2013年10月03日

万両(まんりょう)、大手門|鈴木酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 333蔵目

万両(まんりょう)、大手門|鈴木酒造株式会社

埼玉県さいたま市岩槻区本町4-8-24
蔵元のサイト:http://sakekura.net/


酒名:万両(まんりょう)、大手門 ■創業:明治4年(1871年)6代 ■杜氏:南部杜氏 ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2013/10/3

代表銘柄
万両 本醸造 辛口
大手門 大吟醸
吟の輝き 純米大吟醸

鈴木酒造株式会社は廃藩置県が行われた明治4年、新潟出身の農民、鈴木 芳兵衛氏が創業した現在で6代続く酒蔵です。
万両、大手門 鈴木酒造株式会社|外観
新潟の農家の家に生まれた鈴木 芳兵衛氏は、埼玉県の稲野町で造り酒屋を営む親戚を頼りに、出稼ぎに来ます。

親戚の蔵で一生懸命働いている間に、明治政府による日本酒の製造免許の規制緩和が開始。
酒造業を学んだ芳兵衛氏はこれを機会に独立します。

当時、岩槻に2件の名主さんがいたそうで、最初は名主さんから土蔵を借りて創業開始。
約14年間、名主の蔵で酒造りを続け、資金を蓄え現在の場所に土地を購入し自分の酒蔵を建てます。

創業当時の屋号は「騎西屋(きさいや)」といい、万両(まんりょう)という名の酒を造ります。
第二次大戦後、法人化し現在の鈴木酒造株式会社になります。

写真は創業者、鈴木 芳兵衛氏の肖像画。
出世男という銘柄の酒も造られていたようです。
万両、大手門 鈴木酒造株式会社|創業者
時代背景から、この時には恐らく髷は結ってなかったのでは?と話す蔵元。

この時期は西南戦争をはじめとする、様々な戦争需要によって日本酒製造業がとても繁盛したようで、騎西屋もその例に漏れず繁盛されたようです。

草津の温泉で知り合った浮世絵の絵師、歌川豊国の門人である歌川国周氏(くにちか)(豊原国周氏)を、蔵に住まわせて自画像や造りの絵を書かたり、福井県永平寺の大僧正に書いてもらった書を所有したりと、創業者が集めたコレクションは蔵の資料館で展示されています。

万両、大手門 鈴木酒造株式会社|商品
現在の主力銘柄の「万両」は江戸時代に、今の大関酒造が江戸送りの酒に付けられていた名前だったそうです。

しかし明治以降、大関に変わり、万両がつかわれなくなった事から、この蔵が万両を使うようになったとか。

万両、大手門 鈴木酒造株式会社|商品
万両の他には今から30〜40年前に出来たという「大手門」という銘柄があります。

大手門は大吟醸など特定名称が中心で、普段の晩酌酒は万両、高級酒は大手門と銘柄を使い分けているそうです。

埼玉県には35社も酒蔵がありますが、濃醇な酒を造る蔵もあれば、淡麗な酒を造る蔵もあります。
高級酒を造る蔵もあれば経済酒が中心の蔵もあり、バラエティーに飛んでいるの特徴。

その中で鈴木酒造が目指す酒とは、丸くソフトで飲みやすい酒。
これは仕込み水が丸いことと、蔵元の個人的な好みだとか。

水が丸いから水の特徴を活かした
軟水では無いのですが水が丸いのだそうです。

訪問の証の記念撮影。
万両、大手門 鈴木酒造株式会社|記念撮影
永平寺の大僧正に書いてもらった書に驚く吾郎。

蔵には豊原国周氏が書いた浮世絵をはじめ、昔使用されていた酒造りの道具などを展示した資料館があります。
醸造設備への見学は出来ませんが資料館なら気軽に訪問可能。
お近くに寄られた際には訪れてみてはいかがでしょうか。




商品の購入・質問は万両、大手門|鈴木酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:048-756-0067万両、大手門醸造元鈴木酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 15:00TrackBack(0)埼玉県の酒蔵巡り

2010年12月16日

天覧山 てんらんざん|五十嵐酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅。
108件目の訪問蔵は、埼玉県飯能市の天覧山 てんらんざん 五十嵐酒造株式会社です。

天覧山 てんらんざん|五十嵐酒造株式会社

所在地:埼玉県飯能市大字川寺667−1
銘柄:天覧山(てんらんざん) 喜八郎
創業:1897年(明治30年)
杜氏:
仕込み水:
訪問日:2010/12/16

代表銘柄
天覧山 洗心無
純米吟醸 喜八郎


かつては埼玉県には約70の酒蔵があったそうですが現在はわずか30社足らず。

五十嵐酒造は埼玉県飯能市にて現在4代続く酒蔵です。
天覧山 てんらんざん|五十嵐酒造株式会社


日本名門酒会にも入られている蔵なので、名前を知っている日本酒ファンも多いと思いますが、かつても今よりもとても小規模な蔵元だったそうです。


五十嵐酒造の転機は昭和53年、埼玉県所沢に西武球場が出来た事に始まります。

西武球場の中で、地元の日本酒を販売して欲しいとの声を受け、西武球場の中で天覧山が販売が行なわれます。
蔵元が野球場の中で直接、日本酒の小売りを始めるという事は、天覧山が日本で一番最初であろうと言われています。

そして昭和57年、西武ライオンズが黄金時代に入ると、球場にも多くのお客様が訪れ天覧山の売上も右肩上がりに上昇します。

4代目蔵元、五十嵐 智勇さんの話によると、当時の蔵元であった先代は毎日ニコニコした表情を浮かべながらソロバンを弾かれていたそうです。


五十嵐酒造2.jpgそんな順風満帆の五十嵐酒造に新たな転機が訪れます。

それは先代が亡くならた後、平成元年に4代目の智勇さんが蔵を継がれた時の事です。

この蔵で酒を造っていた新潟杜氏がこう事を言われたそうです。

「私は先代に使えて酒を造ってきました。あなたに使えていたのではないので今季限りで造りをやめます。」

昔の杜氏制ではこのような事がよくあったそうです。

突然、そう言われて困った蔵元は次の杜氏を探し、藤原菊蔵杜氏(南部杜氏)と出会います。
非常に腕の良い方で、平成10年には関東信越国税局新酒鑑評会の首席第一位に輝くなど、鑑評会では数々の賞を受賞。

野球場で販路を築いてきた路線から、銘醸蔵へと変化しました。

その藤原杜氏も高齢によって引退。
新たに小林杜氏という方が蔵に来られ酒つくりをされるとの事です。


写真の方は蔵元の長男の正則さん。ゆくゆくは5代目を継がれる方です。
五十嵐酒造3.jpg今回は正則さんに蔵をご案内していただきました。




写真は「赤色酵母」によって発酵している酒母です。
五十嵐酒造4.jpg現在の日本酒には「赤い酒」があります。

造り方としては黒紫米という紫色のコメを用いて仕込む方法。
紅麹といって赤い麹を用いる方法。
もうひとつは赤色酵母を使って仕込む方法。

赤色酵母は非常にデリケートで他の酒造用酵母が侵入すると、競争に敗れて減少し色も白に戻ってしまうそうです。

それでも赤色酵母を用いる理由は、酒造好適米を用いる事ができるタメ、黒紫米と異なりクセがなく飲みやすいお酒が造りやすい点があります。



五十嵐酒造5.jpg現在の年間製造量は1300石。
特定名称酒が8割近く占めています。

平成7年以降、西武球場での販売を止め、現在は地元を中心に飲食店で消費されているそうです。

蔵元の売店で購入する事が出来ます。

訪問の証としてお店で記念撮影。
天覧山の中で人気があるお酒のひとつ「搾りたての新酒」に驚く吾郎でした。
五十嵐酒造8.jpg商品の購入・質問は五十嵐酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:042-973-7703 天覧山醸造元 五十嵐酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 13:56TrackBack(0)埼玉県の酒蔵巡り

2010年12月16日

高麗王|長澤酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅。
107件目の訪問蔵は、埼玉県日高市の高麗王 こまおう 長澤酒造株式会社です。

高麗王 こまおう|長澤酒造株式会社

所在地:埼玉県日高市大字北平沢335
銘柄:高麗王 こまおう 君が旗
創業:1844年 6代
杜氏:
仕込み水:
訪問日:2010/12/16

代表銘柄
高麗王 純米酒


JR高麗川駅からタクシーで1メーターちょっとの距離。
埼玉県日高市にて高麗王という地酒を造る長澤酒造。


高麗王|長澤酒造株式会社

写真は蔵の裏側から撮りました。




表はこんな感じで売店があり訪問者を迎えてくれます。
長澤酒造2.jpg長澤酒造の歴史は古く、創業は1844年で現在6代続きます。

西暦716年、旧高句麗の遺民が移住して来た事から、かつてこの地は、高麗郡(こまぐん、こまのこおり)と呼ばれていたそうです。

酒名の高麗王は古くから続く地元の地名から取っています。

高麗王の他に、君が旗という酒も造っておられるそうです。
長澤酒造3.jpg造る酒の大半は地元で消費されます。

生産量の半分位を蔵の売店で販売されているとの事。

私が訪問した日も、蔵に直接お酒を買いに来られる地元の方が何名もおられました。
蔵元は大きく販路を広げる事よりも、地元の方に直接販売をされていように見受けました。

長澤酒造5.jpg



訪問の証の記念撮影です。

商品の購入・質問は長澤造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0429-89-0007 高麗王醸造元 長澤造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

訂正とお詫び
酒名をこうらいおうと記載しておりましたが、こまおうの誤りでした。
申し訳ございませんでした。

  

Posted by 佐野 吾郎 at 13:55TrackBack(0)埼玉県の酒蔵巡り

2010年12月16日

鏡山(かがみやま)|小江戸鏡山酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅。
106件目の訪問蔵は、埼玉県川越市の鏡山 かがみやま 小江戸鏡山酒造です。

鏡山 かがみやま|小江戸鏡山酒造株式会社

所在地:埼玉県川越市仲町10−13
銘柄:鏡山(かがみやま)
創業:2006年(平成19年)
杜氏:社員杜氏(南部杜氏所属)
仕込み水:軟水
訪問日:2010/12/16

代表銘柄
鏡山 純米酒
鏡山 純米吟醸 近江玉栄
鏡山 純米吟醸 陸奥吟ぎんが


2006年に創業した、私が訪問して来た酒蔵の中で最も新しい蔵元が埼玉県の川越市にある小江戸鏡山酒造です。
鏡山(かがみやま)|小江戸鏡山酒造株式会社

明治8年に川越市で創業した鏡山酒造は川越の地酒として地元で愛されていましたが、平成12年に廃業されてしまいました。

川越市というと、小江戸とし江戸時代から栄えた街で、蔵の街として近年では多くの観光客が訪れるようになりました。

そんな蔵の街に酒蔵が無いなんて寂しい。
再興を望む行政に、市民の声も加わります。

そして酒蔵復活に向けて集まった有志達によって小江戸鏡山酒造が設立されます。

酒蔵復興の多くは、休んでいた蔵に再び設備を入れて、一族の手によって再開、というケースが大半です。

しかし小江戸鏡山酒造の場合、かつての蔵が別の事業に変化していた事から、有志達によって、あたらし土地で酒蔵を再開という形になりました。


酒造りには水が重要です。
そこで川越市に残る醤油蔵(松本醤油)の水が良いと評判で、その醤油蔵の一角に土地を借り2007年に酒蔵が完成し酒造りがスタートします。


写真が松本醤油の玄関です。杉玉が飾られています。
小江戸鏡山酒造3.jpg


写真の男性の方は、酒蔵復興の為に集まった有志の一人。飯能市にある五十嵐酒造の次男の五十嵐昭洋さんです。
小江戸鏡山酒造4.jpg長男の方が五十嵐酒造を継がれ、昭洋さんは小江戸鏡山酒造で営業で頑張っておられます。


今回は昭洋さんに蔵をご案内していただきました。
小江戸鏡山酒造8.jpg

2007年に新築されたという事で、ご覧にお通り蔵は近代的で、真新しい状態です。
小江戸鏡山酒造9.jpg
新しいのは建物や道具だけではありません。
蔵人の平均年齢はなんと29歳。日本でもっとも若い人々が働く蔵では無いでしょうか。
右の笑顔の方が小江戸鏡山酒造の杜氏、柿沼和洋さんです。33歳です。
kagamiyama_toji.jpg
小江戸鏡山酒造には5つの約束事があります。

1.品質第一の少量生産に限る。
2.麹は丁寧に箱麹・ふた麹に限る。
3.醪(もろみ)は袋による上槽に限る。
4.火入れの際は「ビン燗火入れ」に限る。
5.純米以上の特定名称に酒に限る。

5つの約束事により、徹底した完成度の高い日本酒造りを行ない、全ての商品に渡り最高級品と同等の手間とこだわりと情熱で酒造りが行なわれています。

小江戸鏡山酒造10.jpg

お酒を搾るのは槽のみです。
写真の槽は「天秤式」で油圧や水圧を使わずに手作業で力を加えていきます。
小江戸鏡山酒造6.jpgこの槽でお酒を搾り終えるのに3日もかかるそうです。


この槽は、ねじ式といわれる槽です。
同様に、油圧や水圧を使わずに、上部のねじでまわす人力で圧力を加えていきます。
小江戸鏡山酒造7.jpgこの2台の槽を交互に使ってお酒を上槽します。


木桶がならぶこちらの建物は、おとなりの松本醤油の醤油蔵です。
小江戸鏡山酒造は、松本醤油の敷地を借りて酒蔵が建てられているため、同じ敷地内に醤油蔵があります。

小江戸鏡山酒造は一般の方の蔵見学は行なっていませんが、醤油蔵の方は一般の方でも見学が出来るようです。
小江戸鏡山酒造13.jpg


発酵中の醪(もろみ)の前で、訪問の証の記念撮影。
香りの美しさに驚く吾郎でした。
小江戸鏡山酒造11.jpg

商品の購入・質問は小江戸鏡山酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:049-224-7780 鏡山醸造元 小江戸鏡山酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 13:53TrackBack(0)埼玉県の酒蔵巡り