2013年03月19日

白木久(しらきく)|白杉酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 325蔵目

白木久(しらきく)|白杉酒造株式会社

京都府京丹後市大宮町周枳954
蔵元のサイト:http://www.shirakiku.info/


酒名:白木久(しらきく) ■創業:安政6年(1777年)11代 ■杜氏:諸派(蔵元杜氏) ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2013/03/19

代表銘柄
純米酒 白木久
吟醸酒 白木久
上撰 白木久

白杉酒造株式会社は1777年(安政6年)に創業した236年の歴史を持つ現在で11代続く酒蔵です。
白木久(しらきく) 白杉酒造株式会社|外観
残念ながら創業の経緯は伝え聞いてないという事で不明なのですが蔵元の話によると、かつてこの地の大地主だったということから、余剰米でお酒を造っていたのではないかと考えられます。

写真の方は11代目蔵元の白杉 悟さん。
白木久(しらきく) 白杉酒造株式会社|白杉 悟蔵元
白杉酒造では現在、11代目蔵元が自ら杜氏となり酒造りをされています。
流派は無所属。

白杉 悟さんは、この蔵の後継者の家ではなく先代の蔵元から見て甥っ子でした。
蔵を継がれる以前は京都市内に住まわれていたそうですが、10代目には後継者がいなかった事から、甥であり4男であった悟さんが大学を出て直ぐの22歳の時に養子に入り蔵を継がれたそうです。

悟さんは幼い頃からよく蔵に来られていたそうで酒造りの現場が好きだったそうです。大学を出た後も都会ではなく地元で働きたいと考えられていたそうで迷わず蔵を継がれたとの事。

蔵に入った時には但馬から杜氏が酒造りに来られており、その杜氏の元で酒造りを学ぶと同時に広島と東京の醸造試験所で勉強をされます。
5年間杜氏の元で酒造りを行った後に悟さんが杜氏となられ酒造りが行われるようになります。

全ての酒米を地元の米だけを使用。
特定名称酒には京都の酒米「祝」のみ。普通酒には麹米は祝で掛け米には五百万石。

丹後は関西で唯一コシヒカリの特Aを取っている米作りに適した土地です。
酒米についても良い米が取れるので地元の米を使いたい、という事で農家と直接契約栽培し米を作ってもらっているとの事。
使用している全ての米が契約栽培だそうです。

仕込水は裏山から湧く地下水を使用。
硬度19mg/Lの超軟水。
水量はとても豊富だそうで仕込水から洗い物にいたるまで全て地下水を使用。

造り手は悟さんと米作りをされている農家の松本さんとの二人。繁忙期には悟さんの奥様が加わり3名で製造。
11月上旬から酒造りがスタートし12月中旬には甑倒し。年間製造量は約60石という極小規模蔵です。

写真は蔵の代表銘柄は白木久(しらきく)白木久(しらきく) 白杉酒造株式会社|白木久 吟醸
ラベルのデザインが今風でおしゃれですね。

白杉酒造では古くから白木久(しらきく) という酒名の酒を製造されており、現在でも蔵の代表銘柄として用いられています。

緑の純米酒が一番良く売れているそうです。
白木久(しらきく) 白杉酒造株式会社|白木久 純米酒

平成22年より現在のラベルにデザイン変更。
三角錐のマークは杉の木をイメージされているとの事。

日本酒以外には梅酒と紅芋を使ったリキュールを製造されているそうです。

写真は蔵に併設されている喫茶店。
白木久(しらきく) 白杉酒造株式会社|喫茶店

丹後は全域で軟水だそうですが、その中でも蔵の仕込水は特に軟水。
その為、口当たりが柔らかく女性的な酒が特徴との事。
蔵がこだわっている原料米「祝」特徴も活かせる事から、京都の酒ではなく丹後でしか造れない地酒として特徴を出していきたいとの事。

最後に訪問の証の記念撮影。 白木久(しらきく) 白杉酒造株式会社|記念撮影
樹齢400年と伝えられている椎の木に驚く吾郎。

製造された酒の9割は地元の京丹後市内で消費されているとの事。
まだまだ地元への普通酒の出荷が多いとの事ですが、11代目は近い将来全量純米蔵に変えたいという事を考えておられるそうです。
今後の活躍に期待したい蔵です。




商品の購入・質問は白木久(しらきく)|白杉酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0772-64-2101白木久醸造元白杉酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 16:00TrackBack(0)京都府の酒蔵巡り

2013年03月19日

弥栄鶴(やさたつる)|竹野酒造有限会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 324蔵目

弥栄鶴(やさたつる)|竹野酒造有限会社

京都府京丹後市弥栄町溝谷3622-1
蔵元のサイト:http://www.yasakaturu.co.jp/


酒名:蔵舞(くらぶ)、弥栄鶴(やさたつる) ■創業:昭和22年(1947年)5代 ■杜氏:能登杜氏(蔵元杜氏) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2013/03/19

代表銘柄
亀の尾蔵舞
弥栄鶴 山廃純米七〇
祝蔵舞

京都府の日本海側に位置する丹後半島。
天橋立が有名なこの地は米どころでもあり、この小さな半島の部分だけで9件の酒蔵が存在しています。

その中の一社、注目の新進気鋭の若手醸造家として静かに注目されている蔵が有ります。
弥栄鶴(やさたつる)という名の酒を造る竹野酒造有限会社です。

竹野酒造有限会社は第2次世界対戦の企業整備令によって休業していた行待(ゆきまち)酒造場の呼びかけにより4社が合併し誕生した酒蔵です。
弥栄鶴(やさたつる) 竹野酒造有限会社|外観

行待酒造場はこの地に長く続く地主である行待 喜一郎(ゆきまち きいちろう)氏が明治中期に創業した酒蔵。

千年勢(ちとせ)という酒名の酒を製造していましたが昭和19年に企業整備例で休業を余儀なくされます。そして戦後、3代目の歌造(うたぞう)氏が酒造業の再開を決意。

当時の酒造免許は酒株制度のように免許によって製造可能な量が決まっていたそうです。
そこで1社での再開ではなく、4社の酒造免許を集めることで約600石の製造が可能になることから4社が合併し竹野酒造有限会社の名前で酒造業を復活します。

復活後、数年間は行待酒造場が用いていた酒名「千年勢(ちとせ)」という名の酒を造っていたそうですが、4社で合併したということなので統一銘柄を作ろうという話となり、昭和25年に現在の代表銘柄、弥栄鶴(やさたつる)が誕生します。

写真の方は5代目蔵元、行待 佳平(ゆきまち よしへい)さん。
弥栄鶴(やさたつる) 竹野酒造有限会社|行待 佳平(ゆきまち よしへい)蔵元
蔵は昭和22年創業で現在5代という理由は、前身である行待酒造場の代を数えているとの事。

現在の竹野酒造では6代目となる29歳の行待 佳樹(ゆきまち よしき)さんが杜氏となり酒造りが行われています。

佳樹さんは東京農大卒業後、石川県の常きげんにて能登杜氏四天王と言われる農口杜氏の元で2年間修行。その時の同期に、同様に現在注目の兵庫県は淡路島の酒蔵「都美人」の山内邦弘さんがおられたそうです。

蔵に戻ってきてから3年目となる25歳の時に杜氏に就任。現在は造り歴は8年という新進気鋭。 能登杜氏組合に所属。

弥栄鶴(やさたつる) 竹野酒造有限会社|商品
蔵はかつては三増酒を造っていた時期があったそうですが、10年前に蔵元が「純米酒をきっちり造ろう」と方針転換。
前杜氏(但馬杜氏)が純米酒が得意だったそうで、蔵元自ら前杜氏の元で酒造りを手伝う中、縁があって地元で様々な米のタネが手に入ります。
その最初に出会った米が「亀の尾」。蔵元は亀の尾蔵舞(かめのおくらぶ)という純米酒を企画されます。

「蔵舞(くらぶ)」とは、現在蔵が最も力を入れている酒で「蔵舞」の上に米の品種名や漢字1文字が入ります。
現在では亀の尾蔵舞、旭蔵舞、祝蔵舞、錦蔵舞(山田錦)、祭蔵舞(祭りばやし)の5種類があります。

弥栄鶴(やさたつる) 竹野酒造有限会社|亀の尾蔵舞
蔵舞シリーズは米にこだわっているのですべて純米。
特に亀の尾蔵舞は4月で売り切れた人気商品との事。

写真は精米機。
弥栄鶴(やさたつる) 竹野酒造有限会社|精米機

開始当初、蔵の手が届く地元農家と契約し初年度は1反の田んぼで亀の尾の栽培をスタート。
3年後に蔵の目の前の田んぼを含む4反まで増やすことが出来たそうですが、手間がかかり扱いにくい米ということから亀の尾での造りを辞めようかと考えていたそうです。
そんな中、息子さんが杜氏となった初年度に造った亀の尾蔵舞を全国酒類コンクール純米部門に出品したところ1位を獲得。

これを境に地元農家は「そんな良い酒が出来る良いお米なら作らないわけにはいかない」と応えてくれるようになり、地元で亀の尾を栽培してくれる農家が増加。 今年度は亀の尾の田んぼは2町分を確保でき、1升ビン換算で5千本くらい製造が可能との事。

並行し地元の農家と田んぼを見て歩き、農家と相談をし協力者を一人づつ増やし、亀の尾以外にも、祝(いわい)、祭り晴(まつりばれ)といった他の品種の契約栽培を増やしていきます。 今年から山田錦の契約栽培も開始。それまでは兵庫県から仕入れていたのですが今年からは地元の山田錦が用いられる計画です。

写真は麹室。
弥栄鶴(やさたつる) 竹野酒造有限会社|麹室
私が訪問した3月19日には、すでに室は片付けられていて、仕込み以降の作業が行われていました。

写真は仕込み部屋。 弥栄鶴(やさたつる) 竹野酒造有限会社|仕込み部屋
仕込みの大きさは1.8トンが中心。
純米だろうが吟醸だろうがすべて1.8トン仕込み。

弥栄鶴(やさたつる) 竹野酒造有限会社|槽場

弥栄鶴(やさたつる) 竹野酒造有限会社|ビン詰め場
蔵元は、良い酒を造る事はもちろんですが同時に農家を支援する事も重要。
特に若手の農家を育てなくてはいけない、という考えを持たれています。

今年から山田錦を育ててくれる農家は30代前半の方。
「有機の郷 構想」というのを考えていて、3年後は有機栽培で米作りが出来るよう今は土作りからはじめているところだそうです。

国による複雑な農業政策などの問題に加え、農家それぞれにも思惑が有るため、とても難しい課題だそうです。しかし蔵元は地元農家の方と何度も何度も膝を詰めた話し合わないを行い、一歩づつ前に進まれているとの事。

最後に訪問の証の記念撮影。
弥栄鶴(やさたつる) 竹野酒造有限会社|記念撮影
蔵のおすすめ銘柄「亀の尾蔵舞」に感心する吾郎。

この日は車での訪問であったので試飲は出来なかったのですが、少し試飲用のサンプルを頂き後日、会社で試飲したのですが正直驚きました。

古い品種である亀の尾は、硬いタイプの酒に仕上がる事が多いのですが、この蔵が造る亀の尾は良い意味で今まで飲んできた亀の尾とは異なり硬さが取れ、丸く柔らかい酒に仕上がっていました。

残念ながら米不足のため、県外の酒屋に出荷できる製造数量が無いとの事。
しかし米の量が増えるようなら、是非とも県外にも出荷していただき多くの日本酒愛好家に知ってもらいたい存在の酒だと思いました。




商品の購入・質問は弥栄鶴(やさたつる)|竹野酒造有限会社へお問い合せ下さい。
TEL:0772-65-2021弥栄鶴、亀の尾蔵舞醸造元竹野酒造有限会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 14:00TrackBack(0)京都府の酒蔵巡り

2013年03月18日

玉川(たまがわ)|木下酒造有限会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 323蔵目

玉川(たまがわ)|木下酒造有限会社

京都府京丹後市久美浜町甲山1512
蔵元のサイト:http://www.sake-tamagawa.com/


酒名:玉川(たまがわ) ■創業:天保13年(1842年)7代 ■杜氏:南部杜氏(社員) ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2013/03/18

代表銘柄
玉川 Ice Breaker
玉川 福袋 純米吟譲 無ろか生原酒
玉川 自然仕込 純米酒

玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|外観
木下酒造有限会社は天保13年(1842年)に5代目木下 善兵衛氏が創業した現在で7代続く酒蔵です。

善兵衛氏はこの地に30町(9万坪)もの土地を持つ大地主で余剰米があった事から酒造りを開始されたとの事。

蔵が酒造業を開始したとされる天保13年ですが、天保4年に天保の大飢饉が起きて天保7年には10万人の餓死者がでたほど米が不足していた時期です。
新規の酒造株など早々に許可されなかった時代でしたが、米が無いことから酒を造ることが出来ないため廃業していく酒蔵も多かったそうです。

善兵衛氏の親戚に酒造家がいたそうで、そこから100石の酒造株を購入して酒造りを始められたとの事。

創業当初の酒名は不明。現在の酒名「玉川」はいつ頃に誕生したのかは不明。
蔵がある地域が川崎といわれていたことから地元の人々は蔵を「川崎」と読んでいたそうです。
蔵は昭和27年に法人化し木下酒造有限会社となります。

写真の方は5代目蔵元、木下善人さん。
玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|木下善人蔵元
酒造業を開始してからでは5代目ですが家全体では11代続くとのこと。

写真は蔵にある売店。
玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|店内

玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|商品

玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|商品
蔵には売店が併設されてありお酒の購入も可能。

それまでは地元を中心に酒を販売していた蔵でした。
久美浜はズワイガニの本場で、今でもズワイガニを売りとする温泉旅館が多いところ。

造る酒は地元の温泉旅館で主に消費されていたそうですが、かに料理を食べさせてくれる温泉旅館の数はバブル崩壊後から徐々に減少。地元以外の販路拡大を迫られていた蔵に平成19年にフィリップ氏が杜氏に就任。
これをきっかけに木下酒造が全国区で知られる酒となります。

写真の方が杜氏を務めるフィリップ ハーパーさん。
玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|フィリップ ハーパー
フィリップ ハーパーさんが何故、日本に来て酒造りを行うようになったのか?蔵で話をお伺いしました。

フィリップ ハーパーさんは昭和63年、イギリスの南西の果てのコーンウォールから日本にやって来ました。来日の目的は「外国で生活してみたかったから」とか。

日本酒など飲んだことなど無かったフィリップさんは、当時文部省と外務省が行なっていたJETという制度を利用し来日。
JETとはアメリカやイギリスで大学を卒業した人間を日本の中学校や高校で英語の勉強を教えるとう制度。

フィリップはJETの2期制として来日。大阪の高校で英語の授業を教える事になります。

もともとお酒を飲むことが好きだったというフィリップさんは、来日後あちらこちらで開催される学校の宴会に度々顔を出されたそうで、そこで初めて日本酒という飲み物に出会います。

同じ高校で働いていた事務員の方と仲良くなり、その方が大の日本酒好き。
その事務員の方の中学時代の同級生が、現在石川県の酒蔵で「遊穂」という酒を造る横道杜氏で、その頃は同様に職員をされていたそうです。

フリップさんと事務員の方と横道さんの3人で蔵に行ったり日本酒の会に行くようになり3人は日本酒の道に進むことを真剣に考えるようになります。

そして2年間のJETのシステムが終了する頃、同じ学校の事務の方が公務員を辞めて奈良県の梅乃宿という酒蔵に就職されます。
それに刺激されフィリップさんもそのまま日本に残って日本酒の仕事をする事を決意。

しかしフィリップさんはイギリス人なので酒蔵で働くにはビザが必要です。
調べたところ陶芸をされている外国人が「文化活動ビザ」を得て日本で働かれている事を知り、フィリップさんも文化活動ビザの取得を考えます。

天満橋の入国管理局に通い説明するのですが「前例がない」という事で、入管の方は良い返事をくれません。

昼は英会話学校で働き、夜は地酒専門居酒屋でバイトで生活費を稼ぎながら、週末やお正月休みには友達が働いている梅乃宿に顔を出す。
その間に何十回も入国管理局に通い、何度も何度も「これは伝統文化」である事を説明し続けた結果、文化活動ビザを取得されたそうです。

そして平成3年に梅乃宿の蔵人として働くようになります。
そして同じ年に横路さんも学校の仕事をおやめになり蔵人となったとの事。
なのでフィリップさんと横路さんは酒造りのキャリアは同じになります。

平成7年には南部杜氏の試験に合格。
その後、大阪の蔵や関東の蔵などを経て平成19年に木下酒造の杜氏となります。
当時は季節雇用でしたか平成24年には木下酒造の常務取締役となり役員となり今に至ります。

写真は釜場。
玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|釜場

玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|釜場

玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|蒸し米
原料米にはコウノトリの郷で栽培されている五百万石、京都の酒造好適米の祝、兵庫県産の北錦、同じく兵庫県産の山田錦。
人気の酒、アイスブレーカーには滋賀県の清水さんという農家が育てる日本晴を使用。

京都府の酒蔵ではありますが、車で10分も走れば兵庫県である事から兵庫の米が比較的多いとのこと。仕込み水には、蔵の裏山から湧く弱軟水の「城山の水(天然水)」を使用。

仕込みは10月上旬に酒造りがスタート。(精米は米が入ってきたら直ぐ)
週に3本くらいのペースで酒を仕込み甑倒しは3月中旬。年間で約650石の酒を製造されています。

写真は麹室。
玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|麹室

写真は仕込み部屋。
玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|仕込み部屋

玉川というと山廃仕込みが人気商品なので、山廃やら生もと造りやら、そんな酒ばかり造っているイメージがあります。 しかし速醸も沢山造っておられ、甘い酒(アイスブレーカー)も造っておられ、1つの箱に収まらず様々なお酒を造っているとの事。

玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|槽場

木下酒造では蔵から少し離れた場所に精米場があります。
玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|精米機
写真の精米機を用いて原料米を精米しているとの事。

訪問の証の記念撮影。
玉川(たまがわ) 木下酒造有限会社|記念撮影
地酒アイスを楽しむ吾郎。

フィリップさんが木下酒造の杜氏に就任した年は製造量は300石だったそうで、現在はその頃から比べて2倍以上に生産量を伸ばしたことになります。
まだまだ勢いがあり、今後の更なる成長を期待させる蔵元。日本酒ファンの皆様、要チェックです。




商品の購入・質問は玉川(たまがわ)|木下酒造有限会社へお問い合せ下さい。
TEL:0772-82-0071玉川醸造元木下酒造有限会社
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Posted by 佐野 吾郎 at 16:00TrackBack(0)京都府の酒蔵巡り

2013年03月18日

久美の浦(くみのうら)|熊野酒造有限会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 322蔵目

久美の浦(くみのうら)|熊野酒造有限会社

京都府京丹後市久美浜町45-1
蔵元のサイト:http://www.kuminoura.com/


酒名:久美の浦(くみのうら) ■創業:大正時代(1912年〜1926年)3代 ■杜氏:但馬杜氏 ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2013/3/18

代表銘柄
久美の浦 特別本醸造
久美の浦 純米吟醸 杜氏の独り言
久美の浦 秀醸

久美の浦(くみのうら) 熊野酒造有限会社|外観
熊野酒造有限会社は大正時代に創業した現在で3代続く酒蔵。

創業者の柿本 文八氏は蔵の近くに住むこの地域の庄屋でした。
かつて庄屋や地主というと小作人が上納する米で生活が出来たのですが、米相場が豊作の年と不作の年の差が大きく、収益が安定しなかった事から明治以降にはリスク分散として他の商売を始められる方が増加します。

柿本文八氏もそんな一人だったようで、最初は酒造業ではなく農業に関する道具を扱う「鶴屋」という屋号の店を始めます。

しかし商売の経験が無い上に、時代のニーズ的にもそういう商売が時期的に難しかったようで早々にリタイヤ。

次に造り酒屋を始めようと、鶴屋で失敗したので次は「亀屋」の屋号で再挑戦。
屋号が亀屋なので「浦島」という名の酒を造られていたそうです。

酒造業は成功されたようで、昭和2年に法人化しその時に現在の酒名「久美の浦」が誕生します。

写真は創業当時に実際に用いられていたという通い徳利。
久美の浦(くみのうら) 熊野酒造有限会社|亀屋

久美の浦(くみのうら) 熊野酒造有限会社|久美の浦 特別本醸造

現在の久美の浦では今年80歳になった但馬杜氏が酒造りをされています。
酒造りに用いる原料米はレギュラー商品は京都府産の五百万石を使用。
吟醸酒は兵庫の山田錦。京都の酒米、祝(いわい)。
掛米には祭り晴、日本晴を使用。

仕込み水は水道水を純水にした水を主に使用。
蔵は様々な地下水を使った結果、純水が一番再現性がよい理由から、最近では純水がメインに。 しかし地下水も使っておられ、毎年近隣の異なる地下水を用いて仕込んだ酒「純米吟醸 杜氏の独り言」という酒を製造。人気があるとの事。

酒造機は10月の中頃から準備を開始、甑倒しは3月の頭で3月中に皆造。
年間製造量は約500石。

量的に最も沢山製造している酒は久美の浦 秀醸。
いわゆる昔の一級酒という酒。地元を中心に一番良く売れている酒。

蔵のこだわりの酒は上記にも少し触れていますが久美の浦 純米吟醸 杜氏の独り言。
地方に行くと「名水」を見かけますが、蔵の周辺に地域に存在する「名水」を毎年地域を変えてタンクローリで運んできて仕込んでいる酒。

写真は純米吟醸 杜氏の独り言。
久美の浦(くみのうら) 熊野酒造有限会社|久美の浦 杜氏の独り言
ラベルには色々な言葉が書かれていますが、毎年全て異なるとの事。

蔵元の話によると、久美の浦の特徴は濃いお酒だそうです。
この地域は昔から濃い酒しか造られてこなかった地域で、新潟のような端麗辛口のような酒がなかったとか。

冬は来る日も来る日も曇り空で湿度が多い為、麹も乾かず総はぜの麹になりやすく結果、味がしっかりした酒が出来てしまたのでは?との。
熊野酒造に限らず周囲の蔵も濃醇な酒を造る蔵が多いそうです。

写真は釜場ですが、4段に用いる甘酒を製造している様子。
久美の浦(くみのうら) 熊野酒造有限会社|4段仕込

久美の浦(くみのうら) 熊野酒造有限会社|4段仕込
私が訪問した3月18日には既に甑倒しが終わっていて、代わりに最後のモロミに用いる4段が製造されていました。

写真は仕込み部屋。
久美の浦(くみのうら) 熊野酒造有限会社|仕込み部屋

土地の人々に愛される酒を造ってきた蔵ですが、今は地元の人口は減る一方で飲みて手も減ってしまいました。

地元の人口を増やすことは困難なので、蔵を維持するには人口にいる県外にお酒を売る必要に迫られているそうです。

そんな状況からか、全く別の仕事をされていた蔵の長男が3年前に蔵に戻ってこられ酒造りに参加。製造期には杜氏とともに酒を造り、他の季節にはセールスに行ったりあらゆる仕事を担当されているとの事。

近い将来、首都圏など日本酒専門店に姿を表す可能性が高い蔵と言えます。

こちらは槽場。
久美の浦(くみのうら) 熊野酒造有限会社|槽場

久美の浦(くみのうら) 熊野酒造有限会社|記念撮影
最後に訪問の証の記念撮影。
亀屋の暖簾の前で「杜氏の独り言」に驚く吾郎。

後継者が蔵に戻ってきたタイミングというのが、酒蔵が一番変化する時です。 久美の浦は現在は首都圏をはじめとする地酒専門店には目にしない酒ですが、蔵が進む方向として、県外に売っていくという事が必要があります。
そのために後継者が戻ってきて蔵の仕事をされている事から、近いうちに全国の日本酒ファンの前にデビューする期待が高い蔵元です。
日本酒ファンの皆様、要注意の蔵元ですよ。




商品の購入・質問は久美の浦(くみのうら)|熊野酒造有限会社へお問い合せ下さい。
TEL:0772-82-0019久美の浦醸造元熊野酒造有限会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 13:00TrackBack(0)京都府の酒蔵巡り

2011年02月25日

澤屋まつもと・日出盛|松本酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅。
129件目の訪問蔵は、
京都府伏見で日出盛・澤屋まつもとという酒を醸す松本酒造株式会社です。

澤屋まつもと・日出盛|松本酒造株式会社

所在地:京都市伏見区横大路三栖大黒町7
銘柄:日出盛・澤屋まつもと
創業:1791年 寛永3年
杜氏:蔵元杜氏
仕込み水:中硬水
訪問日:2011/2/25

代表銘柄
澤屋まつもと 純米酒
日出盛 金印
桃の滴 純米吟醸
RISSIMO リッシモ

灘に次ぐ酒処、京都の伏見。
カメラを持っている人なら思わずシャッターを押したくなるような美しい外観を持つ蔵が松本酒造です。
澤屋まつもと 日出盛 松本酒造株式会社

写真の建物は大正12年に建てられたもの。
伏見の酒蔵の多くは近代化していった為、今ではこの建物が実際の酒造りが行われている蔵としてはもっとも古い建物だそうです。

平成19年11月に経済産業省が新設した「近代化産業遺産」にも認定されています。


松本酒造の創業は江戸時代後期の1791年。
創業者、松本 治兵衛(まつもと じへい)という方は、もともとは彦根藩の井伊家に使える士族でした。
しかし武士の生活はかなり苦しかったようで、16歳の時に士族である身分を捨て、京都で出てきて商売人の元へ奉公をされます。

そして20歳の時に造り酒屋を独立開業。
東山の三十三間堂の西側で造り酒屋を構えます。


その当時、京都(洛中)には約300の酒蔵があったそうです。
その後、明治維新を乗り越えて、大正の恐慌を乗り越え、第2時世界大戦を乗り越えて、現在まで酒造りを続いている酒蔵はわずか3社のみ。
キンシ正宗、招徳、松本酒造の3社が現在まで酒造りを続けてきました。


明治に入り、伏見から次々に成功する酒蔵が現れたことから、大正12年に現在の伏見の土地に蔵を移転させます。

松本酒造_看板.jpg今では京都市伏見区となっていますが、かつて伏見は「山城国紀伊郡」と呼ばれていて、現在のような京都の一部としては扱われていませんでした。

琵琶湖の水が宇治川通じて流れてくる事によって造られた巨椋池という湖があり、雨が降ると増水するため、現在のような都市ではありませんでした。

その伏見ですが、現在のような街を形成するきっかけとなったのが、豊臣秀吉による伏見城の築城です。

一節には「水が良いから」という理由で伏見に伏見城を築城したと言われますが、治水工事が行われ伏見城の城下には戦国武将の屋敷が並ぶようになります。

伏見の酒造業が発展するのは明治以降に近代に入ってからだそうですが、桃山時代に伏見港を作った事で、京都と大阪の舟を用いた物流の中間拠点として伏見が街として発展していきます。

後に誕生した伏見の日本酒ですが、この時代に港が作られた事によって、重い酒樽を舟で効率よく運搬が行われた事から、灘で造られた日本酒と同様に物流面で優位性を持つことになり発展することになります。



写真は、桃山時代の伏見地図と、木の箱に入った巻物は「酒造株」の原本です。
酒造株は今でいう日本酒の製造の免許です。この地図を見ますと、当時の伏見は水運都市であった事が伺えます。
松本酒造_酒造株.jpg
写真は酒造株の複製です。
酒造株には決まり事、規制、実際に起きた違反例とその罰則、京都に出てきている各藩からの認印が記されています。
松本酒造_酒造株コピー.jpg
広げるとかなりの長さがあります。写真ではまだ全部開ききれていません。
写真の右上の方が松本酒造の蔵元、松本保博さんです。
松本酒造_酒造株大.jpg
蔵元は大学の先生にお願いし、酒造株に書かれている文章を現在の言葉に翻訳しました。
松本酒造_酒造株_現代.jpg
以前、高槻の「清鶴酒造」に訪問した際、摂津の富田の地に、紅屋という大変大きな造り酒屋が、かつて存在していた事を教えていただきました。
その蔵は特殊な酒造株を持ち、商売も繁盛していたそうですが、ある時期に突然廃業をしてしまったそうです。

何故そんな豪商が突然、廃業をしたのか?
私は疑問に思っていましたが、松本酒造酒造株には「摂津富田の清水市郎右衛門に違法行為があったと」記されていました。



酒造株には京都の出てきている各藩からの認印が押されています。
松本酒造_酒造株藩.jpg
現在伏見には20社ほど酒蔵がありますが、伏見の酒を語るには「水」が欠かせません。

伏見は昔は「伏水」と書かれていたそうで良質の水が豊富な土地でした。
滑らかで柔らかい水であることから、造られる酒は、穏やかで女性的な角のない酒になりやすい特徴があります。

その為、水の性格を活かした酒造りをされている蔵が多いです。

同時に伏見の酒蔵の特徴に「技術」があります。

灘と並び、近代化をしている蔵が多い地域で、日本中のほとんどの造り酒屋が使っている、蒸米機、製麹機など酒つくりのインフラは伏見で生まれています。

そういう背景から「先進的な試み」を好む地域と言えます。

そんな伏見の酒蔵の中、松本酒造の酒つくりは、「原料に勝る技術は無し」の考えから、兵庫の山田錦、北陸の五百万石を用いた伝統的な手法による酒造りが行われています。



写真は松本酒造の吟醸蔵です。先頭の写真の同じ建物の中にこの部屋があります。
松本酒造_仕込み部屋.jpg作業をされている方が蔵元の杜氏(蔵元の次男)です。

松本酒造は但馬からベテランの杜氏さんが来られていましたが、現在は息子さんが杜氏となり酒造りをされています。


最後に訪問の証の記念撮影ですが、蔵の代表的な景観の「六角煙突」を後ろから撮影。表からは誰でも撮影できてしまう映像なので、あえて裏側から撮ってみました。
松本酒造_記念撮影.jpg今回は歴史的な話がメインとなりましたが、まだまだ松本酒造が伝えたい話が沢山残っています。
造りの話を含めて、機会が有れば改めて訪問したいと思います。




澤屋まつもと 純米酒
澤屋まつもと 純米酒

1800ml 1942円(税抜き)

京都の日本酒、澤屋まつもと。日常酒として楽しむ辛口純米酒。
■甘辛:辛口
■スペック:純米酒
■原料米:五百万石
■産地:京都府
■製造元:松本酒造



 ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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Posted by 佐野 吾郎 at 14:00TrackBack(0)京都府の酒蔵巡り