2011年10月03日

光東(こうとう)、利根川育ち|山川酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 215蔵目

光東(こうとう)、利根川育ち|山川酒造株式会社

群馬県邑楽郡千代田町大字赤岩185-3
酒名:光東(こうとう)、利根川育ち ■創業:1850年(嘉永3年)6代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2011/10/3

代表銘柄
光東 山廃本醸造
利根川育ち 純米吟醸
辛口 光東

ペリーが日本に来る3年前の嘉永3年(1850年)。
群馬県の千代田町赤岩に創業した酒蔵、山川酒造
光東 利根川育ち 山川酒造株式会社|外観
山川酒造株式会社は1850年、山川 祢五兵衛(やごべい)氏が創業した現代6代続く酒蔵です。

新潟の柿崎町で網元(漁船を所有する漁業経営者)の家に生まれた一族が、冬季は海が荒れて漁に出られない事から、兄弟揃って北関東に出稼ぎに来ます。

利根川を渡った対岸の熊谷に、当時「口入れ屋」と呼ばれた人材斡旋業が存在。
新潟や滋賀県から出て来た人達がそこを頼って働き口を探していたそうです。
かなり規模が大きく北関東全体から求人情報が集まっていそうで、人々はそこで働き口を見つけ関東周辺に散って行くそうです。

兄弟たちは熊谷の口入れ屋で職場探し、群馬県千代田町赤岩にある酒蔵にて蔵人として働くようになります。
その蔵で何年か働いた時のこと。蔵主から酒造りを止める事を告げられ「あなた達が酒造りをしたいなら蔵を貸してあげますよ」という話になったそうです。

土地・家屋は賃貸ですが兄弟たちは酒蔵経営に参入。屋号は出身地から「柿崎屋」と名乗って酒造りを行います。
やがて長男と次男はお金を蓄え国に帰り、残った3女の美登(みと)さんとその夫が酒造業を引き継ぐことになります。
美登さんの夫が山川 祢五兵衛(やごべい)といい、山川酒造の創業者となります。

光東 利根川育ち 山川酒造株式会社|外観
1代目は順調に酒蔵経営が行われていたようですが、2代目の与兵衛は相撲道楽にはまってしまいます。
米蔵に自分の贔屓の江戸相撲の力士を呼んで余興を行うなどをし、たちまち身上(しんしょう)を潰したそうです。
ちなみにその時の商標は、贔屓力士の名前「今出川」という酒を造っていたそうです。

その蔵を建てなおしたのが3代目。
蔵が大変な状況で継ぐことになった3代目は、金がたまるようと酒名に「カネ太正宗(かねたまさむね)」と命名します。
3代目は商才があったようで、蔵を建てなおしただけではなく賃貸物件であった蔵を買い取るまでに至ります。
更に町内の田畑も買い取り、蔵の敷地を広げる事になります。

そして現在の代表銘柄「光東(こうとう)」が誕生したのは4代目になってから。
現在は「光東」と「利根川育ち」の2銘柄を販売しています。

写真は5代目蔵元山川博さん。
光東 利根川育ち 山川酒造株式会社|山川博蔵元
山川博さんは東京農業大学の醸造科の一期生だそうです。
その為、早い時期から「蔵元自ら酒を造らないと」という意識があり、早くから蔵元杜氏による酒造りを開始されたそうです。
蔵元は山廃仕込を独自にアレンジ「近代山廃」という製造方法を考えたとの事。

現在は息子さんの明彦さんに社長の座をゆずり、会長職に就かれています。

明彦さんは5代目同様に東京農業大学の醸造科を出たあと、お酒関係の会社で修行を経て酒造りに参加。
次世代に受け継がれる酒造りにチャレンジされています。
今後の活躍が楽しみです。

写真は仕込み部屋。
光東 利根川育ち 山川酒造株式会社|仕込み部屋
蔵のこだわりは、独自にアレンジし誕生したという「近代山廃」という手法。
本流の山廃だと、醸造後1年間くらい寝かせないと味の本領が発揮しません。

もっと早く出荷できる山廃が造れないものかと蔵元が考案されたのが近代山廃。
山廃酒母の育成の際、温度を低めにした上で育成期間を少し短くして造るそうです。

この手法だと夏を越した頃から飲み頃を迎える山廃酒が出来上がるとの事。
味わいは通常の山廃と比べておとなしく、山廃と速醸の中間的な存在。
お飲みする機会が御座いましたら是非お試し下さい。

貯水タンクの前で訪問の証の記念撮影。 光東 利根川育ち 山川酒造株式会社|記念撮影
真新しく輝く貯水タンクに感心する吾郎でした。




商品の購入・質問は光東(こうとう)、利根川育ち|山川酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0276-86-2182光東(こうとう)、利根川育ち醸造元山川酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 15:30TrackBack(0)群馬県の酒蔵巡り

2011年10月03日

群馬泉|島岡酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 214蔵目

群馬泉(ぐんまいずみ)|島岡酒造株式会社

群馬県太田市由良町375-2
酒名:群馬泉(ぐんまいずみ) ■創業:1863年(文久3年)5代 ■杜氏:越後杜氏 ■仕込み水:硬水 ■訪問日:2011/10/3

代表銘柄
群馬泉 山廃本醸造酒
群馬泉 淡緑 純米吟醸
群馬泉 淡雪草 純米生酒

日本酒ファンの間で知られる地酒、群馬泉
群馬泉 島岡酒造株式会社|外観
群馬泉 島岡酒造株式会社|外観
群馬泉を造る島岡酒造株式会社は文久3年(1863年)島岡金八氏によって創業した現在5代続く酒蔵です。
新潟からこの地にやって来た金八氏は、酒蔵で働きお金を蓄え高田屋という屋号の店を持ち、カネト正宗という酒を造ります。

新潟から北関東に出てきた酒造業を起業するというケースは多く、わざわざ山を超えて来るという事ですから、それなりに資金力を持った家の2男、3男が出てきたようです。

その当時の酒造業は今で例えるところIT産業といったところで、雇用が豊富でしばらく酒蔵で働いた後に自分でも起業するケースが多く、金八氏もこの地に来てお金を蓄えるのと同時に酒造技術を身につけ酒造業を起業します。

写真は今季の造りを待つ釜場。磨かれ黒光りしています。 群馬泉 島岡酒造株式会社|釜場
群馬泉について、蔵元の島岡利宣さんにインタビューしてみました。(写真は勘弁して下さい、との事で撮影は出来ませんでした。

蔵が位置する太田市の由良町というのは、市町村合併で太田市になる以前は新田郡宝泉村といい、かつて新田義貞によって開かれた街であり、古くから人が住んでいたそうです。

現在は富士重工(スバル)の企業城下町で、戦前は中島飛行機の企業城下町でした。
昔から地方出身者が多く、技術系であった事からサラリーマンの街というより職人の街という雰囲気だったそうです。

冬はからっ風が吹き寒いので辛いつまみでキュっと飲む。
熱燗で旨い酒が好まれていた市場との事。
そのような地盤のためか、群馬泉は派手な酒ではなく、燗酒にして旨さが増すような味わい深いお酒を中心に造られています。

写真は麹室。杉を選んだ理由は「造って面白いから」との事。 群馬泉 島岡酒造株式会社|麹室
群馬泉が酒造りに用いる水はミネラルが豊富な硬水。

米は出来るだけ地元のものを使う方針で、原料米は地元の酒造好適米の「若水」という米を全体の8割近くを使用。
大吟醸に山田錦を少し使っているしているとの事。

造りの大半は「山廃仕込み」か「生もと造り」。速醸はほとんど無いとのこと。

級別時代があった昭和40年代に、全国に1番から2番に特定名称酒に切り替えたそうです。

商品は地元だけではなく東京方面でも売れているとの事ですが、東京受けする酒とか奇抜なものを造ろうとは思っていません。

写真は酒母室。 群馬泉 島岡酒造株式会社|酒母室
昔からスタイルを変えない。ラベルのデザインも変えないし、新商品も出していません。
お米も地元でとれる「若水」が主体なので農家さんが作るお米の量にも限度があります。

商売を大きくさせる事も面白いと思いますが、自分が造りたいと思うものだけを造る、という商売も面白いと思っています。
金儲けをしたいなら酒造りをするより、この土地を活用する事を考えるでしょう。w
酒造りを続ける理由は、それが面白から。

自分が納得できる酒を造り、自分の価値が判っていただける人々の間で流通する。
そこで生まれた利益の中で生活が出来たら、と考えています。

写真は仕込み部屋。
群馬泉 島岡酒造株式会社|仕込み部屋
開放タンクで泡あり酵母を使用している理由は「造っていて、こちらのほうが面白いから」との事です。w

写真は貯蔵庫。
群馬泉 島岡酒造株式会社|貯蔵庫

同じ酒をずっと造り続けてもダメだと思います。
私も同じ物を造っていくつもりは無いです。
ただ自分自身、昔から群馬泉の味は好きですし、そのなかに少しづす少しづつ時代にあわせて変化しているはずです。
というか自分の好きな酒を造っています。と語って下さいました。

訪問の証の記念撮影
群馬泉 島岡酒造株式会社|記念撮影
蔵は世代交代され、まだ若手に属する蔵元ですが既に酒造理念がしっかり固まっている、という印象を受けました。
一連のお話をお聞かせいただいた後、群馬泉を試飲させていただき、味の玄妙さに驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は群馬泉|島岡酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0276-31-2432群馬泉、淡緑、淡雪草醸造元島岡酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

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2011年10月03日

上州風まかせ|株式会社今井酒造店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 213蔵目

上州風まかせ|株式会社今井酒造店

群馬県太田市鳥山中町746-2
酒名:上州風まかせ ■創業:1866年(慶応2年)6代 ■杜氏: ■仕込み水:中硬水 ■訪問日:2011/10/3

代表銘柄
上州風まかせ 特醸辛口純米酒
上州風まかせ 純米酒

江戸時代には大光院の門前町、日光例幣使街道(にっこうれいへいしかいどう)の宿場町として発達した群馬県太田市。
現在は富士重工業の企業城下町として、北関東地方随一の工業都市です。 その太田市に残る2件の酒蔵の一つが上州風まかせ醸造元株式会社今井酒造店です。

上州風まかせ 株式会社今井酒造店|外観

上州風まかせ 株式会社今井酒造店|資料
日本酒「上州風まかせ」の醸造元、今井酒造店は慶応2年(1866年)、今井佐平氏が創業した現在で6代続く酒蔵です。

元々柏崎の荒浜で漁師をされていた佐平氏は、冬が荒れて漁に出られない事から冬季の仕事として北関東に蔵人として働きに来ていたそうです。

やがて鳥山地区に住んでいた庄屋から土地を借り、農業を営むようになりますが、自身で酒造りで商売をしようと、借りていた土地で酒造業を開始します。

佐平氏は商才があったようで商売に成功。
後に7件の家に立ち退いてもらい自身の土地を手に入れ、現在の場所に酒蔵を建てます。
創業当初の屋号は小沼屋で不二神龍という酒名の酒を醸しれていたそうです。

写真は6代目蔵元、今井毅さん。
上州風まかせ 株式会社今井酒造店|今井毅蔵元
群馬の酒とはどのような酒ですか?の質問に「地味な酒」と笑顔でお答えいただきました。

どうして地味な酒なのかというと、先ずは県民性が保守的で手堅い事。
それに加え、冬はからっ風が吹き寒く、歴史的に国定忠治など渡世人が多かった土地でお酒は味わって飲むと言うより「威勢を付ける為、景気付けの為」の酒だったそうです。
そういった要素が加わり、いい言葉で言うとトラディショナルな酒という傾向が強いとの事。

写真は麹室です
上州風まかせ 株式会社今井酒造店|麹室
そんな群馬県の地酒の中、上州風まかせは気軽に飲んでいただきたい酒。

味がしかかりしていながら、クドさは無い食中酒。
地元では自動車の産業が大きく、県外はもとより外国からの労働者が多く、地元の地酒に興味を示さない方が年々増えているそうです。
そのような状況の中、酒蔵の直営の喫茶店で日本酒文化をPRしたり、イベントなどを開催し、周囲から日本酒の良さに気がついてもらうような活動をされているとの事。

最後に訪問の証の記念撮影。
上州風まかせ 株式会社今井酒造店|記念撮影
昔ながらの建物に驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は上州風まかせ|株式会社今井酒造店へお問い合せ下さい。
TEL:0276-22-2680上州風まかせ醸造元株式会社今井酒造店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   
タグ :中硬水6代

Posted by 佐野 吾郎 at 10:20TrackBack(0)群馬県の酒蔵巡り

2010年12月20日

町田酒造,清りょう|町田酒造店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅。
113件目の訪問蔵は、
群馬県前橋市にて、清りょう ,町田酒造 という名の日本酒を醸す、町田酒造店です。

町田酒造,清りょう|町田酒造店

所在地:群馬県前橋市駒形町65
銘柄:清りょう ,町田酒造
創業:明治16年 4代目
杜氏:蔵元杜氏(女性) 無所属
仕込み水:軟水
訪問日:2010/12/19

代表銘柄
清りょう 若水純米酒
町田酒造 純米 60 若水
町田酒造 特別純米55 五百万石
町田酒造 純米吟醸 50 山田錦

両毛線 駒形駅から徒歩で約10分。
一見、酒蔵など無さそうな幹線道路沿いに突然、姿を表す酒蔵が町田酒造店
町田酒造,清りょう|町田酒造店

蔵の玄関は改装されたようで新しく、店頭で小売販売もされています。



右の女性が女性杜氏の町田 恵美さん。左側がお婿様の旦那様の町田 晶也さんです。
二人は同じ会社に務めていた際に知り合われたそうです。
町田酒造_蔵元.jpg酒蔵の跡取りがいないという事で、恵美さんが会社を辞められ酒造りを行います。
それに付いていく形で、晶也さんも会社をお辞めになり、酒蔵にお婿入りします。

現在は、夫婦の二人三脚で酒造りをされています。

町田酒造店の主力商品は「清りょう」という酒です。
(りょうという漢字はパソコン上にありません)
町田酒造_商品.jpg群馬県の地酒は、越後杜氏が多かったため、新潟流の辛口の酒が多いそうですが、町田酒造店が造る酒は、どちらかというと甘口の酒。
甘口というより旨口の酒です。

清りょうは店頭で試飲・販売されています。

それと最近売り出し中のこだわり銘柄「町田酒造」というお酒があります。

町田酒造ブランドは蔵の店頭では販売されておらず、首都圏をはじめとする地酒を専門に販売されている専門店で販売されている銘柄です。


年間製造量は約500石。
手造りによって酒が造られています。
町田酒造_釜場.jpg写真は甑に、これから蒸す米を盛っている様子です。
ご覧のとおり天然の光が入り、明るく清潔な釜場です。


写真は仕込蔵です。足場はなくはしごに登ってモロミ管理をします。
町田酒造_仕込部屋.jpg女性杜氏である恵美さんは、臆すること無く平気にはしごを登られモロミの観察をされていました。



こちらが麹室です。
麹蓋がつまれていますね。手造り高品質少量生産の証です。
良い酒を造られている事が伺えます。
町田酒造_麹室.jpg


蔵の中でこんな張り紙を発見しました。
他の蔵でも時々あるんですよ。スズメが入ってくることが。
町田酒造_窓.jpg


こちらは蔵の井戸です。
蔵の自慢すべきものはないですか?と尋ねたところ、この井戸を案内されました。
町田酒造_記念撮影.jpg100件以上、蔵元を見て回りましたが、このような建物まで建てられている蔵は少なく、仕込み水に対する思いが伝わりました。

とても清らかでおいしい水でした。

町田酒造店は群馬県の新進気鋭の蔵元です。
未来が明るいものであって欲しいと願います。

日本酒ファンの皆様から暖かく応援していただきたいと思いました。

商品の購入・質問は町田酒造店へお問い合せ下さい。
TEL:027-266-0052 清りょう ,町田酒造醸造元 町田酒造店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 23:19TrackBack(0)群馬県の酒蔵巡り

2010年12月17日

流輝(るか) 當選 平井城 |松屋酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅。
112件目の訪問蔵は、
群馬県藤岡市の流輝(るか) ,當選(とうせん) 醸造元、松屋酒造株式会社です。

流輝(るか) ,當選(とうせん)|松屋酒造株式会社

所在地:群馬県藤岡市藤岡乙180
銘柄:流輝(るか) ,當選(とうせん),芳樹,都初雪,平井城
創業:明治26年 6代目
杜氏:蔵元杜氏 無所属
仕込み水:
訪問日:2010/12/18

代表銘柄
當選
ねむり酒 長期熟成酒
平井城 超辛純米
流輝(るか)純米吟醸 舟搾り



群馬県、注目の若手蔵。


松屋酒造1.jpg松屋酒造は年間200石という大変小規模な酒蔵です。

平成7年より、南部杜氏に頼っていた酒造りをやめ、蔵元自らが杜氏として酒造りを開始。
現在、蔵元の長男の松原広幸さんが杜氏見習いとして酒造りに参加。家族で酒造りを行っています。

松屋酒造2.jpg
今回は、蔵元の長男の松原広幸さんに蔵をご案内していただきました。


松屋酒造4.jpg


写真は仕込み蔵です。足場はなくタンクにはしごをかけています。
松屋酒造5.jpg


こちらは現在仕込んでいる最中の「赤色酵母」による酒です。
赤い色の日本酒を仕込む際に用いる手法です。
松屋酒造7.jpg赤色酵母は弱いため他の酵母が混ざると負けてしまい、色が消えてしまいます。

その為、開放タンクで仕込んでいるのですが、上部は他の酵母が入りにくいようビニールで保護しています。


この蔵の伝統的な代表銘柄「當選(とうせん)」の名入りタンクです。
最近の新しい銘柄では名入りタンクは見かけません。
松屋酒造6.jpg


松屋酒造でも、全量むかしながらの槽(ふね)で酒を搾っているそうです。
松屋酒造8.jpg
松屋酒造では、家族経営の小さな蔵の強みを活かし、消費者の声を組み入れた、オーダーメイドではありませんが、それに近い顧客ニーズに応えた商品造りを行っています。

ご覧のようにプライベートブランに近いような商品が目立ちました。

松屋酒造9.jpg最近では、首都圏の地酒専門店向けに「流輝(るか)」というお酒を展開。

流輝(るか)という酒名は、広幸さんが自分の子どもに付けようと考えた名前だそうですが、奥様に反対され、酒名につけられました。(群馬はかかあ天下の土地柄だそうです)

自分の子どもを育てるのと同様に、手間と努力をかけて造っていくお酒との事です。

現在、広幸さんは30代。

30代の自分にしか出来な酒造りをしたい、と熱く語っていただきました。



訪問の記念撮影ですが、蔵の玄関でお酒を試飲させていただきました。
可能性に満ちた、輝きを持った酒でした。
松屋酒造10.jpg
商品の購入・質問は松屋酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0274-22-0022 流輝(るか) ,當選(とうせん)醸造元 松屋酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

  

Posted by 佐野 吾郎 at 20:56TrackBack(0)群馬県の酒蔵巡り