2011年09月28日

達磨正宗|(資)白木恒助商店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 204蔵目

達磨正宗|(資)白木恒助商店

岐阜県岐阜市門屋門61
酒名:達磨正宗、淡墨桜(うすずみざくら) ■創業:1835年(天保6年)7代 ■杜氏:蔵元杜氏 ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2011/9/28

代表銘柄
達磨正宗 昭和50年(1975)醸造酒
達磨正宗 未来へ
淡墨桜 純米酒

岐阜県に酒通の間で知られる伝説の酒蔵があります。
古酒のジャンルにおいてナンバー1の蔵元。
他の酒蔵にはとても真似できない古いビンテージを揃えるのが達磨正宗という酒を造る白木恒助商店です。

達磨正宗 白木恒助商店|外観
達磨正宗 白木恒助商店|外観2
達磨正宗を造る白木恒助商店は天保6年(1835年)に創業した現在7代続く酒蔵です。

庄屋の家に生まれた白木 恒助氏は長男ではなかったようで家から独立し、本家の隣で酒造業を開業されます。創業当時の屋号は大和屋で錦静(きんせい)という酒名の酒を造っておられたそうです。

今でも蔵の隣には本家と呼ばれる実家が存在し、その当時の蔵の周囲は田んぼしか無い農村地帯だったそうです。
現在でも蔵の周囲には多くの田んぼを目にします。

岐阜県には小さな酒蔵が沢山あり、大手の酒蔵が無かった事から、それぞれの蔵がそれぞれのテリトリーで自由な酒造りをされている蔵が多いのですが、白木恒助商店はその典型的で6代目蔵元、白木 善次さんの代から古酒造りを開始されます。

飴色に染まった3年古酒。
達磨正宗 白木恒助商店|古酒小びん
白木恒助商店が古酒に取り組みだしたのは昭和40年代前半。
大手ナショナルブランドがシェアを伸ばし岐阜県にも進出。テレビCMが開始されます。

当時は今のように地酒が認知されていなかった時代、特定名称もありません。
白木 善次さんは、地方の小さな酒蔵が大手と競争するにはどうしたらいいのか?を思案されていたのですが、ある時蔵の中眠っていた1升ビンで5本の古酒を発見されます。
こんな色が付いた酒はダメだろうと思ったそうですが試しに飲んでみたところ「美味しい」と感じたそうです。
それがきっかけとなり「古酒」を知っている人から話を聞いたり、書物を調べたり「古酒」に興味を持ち始めたそうです。

大手の酒蔵も、小さな酒蔵も時間の流れは平等に存在します。

美味しい味の古酒造りの技法を完成させ、先に10年古酒を造る事が出来たら・・・。
たとえ大手であっても追い付くには10年かかる。その頃にはこちらには20年古酒がある。

そう考えた善次さんは昭和40年の半頃から古酒造りを開始されます。

達磨正宗 白木恒助商店|貯蔵タンク昭和47年
達磨正宗 白木恒助商店|昭和57年古酒
日本酒は常温で長期熟成させると、やがて黄色く色がついてきます。
更に時間をかけると色がどんどん濃くなっていきます。
同時に酸が鋭くなり辛さが増し、古酒ヒネと言われる古酒の独特の香りが現れます。

新酒の時とは味のバランスが大きく変わるので、通常のお酒と同じように造っていたら古酒になった時に美味しくありません。
そこで10年〜20年と熟成させた際、美味しくなるような味のバランスでお酒を造ります。

色はあえて出やすい酒を造ります。
時間を重ねるごとに赤く変化し、やがて赤黒くなります。
やがて赤黒くなり色を見たらどれくらい熟成されているのか解るような古酒になります。

写真の古酒は手前は熟成年数が長く色は赤黒く、奥に進むことに若くなり色も薄くなっていることが解ります。
達磨正宗 白木恒助商店|古酒
色を見たらどれくらい熟成されているのか解るような古酒を造られています。

味については、かなり甘口の酒を造ります。
というのは古酒になった際に酸味が強くなるので、通常の味のバランスだと辛さが際立って飲みづらくなります。
古酒になった際にバランスが整うような酒にするため、かなり甘口の酒を造られるそうです。

古酒になると特有の香りが現れますが、それには様々な香りが存在します。
古酒の中には個性を通りすぎて不快に感じる香りを持つ古酒も存在するのですが、達磨正宗では長年の古酒の経験から、古酒になっても美味しく飲める香りの酒を造られているとのこと。

何種類か試飲させてもらいましたが、どれも美味しい古酒ばかりでした。

達磨正宗の古酒は、ワイン、シェリーなど様々なお酒を飲まれている方からも評判がよく、ソムリエの田崎真也さんも達磨正宗の古酒を高く評価されています。ソムリエの方が味の勉強の為に蔵に訪れる事もあるそうです。

写真の方は白木 善次さんの長女、滋里(しげり)さん。
達磨正宗 白木恒助商店|滋里さん
白木恒助商店の三人姉妹の次女で、白木 善次さんの引退後、ご主人の白木 寿さんと共に古酒造りを継承されています。

古酒を通じてお客様に楽しい時間を提供したい。
お酒で時間を感じて欲しい。お酒で時間を楽しんで欲しいとのコンセプトで古酒に取り組んでおられます。

写真の方が7代目蔵元の白木 寿さん。 達磨正宗 白木恒助商店|白木 寿杜氏
秋田県出身で、秋田の酒蔵に務められていましたが、東京の醸造試験所で滋里さんと知り合います。 お婿さんとして白木恒助商店に来て、蔵元兼杜氏として酒造りをされています。
流派は南部杜氏だそうです。

写真は、もう一つの銘柄「淡墨桜(うすずみざくら)。 達磨正宗 白木恒助商店|淡墨桜
地元には一般的なお酒を求める方が多く、古酒の他には、淡墨桜(うすずみざくら)という、通常の酒も用意されています。

写真は貯蔵庫・仕込み部屋です。
達磨正宗 白木恒助商店|貯蔵庫
達磨正宗 白木恒助商店|貯蔵タンク平成12年
貯蔵タンクにはこのような、造られた年に起きたニュースが書かれています。
このような光景は達磨正宗の貯蔵蔵でしか見ることが出来ません。

写真はビン貯蔵庫を行っているコンテナです。水で濡れているのは雨が降ったからではありません。
達磨正宗 白木恒助商店|コンテナ倉庫
達磨正宗 白木恒助商店|記念撮影
写真のコンテナには冷房設備が無く常温保存です。
コンテナには冷水がかけられて、中の温度を自然な温度に調整されています。

私が訪問した日は9月28日で天気は快晴。上着は暑くて着れない気温。
しかし中は少し生温かい位の温度でした。

何から何まで通常の枠に収まらない酒蔵、達磨正宗への訪問は驚くことばかり。
訪問の記念撮影ですが、冷水で温度調整されているコンテナの中に入り、昭和時代の古酒と遭遇して驚く吾郎を撮影しました。




商品の購入・質問は達磨正宗|(資)白木恒助商店へお問い合せ下さい。
TEL:058-229-1008達磨正宗、淡墨桜(うすずみざくら)醸造元(資)白木恒助商店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 18:00TrackBack(0)岐阜県の酒蔵巡り

2011年09月28日

長良川|小町酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 203蔵目

長良川|小町酒造株式会社

岐阜県各務原市蘇原伊吹町2丁目15
酒名:長良川、小町 ■創業:1894年(明治27年)4代 ■杜氏:蔵元杜氏
■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2011/9/28

代表銘柄
長良川 純米吟醸
大吟醸 天河
長良川 純米生酒

鵜飼で有名な清流・長良川。
かつてこの地域では鵜飼を行う漁師が、冬場の仕事として酒蔵に行き酒造りの仕事をするようになり、岐阜県日野市に日野杜氏と呼ばれる杜氏の流派が生まれます。

杜氏というと、農村の方が冬場の労働として酒造業に従事するうちに、やがて杜氏集団となるケースが大半だと思います。
鵜飼を行う漁師さんが冬場の仕事で酒蔵に入り杜氏化した、というのはこの地ならではの話ではないでしょうか。

しかし日野杜氏と呼ばれる杜氏の流派は、昭和30年代には姿を消します。

そんな日野杜氏と縁が深い酒蔵が、長良川を酒名に持つ小町酒造株式会社です。

長良川 小町酒造株式会社|外観
日本酒、長良川を醸す小町酒造株式会社は、明治27年に創業した現在で4代続く酒蔵です。

この地は大和朝廷時代に支配が及んだ最も東の地として歴史が長く、弘法大師によって創建された延算寺(えんざんじ)というお寺があります。
小野小町が疱瘡(ほうそう)を患った際に、この延算寺の水で顔を洗ったら疱瘡が治ったという伝説が残っています。

明治27年、この地で百姓をしていた金武 吉兵衛氏は、米に余裕があった事とお酒が大好きであった事から酒造免許が下りやすかった明治時代に酒造業に参入。
寝ている際、枕元に小野小町が現れたことから小町という酒名を命名します。

現在の主力銘柄は「長良川」。
長良川 小町酒造株式会社|商品

当時、この地は農村地帯で比較的豊かだったようです。
その時代の酒造業は造石税(ぞうごくぜい)といってお酒を製造した時点で税金を支払わなくてはいけませんでした。
酒が売れてお金に変わってからではなく造った時点で税金を払わなくては行けませんので、借金をして税金を払う蔵が多かったのです。
しかしこの蔵は借入せずに造石税を支払っていた伝えられている事から、吉兵衛氏は裕福な農家の出身だったのでは、と思われます。

良い水に恵まれ戦前から中部6県で毎年2位〜3位になる良い酒を造られていました。
第2時大戦中の企業整備例の際に、県の技師の方が「廃業させるにはもったいない蔵だ」という事から廃業もされず現在に至っています。

写真の方は次期蔵元で杜氏でもある金武直文さんです。南部杜氏の県外会員に所属されています。 長良川 小町酒造株式会社|金武 直文

岐阜は赤味噌文化圏。
その為、長良川のコンセプトは赤味噌を使う食生活に合う酒。

米の旨味を堪能し「美味しい」と感じていただける酒。
モロミの面を見ながら発酵力を最大限に引き出すことを重きを置き、自然終息による完全発酵を目指して酒造りをされているとの事です。

写真は貯蔵庫です。 長良川 小町酒造株式会社|貯蔵庫

また小町酒造は「音楽を聞かせた蔵」として、蔵の中で環境音楽、ヒーリング音楽というジャンルの音楽をかれこれ20年ほど流しています。
これは昭和62年の秋、宮下 富実夫さんが酒蔵に訪れる事から始まります。

宮下富実夫さんはライブのステージで怪我をされ、アメリカで治療をしていた際、インドに音楽療法というのがある事を知ります。
音楽療法に興味を持った富実夫氏はインドに渡り音楽の勉強をされます。
そして同じようなリズムを繰り返すリラックスした気分にさせるヒーリング音楽を作曲されるようになります。

変わった方が来られるということで、蔵元は奈良の天河神社にて開催された宮下 富実夫さんのライブに行ったところ、その爽やか音色に心が洗われるような感動を受けます。

蔵元は「理屈よりも楽しもう」という考えから、この音楽を蔵にかけようと考え、宮下 富実夫さんに蔵に来てもらい「神酒」「神秘」という曲を作曲してもらいます。 その曲をかれこれ20年流し続けているとのこと。

私が滞在中、事務所の中にもヒーリング音楽がかかっていました。
私はこの蔵に訪問して感じたことは、皆様とても穏やかな方である事。
ひょっとしたらこのヒーリング音楽をずって聴かれているからかもしれませんね。

訪問の証の記念撮影は仕込み部屋にて撮影。 長良川 小町酒造株式会社|記念撮影

これこれ20年間、続けているというヒーリング音楽が流れるスピーカーに驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は長良川|小町酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:058-382-0077長良川醸造元小町酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 15:30TrackBack(0)岐阜県の酒蔵巡り

2011年09月28日

榮一(えいいち)|株式会社林本店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 202蔵目

榮一(えいいち)|株式会社林本店

岐阜県各務原市那加新加納町2239
酒名:榮一(えいいち)、征空・楽自慢・楽市楽座 ■創業:1920年(大正9年)5代 ■杜氏:社員杜氏(諸派) ■仕込み水:軟水(長良川の伏流水) ■訪問日:2011/9/28

代表銘柄
榮一 辛口純米酒
榮一 山廃純米原酒
Eiichi Sweet
征空 特別本醸造

濃尾平野の北部に位置する岐阜県各務原市(かかみはらし)。
かつて中山道の宿場町、鵜沼宿があった他は大部分が原野であったそうです。

しかし明治初期に日本陸軍の大砲射撃場として開発が開始。
軍の飛行場が置かれたことから現在でも航空自衛隊岐阜基地が存在。三菱重工業などの関連航空機部品企業が群立し、航空ショーなども行われる飛行機の街。
その各務原にて5代続く酒蔵が株式会社林本店です。

外観

榮一(えいいち)という名の日本酒造る株式会社林本店は、1920年(大正9年)林 榮一氏によって創業した酒蔵です。

農家の家に生まれた榮一氏は米が豊富にあったことから、酒造業に参入しやすかった明治〜大正の時代に酒造業を開業。
現在酒蔵が建つ加納町に日乃出屋醸造という屋号で酒造りを開始します。
既にその当時には、陸軍の航空基地が存在し、航空隊の発展と事業の発展をかけ征空という酒名を授けます。

屋号が酒造ではなく「醸造」となっていることから、当時は日本酒だけではなく醤油や味噌なども醸造していたそうです。 軍によって誕生した街という事から軍との関わりもあり、軍御用達のお酒を納め事業を発展させていきます。

榮一 株式会社林本店|商品

現在の主力銘柄、榮一(えいいち)が誕生したのは4代目蔵元の時代、1990年代です。

級別制度が廃止され、特定名称酒が登場。
地方の蔵の中からこれを転機に、吟醸酒などを市販し活路を見出したことから多くの地方蔵が特定名称酒造りに取り組みはじめます。

当時、林本店では征空、楽自慢という酒名の酒を造っていましたが、特定名称酒のブランドに蔵の当主が世襲してきた創業者の名前「榮一」を授けます。

写真の方が5代目蔵元の林 里榮子さんです。 榮一 株式会社林本店|林里榮子

東京農業大学醸造科を卒業後、5年間大手ビールメーカーに務めた後に蔵に戻られ平成19年に5代目蔵元に就任されます。

愛知県や岐阜県は、料理に味噌を使うことが多く味付けが濃い地域。
その為、岐阜県のお酒は「濃い味付けの料理に対し相性の良い酒質の酒」が多いそうです。

そんな岐阜の酒蔵の中、里榮子さん地元の料理との相性がよいベイシックな酒造りを続ける一方、日本酒の新しい可能性を追求しドキドキワクワクできる酒を提案し続けていきたい。

「不易流行(ふえきりゅうこう)」の心で、伝統の中にも新しいチャレンジを加えていきたいとの事です。

写真の方が林本店で杜氏を勤める後藤 克伸さん。 榮一 株式会社林本店|後藤 克伸杜氏
榮一 株式会社林本店|後藤 克伸杜氏

この蔵で酒造りをしていた新潟杜氏に付き、10年間の蔵人を経て杜氏に就任。
杜氏歴は2011年の酒造期で6年目となります。
蔵元の話によると冷静沈着な杜氏だそうです。

杜氏さんに蔵をご案内させていただきました。 榮一 株式会社林本店|連続蒸米機

写真は釜場に置かれてる連続蒸米機といわれる、量が多い蒸米に威力を発揮する蒸米機です。

最近の日本酒業界は、多品種少量生産が主流になってきているため、連続蒸米機だと少量の蒸しには向いていないため、地方蔵の多くは和釜に甑(こしき)を用いている蔵が多くなっています。

林本店では、連続蒸米機と甑(こしき)の2つの方法で米を蒸しています。 榮一 株式会社林本店|甑


写真は麹室の外観。 榮一 株式会社林本店|麹室


写真は仕込み部屋を上から撮影したもの。
榮一 株式会社林本店|仕込み部屋 上から
下から見たらこうなります。
榮一 株式会社林本店|仕込み部屋 下から


吟醸酒の仕込みには空調完備の個別の部屋が用意され、小仕込み用のタンクで行われます。 榮一 株式会社林本店|大吟醸の仕込み部屋

同じ部屋には圧搾機も置かれています。
榮一 株式会社林本店|槽場
低温に保たれた部屋でモロミが搾られて酒になります。


最後に訪問の証の記念撮影。 榮一 株式会社林本店|記念撮影
「不易流行(ふえきりゅうこう)」の心で例えるところ「流行」を表現した酒、Eiichi Sweet、低アルコールの甘口の日本酒です。

地酒専門店の多くはこういうお酒を敬遠する傾向にありますが、私は人を驚かせるお酒とは、このような試みで造られた酒から現れるのだと考えるようになりました。

多様となった現在の食生活に日本酒が合わなくなってきている、と言われる事がありますが、それは合わなくなったのではなく、合う日本酒を造って来なかったからではないでしょうか。
現在の食生活との調和を模索すべく造られた酒、新しい可能性を持つ日本酒との出会いに驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は榮一(えいいち)|株式会社林本店へお問い合せ下さい。
TEL:058-382-1238榮一(えいいち)醸造元株式会社林本店
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Posted by 佐野 吾郎 at 13:55TrackBack(0)岐阜県の酒蔵巡り

2011年09月28日

日本泉(にほんいずみ) |日本泉酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 201蔵目

日本泉(にほんいずみ) |日本泉酒造株式会社

岐阜県岐阜市加納清水町3丁目8-1
酒名:日本泉(にほんいずみ)、織田信長、豊臣秀吉、濃姫 ■創業:江戸時代末4代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2011/9/28

代表銘柄
日本泉 ふなくちとり純米吟醸原酒
大吟醸 織田信長
純米大吟醸 濃姫
純米吟醸 豊臣秀吉

JR岐阜駅の目の前に建つ14階建てのビル。
一見、酒蔵に見えないこのビルが日本泉(にほんいずみ) という名の日本酒を醸す、日本泉酒造株式会社です。

日本泉(にほんいずみ) 日本泉酒造株式会社|外観

日本泉酒造株式会社は江戸末期に創業した現在4代続く酒蔵です。

創業地は現在の場所から少し離れた、豊臣秀吉が一夜城を築いた岐阜の茶屋新田という場所にて、材木業を営む傍ら酒造業を創業したと伝えられています。

その後、明治9年に2代目の広吉氏が現在の岐阜駅前に蔵を移転。
当時は既に鉄道が開通しており、飛行機の燃料等に用いるアルコールの製造を行なっていたそうで、駅から線路が蔵まで引きこまれていたそうです。
この二代目が現在の酒名「日本泉」を命名されます。

日本泉(にほんいずみ) 日本泉酒造株式会社|看板

岐阜県の各務原に陸軍航空隊の基地があった事から、これは私の推測ですが軍から飛行機の燃料となるエタノールの製造を請け負うことになり、輸送の便利が良い岐阜県の駅前に移転してきたのではないかと思われます。

軍と関わりの強い施設であったことから、昭和20年の岐阜の空襲にて蔵は煙突だけを残して焼失。
焼け野原に煙突だけが建っていたことから、逃げて戻ってきた人々の中には、この煙突を頼りに自分の住んでいた家を探す人もいたそうです。

空襲で焼失した蔵は昭和25年に酒蔵を再建。
もちろん現在のようなマンションではなく、通常の酒蔵が建てられます。

そして平成14年に、岐阜市の駅前の再開発に伴い現在の酒蔵の建て替えられます。
日本泉(にほんいずみ) 日本泉酒造株式会社|外観
ビルの入口には酒樽が飾られ、この建物には酒蔵があることを伺うことができます。

14階建てのマンションの地下1階部分に酒蔵があり、地上1階には売店が設けられています。

日本泉(にほんいずみ) 日本泉酒造株式会社|入り口
広島県の蓬莱鶴も同様にマンションの地下1階に酒蔵を構えますが、日本泉もこの蔵を建てる際に蓬莱鶴に見学に行かれたそうです。

日本泉酒造では三期醸造が行える設備を持つ事から、一年を通してフレッシュな新酒の提供が可能。
この強みを活かすべく「生酒」と新酒に力を入れているとの事。
日本泉(にほんいずみ) 日本泉酒造株式会社|商品

またこの地はとても地下水が豊富な土地で、長良川の伏流水が地下を流れるように走っているそうで、蔵は100メートルの井戸を掘り天然の水で酒造りをされています。

とても柔らかい軟水であることから、新酒の段階から飲み頃の酒が造れるとの事。

岐阜県は愛知県の食文化の影響を強く受け、味噌を付けて食べる料理が多く、海がありません。
その為、味付けの濃い料理が多くお酒もそれに合わせるように淡麗ではなくしっかりした味のものが多くなります。

日本泉が造る酒は、岐阜の酒らしく味のしっかりしたものがベースですが、出品酒や大吟醸酒に関しては淡麗でさっぱりした印象を受けました。

写真の方が日本泉酒造の5代目後継者で杜氏をされている武山孝広さん。
日本泉(にほんいずみ) 日本泉酒造株式会社|蔵元杜氏
蔵をご案内していただきました。

写真は釜場です。 日本泉(にほんいずみ) 日本泉酒造株式会社|釜場
1仕込みが総米で250キロという小仕込みであることから甑(こしき)も100キロが蒸せる小型の物が使用されています。

写真は更に小さな甑(こしき)です。 日本泉(にほんいずみ) 日本泉酒造株式会社|小さな甑
酒母や麹米を用意する際には、こちらの小型甑が持ちられます。30キロまで蒸せるそうです。

写真は仕込み部屋。
日本泉(にほんいずみ) 日本泉酒造株式会社|仕込み部屋

私が訪問した9月28日には仕込みが行こなわれていました。
日本泉(にほんいずみ) 日本泉酒造株式会社|モロミ

写真の木の槽でモロミを搾ります。 日本泉(にほんいずみ) 日本泉酒造株式会社|槽場

最後に訪問の証の記念撮影。
日本泉(にほんいずみ) 日本泉酒造株式会社|記念撮影
4期醸造や3期醸造の蔵でないとなかなか見ることができない小型の甑(こしき)を見て驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は日本泉(にほんいずみ) |日本泉酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:058-271-3218日本泉(にほんいずみ)醸造元日本泉酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 10:40TrackBack(0)岐阜県の酒蔵巡り

2011年04月13日

花美蔵 福来純ミリン|白扇酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅。
151 件目の訪問蔵は、
岐阜県の加茂郡で花美蔵という酒を醸す白扇酒造株式会社です。

花美蔵|白扇酒造株式会社

所在地:岐阜県加茂郡川辺町中川辺28
銘柄:花美蔵
創業:明治32年
杜氏:社員杜氏
仕込み水:軟水
訪問日:2011/4/13

代表銘柄
花美蔵 純米酒 蔵
花美蔵 純米吟醸 花
福来純 三年熟成本みりん
福来純 古々美醂


岐阜県川辺町の酒蔵、福来純ミリンでも有名な白扇酒造花美蔵 白扇酒造株式会社白扇酒造は江戸時代は「かど藤」と名乗り、味醂を造っていました。
江戸時代には味醂の製造には免許を必要としなかったそうで、親戚の造り酒屋から酒粕をもらって味醂作りをされていましたが、分けてもらえる酒粕から生成出来る焼酎の量など僅かなものですから、家内工業的な小規模なものだったようです。

そして明治32年に加藤清行氏が明治の規制緩和により酒造免許を取得。酒造業に参入されます。

花美蔵 白扇酒造株式会社|ミリンの槽場写真は味醂をしぼる槽です。味醂ってこのような木製の槽で絞っているんですね。写真では2機しか写っていませんが、木の槽が3台並んでいました。

現在「福来純」が有名で、様々な料理雑誌等で紹介されているとのこと。

味醂の製造方法を理屈は頭の中で解釈できています。理論上様々な事が出来るのですが「何故こんな甘いモノが出来上がるのか、未だに不思議」と語る蔵元。

花美蔵 白扇酒造株式会社|槽場こちらは日本酒を搾る圧搾機です。


花美蔵 白扇酒造株式会社|仕込み部屋こちらは仕込み部屋ですが、大吟醸など高級酒を造る専用の部屋でう。小仕込みのタンクが並んでいます。

日本酒の製造ですが、理論上では様々な事が出来るのですが、米からこんな日本酒が出来ていしまう神秘さ。「やっぱり神が造っているかもしれない!」そう思っていただけるような神秘さを伝えたい、と語られていました。

花美蔵 白扇酒造株式会社|記念撮影 最後に訪問の証の記念撮影。釜の上に置かれていた年期が入った木桶に驚く吾郎でした。


商品の購入・質問は花美蔵|白扇酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0574-53-2508 花美蔵,福来純 三年熟成本みりん醸造元 白扇酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 16:00TrackBack(0)岐阜県の酒蔵巡り