2011年06月20日

池錦|池島酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 195蔵目

池錦|池島酒造株式会社

栃木県大田原市下石上1227
酒名:池錦,酒聖 ■創業:1907年(明治40年)4代 ■杜氏:下野杜氏
■仕込み水:軟水 ■訪問日:2011/6/20

代表銘柄
・池錦 特別純米 和心(なごみ)
・特別純米酒 那須乙女
・池錦 純米吟醸 酒聖
・池錦 人生我慢

家訓は「主人自ら蔵に入るべし」
創業時からつづく家訓をを代々受け継ぎ、杜氏・蔵人と共に酒造りに取り組む酒蔵が池島酒造
池錦 池島酒造株式会社|外観

日本酒「池錦」を造る池島酒造株式会社は明治40年(1907年)に池嶋 仙之丞(せんのじょう)氏が創業した現在4代続く酒蔵です。

越後杜氏として栃木と茨城の酒蔵で酒造りをしていた仙之丞氏は、独立し自分の酒蔵を持つことを決意。
当初は宇都宮市内で酒造りを行いますが、気に入らないことがあり良い場所を探していたところ、売りに出されていた大田原の酒蔵を発見します。

とても綺麗な那須連山の地下水が湧くことから、明治40年に蔵を買い取りこの地で酒造りを開始。
創業当時の屋号は「広瀬屋」、酒名は「池泉」という酒を造りました。

やがて「商標登録」行われるようになり、酒名「池泉」は先に他社が取得したため、大正14年に現在の酒名「池錦」が誕生します。 そして昭和29年に法人組織化し現在の池島酒造株式会社に至ります。


写真の方は4代目蔵元 池嶋 英哲さん。
池錦 池島酒造株式会社|蔵元 池嶋英哲
しっかりと酸があって、味がある酒を目指されているとの事です。

越後杜氏が起業した酒蔵という事から、池嶋酒造では「主人自ら蔵に入るべし」という家訓があり、創業から今まで蔵元自ら酒造りに加わってきました。

現在では蔵元が酒造りに加わっているケースは珍しくありませんが、かつては蔵主が酒造りに参加しているのは栃木県では池島酒造くらいだったそうです。

現在地元出身の下野杜氏と共に、原料米には栃木産の五百万石、栃木酒14号を主に用い昔ながらの手造りによる思いが伝わる酒造りを続けています。


池錦 池島酒造株式会社|商品
現在、一番売れている商品は池錦 辛口
蔵が特にこだわっている造っている酒が「純米吟醸 酒聖」、「特別純米 和心(なごみ)」

また「自分との我慢比べ」というコンセプトを持つ「大吟醸 人生我慢」という酒も面白い商品の一つ。
最近の子供達は我慢をしなくなった。しかし親が一方的に我慢を押し付けず、まず親が我慢する姿を子供に見せるべきだ。

そこで熟成させる年数を自分で自由に設定し、例えば3年間熟成させると決めたら時期がくるまで飲まずに我慢しましょうという企画物の酒。
720mlで5千円という高価なお酒ですが注文は多く、途中で我慢しきれずリタイヤしてしまい再び買いに来られる方も多いとか。
このようなユーモアある酒も販売されています。今後、ますます面白い企画のお酒を期待したい酒蔵です。


写真は麹室。全面杉張りです。
池錦 池島酒造株式会社|麹室


仕込み部屋です。
池錦 池島酒造株式会社|仕込み部屋
古い建物の中、昔ながらの手造りによる酒つくりをしているとの事。

写真はこの蔵にある地下の貯蔵庫の入り口。
池錦 池島酒造株式会社|地下貯蔵庫
かつてこの地下の貯蔵庫の足を踏みれたのは、蔵の人々以外では税務署の職員だけだとか。


そこで訪問の証の記念撮影は地下倉庫に入っている様子を撮影。
池錦 池島酒造株式会社|記念撮影
この地下倉庫に中には長期熟成されている酒が眠っているとの事。
この入口にほぼ垂直にハシゴがかけられていて、入るのも出るのも大変。

下からバックライトが当たり幽霊のような存在の吾郎でした。




商品の購入・質問は池錦|池島酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0287-29-0011池錦醸造元池島酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 15:00TrackBack(0)栃木県の酒蔵巡り

2011年06月20日

十一正宗|森戸酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 194蔵目

十一正宗|森戸酒造株式会社

栃木県矢板市東泉645
酒名:十一正宗,たかはら ■創業:1874年(明治7年)5代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派)
■仕込み水:軟水 ■訪問日:2011/6/20

代表銘柄
十一正宗 純米酒
十一正宗 尚仁沢 純米吟醸
たかはら 本醸造

栃木県の北部に位置する矢板市。
市の北部に位置する高原山は「水源の森百選」「森林浴の森100選」などに選定され、そこを水源とする「尚仁沢湧水」は全国名水百選に選ばれているという100撰ずくしの場所。

大変良い水に恵まれたこの地で「十一正宗(じゅういちまさむね)」という地酒を造る酒蔵が森戸酒造株式会社です。
十一正宗 森戸酒造株式会社|外観

日本酒、十一正宗(じゅういちまさむね)を造る森戸酒造株式会社は、明治7年(1874年)に森戸清平氏によって創業した現在5代続く酒蔵です。

幕末の時代、現在の鹿沼市にて宮司の次男として生まれた森戸清平氏は、明治維新後の酒造免許が取りやすかった時代に、酒造りを行おうと良い水を探し求めた末にこの地にたどり着きます。

この場所は地名に「東泉」と「泉」が付くとおり、水に恵まれた土地で那須連山の高原山の伏流水を利用した穀物の栽培地帯です。

特にこの村は地形が低かったことから、浅い井戸でも綺麗な水が沢山湧きでてくるという、酒つくりには最適な場所。かつては4件の酒蔵と3件の豆腐屋と味噌蔵が1件、建っていたそうです。

清平氏はこの地の庄屋が営んでいた江戸末期に建てられたという醤油蔵を買取り酒造りをスタートさせます。

今でも水がきれいなことから夏になると自然の蛍が家の中まで入ってくるくらい飛んでくるそうです。


写真は江戸末期に建てられたという蔵
十一正宗 森戸酒造株式会社|貯蔵庫
新しい柱は東日本大震災の修復跡です。震災ではタンクが全部倒れてしまったそうです。現在は貯蔵庫として使われています。


十一正宗(じゅういちまさむね)」は創業者が名付けた明治時代から続く創業酒名。
十一正宗 森戸酒造株式会社|商品

珍しい酒名「十一正宗(じゅういちまさむね)」は創業者が名付けた明治時代から続く創業酒名です。

酒名の由来は「十一じゅういち)」とは「プラスマイナス」だそうです。
日本酒の醸造用語に「日本酒度」というのがあり、日本酒度がマイナス数値のお酒は甘口、プラスになると辛口と表現される事があります。

かつての日本酒は日本酒度がマイナス10以上の甘口の酒が主流でしたが、昔から森戸酒造ではプラスマイナスゼロの酒を造っていそうです。

正宗(まさむね)は「せいしゅ」と読める事から、「甘からず、辛からず飲み飽きしない日本酒」という意味で十一正宗が命名されたそうですが、当時の酒飲みにしてみればプラスマイナス0という酒は、かなり辛口に感じられたのでは無いでしょうか。

一度聞くと頭に入ってしまう酒名の由来です。明治時代は今よりもユーモアーな人が多かったのかもしれませんね。


写真は5代目蔵元、森戸康雄さん。
十一正宗 森戸酒造株式会社|仕込み部屋
蔵に来られるお客様の100人中97人くらいが、十一正宗を「といちまさむね」とお読みになるそうです。
蔵元はウチはサラ金屋じゃないので「といち」ではありません。「じゅういちまさむね」です。とご説明されているそうです。


酒造りに用いる原料米の93%が栃木県産米を使用。その半分が契約栽培で、五百万石、栃木酒14号、日本晴を使用。
県外では広島の八反錦と兵庫の山田錦のみ。
5代目蔵元が自ら酒造りをされています。

酒のコンセプトは創業当初から続く「甘からず、辛からず飲み飽きしない日本酒」。

本醸でも日本酒度は+2〜3、純米吟醸では+3〜+4。
派手ではなく味を重視し、まとまりの良いバランス良い酒を目指されています。

新しい試みとして、矢板の特産品のリンゴの花から採取したリンゴ酵母による酒造りをされています。 リンゴの甘酸っぱい酒を表現するため、酸が2.5度、日本酒度はマイナス5と、この酒に関しては日本酒度がマイナスの酒を造られています。


写真は50年以上使われている釜
十一正宗 森戸酒造株式会社|窯場
シーズン終了後、サラダオイルでで磨き上げるため、ご覧のようにとても綺麗です。


栃木には下野杜氏がいますが、その立ち上げの際、蔵元は技術部会の部長としてカリキュラムの作成や認定をどう行うかの裏方の仕事をされていたそうです。
下野杜氏を認定する側の立場が受験しては駄目だろう、という事で現在に至っても下野杜氏の資格を受けていません。

栃木の若い蔵元が盛り上がり全体が良くなるため、下野杜氏誕生の裏方の仕事を引き受けられたそうです。

現在では下野杜氏は16人に増え、栃木の酒も盛り上がってきたので、やって来て良かったと語られていました。


十一正宗 森戸酒造株式会社|麹室
最後に訪問の証の記念撮影です。
十一正宗 森戸酒造株式会社|記念撮影
1874年、庄屋から買取り酒造業を開始したと伝えられる蔵の前で記念撮影。
東日本大震災を始め、数々の災害に耐えぬいた木造の建物を見て感心する吾郎でした。



商品の購入・質問は十一正宗|森戸酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0287-43-0411十一正宗醸造元森戸酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 12:40TrackBack(0)栃木県の酒蔵巡り

2011年06月20日

松の寿|株式会社松井酒造店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 193蔵目

松の寿|株式会社松井酒造店

栃木県塩谷郡塩谷町大字船生3683
酒名:松の寿,男の友情 ■創業:1865年(慶応元年)5代 ■杜氏:蔵元杜氏(下野杜氏)
■仕込み水:軟水 ■訪問日:2011/6/20

代表銘柄
松の寿 純米酒
松の寿 純米吟醸
本醸造 男の友情


未知なる酒を追い求める酒蔵、栃木の松の寿
松の寿 株式会社松井酒造店|外観

日本酒「松の寿」を造る株式会社松井酒造店は慶応元年(1865年)、松井九郎治氏によって創業した現在5代続く酒蔵です。

新潟県出身の九郎治氏は、酒造りの杜氏として他の酒蔵で酒造りの仕事をされていましたがやがて独立を決意。
たいへん良い水が湧いていたこの地を気に入り、土地を手に入れ酒造業を開始します。

創業当初の屋号は松井九郎治商店、酒名は現在と同じ松の寿
蔵の裏山は当時は松林だったそうで、縁起の良い「寿」の文字を加え「松の寿」という酒名が命名されたそうです。

この地に住み続けるうちに、土地を広げてやがて地主化し戦後の農地解放が行われるまではかなりの土地を所有されていたそうです。


写真の方が5代目蔵元、松井 宣貴さん。下野杜氏の第一期の資格認定者です。
松の寿 株式会社松井酒造店|松井 宣貴

松井酒造店では先代迄は越後杜氏が酒造りを行っていましたが、杜氏の高齢化と後継者不足によって蔵元である宣貴さん自らが酒造りに携わることを決意。
自分の持つ未知なる可能性を信じ、また自身で自由な造りが行えることから前杜氏から酒造りを学びます。

今でこそ栃木県では若手が台頭し酒造りを行っていますがその当時は珍しく談する相手もいなかったそうで、酒造りを始めた当初は宣貴さんは試行錯誤していて、とても苦労されたそうです。


松の寿 株式会社松井酒造店|商品

酒造りに用いる米は栃木県産の五百万石を主に使用。硬度1の超軟水を用い米を発酵させ酒を造ります。

酒造りのコンセプトは、それぞれのパーツのポテンシャルをめいっぱい引き出す酒。

例えば香りが出る酵母を用いた場合、良い香りを出す為には麹をどうすればいいのか?仕込配合はどうすべきか。
主役となるパーツのポテンシャルを活かす事を考えて酒を仕込みます。
そして出来上がった酒をチェックし、改善していく部分は毎年改善していく。

そのような酒造りを続けています。


松の寿 株式会社松井酒造店|展示物


右の方が蔵元の奥様、松井 真知子さん。
松の寿 株式会社松井酒造店|蔵元の奥様

酒造りとは関係ない世界から酒蔵に嫁いできた松井 真知子さんは、酒蔵は冬は休みが1日もないといった特殊な世界である事を知り嫁いでこられた当初は酒蔵が好きではなかったそうです。

群馬から嫁いでこられたという事で近くに友達もおらず、それどころか囲には若い人さえ居ません。
そこで「蔵元の嫁」というホームページを作ることで同じ悩みを持つ相談相手が出来ないかと考えます。

そこでホームページを作りますが「一定のレベルのコンテンツが無いと人も集まってこないだろう」と、義理のおばあちゃんから酒蔵の歴史などの話を学びます。
それから「酒蔵の面白さ」に気が付き、社長と一緒に試飲会や営業に出かけるようになります。

ネットを通じて様々な方と知り合え、日本酒について教えてもらうようになりホームページは人気になります。そしてスポーツニッポンに記事を連載するに至ったそうです。

現在、栃木の酒蔵は若手の後継者が増えたため、以前と比べ同年代のお嫁さんが増えました。
蔵の仕事に積極的なお嫁さんも多い為「蔵のお嫁さんの会」という会を結成。真知子さんが会長さんだそうです。

夫婦共に蔵の仕事でご活躍され、今後ますますの成長が期待できる酒蔵だと感じました。


最後に訪問の記念撮影。
松の寿 株式会社松井酒造店|記念撮影
蔵の敷地となる裏山の水源から流れてくる仕込み水(超軟水)を試飲。天の恵みというべき綺麗な味わいに感心する吾郎でした。


商品の購入・質問は松の寿|株式会社松井酒造店へお問い合せ下さい。
TEL:0287-47-0008松の寿醸造元株式会社松井酒造店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 10:30TrackBack(0)栃木県の酒蔵巡り

2011年06月19日

清開,日光誉|株式会社渡邊佐平商店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 192蔵目

清開,日光誉|株式会社渡邊佐平商店

栃木県日光市今市450
代表銘柄:清開(せいかい),日光誉
創業:1840年(天保13年)6代
杜氏:南部杜氏
仕込み水:中軟水
訪問日:2011/6/19

代表銘柄
自然醸 清開
純米吟醸 日光誉
丸京 酒粕焼酎 35度

かつて栃木県で一番大きな酒蔵だったという株式会社渡邊佐平商店
清開,日光誉 株式会社渡邊佐平商店|外観

日本酒 清開(せいかい)を造る株式会社渡邊佐平商店は、天保13年(1840年)渡辺文平氏によって創業した現在6代続く酒蔵です。

文平氏は源義経の家臣、鈴木三郎重家の縁故者であると伝えられていて、現在の鹿沼市あたり田畑を持つ格式の高い家に生まれたそうですが、渡辺家に養子に入りこの地に住みます。

渡辺家は庄屋のような存在で、創業した天保13年という年は酒造免許が取りやすかった年だそうです。
蔵元の話によると、当時の武士は米が給料であり、天保年間は米が余った事によって米相場が下がりました。
その結果侍の給料が減ってしまう事になるため、お上は度々「酒造勝手次第」という規制の緩和を行い庄屋が酒造業へ参入することを勧奨したそうです。

渡辺家は米に余裕があった事からこの年に酒造業に参入したとの事。
創業当初の屋号は京屋本店といい、当時から「清開」という酒名の酒を販売していたと伝えられています。

蔵元の話によると、かつてこの地には酒蔵が多く「とちぎ酒のあゆみ」という本によると明治24年の3月調査では、現在の日光市には16件の酒蔵が建っていたそうです。しかし現在は2社が残り酒造りを続けています。


写真の方は6代目蔵元 、渡邊 護さん
清開,日光誉 株式会社渡邊佐平商店|蔵元

明治時代、渡邊佐平商店は栃木で一番製造国数が多い蔵だったそうです。
というのは足尾銅山に近い酒蔵であり、この蔵で造られた酒は毎日のように馬の背に載せられ足尾銅山へ運ばれていたとの事。

足尾銅山は20世紀初頭には日本の銅産出量の1/4を担うほどの大鉱山に成長。それに伴って蔵の製造国数も増えてい行きます。
しかし桐生から入る鉄道が完成した事で流通が変化します。
鉄道によって他の地域から酒が足尾銅山に流通されるようになり、蔵は規模を下げて行くことになります。


清開,日光誉 株式会社渡邊佐平商店|商品

現在の渡邊佐平商店では岩手から来る南部杜氏が酒造りを行っています。
原料米は栃木県産の五百万石が大半、硬度2.4という軟水で酒を醸しています。

主力商品は「自然醸 清開」という純米酒。価格は1800mlで2千円というからかなりお手頃です。アルコール度数は14.7です。
地元4件の契約栽培農家が育てた五百万石から造る「純米吟醸 日光誉」もすっきり系辛口で人気だそうです。

また日本酒以外には、焼酎も造っており、粕取り焼酎ではなく、純米酒を造りそれを蒸留した焼酎を造っています。


観光地の日光に位置する酒蔵ということで一般の方の蔵見学も可能。
日曜日でも営業されています。
清開,日光誉 株式会社渡邊佐平商店|酒母室
清開,日光誉 株式会社渡邊佐平商店|仕込み部屋

現在、渡邊佐平商店で造られている酒の85%が純米酒。
今は純米酒に一番力を入れておられ、新しいお客様には純米酒をお薦めしているとの事。

既存の取引先からのニーズがあるので普通酒も造っておられますが、将来的には全量純米蔵を目指しているそうです。


清開,日光誉 株式会社渡邊佐平商店|記念撮影

最後に訪問の証の記念撮影ですが、蔵の井戸の前で撮影。
仕込み水に喉を潤す吾郎でした。




商品の購入・質問は清開,日光誉|株式会社渡邊佐平商店へお問い合せ下さい。
TEL:0288-21-0007清開,日光誉醸造元株式会社渡邊佐平商店
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 16:00TrackBack(0)栃木県の酒蔵巡り

2011年06月19日

柏盛(かしわざかり)|片山酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 191蔵目

柏盛(かしわざかり)|片山酒造株式会社

栃木県日光市瀬川146-2
■酒名:柏盛(かしわざかり),日光路 ■創業:1880年(明治13年)6代
■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:中軟水(日光千両水) ■訪問日:2011/6/19

代表銘柄
・原酒 柏盛
・生原酒 素顔
・15年熟成 原酒 柏盛

東照宮の門前町として栄え、観光地・景勝地で知られる栃木県日光市。
その歴史は古く奈良時代に勝道上人が霊峰男体山に登頂した事から始まります。

それによって山岳信仰の拠点となり、多くの修験者や僧が入山。修験者が集まった結果、精進料理が発展し現在でも湯葉が日光の特産品です。

その日光には現在2件の酒蔵が稼動しています。その一つが柏盛(かしわざかり)という酒を造る片山酒造株式会社です。
柏盛(かしわざかり)片山酒造株式会社|外観

日本酒 柏盛(かしわざかり)を造る片山酒造は明治13年に片山久太郎氏によって創業した現在で6代続く酒蔵です。

新潟県の柏崎から、新潟杜氏の一員として栃木県の矢板周辺の酒蔵に出稼ぎに来ていた久太郎氏は腕が良いことから独立します。
それに当たり蔵主から「独立は遠い場所にして欲しい」と言われたことから、栃木県下で水のよい場所を探した結果、日光の今市にたどり着きます。清冽な地下水が豊富にあった事からこの場所で酒造業行うことを決意。

柏崎出身という事から創業酒名は柏盛と命名。現在も創業酒名「柏盛」をメインブランドとし酒造りを続けています。


写真は6代目蔵元 片山 貴之さん。
柏盛(かしわざかり)片山酒造株式会社|蔵元

片山酒造の酒造りですが、越後杜氏が創業した酒蔵という事もあり代々越後杜氏が行って来ました。

特に先代の野積地区出身の越後杜氏は腕は良く、鑑評会等で数々の賞を受賞したとのこと。しかしその杜氏さんが急死された事から昨年から、蔵元の弟さんが酒造りを行っています。

原料米は栃木産の五百万石をメインに使用。出品用の大吟醸といったごく一部に兵庫産の山田錦を用います。
日光千両水と呼ばれる、地下16メートルからくみ上げた口当たりのよい軟水で酒を醸します。
普通酒は一切造っておらず製造している全量が特定名称酒です。


柏盛は原酒が中心。
柏盛(かしわざかり)片山酒造株式会社|商品

日光の宿場町、今市に位置する片山酒造は、日光とのつながりがとても深い蔵元です。

観光客といった外から沢山の人々が訪れる地であることから、いつしか製造直売というスタイルという酒蔵になりました。

製造直売のメリットを最大限に活かすべく、片山酒造の主力商品は無濾過生原酒。
炭素濾過を行わず、槽しぼりによる優しい圧力で酒を搾りった酒を、オリを沈めて上澄みだけをダイレクトにビン詰めします。

製造直売ならではのメリットを最大限に活かし、お客様にフレッシュなお酒をお届けしたいという考えから原酒をメインとした酒造りになったとの事。

あとフレッシュな新酒とは対照的に年間5本しか造らないという15年熟成酒があります。
値段は何と720mlで5万円。それでも人気で、筆者が訪問した2011年6月19日時点で既に2022年までの予約は埋まっており、注文は2023年に15年熟成を迎える酒以降との事。なんと12年待です。


写真は6代目蔵元の奥様
柏盛(かしわざかり)片山酒造株式会社|奥様

そしてこちらの方は6代目のお母様
柏盛(かしわざかり)片山酒造株式会社|お母様

柏盛のもう一つの名物が6代目の奥様とお母様。
日光の人々の間でも蔵の美人奥様、美人お母様として有名です。

蔵にお酒を買いに行った際、運がよければお店におられるかもしれません。日光観光に来られた日本酒ファンにお薦めの酒蔵です。


柏盛(かしわざかり)片山酒造株式会社|仕込み部屋
柏盛(かしわざかり)片山酒造株式会社|麹室
柏盛(かしわざかり)片山酒造株式会社|槽場
柏盛(かしわざかり)片山酒造株式会社|記念撮影

最後に訪問の証の記念撮影。
蔵の美人奥様を撮影するのに夢中になり、自分の訪問写真を撮り忘れた吾郎でした。




商品の購入・質問は柏盛(かしわざかり)|片山酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0288-21-0039 柏盛(かしわざかり)醸造元片山酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。  

Posted by 佐野 吾郎 at 11:00TrackBack(0)栃木県の酒蔵巡り