜氏の流れを踏んでいるのかな?と思いました。

訪問の記念撮影。トンネル奥にある水源の井戸に驚く吾郎。
澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|記念撮影

拡大するとこんな感じです。
澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|井戸
写真が秩父古生層の岩盤を繰り抜いて得られている地下水、とても澄んでいます。

見学用にガラス板で仕切られています。左上に案内していただいた蔵人さんが反射しまるで心霊写真のように写っています。

小澤酒造産のトンネルは入り口は怖いものの、天井がコンクリートで舗装されているた安心して中に入れました。
訪問の記念写真はここで驚くしか無いだろうと、撮らせてもらいました。

東京都は西に長いため、西の奥多摩に行けば深い山々がある事は知っていましたが、実際に来てみたらイメージしていた場所と違います。
蔵は風光明媚でとてもいい場所に有り一般の方の蔵見学も可能です。
訪問おすすめの蔵です。




商品の購入・質問は澤乃井(さわのい)|小澤酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0428-78-8215澤乃井醸造元小澤酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 15:00TrackBack(1)東京都の酒蔵巡り

2013年09月09日

嘉泉(かせん)、田むら|田村酒造場

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 331蔵目

嘉泉(かせん)、田むら|田村酒造場

東京都福生市福生626
蔵元のサイト:http://www.seishu-kasen.com/kura/index.html


酒名:嘉泉(かせん)、田むら ■創業:文政5年(1822年)16代 ■杜氏:南部杜氏 ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2013/09/09

代表銘柄
特別本醸造 嘉泉
田むら 純米吟醸 吟ぎんが
田むら 純米吟醸 山酒4号

東京の酒蔵というと皆様はどのようなイメージを持たれているでしょうか?
東京で酒が造れるの?東京に酒蔵があったの?と思われている方も多く、想像がつかないと思いますが、今回訪問した西東京の酒蔵、石川酒造株式会社、田村酒造場、小澤酒造はとても美しい蔵です。
中でも、京都の伏見の酒蔵を思わせるような見事な蔵が、嘉泉(かせん)という名の酒を造る田村酒造場です。

嘉泉(かせん) 田村酒造場|外観
田村酒造場は文政5年、福生村の名主であった田村家9代目、勘次郎氏が創業した190年を超える歴史を持つ蔵元です。
田村家は家全体で16代続き、当主は「半十郎」という世襲名を名乗ります。

勘次郎氏は酒造業をおこすため良い水を求めて色んな場所に井戸を掘ったそうですが、大ケヤキの傍らに井戸を掘ったところ良い水脈に当たったそうです。
良い水を探し当てたことで酒造業を開始し、良き泉であるという事から酒名の「嘉泉(かせん)」が誕生します。屋号は鍵十(かぎじゅう)と名乗っていたそうです。

この地域では小学校の社会の授業で「玉川上水」という、江戸の町に水を供給するため作られた全長約43キロに渡って作られた水路について教わるそうです。その玉川上水から数多くの分水があり、それぞれの地域の田畑に水を供給していたいました。

その分水の1つ、田村分水は慶応3年に田村家が取水件を得て作った分水。
多くの分水がある中、個人の分水というのは田村分水と砂川分水の2つしか存在しなかったそうで、田村家が名主としての力があったことが伺えます。

写真は玉川上水。左手前にある円筒形の構造物がある位置に、田村分水の入り口があります。 嘉泉(かせん) 田村酒造場|玉川分水

写真はかつての精米小屋。
玉川上水から引きこまれ水は、水車を動かしてこの精米小屋の中で米を磨いていたそうです。
嘉泉(かせん) 田村酒造場|昔の精米小屋

写真は精米に使っていたと言えれる石臼。
嘉泉(かせん) 田村酒造場|石臼

蔵の中庭を流れる分水。
嘉泉(かせん) 田村酒造場|庭
緑の芝生、手入れされた木々。 蔵の広大な敷地の中にはご覧のようなお庭が有り、その中を川が流れます。

酒蔵の多くは、財を成した商人や庄屋をルーツとしますが、江戸期から150年過ぎた今、名家の面影を残す蔵は現在では少なくなりました。
私は様々な蔵を見て回りましたが、このような名家が保たれている立派な蔵はなかなか目にしません。しかも東京都の蔵です。
私は今回の酒蔵訪問で東京都の酒蔵のイメージは変わりました。

写真が現在でも酒造りに用いる水を得ている井戸。
嘉泉(かせん) 田村酒造場|井戸
井戸の周囲は多くの木が茂ります。

井戸の傍らには大ケヤキが立ちます。

嘉泉(かせん) 田村酒造場|ケヤキの木

嘉泉(かせん) 田村酒造場|日本酒
手前の黒のラベルは嘉泉 特別本醸造 幻の酒。
奥に見える酒は嘉泉 特別純米酒 幻の酒。

この酒は級別制度が残っていた時代に売れていた酒で、いわゆる無監査の酒。
当時は65%も精米していた米を使い、監査に通せば特急に認定されるクラスの酒ですが、酒税が高くなるので価格を抑えるために監査せずに2級酒として市販。

監査を通さないことで特急酒クラスの酒を安い価格で買えたことから、当時はとても良く売れたそうです。
しかし級別制度が廃止となり無監査である事のメリットがなくなります。
そして現在では精米歩合を60%まで上げ特別本醸造として出荷。
現在でも全体の3割を占める蔵の主力商品の一角との事。

嘉泉(かせん) 田村酒造場|田むら
創業銘柄である嘉泉に対し、平成17年に誕生した新銘柄が「田むら」。

使用する米は、岩手県産の吟ぎんがと山形県産の山酒4号。それらを55%まで精米した純米吟醸。

酵母を3〜4種類使い、それぞれを小仕込みで仕込み、最後に1つにブレンドをするために、独特な複雑な味わいを持つのが特徴。

蔵元直取引による限定流通商品で、地元が中心ながらも北海道から九州まで全国に特約店があるとの事。

六角形の煙突が美しいこの蔵の中で酒が醸されます。

嘉泉(かせん) 田村酒造場|外観

写真は釜場。近代的かつ昔ながらの釜場です。 嘉泉(かせん) 田村酒造場|釜場

嘉泉(かせん) 田村酒造場|麹室

嘉泉(かせん) 田村酒造場|酒母

嘉泉(かせん) 田村酒造場|仕込み部屋

嘉泉(かせん) 田村酒造場|吟醸仕込部屋

嘉泉(かせん) 田村酒造場|槽場

写真は貯蔵タンク。
嘉泉(かせん) 田村酒造場|貯蔵タンク
容量は3380リットルと書かれていますが、小仕込みで造る「田むら」の3仕込み分をブレンドするのに丁度いい大きさのタンクとか。

私が訪問した次期は、まだ製造が行われていませんでしたが写真の通り、とても清潔で散らかった感じは皆無。
ここまで綺麗な蔵は早々ありません。

訪問の証の記念撮影。
嘉泉(かせん) 田村酒造場|記念撮影
限定流通商品、田むらを手に取り感心する吾郎。

正直、訪問して驚きました。 事前に描いていたイメージと、直接現場で見た蔵とイメージが大きく違いました。

綺麗なのは外観だけではなく、蔵の中もご覧のとおり。
特に仕込みタンクは近代化されていて大手の蔵を見ているような感じ。
まだ全国区では名前をきかないものの、要注目の蔵だと思いました。




商品の購入・質問は嘉泉(かせん)、田むら|田村酒造場へお問い合せ下さい。
TEL:042-551-0003嘉泉、田むら醸造元田村酒造場
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 12:00TrackBack(0)東京都の酒蔵巡り

2013年09月09日

多満自慢(たまじまん)|石川酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 330蔵目

多満自慢(たまじまん)|石川酒造株式会社

東京都福生市熊川1
蔵元のサイト:http://www.tamajiman.co.jp


酒名:多満自慢(たまじまん)、たまの八重桜、東京地ビール 多摩の恵 ■創業:文久3年(1863年)18代 ■杜氏:社員杜氏(諸派) ■仕込み水:中硬水 ■訪問日:2013/09/09

代表銘柄
多満自慢 上撰 本醸造
多満自慢 純米大吟醸原酒 秋の慶
多満自慢 純米大吟醸 たまの慶

東京駅から電車で約1時間20分の場所に位置する福生市熊川。
いくら郊外とはいえそこは東京都、往復4車線の国道はトラックなど交通量が多く、車から見える景色はのどかな地方の光景とは異なります。

都会の酒蔵なのでそう敷地は広いはずが無いだろう。昔ながらの建物でこじんまりした酒蔵を想像しながら蔵に向かったのですが、蔵の近くの曲がり角を曲がった途端に景色が一変。

大きな木々が茂り、通りに向こうまで続く白壁の美しい建物。
一瞬、古い城下町にタイムスリップしたかのような錯覚に陥るこの酒蔵は、多満自慢(たまじまん)という酒を造る石川酒造株式会社です。

多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|外観

多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|看板
石川酒造株式会社は文久3年(1863年)に石川和吉氏が創業した現在で18代続く酒蔵です。
石川家は室町時代から続くと言われる長い歴史を持つ家で、蔵のホームページによると江戸時代には庭場という近隣の共同社会の長として、また幕府直轄領熊川村の名主として地域のリーダーの役割を果たしていたと書かれています。

石川家13代目当主の石川 和吉氏が文久3年(1863年)に酒造業を開始。
創業当初の酒名は八重桜(やえさくら)といい、大正8年に「八重梅」に改名。
そして昭和8年、多摩地域だけではなく、より多くの人たちの心を満たすことが出来るようなお酒を目指す、という志より現在の主力銘柄「多満自慢(たまじまん)」が誕生します。

写真は本蔵と呼ばれる建物。
多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|建物
1880年(明治13年)に建てられた土蔵作りの三階建ての蔵。
高さ13メートル、横25メートル、奥行き28メートル。
真夏、外は35度くらい気温があっても、この蔵の中は20〜22度くらいまでしか温度が上がらないとか。
国の有形文化財に指定されていおり、この蔵の中で日本酒の製造・貯蔵が行われています。

写真は石川酒造のシンボルの1つ夫婦欅。樹齢は400年位上との事。
多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|夫婦欅

多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|熊川分水
蔵の中を流れる、玉川上水の熊川分水。

玉川上水とは江戸の町に水を供給するために、1653年に現在の羽村市から約43キロに渡って作られた水路です。

熊川分水は玉川上水からの分水で、熊川村の生活用水を供給するため明治19年から23年にかけて作られた用水路。
かつて石川酒造はこの水を利用し水車を動かし精米をしていたとの事。
玉川上水については、この地域では小学校で習うそうです。

多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|蔵の中
石川酒造では、かつては新潟の松代町(十日町市)から来る越後杜氏が酒造りをされていました。
しかし現在は東京農大で醸造学を学んだ社員が、先代の越後杜氏から技を教わり南部杜氏の勉強会などにも参加し酒造りを継承されています。

酒造りに用いる水は、上総層群東久留米層という地層(地下150メートル)から組み上げてきた地下水を使用。水質は中硬水。

毎年11月の上旬に新酒を出荷するので、それにあわせて秋の早い段階から製造を開始。
甑倒しは毎年2月の中旬から下旬頃。4月には搾りが終わり、年間約1500石の酒を製造。
造られる酒の大半は地元で消費との事ですが、地元が大消費地の東京というだけあって、普通の地方蔵と比べ製造量はかなり多いと思います。

造られる酒は、どちらかというと少し甘口傾向の酒だそうで、淡麗辛口ではなく旨口傾向。
淡麗辛口の酒も造られてはいますが全体としては極味があるタイプ。

今年創業から150週年を迎え、その記念酒として創業銘柄にちなんだ酒「たまの八重桜」を販売。純米酒で米の甘みがある酒との事。

写真はかつて蔵がビールを製造していた時に使用していた麦汁の煮沸釜。
多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|ビール釜
明治時代には日本には100〜150くらいの地ビールメーカーがあったそうですが、石川酒造は明治21年にビール造りを始められたそうです。
写真の釜はその当時のビール造りに用いられていた煮沸釜です。

現存する日本最古のビール釜ではないかと言われています。
石川酒造では明治21年にビールの醸造を始められたそうですが、打栓技術・冷蔵技術が行き届かなかった為、時期尚早と判断し1年でビールの製造をやめてしまいます。
その後、この釜は蔵の敷地の中で埋もれてしまい、忘れ去れた事によって第二次世界大戦の金属回収を免れたそうです。

現在では写真のようの敷地内に展示されていて、中を除くと見学をされてきた方が投げ込んだと思われる小銭が入っていました。

明治時代に早々に撤退したビール事業ですが、平成10年に再びビール事業を開始。
多摩の恵というビールを製造されています。

多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|ビール蔵 入り口
写真はビール工場の入口。

多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|ビール蔵

多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|ビールのラベル

写真は資料館。
多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|資料館

多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|資料館
蔵には資料館が有り、酒造りに関する資料、分水など地域に関する資料、明治時代に製造していたビールのラベルなどが展示されています。

写真は蔵の売店。
多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|売店

多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|日本酒
売店をはじめ、蕎麦・和食やビールが楽しめるレストランも併設されています。

多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|多摩の恵 蔵には全部で6つの文化庁登録有形文化財の建物があり、レストラン・売店・資料館が併設。
NIKKEIプラス1の何でもランキングのコーナーで「蔵見学におすすめの酒蔵」としてもランクインするなど、とても訪問者にオープンな蔵です。蔵見学におすすめする蔵の1つです。

最後に訪問の証の記念撮影。
多満自慢(たまじまん) 石川酒造株式会社|記念撮影
蔵の仕込水、上総層群東久留米層の地下水の美しい味に驚く吾郎。




商品の購入・質問は多満自慢(たまじまん)|石川酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:042-553-0100多満自慢、たまの八重桜、東京地ビール 多摩の恵醸造元石川酒造株式会社
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Posted by 佐野 吾郎 at 11:00TrackBack(0)東京都の酒蔵巡り

2011年10月01日

屋守(おくのかみ) 金婚|豊島屋酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 212蔵目

屋守(おくのかみ) 金婚|豊島屋酒造株式会社

東京都東村山市久米川町3丁目14-10
酒名:屋守(おくのかみ) 金婚 ■創業:慶長年間(1596〜1615年) ■杜氏:社員杜氏(越後杜氏) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2011/10/1

代表銘柄
屋守(おくのかみ) 純米吟醸 無濾過本生原酒
屋守(おくのかみ) 純米 純米無調整生詰
金婚 金印辛口

志村けんさんの『東村山音頭』によって全国に市名が知られる事となった東村山市。
この東村山に酒蔵があります。
金婚屋守(おくのかみ) という名の酒を醸す豊島屋酒造株式会社です。

屋守(おくのかみ)  金婚 豊島屋酒造株式会社|外観
屋守(おくのかみ)  金婚 豊島屋酒造株式会社|外観
屋守(おくのかみ)金婚という日本酒を製造する豊島屋酒造株式会社は昭和12年、会社の分社化により誕生した酒蔵です。

蔵のルーツは慶長年間(1596〜1615年)にさかのぼります。
徳川家康が江戸に入り、江戸の街がにぎやかになる頃、
江戸は神田の鎌倉河岸(首都高の神田橋インターチェンジ付近)で豊島屋十右衛門氏が始めた居酒屋からスタートします。

江戸時代、日本酒は「酒樽」で流通されていましたが、お酒ではなく「酒樽」にも値打ちがあり、空いた酒樽を転売したらお金になったそうです。

豊島屋は何処よりも安い価格で酒を提供、
酒を薄利で販売しても、樽が空けば空くほど儲かるというビジネスモデルを発見します。

飲みに行く人間から見れば、少しのお金で沢山飲めるわけですから、皆さん豊島屋さんに酒を飲みに行きます。
とても良い好循環が生まれて商売は繁盛。

当時の商売というのは、家を継ぐ長男意外は「暖簾分け」といって本家以外の商いで独立させる事が多く、代を重ねるにつれ鎌倉河岸一帯は一族による様々な店が並んでいたそうです。
やがて自分でも酒を造ろうとなり江戸期に白酒の製造と販売を開始。

明治時代に入り3社共同による酒蔵を灘で開始。
大正天皇ご成婚に授かり現在の主力銘柄「金婚正宗」が誕生します。

一時、蔵は府中に移転したそうですが、良い環境を求め東村山にあった酒蔵を買い取る形で現在の場所に移転します。
昭和12年に酒蔵が分社化し、現在の豊島屋酒造株式会社が誕生します。

写真は豊島屋酒造株式会社の次期後継者、田中孝治さん。
屋守(おくのかみ)  金婚 豊島屋酒造株式会社|田中孝治さん
現在の豊島屋酒造の主力銘柄は、金婚正宗と地酒専門店への限定流通銘柄、屋守(おくのかみ)

田中孝治さんに東京に日本酒ついてきいてみました。

日本酒というと東北や新潟のお酒が美味しいイメージされている方が多く、東京で美味しい日本酒なんて造れるの?
と思っている方が多いと思います。しかし飲んでいただけると納得の酒を造っています。
イメージと酒の味とのギャップに驚かれる事を蔵元サイドから観ていて楽しい。

そして日本最大のマーケットに一番近い所で商売をしているため情報や流行の流れをダイレクトに、しかも早くキャッチすることができます。
有名飲食店や地酒専門店が密集しているので、電車一本で日帰りでリサーチ出来ます。
東京ならではの利点を活かし酒造りをしています、との事。

江戸初期から商いをされているだけあって、例えば金婚正宗は初詣で毎年日本一の参拝者が訪れる明治神宮の御神酒に採用されているとの事です。
市場が大きいだけあって、お正月の明治神宮だけでもかなりのお酒が売れているそうです。

写真は釜場です。連続蒸米機を使用されています。 屋守(おくのかみ)  金婚 豊島屋酒造株式会社|釜場

写真は麹室。
屋守(おくのかみ)  金婚 豊島屋酒造株式会社|麹室
料理の隠し味に日本酒が使われていますが、食品メーカーが造る食材・調味料にも日本酒が使用されています。
東京周辺には食品関係の大手企業が存在し、距離的に近いという理由で、大手企業から調味料の隠し味としてこの蔵で製造されているお酒が採用されているそうです。
その為、通年で日本酒を製造する必要があり、麹室は1年中休まず稼動しているとの事。
東京には地方では思いつかないような需要がありますね。

写真は仕込み部屋です。
屋守(おくのかみ)  金婚 豊島屋酒造株式会社|仕込み部屋
屋守(おくのかみ)  金婚 豊島屋酒造株式会社|モロミ
通年で稼動しているため、私が訪問した10月1日にはモロミが湧いていました。

写真は槽場です。
屋守(おくのかみ)  金婚 豊島屋酒造株式会社|槽場
豊島屋酒造の社是というべき言葉が「感謝と向上心」。

お酒を造れる喜び。
その先に小売店がいて、飲食店がいてお客様がいて初めて酒造りが出来る。

東京は都会故に田んぼが少なく、酒造りに必要なだけの充分なお米がありません。
先ずは農家に方にお米を造っていただける事から感謝しなくてはいけません。
次に大消費地に近い場所に酒蔵が有るため、小売店、飲食店、お客様との距離も近くなります。

農家の方が手塩にかけて作られた米を頂いて、お酒という違うものに形を変え販売店に手渡す。

すべての方が飲んで良かった、扱って良かったと思っていただきたい。
酒を飲んでいただいた際に、感謝の気持が伝わる酒を造りたい。
その為には一歩でも半歩でも前に出る勇気が必要。

気持ちのレベルが潤う会社にしていきたい。
そう語って頂きました。

訪問の証の記念撮影は仕込み部屋にて撮影。 屋守(おくのかみ)  金婚 豊島屋酒造株式会社|記念撮影
まだ多くの酒蔵が今季の酒造りを開始していない10月1日、既に湧いているモロミに遭遇。
東京には様々な需要がある事に感心する吾郎でした。




商品の購入・質問は屋守(おくのかみ) 金婚|豊島屋酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:042-391-0601屋守(おくのかみ) 金婚醸造元豊島屋酒造株式会社
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Posted by 佐野 吾郎 at 17:00TrackBack(0)東京都の酒蔵巡り

2011年05月11日

丸眞正宗(まるしんまさむね)|小山酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 172蔵目

丸眞正宗(まるしんまさむね)|小山酒造株式会社

所在地:東京都北区岩淵町26-10
代表銘柄:丸眞正宗(まるしんまさむね)
創業:1878年(明治11年)4代
杜氏:社員杜氏
仕込み水:中硬水
訪問日:2011/5/11

代表銘柄
丸眞正宗 本格辛口
丸眞正宗 吟醸辛口
丸眞正宗 純米吟醸

東京都内23区にも酒蔵があります。
丸眞正宗 小山酒造株式会社|蔵の外観

東京メトロ 南北線の赤羽岩淵駅から徒歩で約5分。
都会の住宅地の中、都内23区に残る唯一の酒蔵、小山酒造株式会社が存在します。

小山酒造株式会社は明治11年に小山新七氏によって創業した現在4代続く造り酒屋です。

埼玉県の造り酒屋、小山本家酒造(世界鷹グループ)の家に生まれた新七氏は、成人し独立するにあたり、実家から離れた東京の岩渕という地で酒造業をおこします。


丸眞正宗 小山酒造株式会社|看板

創業当初の酒名は現在と同じ「丸眞正宗」。
蔵に残る古い柱に「小山酒造場」と書かれているので、屋号は「小山酒造場」と呼ばれていたのだと思われます。


かつての蔵の周囲を撮った写真。昭和中期頃の写真でしょうか? 丸眞正宗 小山酒造株式会社|昔の景観

この街はかつて宿場町で、荒川の船着場がある事によって蔵の周囲はとても栄えていたようです。

同時に水もよく、この場所に造り酒屋を作ることを決めます。

現在の製造国数は年間で400石、最盛期はその20倍の8千石くらいを製造していたようです。

ちなみに東京都の造り酒屋ですが現在は9社しか残っていませんが、昭和55年にはその倍の18社残っていたそうです。


写真は釜場です。 丸眞正宗 小山酒造株式会社|釜場

蔵は平成14年に新しく建て直し、3期醸造が可能。

地下130メートルを流れる浦和水脈秩父山系の伏流水を汲み上げて酒造りに用いています。


丸眞正宗 小山酒造株式会社|蔵の経緯



丸眞正宗の味の特徴は「辛口」。 丸眞正宗 小山酒造株式会社|商品

仕込み水は中硬水であることから発酵力が強く、水の持ち味を活かした辛口の酒が主体。

江戸時代から東京は日本酒の大消費地であった訳ですが、地元の東京の酒というのは必ずしも有利ではなかったようです。

というのは東京市場では灘や伏見の「下り酒」が重宝されていて、中央区の新川に下り酒の集積地があり、東京市場で力を持つ大きな酒問屋がそこに集中していました。

それらの有力な酒問屋に取り行ってもらうことが困難であったようです。
その影響なのか、灘の酒と共通点である辛口の酒を造る蔵になったのではないでしょうか。

スッキリ系とはやや異なる、骨格のある辛口の酒です。


丸眞正宗 小山酒造株式会社|記念撮影

最後に訪問の証の記念撮影です。

小山酒造は一般の方の蔵見学も可能。
展示館があり昔ながらの道具が陳列されていました。

古い道具を手に取り驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は丸眞正宗(まるしんまさむね)|小山酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:03-3902-3451 丸眞正宗醸造元 小山酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 17:00TrackBack(0)東京都の酒蔵巡り