2013年11月30日

風が吹く|合資会社白井酒造店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 349蔵目

風が吹く|合資会社白井酒造店

福島県大沼郡会津美里町永井野字中町1862


酒名:風が吹く、萬代芳(ばんだいほう) ■創業:1700年代中〜後期頃 9代 ■杜氏:蔵元杜氏 ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2013/11/30

代表銘柄
風が吹く 山廃仕込み 純米吟醸生酒
風が吹く 山廃仕込み 純米生酒

美里町から風が吹く、
会津の新進気鋭、合資会社白井酒造店風が吹く 合資会社白井酒造店|外観
合資会社白井酒造店は江戸末期に白井忠太氏が創業した現在で9代続く酒蔵です。

忠太氏は蔵の2〜3軒隣にある油屋の出身で、酒蔵をするように言われたことから分家されました。 創業時期はよく分かっていないそうですが、忠太氏が亡くなられたのが天明6年11月(1786年)と記録に残っていることから、1700年代の中期頃に創業されたのではないかとのことです。

創業当初の屋号は「宮川屋」といい、これは蔵の近くを流れる宮川から付けられた屋号です。

現在の主力銘柄の一つ、萬代芳(ばんだいほう)は5代目の泰三氏が灘の酒蔵で修行した際に貰った酒名だそうです。

もともとは萬代(ばんだい)という酒名を貰って帰って来たそうですが、既に他社が萬代(ばんだい)で商標登録していたことから萬代芳と書いて「よろずよし」と読む酒名が誕生したそうです。

その後、第二次大戦後に現在の読み方である萬代芳「ばんだいほう」に改められたそうです。

写真は古くから残っている蔵の看板。
風が吹く 合資会社白井酒造店|看板

写真の方が9代目蔵元、白井栄一さん。
風が吹く 合資会社白井酒造店|蔵元
そして今、売り出し中の「風が吹く」は平成17酒造年度に9代目蔵元、白井栄一さん立ち上げた新しい銘柄です。

大学卒業後すぐに蔵に戻って来た栄一さんですが、当時はコシヒカリがとても良く売れていた為、酒米を作っていた契約農家がどんどん減り、地元産の五百万石の入手が困難だったそうです。

こうした状況が続き、どうしようかと考えていた時に「直接契約でしたら作りますよ。」と、有機栽培を手掛けている近所の農家さんから声が掛かったそうです。

そして平成13年に有機栽培の五百万石を60%に精米したもので純米酒を製造されました。

更に翌年には、折角有機で栽培した米なんだから乳酸を添加しない山廃で造ってみてはどうか?という考えが生まれます。
地元の精進料理のお店で農家や立ち上げに関わった酒販店と食事会をしている際に、どうせ造るなら酒名も変えて新しいブランドを立ち上げましょうという話に発展します。

丁度、そのお店の障子に「風が吹く」という言葉が書かれていたことから、蔵元は酒名に「風が吹く」を考えられます。
そして障子に書かれていた自体も良かったことから、蔵元は精進料理の店主に事情を説明し、「しっかりと良いお酒が出来た際に酒名として使いたいので障子ごと頂けませんか?」とお願いしたところ、快諾して下さったそうです。

それから2年経過した平成17年。
蔵元が納得する良い酒ができたことから、「風が吹く」が誕生しました。

写真は釜場。
風が吹く 合資会社白井酒造店|釜場

仕込み部屋です。
風が吹く 合資会社白井酒造店|仕込み部屋

風が吹く 合資会社白井酒造店|槽場
酒造りに用いる米は有機栽培の五百万石が中心で、全体の約7割を占めます。
残り2割が一般米、1割が山田錦や夢の香を使っているとのことです。

昔は南部から杜氏が来て酒造りをされていたそうですが、杜氏が高齢化し、3年前から造りのスタートと終盤の時だけサポートして貰い、それ以外の期間は蔵元と地元雇用の蔵人のみで酒造りをされています。

「風が吹く」は最初は山廃しか無かったそうですが、レパートリーが徐々に増えるに連れ、山廃ばかりだと飲み疲れするとの理由で速醸で造った酒も少しはあるそうです。

蔵が目指す酒質は「味わいは深いけど重くない酒」。
そのバランスを目指し、毎年試行錯誤しながら酒造りをされているそうです。

また出荷される酒の大半は生酒です。理由はいくつかあって、一番の理由は生にすることで蔵の中に緊張感が生まれるからだそうです。
生で囲うとなると、蔵の中でも冷蔵保存が必須となり、出荷先の酒販店も冷蔵庫で酒を保管しなくてはいけません。
言い方を変えると生で出荷することによって、皆が冷蔵管理してくれることになり、品質の向上に繋がります。
それと、貯蔵スペースに限りがある為、完成した酒は出来るだけ早く出荷したいという理由もあるそうです。

訪問の証の記念撮影。
風が吹く 合資会社白井酒造店|記念撮影
昔ながらの酒蔵に感心する吾郎。

この蔵で注目の酒は「山廃仕込み純米しずく採り」。
槽で搾る際に酒袋を約1日吊るして自然落下する酒を採取したお酒で、値段は1800mlで2940円。
3000円を切る価格設定で、通常の槽で搾ったお酒より100円高いだけです。

一般的に雫酒となると大吟醸酒や吟醸クラスの酒が中心になりますが、純米酒というスペックでは珍しく、これほど価格が手頃になると日本酒ファンの多くは興味を持たれるのではないでしょうか。

今、福島県から次々に新進気鋭の蔵元が表れ始めましたが、「風が吹く」も注目の存在と言えます。まだまだ出回っていないお酒なので、どこかの居酒屋で見掛けられた際には是非一度飲んで頂きたいです。




商品の購入・質問は風が吹く|合資会社白井酒造店へお問い合わせ下さい。
TEL:0242-54-3022風が吹く、萬代芳(ばんだいほう)醸造元合資会社白井酒造店
ここに書かれているデータは筆者が訪問した時点の情報でございます。   

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2013年11月29日

會州一(かいしゅういち)|山口合名会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 348蔵目

會州一(かいしゅういち)|山口合名会社

福島県会津若松市相生町7−17


酒名:會州一(かいしゅういち) ■創業:寛永20年(1643年)15代 ■杜氏:社員杜氏 ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2013/11/29

代表銘柄
會州一 純米酒
會州一 純米吟醸
辛口 會州一

会津松平家初代、保科正之氏が藩主として会津に来たのが1643年。

その同じ年に、鶴ケ城から距離にして約2キロの場所に創業したのが會州一(かいしゅういち)という名の酒を造る山口合名会社です。
會州一(かいしゅういち) 山口合名会社|外観
山口合名会社は寛永20年(1643年)に山口儀兵衛氏が創業した現在で15代続く酒蔵です。

会津に来る以前、儀兵衛氏は山形で商いをされており、その時代の山形藩主は保科正之氏でした。

保科正之氏は1643年に山形から会津若松へやって来ますが、儀兵衛氏はその際に共に付いてきた御用商の一人だそうです。

創業当初は、今より少し離れた場所で、小さな敷地で商いをされていました。

蔵が大きく発展したのは江戸後期の8代目儀兵衛氏の時代。
蔵を今の場所に蔵を移転しました。約1600坪の敷地には11棟の建物があったそうです。

そして会津藩の領内酒造元総取締役という、酒造株を持つ株仲間を仕切るような存在に出世します。今で例えると酒造組合長に似ているのかも知れません。

會州一(かいしゅういち) 山口合名会社|天守閣が見える街

前の日に訪問した大和川酒造で会津藩の酒造許可証には「酒箒(さけほうき)」と記載されている、という話を聞きました。

会州一の蔵元のお話によると、会津地方では、株のことを掃除をする時に使う「箒(ほうき)」と言い、株を2株持っていることを「箒2本」と言ったそうです。

蔵の商売は順調に進むのですが、やがて幕末の会津戦争を迎えます。
籠城戦となったことから蔵の周囲は新政府軍に占領され、蔵の建物は強制的に新政府軍の屯所として使用されたそうです。
戦争による消失は逃れ、戦後には土地建物は全部返して貰えたものの、金目の物は全部無くなっていたとか。

会津戦争以降は酒造りを再開し、商売が繁盛したようで、明治時代には伊藤博文や谷干城(たにたてき)がこの蔵を訪問されたそうです。

そして昭和初期には全国清酒品評会で全国1位に輝きます。
東北の酒蔵の中で、この時代に全国1位になった蔵は数社しかなかったそうです。

昭和19年に山口儀平商店から山口合名会社となり、最盛期の昭和40年には3000石の酒を製造されていたそうです。

昭和後期頃から特定名称酒造りにも力を入れ、平成元年から福島県・東北鑑評会では金賞受賞の常連に。
優れた杜氏にも恵まれ、蔵元の話によると南部美人の前杜氏で現代の名工、勲六等瑞宝章を受賞した山口一杜氏やかつて飛露喜で酒造りをしていた杜氏も、この蔵出身だそうです。

平成10年以降は全国新酒鑑評会で金賞の常連になります。
会津の老舗蔵として順調に成長を続け、特定名称酒造りも起動に乗っていたのですが、平成17年に関連事業(温泉旅館)が破綻。
1600坪の敷地を持つ蔵がホテル事業の担保に入っていた為、経営危機を迎えます。

敷地は生協が買い取る事になりましたが、蔵の建物が会津若松市の歴史的景観指定建物に指定されていたことと、存続を望む市民の声から蔵の建物の一部を地域のコミュニティーなどに使用する施設とし保存されることになりました。

酒造りは平成17年・18年と休業した後に、平成19年より規模を縮小し再開されました。
1600坪あった蔵の敷地は60坪となり、石数は休業前の500石から160石となりました。

會州一(かいしゅういち) 山口合名会社|かつての外観

會州一(かいしゅういち) 山口合名会社|蔵保存について

写真の方は15代目蔵元、山口佳男さん。
會州一(かいしゅういち) 山口合名会社|山口 佳男蔵元

會州一(かいしゅういち) 山口合名会社|商品
酒名「会州一(かいしゅういち)」の会州とは、会津のことです。
長門国を「長州」、土佐を「土州」と呼ばれたのと同様、会津は「会州(かいしゅう)」と呼ばれていたそうで、会津で一番の酒という意味を持つ、この蔵に長く続く酒名です。

現在、蔵で一番売れている酒が、上記写真の会州一純米酒。
その前は会州一辛口という酒が人気で、燗酒にして美味しいことから地元の飲食店を中心によく売れていたとのことです。

写真は釜場。
會州一(かいしゅういち) 山口合名会社|釜場
休業から復活した年は約8割が普通酒だったそうですが、今では製造量も少し増え、造る酒の種類は特定名称酒が主体です。

昨年は10月25日から酒造りが始まり、終了は4月の上旬頃の予定です。
製造石数は約200石で、総仕込み本数タンク18本のうち普通酒は3本のみ。
2本が大吟醸で、残る13本は純米吟醸、純米酒、特別純米酒だそうです。

甘口のお酒が多いと言われる会津地方の地酒の中で、会州一が目指す酒は、飲み始めはスッキリしているものの旨味がしっかりと残るお酒。
しっかりとした味を持ちつつも口当たりはさらりと飲みやすい酒だそうです。

最後に訪問の証の記念撮影。 會州一(かいしゅういち) 山口合名会社|記念撮影
平成25年(酒造年度は平成24年)の全国新酒鑑評会の金賞受賞の表彰状に感心する吾郎。

この蔵は造り手に恵まれているのか、水に恵まれているのか、以前から全国の鑑評会でも金賞受賞が多く、設備を大幅に縮小された今の体制でも手堅く金賞を受賞されています。

現在は地元への出荷が大半ですが、酒造りの腕は確かですので、今後全国市場向きのお酒を造り始めると、製造量が少ない事もあるのでたちまち蔵が凄いことになるかも知れません。

波瀾万丈な歴史を辿ってきた老舗の酒蔵。
かつての栄光を取り戻すことは出来るのでしょうか?
今後の躍進を見守りたい酒蔵です。




商品の購入・質問は會州一(かいしゅういち)|山口合名会社へお問い合わせ下さい。
TEL:0242-25-0054會州一醸造元山口合名会社
ここに書かれているデータは筆者が訪問した時点の情報でございます。  

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2013年11月29日

峰の雪(みねのゆき)|有限会社峰の雪酒造場

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 347蔵目

峰の雪(みねのゆき)|有限会社峰の雪酒造場

福島県喜多方市桜ヶ丘1丁目17番地
蔵元のサイト:http://minenoyuki.com/


酒名:峰の雪(みねのゆき)、花織(かおり) ■創業:昭和17年(1942年)4代 ■杜氏: 蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2013/11/29

代表銘柄
峰の雪 純米 醇
峰の雪 yamatoya’s zennai(ヤマトヤゼンナイ)
会津のはちみつ酒 美禄の森

峰の雪(みねのゆき) 有限会社峰の雪酒造場|外観
有限会社峰の雪酒造場は昭和17年に、佐藤信八氏が創業した現在で4代続く酒蔵です。

会津若松の酒蔵に生まれた信八氏は、喜多方にあった大和錦という蔵に婿入りされ、その大和錦から分家をするという形で昭和17年に現在の場所に誕生。

当時は大和錦第2工場という存在で、本家である大和錦は地元向けの酒を製造・販売し、こちらは東京向けに製造・販売していた「峰の雪」という酒を製造されていたそうです。

本家になる大和錦という蔵は、今から10代ほど前に大和川酒造から分家独立して出来た蔵とのこと。なので遠いルーツは1600年頃に奈良から製綿の技術を持って会津に移り住んできた綿商人のようです。

昭和30年に法人化し、有限会社峰の雪酒造場に社名変更。
大和錦の第2工場という存在から独立した蔵へと変化していきます。

写真の方は4代目蔵元、佐藤健信(けんしん)さん。
峰の雪(みねのゆき) 有限会社峰の雪酒造場|佐藤健信蔵元

峰の雪では東京に出荷する酒を専門に製造していたという経緯から今でも最も製造量が多いレギュラー酒(普通酒)は地元では殆ど販売しておらず東京を中心に出荷されているとのこと。

ただ普通酒の需要が年々減少しつつあり、それではいけない、と健信(けんしん)さんの代から特定名称酒の製造に着手。

健信さんは6年間、新潟の酒蔵で酒造りや営業等の仕事をされた後、2010年に蔵に帰って来られます。
その後、福島県の日本酒関係者の多くが通う清酒アカデミーに3年間通い2013年の3月に卒業。

一定期間、越後杜氏の下で酒造りをした実務経験があるため、越後杜氏組合に入る資格を持っているものの流派としては無所属。

現在は、峰の雪 純米吟醸、純米酒 醇、ヤマトヤゼンナイという名称の特定名称酒を地元を中心に製造・販売されています。

一般的には普通酒が地元で特定名称は首都圏、という蔵が多いのですが、峰の雪はその逆。
地元には特定名称酒、首都圏は普通酒が売れているという、珍しい現象が起きています。

峰の雪(みねのゆき) 有限会社峰の雪酒造場|商品

東京市場に酒を売っていたという経緯から、元々造られていた酒は淡麗辛口の酒だったそうです。

それに対し、今展開中の特定名称酒は「飲んで峰の雪とわかる酒」を目指されているとのことです。

健信さんは様々な日本酒を飲まれた結果、甘いお酒が好きだそうで、飲みやすい酒質が第一条件である中、「甘くて旨い酒」を造ることを目標とされているそうです。

お酒は嗜好品です。人それぞれ好みが違うものです。
10人が飲んで10人近くが美味しいと言ってくれる酒ではなく、10人が飲んで5人から美味しくないと思われても、一人がドハマりしてしまう酒。
そういう酒を造っていきたいとの事です。

写真は釜場。
峰の雪(みねのゆき) 有限会社峰の雪酒造場|釜場

写真は麹室。
峰の雪(みねのゆき) 有限会社峰の雪酒造場|麹室

写真は仕込み部屋。
峰の雪(みねのゆき) 有限会社峰の雪酒造場|仕込み部屋

写真は、はちみつを原料に醸造したミードと呼ばれる酒。
峰の雪(みねのゆき) 有限会社峰の雪酒造場|はちみつのお酒
峰の雪は日本酒以外に「ミード」と呼ばれる、はちみつを発酵した酒を製造されています。

これはリキュールではなくきちんと醗酵させて醸造しているお酒です。
ミードはクレオパトラの時代から製造されていた、と伝えられている世界最古のお酒です。

はちみつを水で薄めて、酵母を入れれば糖分は十分にあるため、発酵が始まるそうです。
アルコール度数は約10度。

オリを取るために上澄みだけを抜いてフィルターで濾すとの事。

5年前に製造を始められたそうで、同時期に石川県の天狗舞でもミードの醸造を開始。
その他にも高知県の菊水酒造が製造。判っている範囲では国内で3社しか造っていないそうです。

最後に訪問の証の記念撮影。
峰の雪(みねのゆき) 有限会社峰の雪酒造場|記念撮影
不思議な甘さがする酒、ミードに感心する吾郎。

最近、福島県から若手の酒蔵の台頭が目立っていますが、蔵に帰ってきて3年目という健信さんが造る峰の雪もそんな新進気鋭の一社。

今はまだ知られていない存在ですが、いずれ全国の地酒専門店で目にするような銘柄になるのは時間の問題かと思われます。
日本酒ファンの皆様、要注目のお酒です。




商品の購入・質問は峰の雪(みねのゆき)|有限会社峰の雪酒造場へお問い合わせ下さい。
TEL:0241-22-0431峰の雪、善内、花織、美禄の森醸造元有限会社峰の雪酒造場
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2013年11月29日

奈良萬(ならまん)|夢心酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 346蔵目

奈良萬(ならまん)|夢心酒造株式会社

福島県喜多方市字北町2932
蔵元のサイト:http://www.yumegokoro.com/index01.html


酒名:奈良萬(ならまん)、夢心(ゆめごころ) ■創業:明治10年(1877年)6代 ■杜氏:社員杜氏(諸派) ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2013/11/29

代表銘柄
奈良萬 純米吟醸
奈良萬 純米生酒 無濾過生原酒
夢心 会津金印

奈良萬(ならまん) 夢心酒造株式会社|外観
夢心酒造株式会社は明治10年(1877年)に東海林萬之助(しょうじまんのすけ)氏が創業した6代続く酒蔵です。

萬之助氏は11代続いている東海林家の6代目で、家は土建業(今で言うゼネコン)のような仕事をされていたそうで、道を作った時に、代金は山など土地で頂いていたそうです。

そんなことから代々、土建業で得た土地を含め資金があり、明治の免許緩和の際に酒造免許を手に入れて酒造業に参入されたのではないかとのことです。

創業当時の屋号は「奈良屋」。
喜多方には奈良萬を含め大和川、香具山、大和錦など奈良に関する酒名の酒が多く、蔵元に屋号の由来を質問してみましたが、今ではわからないそうです。

後日、大和川酒造の9代目蔵元、佐藤彌右衛門氏にきいたところ、奈良の大和川沿いでは綿花の栽培と製法の技術を持った人々が住んでいて1600年代に奈良から会津へ移住してきた人がいたとのこと。
そういう人が複数いたのか、分家を続けて広がったのかはわかりませんが、喜多方に奈良にゆかりのある蔵元が多いことには、そういう背景があるようです。

現在の酒名「夢心」は酒造業を創業した萬之助氏の息子、萬次郎氏の時代に誕生した銘柄。
萬次郎氏の夢枕に神様が立って酒名に「夢心とつけなさい」と言われた、というのが酒名誕生の由来だそうです。

写真の方は6代目蔵元、東海林伸夫さん。
奈良萬(ならまん) 夢心酒造株式会社|蔵元
そして、もう一つの主力「奈良萬」は6代目蔵元の代に誕生した銘柄。

先代から学校卒業後は「2年間だけ自由にさせてやる」と言われ、写真が好きだった伸夫さんは写真関係の会社で働かれたそうです。
1995年、蔵に戻ってきた当時は普通酒を中心に約1万石を製造する蔵だったそうです。

しかし、 普通酒がどんどん縮小していく時代。
生き残るために、当時売れていた有名地酒などを参考に、きっちりと日本酒を販売する専門店に限定し出荷する商品、奈良萬を立ち上げます。

地酒業界が純米方向に流れつつあると感じ、奈良萬ブランドに関しては全量純米です。
地元向けの夢心ブランドと、限定流通の奈良萬の2つのブランドで展開されています。

写真は釜場。
奈良萬(ならまん) 夢心酒造株式会社|釜場

酒の造り手ですが、かつては越後杜氏が酒造りをされていたそうです。今はその流れを汲んだ社員によって造られています。

仕込み水は飯豊山(いいでさん)の伏流水。
扇状地である喜多方の地下を流れる飯豊山の伏流水は、100年かけて地下に染みこんだ軟水で、出来上がるお酒は自然とまろやかになるとのことです。

写真はKOS製麹機。
奈良萬(ならまん) 夢心酒造株式会社|KOS製麹機

写真は仕込み部屋を上から撮影したもの。
奈良萬(ならまん) 夢心酒造株式会社|仕込み部屋 上から

で、こちらは仕込み部屋を下から撮影。OSタンクが使用されています。
奈良萬(ならまん) 夢心酒造株式会社|仕込み部屋 下から
醸造設備は山形の酒蔵、大山が設計したOSタンク、KOS製麹機が使われていました。

造りのスタートは10月中旬からで、甑倒しは2月中旬。 3月には製造が終わり、年間で約2千石の酒を製造されているそうです。

酒造りに用いる米は奈良萬に関しては全て五百万石。
夢心も普通酒には地元のチヨニシキを用いますが、概ね地元産の五百万石が中心。
山田錦は殆ど使われないそうです。

というのは平成の初め頃、YK35(山田錦、9号酵母、35%精米)が鑑評会を席巻していた時代、夢心酒造では五百万石で3年連続全国新酒鑑評会で金賞を受賞した事があったそうです。

五百万石でも山田錦と同等の評価が得られるお酒を造ることが出来た自信から、地元産の五百万石を中心に用いられているとのことです。

特に奈良萬に関しては全量が五百万石。
他社では米違いによって酒のレパートリーを広げられている蔵が多いかと思われますが、奈良萬では製造手法を変えることでレパートリーの幅を広げています。

例えば火入れ方法や搾り方の違いで、生・おりがらみ・1回火入れビン貯蔵、生貯蔵、冷やおろしのような生詰め・2回火入れ。と一つの醪(もろみ)から6種類のお酒を造り分ける事が出来ます。

それぞれ味が異なるため、蔵元の話によると単一の米でも味のレパートリーを広げることが出来るそうです。

訪問の証の記念撮影。
奈良萬(ならまん) 夢心酒造株式会社|記念撮影
奈良萬を手に取り笑顔になる吾郎。

バラエティーに富んだ福島県の地酒の中、夢心酒造が目指すのは「本物の喜多方の酒」。
原材料は全て地元産、酵母も福島県で造られた「うつくしま夢酵母」、喜多方の水を用いた喜多方でしか醸すことが出来ない酒。

綺麗で、味わい、切れがあり、ずっと飲んでいられる酒。
華やかなお酒ではなく、穏やかな香りの食中酒。

喜多方・会津でお酒を売っているお店には、必ずと言って良い程夢心が並んでいます。
蔵元は地元では普通酒を一生懸命売っていき、県外には本物の喜多方の地酒を広めていきたいとのことです。

喜多方に沢山ある酒蔵の中でも、奈良萬は首都圏を始め全国の日本酒市場で名が知られるようになった存在です。
訪問して改めて思ったのですが、今度居酒屋などで見掛けた際は、食事と一緒にゆっくり楽しんでみたいと思いました。




商品の購入・質問は奈良萬(ならまん)|夢心酒造株式会社へお問い合わせ下さい。
TEL:0241-22-1266奈良萬、夢心醸造元夢心酒造株式会社
ここに書かれているデータは筆者が訪問した時点の情報でございます。  

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2013年11月28日

蔵枠(くらしっく)|小原酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 345蔵目

蔵枠(くらしっく)|小原酒造株式会社

福島県喜多方市南町2844
蔵元のサイト:http://www.oharashuzo.co.jp/


酒名:蔵枠(くらしっく)、國光(こっこう) ■創業:享保2年(1717年)10代 ■杜氏:社員杜氏(諸派) ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2013/11/28

代表銘柄
蔵粋 アマデウス 特別純米酒
蔵粋 純米アリア
蔵粋 純米協奏曲

蔵とラーメンの街、福島県喜多方。
会津若松と米沢を結ぶ街道として栄え、広大な盆地から豊富に穫れる米と、飯豊山系の地下水が豊富であることから、今でも8社の酒蔵が存在しています。

その中の1社、徳川吉宗が将軍だった享保時代から続く300年近い歴史を持つ蔵が小原酒造株式会社です。

蔵枠(くらしっく) 小原酒造株式会社|外観
小原酒造株式会社は享保2年(1717年)に小原嘉左衛門(おはらかざえもん)氏が創業した10代続く酒蔵です。

創業者がどういう経緯から酒造業に参入したのかは分かりません。
かつての屋号は山形屋と言い、味噌や醤油なども取り扱われていたようで、酒造業は事業の中の一つという位置付けで行われていたそうです。

蔵に残る大正時代に撮られた写真によると「國光(こっこう」「イチマル」という酒名の酒を造っていたことが分かります。 また杜氏の隣には大きな犬が写っていて、蔵元の話によると杜氏は飼っている犬まで連れてきていたとのことです。

かつての杜氏は蔵人はもとより、ご飯を炊いたり洗濯したりする人まで引き連れて蔵に来ていたという話を聞いたことがありますが、飼っている犬まで連れて来たという話は初めて聞きました。

蔵枠(くらしっく) 小原酒造株式会社|釜場

現在の代表銘柄、蔵枠(くらしっく)は平成元年に誕生したモーツアルトを聴かせて醗酵させたお酒です。

蔵元が昭和62年に東京の滝野川にあった醸造試験所で勉強をされていた時、第6研究室というところで酵母の実験が行われていたそうです。

酵母に紫外線を当てたり超音波を当てたりして、突然変異が起こらないかという実験をしていたのですが、耳に聞こえない音ではなく聞こえる音でも実験してみようと、酵母に様々な音を当てて醗酵させてその結果を調べることになったそうです。

ノイズ、クラシック音楽など様々な音を当てて酵母の死滅、増殖速度のデータを取ったところ、クラシックを掛けたグループ(バッハ ベートベン モーツアルト)の酵母が増殖において最も良い数字が出たとのことです。

次に実際の仕込みのサイズでクラシックのグループだけに同様の実験したところ、モーツアルトを聞かせた醪の酵母の増殖速度が最も早く、香りも綺麗な酒が出来たという実験結果を知り、モーツアルトを聴かせて醗酵せる酒の製造を考えます。

しかし、そんな蔵元の考えに周囲は反発。
当時は、南部杜氏が酒造りをされており、杜氏が「クラシック音楽なんかが流れていたら気になって仕事の邪魔になる。演歌だったらいいけど」と言われたとか。

そういう杜氏を説得し、平成元年に本醸造のタンク1本だけにモーツアルトを聴かせて発酵させた酒、蔵枠(くらしっく)ブランドが誕生します。
同時に、地元レギュラーの國光など全製造を特定名称酒にスペックアップされました。

この酒を売り込もうと、蔵元は問屋まわりをしたのですが、当時の日本酒業界はリベート・条件が幅を利かせていた時代。
蔵元はクラシック音楽を聴かせた酒は、リベートや条件を出さずに販売する方針でいた為、問屋まわりをして売り込んでも相手にされなかったそうです。

しかし、吟醸酒ブームが起こり、「良いお酒があれば持って来て下さい」と言ってくれる小売店が現れるようになり、地酒の販売にやる気のある小売店から注文が入るようになったとのことです。
そして翌年には「純米を造って欲しい」「吟醸は無いのか?」などのリクエストに応える形でラインナップを増やし、やがて蔵の主力銘柄に変わっていったそうです。

その後2009年には全量純米化。
地元レギュラー酒も純米化したので、國光 純米酒は一升瓶で1943円とお買い得です。

写真は麹室の外観。
蔵枠(くらしっく) 小原酒造株式会社|麹室の入り口
外がレンガで覆われた麹室です。
古い酒造りの様子が描かれた絵を見ると、麹室は土壁で覆われていますが、明治から大正、昭和初期には外をレンガで覆った麹室があったようです。
古い建物をそのまま使っている蔵に行くと、時々、レンガ造りの麹室を見ることが出来ます。

蔵枠(くらしっく) 小原酒造株式会社|麹室

写真は仕込み部屋。
蔵枠(くらしっく) 小原酒造株式会社|仕込み部屋

蔵枠(くらしっく) 小原酒造株式会社|槽場
仕込み水は飯豊山の伏流水です。 喜多方は扇状地になっており、約100年の年月を掛けて地下を通ってきた水は軟水です。

使用する米の殆どは兵庫の山田錦。
一部、実験的に敢えて精米を控えた75%精米のひとめぼれを使用。(蔵枠 純米アリアという酒)

一番たくさん売れている酒は蔵枠 特別純米 アマデウス。山田錦60%精米で価格は一升瓶で2050円(税抜き)。

福島県の会津地方は昔から少し甘い酒が好まれていた地域と言われていますが、蔵元が目指す酒はそんな郷土の味とは間逆な淡麗辛口の酒。スーッと水のように飲めて、さらっとした辛口のお酒を目指されているとのことです。

その理由は滝野川の試験場で勉強していた時、全国の酒を買い集めて試飲された際に、関西の蔵の酒で、スッと水のように飲めるさっぱりした酒があり、蔵元はその味に感動されたそうです。
それがきっかけとなり、スッと水のように飲めるさらっとした純米の酒を造っていきたいと思うようになられたとのことです。

最後に訪問の証の記念撮影。
蔵枠(くらしっく) 小原酒造株式会社|記念撮影
蔵の主力アイテム、蔵枠 純米 アマデウスに驚く吾郎。

当初、本醸造でスタートした蔵枠 アマデウスですが2009年以降、純米酒となり値段は一升瓶で2050円(税抜き)という低価格。

全体的に一升瓶で2千円前半のお酒が多く、日本酒ファンには魅力的な商材かなと思いました。
気になって酒屋で1本買って帰りましたが、飲み応えがありつつも切れの良いお酒だと感じました。
肩肘張らずに楽しむ日常酒としてお勧めの日本酒です。




商品の購入・質問は蔵枠(くらしっく)|小原酒造株式会社へお問い合わせ下さい。
TEL:0241-22-0074蔵枠、國光醸造元小原酒造株式会社
ここに書かれているデータは筆者が訪問した時点の情報でございます。  

Posted by 佐野 吾郎 at 17:00TrackBack(0)福島県の酒蔵巡り