2011年10月11日

北光正宗(ほっこうまさむね)|株式会社角口酒造店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 222蔵目

北光正宗(ほっこうまさむね)|株式会社角口酒造店

長野県飯山市大字常郷1147
酒名:北光正宗(ほっこうまさむね)  ■創業:1869年(明治2年)5代 ■杜氏:蔵元杜氏(飯山杜氏) ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2011/10/11

代表銘柄
北光正宗 特別純米 無濾過生原酒
北光正宗 本醸造
北光正宗 優撰

15キロ北に行けば新潟県。
長野県の最北の酒蔵が株式会社角口酒造店

この地は長野県内一番の豪雪地帯で2メートルや3メートルの積雪は当たり前。
しかし標高は高くなく、300メートルそこそこだとか。
夏は対照的にとても暑く、県内で一番暑い場所となる日も度々あるそうです。

そんな特殊な気候が米作りに良いのか、飯山、木島平、野沢温泉村で収穫される米は、米の鑑評会で上位に入賞するなど県内で優秀な米が生産されている産地。
米が良く、冬は寒いという酒造りに適した地で、地元の方に愛される辛口の地酒を造っている酒蔵が角口酒造店です。

北光正宗(ほっこうまさむね) 株式会社角口酒造店|外観
北光正宗(ほっこうまさむね) 株式会社角口酒造店|店舗
北光正宗(ほっこうまさむね)という名の酒を造る、株式会社角口酒造店は明治2年、松村彦三郎氏によって創業した現在5代続く酒蔵です。

松村彦三郎氏は、この地の庄屋のような立場の存在で、米の商いをされていたそうです。
明治時代に行われた酒造業の自由化の際、これをチャンスと参入。その後、酒造りに転身されたそうです。
創業当時の酒名は「今泉」。現在の主力銘柄「北光正宗」先々代あたり昭和初期頃に誕生したと言われています。

写真の方は蔵の後継者、松村 裕也さん
松村裕也杜氏
かつて角口酒造店では新潟杜氏が酒造りをしていましたが現在は、蔵の6代目後継者となる松村 裕也さんが杜氏として酒造りをされています。流派は飯山杜氏組合に所属。

酒造りに用いる米はほぼ100%が長野県産の米を使用。
酒造好適米では、金紋錦、美山錦、ひとごこち、白樺錦を使用。
長野と新潟の県境に位置する、鍋倉山の湧き水「日光ゆきしみず」という硬度2.9の軟水を用いて酒造りをされています。

写真は釜場
北光正宗(ほっこうまさむね) 株式会社角口酒造店|釜場
蔵は平成に入って建て替えられた部分と、大正時代から続く建物の部分があります。
生産量が追いつかない時期があり、平成に入ってすぐに蔵を増築されたとの事。
釜場は最上階にあります。

杉張りの良い麹室を使われています。
北光正宗(ほっこうまさむね) 株式会社角口酒造店|麹室
蔵の周辺は山ばかりなので食生活は山の幸が中心。
とりわけ野菜関係が多く、例えば野沢菜など、お漬物にしたり、塩漬けにしたり。
そんなこの地域の独特の食文化には辛口の酒がとても相性がよく、逆に甘口は好まれないとの事。
余談ですが長野県は日本一の長寿県と言われていますが、野菜中心の食生活が関連しているのかもしれません。

地域の食生活に特化した酒を造ることで、地元の人達はその酒を飲みなれます。
その結果、地元の人々は外からやってきた酒を「旅の酒」と呼び嫌い、近隣の酒を良しとしてきました。
大手ナショナルブランドを含む県外の酒は、この地では定着しなかったそうです。

初代創業者は「地元の人に愛されてこそ地酒である。」という家訓を残していて、それが蔵の根っこになっているそうです。

写真は酒母室。
北光正宗(ほっこうまさむね) 株式会社角口酒造店|酒母室
蔵の主力商品は「北光正宗 優撰」と呼ばれる普通酒。
地元の方が買われるのはこの酒ばかり。この酒をひたすら飲まるとか。

最近、売れ始めてきている酒が、木島平村の金紋錦で造った大吟醸、純米吟醸。
地元とはこちらは切り離して県外向けに特化した酒を造られているそうです。

写真は仕込み部屋
北光正宗(ほっこうまさむね) 株式会社角口酒造店|貯蔵庫
仕込み部屋は大正時代から続く建物です。

最後に訪問の証の記念撮影。
北光正宗(ほっこうまさむね) 株式会社角口酒造店|記念撮影
写真はこの蔵オリジナルの特注でデザインした仕込みタンク。

プレハブ冷蔵倉庫を増設した際、その中で酒造りが出来たら、10月1日の日本酒の日に新酒が販売できる。とのアイデアからプレハブ冷蔵庫に入れる為、ドアのサイズに合わせて作られたタンクだそうです。

ドアが幅に合した結果、盾に細長いタンクになったそうです。
四季醸造蔵で小さな仕込みタンクは見てきましたが、この細長い形状のタンクを見るのは初めて。
蔵から説明を聞き驚く吾郎でした。




商品の購入・質問は北光正宗(ほっこうまさむね)|株式会社角口酒造店へお問い合せ下さい。
TEL:0269-65-2006北光正宗醸造元株式会社角口酒造店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 16:00TrackBack(0)長野県の酒蔵巡り

2011年10月11日

水尾(みずお)|株式会社田中屋酒造店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 221蔵目

水尾(みずお)|株式会社田中屋酒造店

長野県飯山市大字飯山2227
酒名:水尾(みずお) ■創業:1873年(明治6年)6代 ■杜氏:飯山杜氏 ■仕込み水:軟水 ■訪問日:2011/10/11

代表銘柄
水尾 特別純米酒 金紋錦
水尾 純米吟醸
水尾 辛口

長野県の北部に位置する飯山市。
新潟県と隣接するこの地は、冬は沢山の雪が降る豪雪地帯ながら米作りが盛んで、野沢温泉村、栄村、木島平村、飯山市は県内有数の米の産地。
2009年のお米の鑑評会では、上位30の生産者の中、10の生産者がこの地の農家だったそうです。

米に恵まれ、天然水にも恵まれ、冬は寒冷地という、酒造りには好条件な場所。
そんな飯山市、現在日本酒ファンの間で注目されている酒が水尾です。
水尾(みずお) 株式会社田中屋酒造店|外観
水尾という名の日本酒を造る株式会社田中屋酒造店は、廃藩が行われた翌々年の明治6年、田中 貢一氏によって創業した5代続く酒蔵です。

田中 貢一氏は元々は、武田 貢一といい、武田信玄の甥に当たる武田義勝の末裔と言われています。

新潟県に国の重要文化財に指定されている笹川邸という建物が有るそうですが、そのルーツは甲斐の武田家の出といわれ、武田氏の滅亡後この地に移住し、苗字を笹川に変えて生活したと言われています。
その笹川邸の資料に武田 貢一氏の名前が残っているとの事。

飯山市の笹川という村には50件ほどの家があるそうですが、全ての家が武田の苗字だそうで武田家の末裔といわれています。
貢一氏は幕末に養子として笹川村から田中家に来ます。

江戸時代の飯山藩の城下町の地図。指をさしている場所が現在の蔵元が位置する場所。
水尾(みずお) 株式会社田中屋酒造店|昔の地図
田中家は、元々は飯山藩の城下にて薬観屋(やかんや)の屋号で商いをしていた商人でした。

元禄11年(1698年)に記された飯山町の地図には「薬観屋 市郎衛門」の名が記されており、その位置が現在の田中屋酒造店と同じ場所である事から、その既にはこの場所で何らかの商いをされていた事が解っています。

宝暦9年(1759年)に、薬観屋 市郎衛門は町年寄の見習いとして、町政を司る町役人に取り立てられ、宝暦13年(1763年)には町年寄に昇格。

そして天明5年(1785年)には田中姓を許され、飯山藩から士分に取り上げられます。
江戸後期になると商人が財を蓄え、対照的に士族は借金を重ねていきます。
商いによって力を得た商家に対し、藩は名誉職的に武士の身分を与えたのではないかと思われます。

幕末には、高い身分ではありませんが士族化していったそうです。
その田中家に、笹山村から武田 貢一氏が養子として来ます。
そして明治時代、酒造業の自由化の際に、これをチャンスと酒造業に参入します。

写真の方は6代目蔵元、田中 隆太さん。
水尾(みずお) 株式会社田中屋酒造店|田中 隆太蔵元
この地でしか造れない酒を造りたい。
仕込み水はこの地で最高に良いもの探し、何箇所も汲んで回って分析し、利き水をし、最終的に水尾山の水を選びました。

米は極力契約栽培による地元の米を使い、味の基本はこの地域の嗜好に合わせる。
地元の米と水を用い、地域の嗜好を絡めて、酒の味をデザインしています。との事

写真が現在の主力商品「水尾」。
水尾(みずお) 株式会社田中屋酒造店|商品
田中屋酒造店は、かつては「養老」という名の酒を造っていましたが、田中 隆太さんの代になり水尾(みずお)が誕生します。

味のコンセプトは「香りよく後切れの良い軽い酒。後味が軽いスムーズな酒」。

この地域では後味のキレが良くスムーズに飲める酒じゃないと受け入れてもらえないし、蔵元自身もそのような酒質の酒が好きとのこと。
長野県の最北にある飯山市は、野菜文化・漬物文化圏であり、新潟にも近いせいがあるのか、後切れの良い辛口の酒が好まれるそうです。

蔵元が造りたい酒に適した水を探そうと、軟水を探すわけですが水尾山で良い水に出会います。
蔵は水尾山までタンクで水を汲みに行き酒造りに用いています。

米は8割が地元農家の契約栽培米を使用。
車で5分くらいの場所にある木島平の金紋錦、同様に蔵から車で10分以内にある飯山のひとごこち。
あと、しらかば錦の3品種を使用。

1994年に誕生した水尾ですが当時はごく一部の商品のみでした。 しかし現在では蔵が造っている酒の大半の酒が水尾ブランドに至っています。

写真はこの蔵の杜氏、鈴木政幸さん。
水尾(みずお) 株式会社田中屋酒造店|飯山杜氏
地元の農家の方で、秋になったら蔵に訪れる昔ながらの季節雇用。流派は飯山杜氏。

飯山杜氏は長野県にある杜氏4派(諏訪杜氏、小谷杜氏、佐久杜氏、飯山杜氏)の一つ。
飯山杜氏会という会があり結構な人数が登録されているそうです。

写真は釜場です。
水尾(みずお) 株式会社田中屋酒造店|釜場

写真は麹室。
水尾(みずお) 株式会社田中屋酒造店|麹室
私が訪問した10月上旬はまだ造りが始まっておらず準備中でした。

写真は酒母室です。
水尾(みずお) 株式会社田中屋酒造店|酒母室
とても感じのよい酒母室。こちらもまだ準備中でした。

写真は仕込み部屋
水尾(みずお) 株式会社田中屋酒造店|仕込み部屋
ジャケットに冷水を流すために配管が施されています。

写真は貯蔵庫。
水尾(みずお) 株式会社田中屋酒造店|貯蔵庫
部屋ごと冷蔵倉庫になっていて、タンクやビンで貯蔵されていました。

訪問の証の記念撮影。
水尾(みずお) 株式会社田中屋酒造店|記念撮影
水尾は辛口で後切れの良い軽い酒と言いながらも、新潟県の淡麗辛口とは異なり、長野の酒の良さを残しつつ新しい感覚を取り入れ、これからの世代の酒として可能性を感じました。

また蔵元の田中 隆太さんは人当たりがよく、応援したくなる人柄の方です。
酒造りに取り組まれる姿勢も良く、もっともっと知られるべき地酒だと思いました。
水尾を手に取り感心する吾郎でした。




商品の購入・質問は水尾(みずお)|株式会社田中屋酒造店へお問い合せ下さい。
TEL:0269-62-2057水尾醸造元株式会社田中屋酒造店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 14:20TrackBack(0)長野県の酒蔵巡り

2011年10月11日

松尾(まつを)|株式会社高橋助作酒造店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 220蔵目

松尾(まつを)|株式会社高橋助作酒造店

長野県上水内郡信濃町大字古間856番地1
酒名:松尾(まつを)、戸隠(とがくし)、松乃尾 ■創業:1875年(明治8年)5代 ■杜氏:飯山杜氏 ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2011/10/11

代表銘柄
松尾 信乃大地 特別純米
戸隠 錦 特別純米
松乃尾 プレミアム

美味しいお蕎麦で有名な長野県の戸隠。
蔵に続くアップルラインと呼ばれる国道18号線沿いには、人が少ない山間部にもかかわらず多くの蕎麦屋を目にしました。
戸隠蕎麦を食べる際、一緒に飲みたくなる酒がこの土地の酒、松尾(まつを)です。

松尾(まつを) 株式会社高橋助作酒造店|外観
松尾という名の日本酒を造る株式会社高橋助作酒造店は、明治8年(1875年)に高橋助作氏によって創業した現在5代続く酒蔵です。

農家の家に生まれた助作氏は、家から独立するため酒蔵で酒造りを学んだ後、良い湧き水を見つけこの地に蔵を建てたと言われています。

創業当初の屋号は不明(恐らく時代的に現在と同じ高橋助作酒造店ではないかと思う?)。
創業当時、酒名はいくつもあったようですが、現在用いられている松尾も創業当時からあったと伝えられています。
蔵に残っている日記によると、商標制度が開始され明治35年には「松尾」の商標登録を行った事が記されているそうです。

2000年より純米化を進め、現在では地元で昔から続いている「松尾正宗」以外は純米化が進んでいるとの事。

写真の方は5代目蔵元、高橋 邦芳さん。 松尾(まつを) 株式会社高橋助作酒造店|高橋 邦芳蔵元
酒造りに用いる米は主に長野県産美山錦を使用。

美山錦で造った純米大吟醸で2008年、2010年、2011年の全国新酒鑑評会で金賞を受賞されています。
2006年を最後に山田錦は使っていないとの事。

蔵元が目指している酒は創業時の手造りを活かした芳醇な酒。
芳醇な味わいの酒を造るため、木で造られた抱き樽を用いた創業当時の手法による酒母を造られているそうです。

写真が木の抱き樽。
最近は職人さんがいなくなった為、木樽、木桶を手に入れるのは大変らしいです。
松尾(まつを) 株式会社高橋助作酒造店|酒母室
現在ではアルミ製の抱き樽を用いる蔵が多いのですが、高橋助作酒造店では木樽を用いた創業当時の手法で酒母を造っています。

抱き樽とは酒母を造る際、冷やしたり温めたりする為の樽です。
酒母とは仕込みのスターターとなる、酵母が元気よく発酵した状態のもので、米の糖化と同時に酵母の増殖を行います。

酵母の増殖にはその餌となる糖分が必要なのですが、困った事に糖化と発酵の適温が異なり、糖化の適温は55度、発酵の適温は15度〜20度。
酵母を増殖させるには豊富な糖分を必要としますが、温度を上げると酵母の発酵が進まなくなります。

そこで抱きダルに熱湯を入れて、酒母の一部を温めて糖化を進ませます。
糖化が進んだら抱き樽を抜いて、温度を落とし酵母を増殖させます。それを何度も繰り返し酵母の増殖を進めます。

木の桶を使うメリットは熱の伝導率が異なる点です。
金属だと熱湯を入れると表面がすぐに熱くなりますが、木の抱き樽だとゆっくり柔らかく熱が伝わります。
熱湯を入れても酒母には優しく伝わり、長時間保温ができます。
また蔵元は「木の文化を継承させたい」という意味で、木の抱き樽を継続的に使用されているとの事。

速醸だと味が綺麗なので、かつての山廃の味を知っている方には物足りない味。
そこで、いかに山廃的な味わいを残すか、という事で出来上がった手法だそうです。

速醸なら約2週間、山廃なら約4週間かけて酒母が造られますが、この蔵では3週間かけ酒母を造っているそうです。

写真は麹室の入口。中は撮影は禁止でした。
松尾(まつを) 株式会社高橋助作酒造店|室の扉


写真は仕込み部屋です。
松尾(まつを) 株式会社高橋助作酒造店|仕込み部屋
白いペイントがされた開放タンクが用いられていました。

写真は貯蔵タンクです。
松尾(まつを) 株式会社高橋助作酒造店|貯蔵庫
蔵元が話されるには、お酒はかつては神々に捧げていたとても神聖な飲み物。
酒名「松尾」はお酒の神様の松尾大社からいただいている事から、神に捧げるような気持ちで造っていきたい。
と語られました。

現在、酒造りに酵素などは使わず、純米化をすすめておられる最中だとか。
長野県の注目の酒蔵の一つ、と言える存在ではないでしょうか。

最後に訪問の証の記念撮影。
松尾(まつを) 株式会社高橋助作酒造店|記念撮影
木の暖気樽を用いた独特の手法による酒母造りですが、かつての飯山杜氏の技を継承した、現在29歳の若い杜氏がこの手法で酒母を造られているとのこと。
蔵元から木の抱き樽による酒母の造り方の説明を受け感心する吾郎でした。




商品の購入・質問は松尾(まつを)|株式会社高橋助作酒造店へお問い合せ下さい。
TEL:026-255-2007松尾、戸隠醸造元株式会社高橋助作酒造店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。   

Posted by 佐野 吾郎 at 10:50TrackBack(0)長野県の酒蔵巡り

2011年10月10日

米川(よねかわ) 豊賀(とよか)|高沢酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 219蔵目

米川(よねかわ)|高沢酒造株式会社

長野県上高井郡小布施町大字飯田776
酒名:米川(よねかわ)、豊賀(とよか) ■創業:1902年(明治35年)4代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:中硬水 ■訪問日:2011/10/

代表銘柄
豐賀 特別純米酒
豐賀 純米吟醸
米川 本醸造

長野県の観光名所のひとつ小布施町。
観光客で賑わう北斎館から徒歩10分くらいで、栗の木やぶどうの木などが植えられている農村地帯が現れます。
賑やかな観光地とは対照的な静かな農村で、米川(よねかわ)、豊賀(とよか)という地酒を造っている酒蔵が高沢酒造株式会社です。

米川(よねかわ) 高沢酒造株式会社|外観
米川(よねかわ)、豊賀(とよか)という名の日本酒を造る高沢酒造株式会社は、明治35年(1902年)この地で農家をしていた高沢 市助氏が創業した現在で4代続く酒蔵です。

小布施といえば栗に関しては昔から特産品でしたが、栗以外の農作物についてはそれほど豊かな土地では無かったそうです、現在はぶどうなどが育てられていますが、かつては菜種の栽培が行われていたそうです。

市助氏は庄屋や地主という地位では無く、普通の農民という立場で、酒蔵設立にあたり出資者を集め資金を調達し酒蔵を起業したそうです。

創業時の屋号は既に現在と同じ高沢酒造株式会社。
創業当初の酒名は不明ですが、現蔵元が子供の頃「金時」という酒名が主流だったそうで、金時が創業酒名ではないかと考えられます。

写真は蔵の主力商品米川(よねかわ)
米川(よねかわ) 高沢酒造株式会社|米川
米川は昭和30年頃に誕生した現在の主力銘柄。
米が醸され酒となり、やがては川の如く沢山の酒を製造したい、という気持ちが現れた酒名だとか。
米川 本醸造米川 普通酒など地元の酒。

写真の方は蔵元杜氏の高沢 賀代子さん。
米川(よねかわ) 高沢酒造株式会社|高沢賀代子杜氏

平成12年、現蔵元(賀代子さんお父さん)が家族全員で酒造りをしようと言い出し賀代子さんは蔵に入ります。
最初は手伝い開始され、翌年から麹造りを担当。2005年から杜氏を務めるようになります。

味をしっかり出す酒。
しっかりした麹を造り米の旨味を全部引き出したい、との事。

写真の方は賀代子さんの旦那様、高沢 暁彦さんです。 米川(よねかわ) 高沢酒造株式会社|高沢暁彦
現在は賀代子さんと暁彦さんの夫婦で蔵を切り盛りされています。

そしてこれからの酒。こだわり銘柄の「豊賀(とよか)
米川(よねかわ) 高沢酒造株式会社|豊賀
米川が地元向けの既存商品。
豊賀は全国市場に視野を向けた品質にこだわった銘柄。

酒名は賀代子さんの「賀」という文字と、天女伝説から取ったものだとか。
丹波地方にて天女が酒を造ったという物語があるそうで、豊受賀能売命(とようかのめのみこと)として祀られているそうです。

写真は麹室の入口。
米川(よねかわ) 高沢酒造株式会社|麹室の入り口
ドアの上にガムテープが張られているのが見えますが、消毒中で中は見れませんでした。
日東工業所の文字が見えます。きっと中は良い室なんでしょう。

写真は仕込み部屋
米川(よねかわ) 高沢酒造株式会社|仕込み部屋
部屋は小さく、タンクの大きさも小さいながらも、しっかりと足場が組まれています。
新しく改装された感があり密閉度がよさそうです。
豊賀(とよか)を製造する際に、仕込みべやもリニューアルされたのかではないでしょうか。
なかなか良い仕込み部屋だと思いました。

写真は貯蔵庫です。 米川(よねかわ) 高沢酒造株式会社|貯蔵庫

高沢酒造は農家出身の酒蔵ということもあって、現在も農業もされているようで、蔵には農機具なども置かれていました。
訪問した第一印象は一般的な酒蔵というイメージより、農家が酒も造っているというフランスのワイナリーのような印象を受けました。

ただ仕込み蔵などを改装されるなど品質の強化に務めておられます。
豊賀というこだわりブランドを立ち上げておられ今後の活躍に注目したい蔵元だと思いました。




商品の購入・質問は米川(よねかわ)|高沢酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:026-247-2114米川(よねかわ)、豊賀(とよか)醸造元高沢酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

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2011年10月10日

北信流(ほくしんりゅう) |株式会社松葉屋本店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 218蔵目

北信流(ほくしんりゅう) |株式会社松葉屋本店

長野県上高井郡小布施町大字小布施778
酒名:北信流(ほくしんりゅう)、本吉野川(ほんよしのがわ) ■創業:江戸中期 14代 ■杜氏:社員杜氏(飯山杜氏) ■仕込み水:中硬水 ■訪問日:2011/10/10

代表銘柄
北信流 純米吟醸
北信流 アルプス純米吟醸
本吉野川 上撰

栗と葛飾北斎で有名な土地、長野県小布施町。

小布施栗は京都の九条家に納めていたというこの地を代表する特産品。
北斎が晩年に何度もここを訪れ、作品を残した土地というだけあった北斎に関する文化財が多く、栗のシーズンを迎える秋には毎年多くの観光客がここを訪れます。

その小布施で江戸時代中期から酒造りを続けている蔵が株式会社松葉屋本店です。
北信流(ほくしんりゅう) 株式会社松葉屋本店|外観
日本酒、北信流(ほくしんりゅう)本吉野川(ほんよしのがわ)を造る株式会社松葉屋本店は、江戸時代にこの地を治めた松代藩の御用商人を勤めた、現在14代続く酒蔵です。

創業の経緯ですが、この地の大地主であった市川家は家賃などを米や穀物でいただいていたので、お米などが食べ切れないくらい有ったことから、加工して商売をする事となり江戸中期に酒造業を開始。

お酒だけではなく味噌や醤油も作っていたそうで創業当時の屋号は松葉屋と名乗っていたそうです。

写真は14代目蔵元、市川博之さん。今回、お話を伺いました。
北信流(ほくしんりゅう) 株式会社松葉屋本店|市川博之蔵元
江戸時代には酒造りに欠かせない水に苦労されていたそうで、その理由は小布施は50メートルくらいの所に厚い岩盤があり井戸水が出なかったそうです。

創業当時、蔵は今の場所ではなく山の中腹にあり、横井戸を掘って出てきた水で酒を仕込んでいたそうです。
蔵は何回か移動して現在の場所に落ち着きます。
蔵元の話によると、当時は川などから水を運ぶ「水の運搬業者」がいたそうで、蔵の北西約2.5キロの場所にある千曲川の水を、水運搬業者から買って酒造りをされていたそうです。

現在は小布施の中心に地下150メートルから地下水を汲み上げている集約井戸があり、そこから水を引いてきて酒造りに用いています。
地下から組み上げることで様々なミネラル成分が混ざり中硬水との事。

松葉屋本店では明治時代以前は「吉野川」という酒を造っていました。
明治時代に商標制度が誕生し、先に他の蔵が「吉野川」という酒名を商標登録したため大正時代に「本吉野川」に改名。

本吉野川の商標は現在でも用いられていますが「吉野川」という酒名は、喜多方と新潟にもあります。
これからの時代、全国展開をする事を考えると差別化しにくい名前と考えた蔵元は、1997年頃に「北信流」という新たなブランドを立ち上げます。

写真は現在の蔵の主力商品は北信流
北信流(ほくしんりゅう) 株式会社松葉屋本店|商品
北信流とは真田十万石の城下町だった松代藩で生まれた、お酒の席での「中じめの儀式」です。

宴会が進みお開きの頃を迎えると、招かれたお客様から主催者に対し「この酒の会をひらいた主催者に一献を差し上げたい」と主催者にお酒を次ぎます。
次に主催者から「今日はわざわざ来てくれてありがとう」と盃を返します(献杯します)。
その後は「ゆっくりされたい方はしばらくゆっくりされて下さい。忙しい方はお帰りになって良いですよ」という中じめの儀式だそうです。

かつて松代藩の御用商人として藩にお酒を治めていたので、この蔵が造っていた酒で「北信流」が行われていたのだろうと北信流という酒名を考案されたそうです。

写真はこの蔵の杜氏、杉原逸夫さん。飯沼杜氏です。
北信流(ほくしんりゅう) 株式会社松葉屋本店|杉原逸夫杜氏
私が訪問した10月の祭日は、小布施で最も観光客が訪れる時期で、杜氏さんもお店の仕事を手伝われていました。

松葉屋本店の試みが生酒の長期熟成。 北信流(ほくしんりゅう) 株式会社松葉屋本店|生酒
一般的に生酒は冷蔵保存が必要と言われています。
しかし蔵元はその生酒を常温で長期熟成、しかも暑い場所で貯蔵されているとか・・・。
生酒を長期常温熟成をされる理由を蔵元に聞いて見ました。

熟成の魅力をあえて生で表現しようと思いました。
日本酒は造ってから早くに飲んだほうが美味しいという事は無く、もともと日本酒とは熟成させることによって旨みが乗り、味に幅が出て来る頃に飲まれるものでした。
売れている蔵の酒が美味しくなくなった、という話を聞くことがありますが、一定の熟成期間を置かずにお酒を出荷した事が原因だといわれたりいます。
日本酒はお酒はもっと熟成させるべきであると考えています。

その熟成の魅力を生で表現しようと思いついたのは、先ずはチャレンジすることを大切に考えていること。
それと偶然、蔵の中で生酒を常温で保存していたものを発見、口にしたところとても素晴らしい酒に変わっていた事。

しかもその酒は、開封済みで飲んで減った状態でビンに入っていたものです。
普通、古酒は紹興酒のような焼けた香りが出るのですが、その酒はとても華やかなブランデーのような香りが漂っていました。
後で考えると生酒のフレッシュな香りが華やかな香りに変わったのかもしれません。

生酒の常温熟成は、本来その酒が持つ酒質によるところが多く、全てのメーカーに当てはめる事はできませんが、中硬水を仕込水に用いるウチの酒については常温保存の適性が良い。
だったら「人がしていない事をしてみよう」と生酒の常温熟成を始める事にしました。

生酒を熟成させると熟成が急激に進むので酒は褐色化し、オリが沢山出てくるのが特徴。
製造した際に綺麗な酒質の酒は向いていない思います。
味をしっかり出した酒の方が向いています。

生で熟成すると甘み、丸みが出てくる。その味が自分の好みでもあるので、毎年720mlで100本つづ位の酒を生で長期熟成を行い、試飲会や店頭にて生熟成のお話に興味を持ったお客様に販売しています、との事です。

写真は土蔵の蔵の入り口のドア。
北信流(ほくしんりゅう) 株式会社松葉屋本店|仕込蔵の入り口
「昼間の出入りを禁ずる」と書かれているそうです。

昔この蔵にいいた杜氏が書いたもので、仕込みが行われている冬季は開けっ放しですが、夏場や秋の暑い時期は閉めっぱなしにして下さい、という意味だそうです。

写真は麹室。
北信流(ほくしんりゅう) 株式会社松葉屋本店|麹室

写真は酒母室
北信流(ほくしんりゅう) 株式会社松葉屋本店|酒母室

写真は仕込み部屋
北信流(ほくしんりゅう) 株式会社松葉屋本店|仕込み部屋

現在日本酒は「味の安定性」、何時飲んでも同じ味を重要視されています。
しかしこの蔵元は「お酒の旬」というものを大事にされ、秋飲むとこういう味になる、一年が経過するとこういう味になる、お酒の成長の過程・履歴を楽しんでもらいたい。と語られました。

最後に訪問の証の記念撮影。 北信流(ほくしんりゅう) 株式会社松葉屋本店|記念撮影
生酒の常温長期熟成酒を試飲。

不思議な事に、生ひね香が影を潜めとても甘くまったりした味わい。そして円やかな味わいが特徴。
元の酒は辛口の普通酒と聞いて、とてもそのクラスの酒とは思えない変貌ぶりに驚く吾郎でした。




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Posted by 佐野 吾郎 at 14:20TrackBack(0)長野県の酒蔵巡り